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終章

 言葉は祝福だと思う。

 真っ白な着物を身にまとう。仕立て上げられた着物はとても美しく、鏡に映る自分が自分ではないように見えた。


「本当にお綺麗です、紫乃様」

「この度は本当におめでとうございます!」


 着付けの準備をしてくれたカナエと藤原呉服店の女将が紫乃を見て、目尻に涙を滲ませる。

 今日は祝言の日。契約結婚の際に祝言はしない方針となったのだが、改めてあげようと結月から提案を受けたのだ。とはいえ、今日の祝言は身なりを整えて、近親者を招くぐらいの小規模なものだ。それでも、義父を祝言に呼ぶことができて本当に嬉しかった。


 天宮家当主に許可を得て、喜好には結月が《依代》の異能者であることを伝え、再度顔合わせをしてもらった。結月の本来の姿を目の当たりにしたとき喜好はひどく仰天していたが、《依代の君》の責務のことを聞くと礼を言い、まるで自分のことのように辛そうな顔をしていた。そんな義父を見て結月は嬉しそうに、半ば心苦しそうに笑っていた。

 弟は新人研修のために呼ぶことは叶わなかった。それに弟には結婚の報告はしたものの、嫁ぎ先が天宮家であることはまだ伏せている。彼は純朴すぎて、周囲に隠し事をしながら器用に立ち回れる性分ではない。故に今はまだ伏せた方が無難だろう、という紫乃と喜好の判断だった。

 しかし、せっかくこうして縁をいただいたのだ。いずれ彼にも話をしたいとは思っている。


 支度を整えた結月と合流する。絹のような白い髪が映えていて、紋付羽織袴姿の結月はとても様になっていた。これでは茉莉花が惚れ直してしまうのではないかという、妙な心配が浮かんできてしまう。当の結月は白無垢姿の紫乃をじっと見つめていた。


「ほら、結月様」


 こそりと女将から指摘を受け、結月は居住まいを正して軽く咳払いをした。


「ああ、その、ええと。……とても綺麗です」

「あ、ありがとうございます……」


 まっすぐに褒められることに慣れなくて、紫乃は頬に朱を注ぐ。にこにこと満面の笑みを浮かべるカナエと女将を客間に追い払ってから、結月は紫乃の手を取った。


「行きましょう」

「はい」


 客間二つを開け放ち、一つにした部屋には参列者の姿があった。暁斗、識、茉莉花、周平とカナエ。義父である喜好。藤原呉服店の主人と女将だ。二人を見た参列者たちは一様に歓声を上げた。喜好と呉服店の主人は感涙している。


「ああ……紫乃。とても似合ってるよ……。お母さんに見せてやりたかった」

「いやはや、結月様の祝言を見られるとは……。わたしはもう、嬉しくて嬉しくて……」

「結月様、改めておめでとうございます。紫乃様もとてもお綺麗です」


 周平の祝いの言葉に紫乃は心が温まるのを感じた。その横で茉莉花がふんと鼻を鳴らす。


「ま、まあ。綺麗なんではないですか。こうして祝言まであげるのですから、結月のことをきちんと支えてくださいね!」

「和装なら断然、紫乃様に軍配が上がりますよねぇ。ドレスだったらまあ……、ッてぇ! ちょっと痛いんですけど!」


 識の足を茉莉花が踏みつけていた。不服を口にした識に対して、茉莉花は冷たい視線を向ける。


「その無駄に回る口を縫い付けて欲しいのなら、どうぞしゃべり続けてください。ちなみにわたしはあまり裁縫は得意じゃありませんから。ご承知おきください」

「なにその怖い情報!」


 ぎゃあぎゃあ言い合う茉莉花と識をよそに、和室の片隅に皆が集まっていく。その前には四角い箱のようなものが設えてある。カメラというものらしい。これで皆の姿を記録するのだという。

 時間をかけて集合写真と夫婦二人の写真を撮る。写真を撮り終わったあとは祝賀会という名の食事会だ。紫乃がお色直しをする間に、カナエと周平が会場作りに勤しんだ。大きな座卓にはカナエ自慢の手料理がどんどん並んでいく。


 その一角から離れ、暁斗は門の近くで紫煙を燻らせていた。人の気配を察して視線を向けると、そこには識が立っていた。彼は言葉なく長兄のそばに座り込んで空を見上げると、ぽつりと呟く。


「いい日和ですねえ」

「ああ。いい日和だな」


 識が言う通り本日は見事な秋晴れだ。だんだんと寒さが増して木々が色づいていくのだろう。煙草から上がる煙が青空を背にゆらりと揺れる。識は膝に頬杖をつきながら、独り言ちた。


「あーあ。兄様、早く当主になってくださいよ。ほんとあの人、早く当主から引き摺り下ろしたい」

「……危うい発言はしない方が身のためだぞ、識」


 現当主に向かって、歯に衣着せぬ発言をする弟を暁斗はじとりと見据える。

 結月が倒れたあと、二人は後処理に追われた。禍弥の処理と負傷者たちへの対応。龍脈の気の流れを正常化するための各種部門や家門との連携。特に仙道家とのやりとりは骨が折れた。一般市民に被害が出なかったのが幸いだった。おそらく、あの禍弥は浮浪者を喰ったのだろう。しかし、識の不満は止まらない。


「だって、俺たち……っていうか兄様の功績、全部自分のことのように吹聴してるの、ほんと腹が立つんだもん。っていうか、紫乃様との縁談を捩じ込んだのも兄様じゃん」


 不満を並べる識から視線を外し、暁斗は縁側に立つ結月と紫乃の姿を見やる。皆と仲睦まじく談笑している光景はとても穏やかで、祝福に満ちていた。


「そんな安いものなら、いくらでもくれてやるさ」


 兄の発言に目を見張り、次いで識はふっと笑った。


「……せっかく生きていたいと思ってもらえたんだ。俺たちも頑張らないとねえ」

「ああ」


 空に登っていく紫煙を二人で眺めていると誰かに呼ばれた。周平だ。どうやら会場の用意ができたらしい。

 暁斗は携帯用の灰皿に煙草を押し込み、識とともに賑やかな食事会場の中へと戻っていく。


 穏やかな秋の日差しが降り注ぐ。新たな契りを交わした新郎新婦の周りは、溢れんばかりの光に満ちていた。

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