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依代の君と望まれぬ花嫁の幸福論  作者: 立藤夕貴
4話 秘匿の告白
21/40

4ー3

 紫乃の要望を受けて住吉家へと足を運ぶ。事前連絡なく訪れてしまったが喜好は紫乃を快く出迎えてくれた。必要なものを見繕っているとすっかり暗くなってしまっていた。歩き回ったうえに薬の仕入れをしていれば致し方ないだろう。


「あ、すみません。少し待ってもらっていいですか?」


 馬車に乗り込もうとしたとき、識に声をかけられて紫乃は足を止める。識は何かを探るようにじっと遠くの方を見据えていた。数十秒後、視線が戻ってきて紫乃はおずおずと声をかける。


「どうかされたんですか?」

「んー。いや、ちょっと。……よかったら紫乃様も一緒に来てみますか? 危険はないので」

「……行ってみます」


 識の意味深な発言が気になって、紫乃はそう返した。じゃあ行きましょうと識に促され、紫乃は彼の背を追う。彼が入って行ったのは薄暗い路地裏。そこにあったものを見て、紫乃はかすかに息を呑んだ。

 家屋の隅に咲いていたのは黒薔薇。硝子のような光沢が遠目でも分かる。識は黒薔薇のそばに屈むとポケットから小刀を取り出した。

 根本から幹をサクリと切り落とす。すると途端に黒薔薇はバラバラと崩れて霧散していった。暗く沈んだ世界に舞う光が眩しい。


「禍弥の発生初期です。巡回でこういうのを見つけて処理するのも討伐隊の仕事なんですよ。非番ですけど、紫乃様のご実家に近いですから気になって」

「あの、どうやって見つけたんですか?」


 禍弥の発生初期は成長速度が異様に早く、見つけにくいと聞いたことがある。どうやって見つけたのか素直に気になって、紫乃は尋ねた。


「ああ。俺の異能のこと、ちゃんと話してなかったですもんね。俺の異能は遠くにいる禍弥を感知したり、弱点や急所といった個の特性を看破したりすることができます。異能が強いと人にも作用させることができます」


 識の説明で合点がいった。その異能のおかげで発生初期の禍弥を見つけられたというわけだ。実家の近くにあったと考えるとぞっとした。慌てて紫乃は頭を下げる。


「ありがとうございます」

「いえいえ、お礼には及びませんよ。それじゃあ、帰りましょうか」


 識はそれに対して微笑んで応えた。いつか結月もこんな笑顔を見せてくれればいいのになと思う。

 馬車へと乗り込み、二人は屋敷へと戻る。ずいぶん遅くなってしまったなと思いながら、紫乃は車窓から街を眺めた。街灯に彩られる街が美しい。屋敷より少し離れたところで馬車を止め、紫乃は荷物を受け取ると識に向かって頭を下げた。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ付き合っていただいてありがとうございます。何かあったらいつでも……」

「紫乃さん」


 呼びかけられて振り返る。男性が急ぎ足で歩いてくるのを見て、紫乃は目を大きく見開いた。

 黒髪に金色の瞳の男性――髪と目の色を変えた結月は二人のもとへとたどり着くと、紫乃の手を掴む。


「戻りましょう」

「兄上」


 結月が紫乃の荷物を持った瞬間、声が降り掛かった。結月は微笑みを浮かべる識をじっと見据える。


「ちゃんと手を握っていてあげないと、ダメだよ?」

「……分かってる」


 そう返すと結月は紫乃の手を引いて屋敷へと向かった。何と声をかけていいか分からないまま玄関にたどり着く。戸口の前で結月が振り返って紫乃は慌てて詫びた。


「あ、あの。遅くなって申し訳ありませんでした」


 声が霧散し、しんと空気が静まり返る。連れ出されたのは本意ではないとはいえ、帰ろうと伝える機会はいつでもあったと今更ながらに思った。後悔と不安が波のように押し寄せてくる。


「……識と出かけたきり、帰ってこないかと思っていました」


 俯いたまま、結月はぽつりとこぼした。その声には怯えと後悔が入り混じっていたように思う。

 自分よりも大きいはずの彼がとても小さく見えた。紫乃は結月の手をそっと握り返す。


「戻ってきますよ。……もしかして、外でずっと待っていたんですか?」


 結月は何も返さない。けれど、それは問いに対する答えでもある。

 馬車を降りてすぐ結月は駆け寄ってきた。門の近くにでもいなければ、あれほど早く紫乃たちが帰ってきたことに気づけないだろう。屋敷の門を越えることは結月にとって相当な負担だったはずだ。それでもこうして、一線を越えて迎えに来てくれたのだと思うと、申し訳なさとひそやかな喜びが胸に湧き上がる。


「ありがとうございます。遅くなって、本当にすみません」


 改めて詫びると結月が視線を上げた。その瞳はまるで迷子の子供のように心許なく揺れていた。

 紫乃と結月は屋敷の中へ入り、庭に面した縁側に座って一息つく。空を見上げると星がひっそりと瞬いていた。たった数時間だったのに、穏やかな屋敷の空気に触れて安堵感に包まれていた。

 不意に結月の視線が向く。いつもとは違う、煌々とした金の瞳に吸い込まれそうだ。


「どこに行かれていたんですか?」

「識さんのお勧めのお店へ案内していただいて、喫茶店に寄りました。あと、なくなりそうな薬があったので、実家の方に顔を出して……」


 そこまで言って紫乃は口を噤む。話を聞く結月の表情がだんだんと険しくなっていったからだ。正直に話しすぎただろうかと考えていると、結月が固い表情のまま尋ねた。


「……楽しかったですか?」

「見たことがないものを見るのは楽しかったですけど、私には華やかすぎて……ちょっと疲れてしまいました。お屋敷の方が落ち着きます」


 結月は少し目を見張ると、そうですかと微苦笑を浮かべた。(ぬる)い風が髪を撫でて通り過ぎていく。結月は自らの手に視線を落として軽く目を伏せた。


「識はよくできた弟です。聡くて気遣いができて、人を繋ぐことができる。識といるときのあなたはよく笑っていたし、本部から帰ってくるときは楽しそうにしていたので……。その……」


 そこで言葉が途切れる。ふとしたときの不機嫌そうな結月の表情が脳裏に浮かび上がり、紫乃は思い切って尋ねてみた。


「……もしかして、妬いていたんですか?」

「みっともないでしょう」


 顔を覗こうとしたところ、さっと逸らされる。わずかに見えた青年の顔はほのかに赤らんでいた。

 一人で生きて独りで死んでいく。そう心に決めた人が嫉妬するなど想像していなかった。むず痒さと切なさが胸に浮かび上がる。

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