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「いえ。あなたは何があっても揺らがない方だと思っていました。だから、安心しました」
「僕はそんなにできた人間じゃありません。あんな態度を取っておいて、あなたを迎えに行くことすらできない……傲慢で臆病な人間です」
続いた結月の言葉は自嘲に満ちていた。識の言葉がふっと蘇る。
――紫乃様と兄上って、そういうところ、ちょっと似てますよね。
今なら、識の言葉が少しだけ理解できる。しかし、責任をまっとうすべく日々任務をこなし、怨嗟を抱かないよう独りで死んでいくことを決めた彼と自分は根本的に違うのだ。
紫乃は口を開きかけて噤む。ずっと秘めていた事実を口にしてしまったら、もう元には戻れなくなる。そう感じて、紫乃は慌てて違う方向へと話題を変えた。
「いえ。きちんと迎えに来てくださったじゃないですか。そういえば幼い頃、一緒に街に出かけていたと識さんからお聞きしました。どんな感じだったんですか?」
一瞬、虚をつれたようだったが、結月はすぐに渋い表情をして悪態をついた。
「…………あいつ……」
それは奔放な弟に手を焼く兄の顔そのもので、思わず顔が緩んでしまう。結月は仕方なさそうに質問に答えてくれた。
「この見た目ですので、そう外には出してもらえなかったんですけど。母が物怖じしない人だったので、外に出させてほしいと当主様に願い出てくれて。たまに髪色を変えて街に出かけていました」
「周平さんとは、そのときからのお付き合い合ったんですよね? 周平さんの異能で髪色を隠してもらって、こっそり出かけて怒られたこともあると……」
結月が額に手を当てて、この上なく深いため息を付いた。紫乃にとっては微笑ましい光景であるが、結月にとってはいわゆる知られたくない過去だったのかもしれないと、そこでようやく気がつく。
「……そうです。こっそり識を連れて街に出かけていました。見つかって大人たちに叱られたあと、識にもさんざん怒られました」
結月の不貞腐れた様子が新鮮で微笑ましい。識と結月が昔のことを話してくれたお陰で、遠かった彼らとの距離が近くなったきがした。結月は先程とは一転して、寂しそうな笑みを浮かべる。
「昔は僕が識の手を引いていたのに、いつの間にかずいぶん大きくなって……追い越されてしまいました。久しぶりに会ったとき、見違えるように明るくなっていて驚いたのを今でも覚えています。識がいる空間は笑顔で溢れているんです。……あなたが識のもとに行っても、仕方がないと思っていました」
そんなことを思ってくれていたのかと素直に思った。むしろ、紫乃のほうがいつ追い出されてもおかしくない立場だったから尚更だ。結月は居住まいを正すと紫乃に頭を下げた。
「茉莉花のこと、曖昧にしていてすみません。でも、僕が何を言おうと当主様……父の意向と決定は覆らないでしょう。ですから、僕から茉莉花にはきちんと線引をするように伝えます」
「……はい」
それは紫乃も重々承知している。こうして結月が距離を取ると明言してくれたことにホッとした。仕方がないこととはいえ、見ていて気持ちいいものではなかったから。 結月は視線を落とし、軽く目を伏せたまま続けた。
「実は僕たち兄弟は皆、母親が違うんですよ」
「え?」
「すべてが強い異能を持つ子を産ませるための政略結婚でした。誰が強い子を産めるのかという試験的な側面もあったのでしょう。実のところ兄上には弟がいますが、表立って公表されていません。異能が父の望む基準を満たしていなかったからです。それ以外でも力を発揮できるところはあるだろうに、父は持って生まれた異能で見限って、その投資すらしなかった。識の妹には目をかけてすらいませんしね」
結月の言葉を聞いて、紫乃の背筋に冷たい感覚が走る。確かに三人ともどことなく雰囲気が違うとは思っていた。性格的なところ、見た目によるところが大きいと思っていたのだが、まさか全員母親が違うとは思ってもみなかった。結月の言葉に連動して、紫乃の頭に古い記憶が蘇る。
――おぞましい子。
「それに加えて、父は茉莉花の気持ちを見越してこの屋敷に通わせています。あなたとの子ができるのが一番なのでしょうが、愛人の子でも構わないと思っている。むしろ、僕の先が長くないのなら、もっとそういった関係の女性を増やしたいとすら考えていると思います」
結月は膝に手をおいている手を強く握り、自嘲的な笑みを浮かべた。
「父は……天宮家は、そういうところなんです。おぞましいでしょう?」
どくどくと心臓が脈打つ。ひどく息苦しい。
――君は穢れている。災禍を引き寄せる相があって、いつか近くのものを不幸に導く。いずれ、その身をもって知るときがくるよ。
いつか聞いた言葉が頭の中にこだまする。自然と前かがみになって胸を押さえていた。困惑が滲む声が耳を打つ。
「紫乃さん……?」
「……私のほうが、よっぽどおぞましいです」
「え?」
「私、不義の子なんです。仙道家当主の、弟の……子供なんです」
温かな空気がすっと冷えるのを感じた。




