プロローグ
「俺はあんたを信じちゃいない」
北風が吹き抜ける荒れ果てた廃寺。
埃にまみれた本尊の釈迦如来像は、鼻の頭が欠け、どこか間の抜けた顔で、趙謙を見下ろしていた。
「人が生きる時、必要なのは己の力だけだ。あんたの慈悲とやらで、飯が食えるというのなら、今すぐこの肉を酒に変えてみせろ」
趙謙が床に座り、一塊の干し肉を、仏像へ差し出したその時──。
「阿弥陀仏……それは手厳しい。お釈迦様も、せめて豚肉ではなく、牛肉を差し出されたなら、もう少しやる気を出されたかもしれませんな」
背後から響いたのは、廃寺を優しく包み込むような、穏やかな声だった。
「なるほど。外したな、それは。次は、牛肉を用意しなくては……」
「ええ。ですが、仏様はどうも気まぐれなのですよ。次は馬肉を要求されるかもしれませんな」
ボロボロの僧衣を纏いながらも、その肌は玉のように白く、瞳に星のような光を宿した一人の武僧は、趙謙の隣に腰を下ろした。
その佇まいは、天を貫く泰山のように不動で、沈黙を貫く深海のように静かである。
かつ、それでいて、存在感溢れる僧侶であった。
「胤昭と申します。施主のお名前を伺っても?」
風が廃寺を吹き抜け、胤昭の首から垂れる数珠がジャランと音を立てる。
「……趙謙だ」
「趙謙、と。阿弥陀仏……。素晴らしい名前ですね」
胤昭は、欠けた仏像に向かって、ひょいと手を合わせた。
「時に、趙施主。仏を信じぬというのは、実は仏を信じるよりもずっと難しい修行なのですよ。なぜなら、信じぬためには、常に仏のことを考えていなければなりませんからな。……今の趙施主のように」
「……屁理屈だな」
「いえいえ、これは説法です。さて、お釈迦様が酒を出してくれない代わりに、私のこの水筒の中身を半分、趙施主の干し肉と交換するというのはいかがかな? これなら仏も、我ら若者の空腹に免じて見逃してくださるでしょう」
胤昭はそう言って、懐からひょいと古びた水筒を取り出した。
なぜか、芳醇な酒の香りが漂っている。
胤昭が蓋を開けると、廃寺の埃っぽい空気の中に、驚くほど芳醇な酒の香りが立ち込めた。
趙謙は思わず、眉を動かす。
「……坊主のくせに、酒を持ち歩いているのか?」
「阿弥陀仏……。これは酒ではありません。私の内功が、水筒の中の水をあまりに熱烈に愛した結果、酔うような性質に変わってしまったのですよ。……これを飲むのもまた、一つの苦行というわけです」
胤昭は平然とした顔で嘘を吐くと、趙謙に水筒を差し出した。
「さあ、毒見を。仏を信じぬ趙施主なら、この『苦行の水』を飲んでも罰は当たりますまい」
「そりゃな」
言って、趙謙は水筒を荒々しく受け取った。




