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依代の君と望まれぬ花嫁の幸福論  作者: 立藤夕貴
2話 契りと仮初の夫婦
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2ー6

 挨拶を終え、結月の屋敷で手続きを行うために紫乃は馬車へと乗り込む。結月と対面になるよう腰掛けると、ゆっくりと景色が流れ始めた。


「お母様は呪詛の影響で亡くなられたんですね」


 車窓から景色を眺めながら、結月はそう呟いた。喜好の話がどこか引っかかったのだろうか。紫乃は慎重に答える。


「はい。ご存知だとは思いますが……正確には義母ですね。呪詛の影響を受けやすい体質だったみたいで、帝都から離れた療養病院で最期を見取りました」


「……そうでしたか。お悔やみ申し上げます」


 結月もまた、言葉を選びながら話しているようだった。暁斗と対面していたときよりずいぶん柔和だと改めて思う。兄に対しては反発心から態度が硬化しているのだろうか。わずかな逡巡のあと、躊躇いがちに彼は尋ねた。


「会うのは怖くはなかったんですか?」


 禍弥の呪詛のせいで次第に体が黒化していく。その症状を人は恐れ、一部の人は嫌厭していた。そのために終の病院も郊外に建てられた。しかし、紫乃は決してそれが悪いとは思わない。死に恐れを抱くのは至って普通のことだと思っているからだ。

 結月の問いにはさまざまな感情が込められているような気がした。それは不安か恐れか、嫌悪か。何を答えれば彼の正解にたどり着くかは分からない。だから、思っていることを正直に話す。


「……怖かったですよ。大好きな母が死ぬのですから。もし自分に……仙道家にまつわる異能があったら母を助けられたんじゃないかと、何度も思いました」


 思ってもみなかった返答だったのだろう。驚いた様子で結月は紫乃を見た。それから、ひどく苦しそうな顔をする。


「それならなおのこと、僕と一緒になるのはやめるべきだった」

「え?」

「僕が呪詛を取り除いていれば助かったなどとは思わないんですか? そういう人を見捨てるのはおかしいと責め立てないんですか?」


 言われてハッとする。彼がそう言うなら、異能で義母を救うことは不可能ではなかったのだろう。可能性があると知っていたらきっと縋っていたし、悔しく思わないわけでもない。しかし。


「……確かに、可能性があることを知っていたら縋っていたでしょう。けれど、あなたは帝都の呪詛を自ら担い、祓っているとお聞きしています。助けてくれなかったとあなたを責めるのはお門違いも甚だしいです。そんなふうに……すべてを他人に押し付けて生きようとは、母も思わないでしょうから」


 結月の任務は帝都の役人や禍弥討伐隊の上層部の意向が強く反映されるはずだ。個人の裁量でどうにかできる問題ではない。結月を責めるなど、紫乃には到底できなかった。

 結月が息を潜める。それから彼はバツが悪そうにすみませんと言って軽く目を伏せた。その様子がひどく責め立てられた子供のように見えて、ずきりと心が痛む。まるで自分の昔を見ているようだった。


「謝らないでください……。結月様は何一つ悪くないのですから」


 紫乃はできるだけの笑顔を浮かべてみせる。正直、上手く笑えているかよく分からなかった。結月がもう一度すみませんと詫びて、会話は途切れた。少し重い空気が車内に沈澱する。しばらくすると馬車は屋敷にたどり着いた。言葉数少ないまま、婚姻に必要な書類をそろえていく。

 ぎこちない空気の中、書面を交わして紫乃と結月は夫婦となった。

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