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依代の君と望まれぬ花嫁の幸福論  作者: 立藤夕貴
6話 寿星と災星、沈む時代に並び立つ
30/40

6ー1

 翌日の午後、紫乃は予定通り禍弥討伐隊本部を訪れた。向かう場所は本部の片隅にある小さな棟だ。資料館の中の一室を訓練用に貸してもらうことになっている。部屋には机と椅子が二脚、窓辺に長台が設えられていた。

 目の前に座す茉莉花を前にして緊張が増す。部屋で合流した茉莉花は全身で不機嫌を主張していた。そんなに自分のことが嫌ならば、なぜこの要請を受けたのだろうか。純粋に気になったが、尋ねたら火に油を注ぐどころか噴火しそうなのですぐにやめた。


「それでは始めさせていただきます。とりあえず私の気の流れを統御してみてください」

「は、はい」


 紫乃は言われるがまま、茉莉花の手を取る。すらりとしているが、思っていたよりも固めの感触がして、仕事をしている人の手だと思った。

 雑念を払い、紫乃は目を伏せる。気の同化を始めるが、少し抵抗感があって上手く馴染まない。しばらく続けていたが、結局は上手く気の同化ができないまま茉莉花に制止された。


「力を抜いてください。能動的に同化しようとするのは結構ですが、あなたはいささか自我が強すぎます。もっと相手に染まるような感覚で臨んでください」


 そう言って、今度は茉莉花が紫乃の手を取る。温かな感覚がしたあとに気の流れが変わるのを感じた。抵抗感は拭えないものの、気が同化できていた。茉莉花が予想外にあっさりと同化させてしまって驚いてしまう。


「このような感じです。確かにあなたは同化しやすい人としにくい人の差が激しいようですが、気張りすぎて妨げている節があります。もう一度やってみてください」

「は、はい」


 茉莉花に促されて紫乃は再び手を取った。彼女に言われたように、相手の気と馴染ませるよう心をなだらかにする。先程よりも抵抗感は薄れていたが、やはり統御できるほどには至らない。だからこそ、茉莉花の技術力の高さを実感した。


「まあいいでしょう。それじゃあ、次に行ってみましょうか」


 茉莉花はそう言い残して部屋の片隅に歩いていく。窓際には腰の高さほどの長台があり、三つの鉢植えが並べられていた。茉莉花は振り返り、紫乃を見据えながら説明を続ける。


「一般的な植物を使って気の流れの統御を練習していただきます。一番左の鉢は比較用、中央が私が育成するもの。一番右があなたの鉢です」


 説明されて紫乃は閉口する。

 すべての生命には気が宿る。それは植物も同様だ。樹齢の長い樹木はご神木として(まつ)られるほどに清浄な気を宿していることがあり、その力を借りることがあることは紫乃も知っている。


 しかし、人と動物、植物は構造が違う。差異が大きければ大きいほど、気の統御をするのが難しくなるのが通例である。紫乃は人の気を統御することさえ難しいので、植物の生育補助というのは至難の業ではないだろうと思うのだが、当然言い出せる空気ではない。


「何か申し立てたいことでもありますか?」

「いえ……ありません」


 まずは訓練に集中したほうがいいだろう。そう思って紫乃は一番右の鉢に視線を移す。


「補足ですが、禍弥の呪詛に少し汚染されている植物です。仙道家の異能は対象者と気を同化させて管内を浄化させる異能と聞いています。実践に近い形で修練したほうが身につくかと思いまして、このような形にしました」


 茉莉花の言うことはもっともだと思う。出自が露見し、汚点とされるまでは実家でも似たような訓練はしていた。過去の苦い思い出が蘇って心苦しくなるが、今はあのときとは違う。茉莉花のようにはなれないにしろ、練習を繰り返せば少しはマシになるかもしれないと思って気持ちを入れ直す。


「承知しました。やってみます」

「それではわたしはここで失礼します。夕方にまた参りますから、しっかりやってくださいね」


 そう言い残すと茉莉花はさっと(きびす)を返した。ひとまず確認のために長台に近づいて、一番右端の鉢に視線を落とした。

 黒ずんだ土に植えられている野草は覇気がなかった。細長い葉を摘み、親指の腹で優しくなぞる。紫乃は気合を入れ直すと、目の前にある植物に意識を集中した。

 しかし、気合を入れ直したところで、そう簡単に物事が変わるわけではない。訓練を始めて一週間。萎れきった植物を見て茉莉花は嘆息した。


「ひどい有様ですね」

「……すみません」


 紫乃は深く頭を下げる。これまでに三つの株を枯らしてしまった。対して茉莉花の鉢は見違えるような姿に育っている。茉莉花は腕を組み、頭を下げ続ける紫乃を見下げた。


「もうお止めになった方がいいんではないですか? 時間の無駄ですよ」


 茉莉花の言葉を受けて、紫乃は頭を上げる。まだ訓練を始めて一週間だ。ここで折れてしまっては、協力してくれている茉莉花やカナエたちに申し訳が立たない。不甲斐なさを噛み締めながら、紫乃は茉莉花に願い出る。


「お手を煩わせて大変申し訳ないと思っています。でも、もう少しだけお力を貸していただけないでしょうか?」

「……好きになさい。今日はとりあえずおかえりになってください。結月に心配をかけたくはありませんから」


 しっしと手で払われてしまってはどうすることもできない。失礼しますと紫乃は頭を下げてから、訓練室を後にした。








 部屋に一人残った茉莉花は椅子に腰掛け、頬杖をついて嘆息した。

 差を見せつければ諦めるだろうと思っていたのだが、意外にも紫乃は折れなかった。変わらずに本部に通い、育つかも分からない植物を育てている。茉莉花は書類をパラパラと捲りながら独り言つ。


「こんなのでは育つものも育たないというのに」


 長台の右端にある植物の葉を摘み、親指の腹でなぞる。ちょうどそのとき、部屋の扉が開く音がして茉莉花は振り返り、途端にスッと目を細めた。


「何やってるんですか、茉莉花さん?」


 開けた扉の先にいたのは制服姿の識だ。彼は中に入ってると、腕を組んで扉に背を預けた。


「それはこちらの台詞よ、識。コソコソと嗅ぎ回っているのは男らしくないのではなくて?」

「紫乃様にチクチク嫌がらせをしている茉莉花さんには言われたくないんですけど」


 そう言うや否や、識は茉莉花が先ほど触れていた右の鉢を指差した。


「これ、気の流れが統御しにくいようにいじってるじゃないですか。この訓練、茉莉花さんたちの隊でもなかなか簡単にこなせるものじゃないのに。紫乃様にやらせるなんて陰湿ですよ」


 識の瞳に剣呑な光が宿る。彼の異能で差異を見破ったのだろう。しかし、それは想定済みだ。


「このくらいで音を上げるようなら、結月の妻など務まらないでしょう? 何事も鍛錬です」


 茉莉花はふんと鼻を鳴らす。《依代の君》はこの国の要だ。結月を支えるには中途半端な覚悟も異能も何ら役に立たない。結月の隣をかっさらっていったのだ。これぐらい音を上げずにこなしてもらわなければ溜飲が下がらないというものだ。

 識は眉間に深い皺を刻むと、投げやり気味に言い放つ。


「俺、茉莉花さんの部下には絶対なりたくなーい」

「あら、奇遇ですね。私も部下を持つなら、もっと優しくて強くて、気が利く方がいいです」


 双方じとりと睨み合う。十数秒ののち、識が目を伏せて大仰にため息をついた。


「……はあ、やめましょう。不毛なことこの上ない」


 それについては茉莉花も同意だった。早く出ていってくれないものかと思いながら、持ってきていた資料に目を走らせる。今まで紫乃が行ってきた訓練の詳細が記載されているものだ。同じ植物でも気の浄化の程度に差がある。統御にムラがあるということだろう。

 茉莉花さんという静かな呼びかけが耳を打つ。薄暗い世界では識の表情は推し量りにくい。


「もう兄上のそばにいなくてもいいんですよ」


 落ち着いた声音が部屋に広がったあと、沈黙が降り積もる。茉莉花はその沈黙を振り払うように識に返した。


「あなたもそんなふうに言うのですね。……何を言われようとも、わたしの気持ちは昔から変わっていません。それに、やっていることが決して間違いとも思っていませんから」


 まるで海の底のような静けさが訪れる。嫌味を山のように浴びせられるだろうと身構えていたが、識は複雑な表情を浮かべて一言だけ返した。


「……そうですか。俺はこれで失礼します」


 識が踵を返し、部屋を後にする。小さく音を立てる扉が物悲しい。茉莉花は備え付けの椅子に腰をかけた。

 遠い記憶がふと頭にちらつく。茉莉花はそれを振り払うように、地下の射撃用の訓練室に向かった。


 階段を降りると三つの部屋があり、一番奥の部屋に入った。重い音が耳をつく。女性隊員が三人ほど的に向かって射撃訓練を行なっていた。支援隊は女性が多く所属しているため、自分の身を守るために射撃が訓練に組み込まれていた。茉莉花は手続きを済ませて所定の位置に立ち、銃を構える。

 結月となんのわだかまりがなく話せたのはいつまでだっただろうか。織と二人で最後に面と向かって話をしたのは、果たしていつだったろう。

 的を前に、後悔とも渇望ともつかない思いが胸の中に去来する。茉莉花は浮かび上がった感情をひたすら打ち消していった。


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