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そのときのどこかで ♯2

かなりの轟音と思しきものが遠くから聞こえ、建造物全体が、微かに揺れる。

男はその城の中を悠々と、且つ静かに歩いていた。

今は授業中なのであろう、大講堂のすぐ前の廊下を歩いていてもわずかの人間としかすれ違わず、すれ違ったとしてもこちらの雰囲気に押されて、避け気味なそれとなっていた。

いつ見ても美しいな、と男は思う。かなり見栄え重視に設計された壁や柱、そしてステンドグラスは、緻密な計算なくしては有り得る事の無いくらいの繊細さで、日光をも装飾品の1つとしてしまっている。科学が廃れ気味になっているご時世で、ここまで科学で美しく形作られている建造物は、今のセレスティアには無いのではないか。

―――角を曲がり、中央へと続く大階段に足をかけた。両脇のステンドグラスが、柔らかく色の付いた光を投げかけている。

……此処を去ってから、もう何年になるのだろう。男はそんな回想を続けながら、階段を上り終えた。

一直線に伸びている大理石の廊下がそこにはあった。その先のT字路の中央には、目的地へと続く階段のうちの1つを守る門がある。


と、


その右側の曲がり角から、1人の女性が歩いてきた。

長くさらさらと流れるようなブロンドの髪に、どこかの制服にありそうな、真っ白なツー・ピーススーツ。そして、やや童顔気味の整った顔立ち。

男の記憶に、その姿が妙にしっかりと引っかかった。

元クラスメイト、リズ・オーステンだ。

しかし此処で懐かしい人間に合えたからといって、安易に歩みを止めるような状況ではなかった。急がなければならず、声をかけて昔の思い出に浸ろうと言う暇は無いのだ。

ツカツカと歩きつつ、意図してまっすぐに前を向く。……向こうもまた、然り。

そしてゆっくりと、互いにすれ違った。


―――近すぎた。安全にすれ違うには、余りにも近すぎた。

マントにべったりと付いた血液や脳漿の鉄臭い臭い、それが彼女のシトラスミントの香水コロンの香りと混ざり合い、互いの鼻腔に、入った。


「――――曲者、」


凛としたソプラノボイスが、柔らかな沈黙を打ち砕く。


「私を呼んだか?」


わざと気取った対応をしてみせる。


「その独特な血の臭い……人を、殺しましたね?」


ブルーの瞳で男を睨み、ずい、と1歩前へと踏み出した。

恐らく今かけている黒マントのフードのせいで、自分が男の知人であることに、気付いていないのだろう。その眼光から読み取れる意思は、明らかに未知の侵入者に対するものだった。


「――――もし、そうだとしたら?」

「『召喚胴衣ローブ装着!』」


リズは蒼いラインの入った純白のドレスを身に着けた。


「私達の生徒に、手出しはさせません!」

「ならば、止めてみろ」


男は黒マントの裾を翻した。


「『段階4、「夢幻穿孔ムゲンセンコウ」、召喚!』」


空中に展開された魔術式から、1本の鈍色の短めの槍が伸びる。


「『段階3、「不壊の捕縛鎖」、発動!!』」


男の足元に魔術式が浮かび上がり、そこから幾本もの鎖が、


「無駄だ!『ゲン!』」


鎖は実体の無い男の映像に絡みつき、空振る。


「『穿セン!』」

「!!」


リズは飛び上がり、それまでそこにいた床が抉れた。

そしてうずくまるように着地。

着地して、……隙。


「『コウ!』」


――――ドシュッ。


「う゛っ……!!」


男の槍は、リズの腹部に深々と刺さっていた。


「すまんが、邪魔されたくないのでね」

「何て事を……ッ!!私を―――」

「確かに今君に重傷を負わせたな、我らがマドンナ、ミス・オーステン」

「……なぜ私の名前を?」


答える代わりに、男はフードを外した。

黒髪にグレーの瞳、左頬に剣の刺青、そして右目のまぶたからまっすぐに下りた、刀傷。


「あなたは…うああああっ!!」


言葉の続きを拒絶する意思で、槍を勢い良く引き抜いた。傷口から鮮血が飛び散る。


「わざと急所は外し、夢幻穿孔コイツの特殊能力は発動させなかった。―――大丈夫だ、全てうまくいけば、もう誰も傷つかない。」


夢幻穿孔を解除し、フードをかぶりなおして背を向けた。


「だからせいぜい、邪魔をしないように気を付けろ」


耳に入る音声での、返答は無い。

それでも振り向くことなく、男は門に向かって歩き出した。

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