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依代の君と望まれぬ花嫁の幸福論  作者: 立藤夕貴
5話 境界を越える
28/40

5ー5

 だんだんと周囲の様子が変わり、和と洋の建物が入り混じる。馬車が向かうのは帝都の中心。行き交う人々も華やかだ。紫乃の表情に少しだけ困惑が滲んでいた。結月自身もここまで出かけようと思えたことが不思議だった。煌びやかな街や人々が眩しく感じる。


 馬車を降りて五分ほど歩くと目的地が見えてきた。古めかしい和の店舗の看板には藤原(ふじわら)呉服店という名が書かれていて、先客が出てきた。結月に先導されて店の中に入り、紫乃は目に入った光景に感嘆の息をついた。


 衣紋掛けに掛けられた着物。色とりどりの帯や反物。髪飾りや巾着などが整然と並んでいる。直に店舗に来たのは五年ぶりだったので大きく変わっていてもおかしくなかったが、以前からあった奥ゆかしさは損なわれていない。むしろ、洗練されているように思える。ちょうど人が()けたのか、他の客はいなかった。


 五十歳ぐらいの男性がいらっしゃいませと言いかけ、大きく目を見開く。彼は慌てて結月のもとに駆け寄った。店主が変わりなさそうに働いているのを見て、結月は一人安堵していた。


「お久しぶりです」

「結月様! 御用がありましたら、お呼び立てしていただければ伺いましたのに……!」

「お店のほうが品物が揃っていますし、皆さんの手を煩わせなくて済みますから」


 店主は喜びと戸惑いが隠せない様子だ。大きな声に誘われたのだろう。奥から女性が出てきた。店主の妻だ。女将もまた、結月の姿を見て感涙している。

 店主は結月の横に立つ紫乃に気がついて、まじまじと見つめた。紫乃は少し居心地が悪そうで身を竦めている。


「ええと、こちらの方は……?」

「僕の妻です」

「こちらのお方がそうでしたか! いやいや、思っていた以上の美人さまで、結月様と並んでいるところは眼福でございます」

「紫乃様でしたわよね? お目にかかれて光栄です!」


 女将がずいと迫り、紫乃の手を取った。店主と女将の勢いが半端ないので紫乃が気圧されている。そんな紫乃に対して結月は改めて二人を紹介した。


「藤原呉服店の主人と奥様です。母が懇意にしていた呉服屋で、僕もよくお世話になっています。普段は屋敷に来てもらっているんですが、今日はせっかくなので伺ったんです」


 母曰くどれも品質が良く、流行のものはもちろん、風変わりな物も取り揃えていて気に入ったのだという。幼い頃に母に連れられてきて、着物を見繕うのはいつもここだった。

 藤原家は異能者の権力争いに辟易して一線を退き、長いこと市井に紛れて商いをしている。表舞台に立つことはないが、禍弥用の道具の製作に尽力してもらっていた。異能一族として結月の《依代》についても知っているので気兼ねしなくていい。店に結婚報告の手紙を出したものの、結月も紫乃も忙しくて屋敷に来てもらう機会を持てなかったのだ。


「そうだったんですね」


 合点がいったようで紫乃はようやく顔を緩めた。初めから言っておけばよかったのだが、遠慮されては困ると思って詳細を伏せて店を訪れたのだ。早速、結月は女将に声をかける。


「今日は彼女に見合う着物を見繕っていただけませんか? いい反物があれば仕立てていただくのでも構いません」

「承知いたしました! それでは紫乃様、どうぞこちらへ」

「え、えっ?」


 満面の笑みを浮かべる女将に背を押されながら、紫乃は店の奥へと消えていった。あそこまで張り切っている女将は見たことがないので、選定には相応に時間がかかりそうだ。でも、それもいいと思った。待つ時間さえ楽しく思う。そんな結月を店主は感慨深そうに見つめた。


「結月様がご結婚されたと聞いて、本当に嬉しかったですよ。祝言はあげないと聞いてとても残念でしたが、いい表情をされていて安心いたしました」


 店主の言葉に結月は困ったように眉根を下げる。本来ならば祝言用の着物も見繕えば店のためになったのだろう。しかし、結月は立場上盛大にはできないし、自分が死んだ後の紫乃のことを考えると祝言はしない方が良いと思ったのだ。


「それでは結月様もこちらへどうぞ」

「え?」


 店主の言葉に結月は目を瞬かせる。呆ける結月に対して店主は両腰に手を当てた。


「え? ではないですよ。奥様と歩かれるのですから、結月様にもそれ相応の身だしなみをしていただかなければ。隣に立つ旦那様がだらしなくては目も当てられないでしょう?」

「でも……」

「でももへちまもございません! さあ、行きますよ」


 結月も強制的に店の奥へと連行され、あれやこれやと着物を見繕われる。男物の着物なんてそれほど大差ないと思っていたが、相応に値が張るものはやはり袖を通すと気持ちがいいのだと改めて知った。気に入った品と勧められた物を買い付けることにして紫乃を待っていると、奥から女将が姿を現した。


「結月様、いかがでしょうか?」


 白練色(しろねりいろ)の生地に描かれるのは金の滝と青から赤へと色づいていく紅葉。華文(かもん)が織り出された唐織(からおり)の帯が全体を引き締めている。さらりと肩に落ちる黒髪がよく映え、奥ゆかしい美しさが目を引いた。紫乃は気恥ずかしそうに視線を落とす。


「……あ、あまり見られると、困ります……」

「すみません」


 まじまじと見すぎていたと気がついて、結月は慌ててそう返した。にこにこと微笑む女将の視線が痛い。紫乃はそれから何度か着替えさせられて、その中から本人が気に入ったもの、女将のお勧め、結月の意見をもとにして三着を買い付けることになった。髪飾りなどの小物も買い揃えてはと女将に勧められたが、紫乃がこれ以上は駄目ですと恐縮しきってしまったため、また後日ということになってしまった。


「またいらしてください。お忙しければこちらから伺いますので、遠慮なくお申し付けください」


 店主と女将は店先で深々と頭を下げる。彼らは結月たちの姿が見えなくなるまで見送ってくれた。

 帰りがけ、周平とカナエへの手土産を買いに夕凪亭へ寄った。最中と味噌煎餅を買って帰る。甘いものだけでなく、辛いものもあったほうがいいということで煎餅を選んだ。


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