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依代の君と望まれぬ花嫁の幸福論  作者: 立藤夕貴
6話 寿星と災星、沈む時代に並び立つ
35/40

6ー6

 識が先導する中、結月は夜道を駆ける。屋敷から少し離れた道端に小型の馬車が止まっていた。禍弥討伐隊の馬車だ。道中で紫乃を見つけた場合に乗せようと借用してきたものだという。馬車にたどり着き、識が御者台に乗り込みながら声を張りあげる。


「東部に向かってください。細かい指示は都度出します!」


 識の気迫に異常事態だと察したのだろう。乗り込むや否や、馬車が走り出した。

 ゆっくりとした足取りから徐々に加速していく。その間延びした時間が焦燥感を掻き立てた。馬があればもう少し融通が利いたのだろう。もう外に出ることなどないと思っていて、有事の際の移動手段を持っていなかった。今になって自分の浅慮さを恨めしく思う。


 御者台に乗り込んだ識が指示を出している様子が窓越しに見える。帝都の東側からは今も異様な空気と禍弥の気配を感じる。東部の区画に入ったところで馬車が止まった。空気がひどく澱んで体が重怠い。これ以上、馬車を近づけない方がいいと判断したゆえに止めたのだろう。

 そのとき、ちょうど鐘が鳴り響いた。緊急事態を知らせる鐘だ。討伐体の巡回者も異変を感知して伝令箋を出したのだろう。一般市民は基本的に夜は屋外に出ないが、万が一ということもある。これで少しでも危険が回避されればいい。

 

「東部二番街、第三番街に禍弥の出現を複数感知。先行して処理に入る。応援を要請する。――天宮識」


 識が伝令箋に息を吹きかけて送り出す。彼は馬車を降りると御者に告げた。


「退避してください。伝令箋を出していますが、現状の報告もお願いします」


 (めい)によって馬車が離れていくのを見届ける間、識はじっと目の前を注視していた。数秒間ののち、彼は結月に声をかける。


「俺が先導します」

「ああ」


 二人は街灯が照らす夜道を無言のまま駆け出した。識の誘導のもと、大きい通りから徐々に横へと逸れていく。空気の澱みが強くなってきたと感じた瞬間、脇道からゆらりと影がゆらめき出た。

 煌めく荊棘が空を迸り、結月は抜刀と同時に切り落とす。黒い薔薇をあふれんばかりに咲かせた禍弥が腕を伸ばした。その手を(かわ)し、結月は刀で足を薙ぎ払う。平衡を失った禍弥が倒れかけるが、荊棘がすんでのところで支えた。心臓を狙って袈裟懸けに斬りつけるもなお、禍弥は倒れない。


「右目の黒薔薇と左の腸骨!」


 識の声が轟き、結月はすかさず右目の黒薔薇を穿(うが)った。悲鳴のような怪音を聞き流しながら、結月は腸骨を目掛けて刀を振るった。パリンという甲高い音とともに禍弥がくずおれる。地面に臥した瞬間、禍弥は光を伴って消失し始めた。結月はそれを言葉なく見据える。

 黒薔薇を体に溢れんばかりに咲かせた禍弥。どう見ても狂花している個体だ。完全狂花している禍弥を見るのは五年ぶりだろうか。星原家の男の言葉が頭の中に蘇る。


 ――寿星と災星、沈む時代に並び立つ。故に世界は人々に鳴動をもたらすだろう。


 その言葉が本当だとしたら、紫乃はおそらく。


「兄上、少し寄り道してもいいですか?」


 走り寄ってきた識に声をかけられ、結月は我に返る。緊張が滲む識を目にして否という言葉はなかった。


「ああ」


 二人は再び走り出した。細い路地を抜け、少し大きめの通りに出る。そこにあった姿を見て結月は思わず声を上げていた。


「茉莉花⁉︎」


 道には袴姿の茉莉花が銃を構えて立っていた。結月と識を見て、彼女は強張っていた顔を微かに緩めて銃を下ろした。結月はすぐさま茉莉花に駆け寄る。


「どうしてここに?」

「そ、それは……。紫乃がいなくなったと、識が、言っていたから……」


 結月は数秒置いて、彼女が紫乃を探していたのだと理解する。その間に変異に遭遇してしまったということだろうか。


「一人じゃ危険だ。一緒に行こう」


 結月の提案に茉莉花は逡巡する。しかし、その隙に禍弥の荊棘が地中から這い出してきて、識が切り落とした。彼は離れたところに禍弥の姿を見つけて声を張る。


「頭蓋骨中央!」


 識の一声とともに茉莉花が禍弥の頭蓋骨を撃ち抜く。禍弥は体を大きく後ろにのけぞらせて、そのまま倒れた。悠長にしていられないと察したのだろう。茉莉花はすぐに結月たちに向き直った。


「分かりました。一緒に行かせてください」


 識に目配せすると、彼は頷いて駆け出した。道中で禍弥を二体見つけて屠る。どちらも自分たちと同じ方向に向かっていることに気がついて、嫌な汗が額を伝った。そして、道の片隅で倒れている人を見て、結月は慌てて駆け寄った。


「紫乃さん!」


 しかし、その足は直前で止まった。

 赤黒い血が地面に落ちていてた。よく見ると紫乃の口と手にも付着している。顔は色を失い、ぐったりとしていた。

 その光景を目の前にして、まるで頭を鈍器に殴られたような感覚がした。その中で誰よりも先に動いたのは茉莉花だった。彼女は素早く彼女のもとに屈み込むと脈や呼吸を確認する。


「呼吸と脈はあります!」


 叱咤するような声で結月は我に返る。その間にも茉莉花は紫乃の体を左横向きにして膝を曲げさせた。結月は懐から呪符を取り出し、茉莉花たちに向かって言霊を紡ぐ。


「この呪符に示す名において、現世の身を隠せ」


 微かに光を発すると呪符は宙に溶けて消えた。これで禍弥からは茉莉花たちを認知できなくなったはずだ。結月は識に視線を移す。


「識。他に禍弥は?」

「……周囲にはいないはず。ただ、変なところがあるんだけど……はっきりしなくて」


 禍弥の呪詛が予想以上に場に溜まっていて、洞観が上手くできていないのだろう。身近に危険がないならば早急に呪詛を祓うべきだと考え、結月は識に声をかける。


「今から呪詛を祓う。二人を頼んだ。――解」


 結月の本来の姿を隠す《隠蔽》は《依代》の異能も抑制してしまう。全力で行使するなら異能を解くしかない。今は警鐘が鳴っているので外に出てくる一般市民はいないため、解除しても問題ないだろうという判断だった。

 黒い髪が一瞬にして白に戻る。識が周囲への警戒を強める中、結月は手を前方に差し出した。


「この身を寿星に(きょう)す」


 言霊を紡いだ途端、背に悪寒が走った。襲いかかる不快感と痛みに折れないよう、結月は足と腹に力を込める。見る間に髪と腕全体が墨色に染まり、左頬が焼けるように痛んだ。おそらく、顔に紋様が浮き出ているだろう。臓器の大半、もしくは心臓に呪詛が達すれは結月とて命が危うい。黒薔薇が次々と咲き、腹まで寒気が迫り上がってきた。冷たくなる体が死を連想させる。

 ほのかに気の流れが変わる感覚がして、結月はハッとする。紫乃を介抱する茉莉花と目が合った。おそらく異能で補佐をしてくれているのだろう。結月は気持ちを入れ直す。彼女たちを安全なところへ移すまでは死ねないのだ。


「依代の君の名のもと、ここに正常を体現せよ!」


 結月を中心にぶわりと風が巻き起こった。茉莉花の異能のおかげで、立ち込めていた重苦しい空気が一掃されていく。しかし、取り込んだ呪詛のせいで体が異常なほど重い。


「兄上、後!」

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