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依代の君と望まれぬ花嫁の幸福論  作者: 立藤夕貴
6話 寿星と災星、沈む時代に並び立つ
38/40

6ー9

 結月たちが病室を訪れた二日後。紫乃は病室である人と顔を合わせていた。

 謝りたいことがある。そんな手紙を送ってきたのは茉莉花だった。疲労のせいだろうか。茉莉花の顔色は少し芳しくない。椅子に腰掛けた彼女は居場所がなさそうにずっとソワソワしていた。


「あ、あの」


 紫乃と茉莉花の声がぴたりと重なる。気まずくなって二人とも口を噤んでしまった。沈黙が降り積もる。どう話を切り出すべきかと紫乃が考えていた矢先、茉莉花が勢いよく頭を下げた。


「あの日、星原の男をあなたと引き合わせたのは、わたしなんです。相談を持ちかけられたとき、あなたと引き合わせてはいけない気配を感じていながら、あの男を部屋に案内しました。何も言わずに本部から去ったのは、そのせいなのでしょう? 本当に……ごめんなさい」


 どくりと心臓が跳ねる。星原の青年がどうしてあそこを訪れたのかは気になっていたが、まさか発端が茉莉花だとは思っていなかった。


「それに、訓練ではあえて難易度の高いものを課題にして、あなたにずっと意地悪をしていました。……あなたに結月を取られるのが悔しくて。どうしても納得、できなくて……。ここのところあなたがよく眠れていなかったのだと、カナエさんからお聞きしました……」


 彼女は足に置いた手を強く握った。はらはらと涙がこぼれ落ちる。

 茉莉花は古くから結月と縁があり、彼をずっと支えてきた。彼女の気持ちを分かるなどとは到底言えない。けれど、大切に想う人が奪われると考えて胸が苦しくなるのは一緒だと思った。


「……茉莉花さんが納得できないのは当然です。落ち着いたら、私の方から離縁を申し出ますから」

「なぜそんなことを言うんです? わたしのせいですか⁉︎」


「違います。『君は災禍を引き寄せる相があって、いつか近くのものを不幸に導く』。……昔、実家にいるときにある男の子からそう言われました。その男の子は……茉莉花さんが引き合わせたあの男性です」


 茉莉花の顔から色が失せる。紫乃は視線をわずかに落とし、平静を務めながら言葉を続けた。


「あの人には先を見る異能があるのでしょう。そんな人が私のことをそう観た。そして、まともな人たちと交わっても本質は変わらないのだと言いました。私は……みなさんのそばにいてはいけないんです」


「そんなことありません! お忘れですか? あの日、あなたは結月を助けたのですよ? あなたがいなければ結月どころか……」


 そこまで言いかけて、茉莉花は悔しそうに口を噤んだ。彼女は乱暴に袖で目元を拭い、居住まいを正す。


「……こんなことを私が言う資格はないと分かっています。ですが、どうかもっと冷静になって、結月と話し合ってください。結月にはあなたが必要なんです」


 落ち着いたらまた屋敷の方に伺います。それだけ告げて、茉莉花は病室を後にした。

 急に静かになった部屋がもの寂しい。疲労を感じて、紫乃は体を寝台に預ける。

 どうか皆が幸せでありますようにと願いながら、そっと目を閉じた。









 紫乃が退院したのは、あの騒動が起こってから二週間経った頃だった。結月は搬送されてから五日目に退院し、既に任務にあたっているのだという。倒れたのにもかかわらず、すぐに呪詛の浄化をこなしているというのだから胸が痛む。

 周平の付き添いのもと天宮家の馬車に乗り込み、紫乃は屋敷へと戻った。しばらく走ると見慣れ始めた景色が車窓を流れ始めて心音が早まっていく。屋敷の手前で馬車が止まり、紫乃は眩しい光の中に出ていった。

 婚姻を果たし、屋敷に来てからほんの数ヶ月。だというのに、屋敷の門を前にして懐かしさと安堵が胸に込み上げてくる。ここにいたい。けれど、門を跨いだら縋ってしまいそうで怖かった。自然と視線が落ちてしまう。


「紫乃さん」


 名前を呼ばれて紫乃は顔を上げる。玄関から歩いてくるのは黒髪の男性だ。結月が門をくぐった瞬間、ふわりと身を寄せられる。

 優しくて、温かい抱擁。安堵に満ちた、穏やかな声が耳元に降り落ちる。


「おかえりなさい」


 その温もりに抗うことなどできなかった。紫乃は結月に腕を回し、ポロポロと涙を落とす。


「ただいま、帰りました……」


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