エリスの戦い(中篇)・血脈
エメラルドグリーンの光。
轟々とする、破壊音。
そして、衝撃。
「な、何!?」
エリスは思わずその方向を見ていた。
まるで隕石でも落ちてきたかのようなクレーターがフィールド上に出来上がり、エメラルドグリーンの光の破片が残り火のようにちらついている。先程の乾いた風とうって変わった潮風が、土埃を巻き上げ、どこかへと運んでいく。
そのそばで静かに佇んでいたのは………
佇んで、いたのは。
グレイ、……では無く。
オーヴェルト・リヒトホーウェン。
「嘘……」
エリスは驚愕する。
「グレイが、負けた?」
「どうやら、」
エマが不敵な笑みを浮かべて言う。
「―――そのようですね。それにしてもベル」
エマが佇んでいる白装束に話しかけた。
「何でしょうかお嬢様」
「『破壊』を使っちゃうなんて、あなたに似合わず相当本気だったみたいですね」
「あれ以上長引けば、勝利は約束されませんでしたから」
「…正しい選択ですね」
「お嬢様を守れなければ、意味がありませんから」
そう言いながら、ベルはエリスに向き直った。
少し湿った潮風が、ベルとエリスの黒髪を、揺らす。
「初めまして、」
柔和な微笑を浮かべながら、ベルが。
「―――『裏切りの血族』、リベライト嬢」
「!」
『裏切りの血族』……エリスはこの単語を、母から聞いたことがある。
1000年の昔に起こった、「鮮血のジェノス」復活未遂事件の首謀者の一族。
それすなわち、ジェノスの流れを汲むものの1系統。
黒髪に漆黒の瞳、そして女系家族―――正にリベライト家そのもの。
エリスは答える。ベルの一族、その裏社会名を言うことによって。
「何が言いたいのかな?告白はお断りよ、『道化師一族』」
「お嬢様、」
「なんですかベル?」
ベルは冷たい瞳でエリスを睨みつつ、言う。
「この女、僕に殺らせて下さい」
「あー、きれちゃいましたか、じゃあ……」
エマさえも冷たい微笑で。
「存分に殺りなさい」
「御意」
「グ、グレイ!!」
「ムダですよ、エリス。…彼の『破壊』は、生身の腕や脚の1本2本、いとも簡単に粉砕してしまいますから。意識など、もつはずがありませんよ?」
「そ、そんな……」
「『絵札覚醒。「道化」、始動…』」
「ま、『魔術式段階5、展開!!』」
「覚醒めよ我がルーン。第1開放、『分解』」
グレイのローブと同じマリンブルーの光をまとったカードが魔術式に刺さり、式を消した。
ベルの周囲を高速で数多のカードが舞い飛んでいる。
「第3開放、『完全』『光』『束縛』…『完全なる光の束縛』!」
鈍色、金色、若葉色の光がベルの手の中で弾け、幾本もの光で出来た鎖へと変貌し、何も出来ないエリスへと絡みついた。
「う、うああああああああ…」
苦しい。
エリスは悶えた。
「元々が闇の血脈ですからね……さぞかし苦しいでしょう」
「く、ぅ……」
「僕もお嬢様も、」
苦しみ悶えるエリスを楽しむかのような視線を浴びせかける。
「闇の血脈には、かなりの恨みがありまして」
「―――!、ああああああっ!?」
ベルが指を鳴らし、どんどん締め付けを強くしていく。
「本当は首でも落としてやりたいところですが、生憎と、ね……」
魔闘術に、殺しは禁物。
―――ただし、相手が降参しない限り何をしても構わない。
降参できなくすることも、含め。
「今のあなたに、降参の声なんて上げられますか?」
「こ、ぅぁああああああっ!!」
「ま、せいぜい気が狂うまで苦しめてあげますよ」
(グレイ、助けて……!)
エリスはただ、祈った。
「…叫ばなくなりましたね」
再び指を鳴らすベル。
余りの苦しみに、エリスの体が痙攣する。
それでも、耐えた。
涙や涎が溢れているのが、エリスにも分かった。
そして。
「きゃああああああああっ!!!」
「―――!、お嬢様!!」
マリンブルーの炎が弾け、エマがフィールド外に落ちた。
エリスにかかっていた苦痛がふっ、と和らぎ、エリスはくず折れた。
「今のは、段階1・・・?」
「その通り、ベル」
「!!」
いつの間にか、ベルの頸にグレイが腕を回していた。
エリスは声を出そうとするが、出ない。
「よくもエリスをこんなにしてくれたな……高くつくぜぇ?」
「りょ、両腕を破壊したはず…ッ!?」
「まあまあ、そんなことより、」
グレイは勢い良くベルの背中を蹴った。
エメラルドグリーンの光が足先で炸裂し、ベルは派手に飛んだ。
「(死んでないけど)弔い合戦と行こうじゃぁ無いか。」
一陣の風が、互いの服を揺らした。