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依代の君と望まれぬ花嫁の幸福論  作者: 立藤夕貴
5話 境界を越える
29/40

5ー6

 戻った結月と紫乃を周平が出迎えてくれた。屋敷の中からはご飯が炊ける甘い香りが漂っている。着替えを済ませて部屋を出ると、ちょうど廊下で紫乃と顔を合わせた。


「元に戻されたんですね」

「ええ。……やっぱり、この色はちょっと変ですよね」


 落ち着かなくて結月は指先で髪をいじる。普通、髪色といえば黒や茶色だ。幼いときはそれほど気にとめなかったが、街中を行き交う人を見て自分の異様さを改めて思い知った。


「いえ。どちらも結月さんに似合っていて、私は好きですよ」


 そんな言葉が降り掛かってきて、結月は視線を上げる。目の前には穏やかに笑う紫乃の姿があった。この特異的な身なりでも異形の姿でも、彼女は変わらずそばにいてくれようとする。


「……そうですか。ありがとうございます」


 今日はもらってばかりだと心底思う。二人で食堂に向かうと既に四人分の食事が用意してあった。今日はカナエが腕を振るうと張り切っていたが、その宣言通りテーブルの上には腕によりをかけた食事が並んでいた。

 ご飯に豆腐とわかめの味噌汁。主菜は金目鯛の煮付け。副菜は茄子とオクラの揚げ浸し、小松菜と人参の白和え。香の物は茗荷の酢漬けだ。素朴であるが馴染み深くて安心感のある食事だ。

 味噌汁を(すす)って結月は息を吐く。隣に座る周平は金目鯛の煮付けを口にして顔を綻ばせた。


「カナエさんの食事は本当に美味しいですね」

「この煮付けの味付け、教えてほしいです」

「ふふ。お二人にそう言ってもらえると嬉しいです」


 真剣な表情で申し出る紫乃を見てカナエが嬉しそうに笑った。談笑している光景を見るだけでも嬉しくなる。こんなふうに穏やかなひとときを過ごせるようになるとは思ってもみなかった。他愛もない日常が愛しいと感じる。

 食事を終えて本家側の仕事があるという周平を皆で見送った。残していた仕事を終えて寝所に向かうと、既に紫乃が支度を済ませて待っていた。彼女は結月を見るなり頭を下げる。


「今日は楽しかったです。着物もありがとうございました」

「いえ。こちらこそ楽しかったです。ありがとうございます」


 仕事をただこなし、体調が思わしくないときは臥せってやり過ごすだけの日々だった。それが今や一日があっという間に過ぎていく。こんな穏やかな一日が終わってしまうのだと思うと名残惜しくなる。


「あの、藤原呉服店は結月さんのお母様が懇意にしていたお店なんですよね? その……お母様は?」


 紫乃の言葉に結月は目を瞬かせた。母の話すらしていなかったのだと今になって知る。紫乃とは契約結婚であって、深く話す必要はないと思っていたのだ。

 今更かもしれないが、彼女ともっと話そうと思った。話すことは得意ではないし、人に語れるような華々しい思い出もない。けれど、この穏やかな時間を彼女ともっと共有したかった。


「母は僕が九歳のときに亡くなっています。《依代》の子を産んだ母親は皆、早世なんだそうです」


 紫乃はそうですか、と神妙そうな面持ちで相槌を打った。懇意にしていた、という言葉から他界していることは察していたのだろう。結月は昔を思い馳せながら言葉を紡ぐ。


「自分をしっかりと持っている人でした。前にも言いましたが、父上にも物怖じしない人で自分の意見をきちんと進言していました。異能の優劣で人を見ない……明るくて、人を惹き付ける人でした。母のお陰で僕たち兄弟はつながっていられたと言っても過言ではないんです」

「そうなんですか?」

「ええ。兄上の母は父と反りが合わないようでろくに会話もなかったようです。兄上にもあまり干渉せず、代わりによく母がかまっていました。識の母親は繊細な人で兄上の母とは反りが合わなかったようですが、母には心を開いていたようで親しくしていました。母が亡くなったあとは別邸に行かれてしまって、それからはあまり識と顔を合わせる機会がなくなってしまったんですけどね」


 話しながら結月は幼い頃を反芻する。普通とは異なる形の家族。それでもどうにか成り立っていたのは紛れもなく母の存在のおかげだと思う。


「思い返すと常識にとらわれない人だったなと思います。家柄関係なく家に友人を呼んだり、僕らにも友人を誘うように言いつけて。そのお陰で周平さんと出会えたりもしたんですが。よくよく考えると、そんな母のことをよく父が受け入れていたなと思います」

「……素敵な方ですね。ぜひ、お会いしてみたかったです」


 紫乃は残念だというように眉を下げた。思っても見なかった言葉を耳して結月は目を丸くし、次いで穏やかに笑った。


「そうですね」


 母のことだ。ひたむきに生きてきた紫乃のことを気に入ってくれるだろう。もしという仮定の話は普段することはないけれど、このときばかりは二人が一緒にいたらとどうなっただろうと思い馳せたくなる。せっかく家族の話になったので、結月も気になっていたことを尋ねてみる。


「紫乃さんは確か、弟さんがいらしたんですよね?」

「はい。十五になって、今は禍弥討伐隊に所属しています」


 基本的に禍弥討伐隊の隊員は寄宿舎で下宿をすることになっている。御三家やその親戚、妻帯者や階級を与えられた者などは家門の仕事も発生する。そのために寄宿舎から離れることもあるが少数派だ。顔を合わせる機会はあまりないだろう。


「どんな弟さんなんですか?」

「普通の子ですよ。小さいころはやんちゃでした。頑張り屋で、気遣い屋で……。住吉家で珍しく《破邪》の異能が発現した子で、家のために頑張りたいって禍弥討伐部隊に志願したんです」


 困ったように笑う紫乃を見て、自然と口を噤む。異能によって優劣がつけられてしまうこの世界では、住吉家はさぞ生きづらかっただろう。彼女の弟が家を盛り返したいという気持ちを抱くのは当然だとも思った。しかし、当然ながら禍弥討伐隊の任務は相応の危険が伴う。今は新人研修だろうからいいけれど、紫乃も気が気ではないだろう。喜好や三島の顔が脳裏に浮かぶ。紫乃が大切だと思う人達に危険が及ばないようにしたいと自然と思った。

 兄の暁斗のように禍弥を一掃する力はない。けれど、自分には呪詛を祓うことができる。暮らしやすい世界を維持することは可能なはずだ。自然と身が引き締まる。誰かのために異能を使いたい、役立てたいと思えたのはもしかしたら初めてかもしれない。


「そうなんですね。紫乃さんは明日は本部に行くんですよね?」

「はい。そうです」


 紫乃は苦笑いを浮かべる。紫乃の訓練相手の変更を申し出たところ、茉莉花が立候補したそうでそのまま決定したらしい。紫乃が気まずそうにするのも致し方ないと思う。

 結局、茉莉花は継続して屋敷を訪れることになった。二人の異能を併用すれば、結月の体調が安定するかもしれないという好機だ。ここで父が茉莉花を引き下がらせるわけなどない。それを突っぱねるだけの発言力がないことが、この上なく不甲斐なかった。塞ぎそうになる気持ちを奮い立たせる。


「くれぐれも無理はしないでください。それと……よければ、また一緒に出かけましょう」


 紫乃はきょとんとした顔をしたあと、満面の笑みを浮かべた。


「はい。ぜひ」


 屈託のない笑顔がいつもより幼い印象を与える。ようやく訪れた安寧と彼女のためなら何でもできると思った。そして、この国を守りたいと自然に思えた。


「今日はもう寝ましょう。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」


 紫乃の挨拶を聞き届け、それぞれの布団へと潜り込む。こんな穏やかな日常が続けばいいのにと思いながら、奥底で不安が芽吹くのを感じていた。

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