表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武侠小説:慧剣魔僧録  作者: ヤマダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/7

プロローグ

「俺はあんたを信じちゃいない」


 北風が吹き抜ける荒れ果てた廃寺。


 埃にまみれた本尊の釈迦如来像は、鼻の頭が欠け、どこか間の抜けた顔で、趙謙(ちょうけん)を見下ろしていた。


「人が生きる時、必要なのは己の力だけだ。あんたの慈悲とやらで、飯が食えるというのなら、今すぐこの肉を酒に変えてみせろ」


 趙謙が床に座り、一塊の干し肉を、仏像へ差し出したその時──。


「阿弥陀仏……それは手厳しい。お釈迦様も、せめて豚肉ではなく、牛肉を差し出されたなら、もう少しやる気を出されたかもしれませんな」


 背後から響いたのは、廃寺を優しく包み込むような、穏やかな声だった。


「なるほど。外したな、それは。次は、牛肉を用意しなくては……」


「ええ。ですが、仏様はどうも気まぐれなのですよ。次は馬肉を要求されるかもしれませんな」


 ボロボロの僧衣を纏いながらも、その肌は玉のように白く、瞳に星のような光を宿した一人の武僧は、趙謙の隣に腰を下ろした。


 その佇まいは、天を貫く泰山のように不動で、沈黙を貫く深海のように静かである。


 かつ、それでいて、存在感溢れる僧侶であった。


胤昭(いんしょう)と申します。施主(せしゅ)のお名前を伺っても?」


 風が廃寺を吹き抜け、胤昭の首から垂れる数珠がジャランと音を立てる。


「……趙謙だ」


「趙謙、と。阿弥陀仏……。素晴らしい名前ですね」


 胤昭は、欠けた仏像に向かって、ひょいと手を合わせた。


「時に、趙施主。仏を信じぬというのは、実は仏を信じるよりもずっと難しい修行なのですよ。なぜなら、信じぬためには、常に仏のことを考えていなければなりませんからな。……今の趙施主のように」


「……屁理屈だな」


「いえいえ、これは説法です。さて、お釈迦様が酒を出してくれない代わりに、私のこの水筒の中身を半分、趙施主の干し肉と交換するというのはいかがかな? これなら仏も、我ら若者の空腹に免じて見逃してくださるでしょう」


 胤昭はそう言って、懐からひょいと古びた水筒を取り出した。


 なぜか、芳醇な酒の香りが漂っている。


 胤昭が蓋を開けると、廃寺の埃っぽい空気の中に、驚くほど芳醇な酒の香りが立ち込めた。


 趙謙は思わず、眉を動かす。


「……坊主のくせに、酒を持ち歩いているのか?」


「阿弥陀仏……。これは酒ではありません。私の内功が、水筒の中の水をあまりに熱烈に愛した結果、酔うような性質に変わってしまったのですよ。……これを飲むのもまた、一つの苦行というわけです」


 胤昭は平然とした顔で嘘を吐くと、趙謙に水筒を差し出した。


「さあ、毒見を。仏を信じぬ趙施主なら、この『苦行の水』を飲んでも罰は当たりますまい」


「そりゃな」


 言って、趙謙は水筒を荒々しく受け取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ