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依代の君と望まれぬ花嫁の幸福論  作者: 立藤夕貴
2話 契りと仮初の夫婦
10/28

2ー5

 契約結婚の話を持ち出されたあとは、怒涛のように事が進んでいった。

 まずは結月が住吉家に結婚の挨拶をしに行くことになり、準備が進められた。周平やカナエたちはもちろん、住吉家も準備に大慌てである。家の中を整理する喜好からは困惑と疲弊が滲んでいた。


「無事に話がまとまってめでたいけど、どうも急すぎてね。なんだか自分のことのようには思えないよ」

「私もそうですよ」


 喜好のぼやきに紫乃は苦笑する。それもそうだろう。結婚の挨拶は紫乃が天宮家を再訪問してから三日後に決まったのだから。常連さんに嫁ぎにいくという話をする間もなく、紫乃はこの家を離れることになるだろう。

 顔合わせと挨拶は結月の身の上を考慮して、住吉家で執り行うことになった。結月たちが足を踏み入れるところはもちろんだが、店周りも綺麗にしていた。今まで使わせてもらったお礼、そして、自分の仕事場をきちんとした形で結月に見てもらいたいと思ったからだ。しかし、いかんせん道具や生薬が多い。二人がかりでも骨が折れる。

 喜好とともに生薬用の棚を整理していたとき、不意に喜好から声をかけられた。


「本当に大丈夫かい?」

「え?」

「その……。結月様はあまり、お体が強くないのだろう?」


 そう尋ねられて、紫乃は手を止める。

 結月に関しては詳細が伏せられ、喜好には病気がちな人と伝えてある。結月からそう伝えて欲しいと言われていたからだ。あらかじめそう伝えておけば早逝しても不自然ではないから、というのが理由だった。

 一般的に考えれば、娘を病弱な男などに嫁がせたくないだろう。結月の結婚相手に紫乃を選んだ理由がそこにあると喜好は考えているようだった。

 喜好が言いたいことは紫乃にも分かった。しかし、つきんと胸が痛む。


《依代》の異能は殊に異端だ。結月に仔細(しさい)を聞いたところ、白い髪に赤い瞳という容姿も《依代》の異能者のみに現れるのだという。異能者は男児のみに限られ、その者は《依代の(きみ)》と呼ばれているそうだ。


 異能が強力すぎること、姿も常識を逸していることから、現在一般市民には《依代》の存在自体が秘匿されているという。確かにあのような姿を見たら龍神の化身と奉られるか、凶事の現れとして排斥されるかのどちらかだろう。とある時代の《依代の君》は厄災の兆候として、一部の暴徒によって殺されたことがあったらしい。その話を聞いてようやく、結月の情報が「天宮家の次男」だけにとどまっていた理由が理解できた。


 結月の詳細を伏せるにあたって、自然と紫乃の異能についても秘匿されることになった。知っているのは禍弥討伐隊の関係者だけだ。つまり傍から見れば、家門のお荷物とそこに嫁ぐ無能の嫁という構図になる。天宮家の名があっても、あまり良縁とは言えない婚姻だ。

 不安の色を滲ませる喜好に対して、紫乃は笑ってみせる。


「大丈夫です。私にはお父さんから教わった知識があるもの。少しは結月様や皆さまのお役に立てるかもしれない」


 紫乃の言葉に喜好はハッとし、心苦しそうな顔をする。自分が口にしたことを後悔しているようだった。


「……そうか。結月様のことを悪く言って、すまなかったね。お体に合いそうな薬があれば、すぐに送るから遠慮なく言ってほしい」


 父の申し出はとてもありがたかった。正直、自分の異能については詳細がまだ分からない。それなら、今まで培ってきた薬の知識で屋敷の人たちの力になれたらいいと思っていた。父が手を貸してくれるなら、この上なく心強い。


「お父さん、ありがとう」

「いや、たいしたことはできないがね。それより、片付けを終えてしまおう」


 はいと返事をして、紫乃は片付けを再開する。二人であれこれ言葉を交わしながら家の片付けをする時間は心地よかった。しかし、父の前では気丈に振る舞いつつも、やはり心細さが紫乃の胸を占拠していた。




 約束の前の日には無事に家の片付けを終え、嫁入りの際の持ち物も準備できた。といっても質素なものだ。結月が派手な催事を好まなかったからだ。祝言を上げる予定もないので、このまま淡々と日常が移り変わっていくのだろうと紫乃は一人ぼんやりと思う。そうこうしているうちに約束の時間が近づいてきて、紫乃は急いで身なりを整えた。


 馬車は時間通りに住吉家に到着した。馬車から現れ出たのは黒髪の男性。横に並び立つ周平をよくよく見て、紫乃は男性が結月だとようやく理解した。

 絹のような白い髪が今は艶やかな黒になっている。目は金色(こんじき)で、髪色のせいか兄である暁斗を思い浮かべた。顔立ちも普段から考えれば親しみやすさがある。それでも、彼の独特の雰囲気と容貌は場を圧倒していた。

「周平さんの異能を使って姿を変えて伺うので、驚かないでください」と前もって言われていたが、現れた結月を目にして紫乃は言葉をなくしていた。隣に立つ喜好も何も言えずに立ち尽くしている。


「案内を頼めますでしょうか?」


 周平が微苦笑を浮かべながら二人に声をかけた。我に返った喜好が申し訳ありませんと詫びて、慌てて結月を中へと案内する。

 客間に座る結月はいっそ浮いて見えた。紫乃はいつも通りを心がけながら、結月と父に茶を出す。茶をもてなすと早々に結月が頭を下げた。


「天宮結月と申します。本日はお忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます。急なお話ばかりでご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いえ……こちらこそご来訪いただき、誠にありがとうございます……」


 喜好があまりにも恐縮しているので、見ている紫乃もはらはらしてしまう。どうか悪いことが起きませんようにと、姿が見えない龍神様に祈る。結月がちらりと店の方を見てから、喜好に視線を戻した。


「喜好様は代々、禍弥用の道具屋を営まれていますよね。取り扱っている薬も常連さんからの評判がいいとお聞きしています」

「は、はい。御三家様や他の家門の皆様のおかげでこうして店を続けられております」

「いえ。長く続けられているのは住吉様が誠実で、お客様を大事にされてきたからだと思いますよ」


 一方の結月は落ち着いたもので、家業のことにも触れてくれた。いつの間に詳細を調べてくれたのだろう。気恥ずかしさがじわじわと胸に広がり、紫乃はさりげなく結月の様子を伺う。

 結月は人当たりのいい、柔和な笑みを浮かべている。他の人とにこやかに歓談する結月の姿が新鮮だった。

 しばらく道具に関して話が湧いていたが、一段落して歓談が途切れた。真剣な空気が部屋に満ちる。


「今日は大切なお話があって参りました。紫乃さんと結婚させていただけないでしょうか。未熟者ではありますが、紫乃さんのことは大切にしたいと心から思っております」


 結月はそう告げると深く頭を下げた。定型の挨拶だとは思うが、結月の言葉がじんわりと心に沁みる。

 しかし、これは互いの利益を考えた上での契約結婚だ。それ以上も以下もない。結月の振る舞いも話を円滑にするためのものだろうと思い直し、紫乃は心の中で自分を叱咤する。

 結月の真摯な姿を見てだろう、喜好も姿勢を正してはっきりとした口調で告げた。


「私の妻は禍弥の呪詛によって、七年ほど前にこの世を去りました。自分の体も辛いというのに家族のことをいつも気遣ってくれるような、私にはもったいない人でした。私はそんな妻を尊敬し、今も大切に思っております」


 思いがけない話が飛び出してきて、紫乃は思わず隣に座る父を見る。結月も驚いたようで、息を潜めていた。


「体のこともあってお辛いとは思いますが、紫乃と日々を笑って過ごしていただきたい。私が望むのは……二人が幸せでいてもらうことだけです。どうぞ、娘をよろしくお願いいたします」


 深々と喜好が頭を下げ、結月の瞳が揺れる。そこに垣間見えたのは困惑だろうか。


「……承知いたしました」


 結月もまた深く頭を下げる。その声にはどことなく揺らぎが混じっていた気がした。


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