第2話 予感
クリスタル・スコルピオが霧散したダンジョンの広場に、再び静寂が訪れる。
「あ、あの……っ!助けていただき、本当にありがとうございました」
クレリックの少女は立ち上がると、深く頭を下げた。
その所作にはどこか気品があり、育ちの良さを感じさせる。
「気にするな。たまたま通りがかっただけだ」
俺は肩をすくめて答えた。
倒したクリスタル・スコルピオのドロップアイテムが光の粒子となり、俺のインベントリに吸い込まれていく。
「私……その……。パーティーの皆さんに迷惑をかけてしまって。それで、置いていかれて……」
少女は肩を落とし、消え入るような声で漏らした。
ああ、やはりそうか。
最近、この手の話を聞くことが増えた。
効率を最優先し、足手まといと判断すれば即座に切り捨てる。
特に、初心者が混ざった野良パーティーではよくある光景だ。
「気にするな。運が悪かっただけだ。……悪質な連中に当たったんだよ」
俺は彼女の装備に視線をやった。
手に持った聖杖、身に纏う防具。どれもプレイヤー製の上質な品だ。
レベルもこのエリアの適正範囲。
彼女自身に落ち度があるようには見えない。
「一度、街に戻った方がいいな。ルミナスエデンまで送ろう」
「あ……はい、お願いします……」
少女は小さく頷き、俺の数歩後ろをついてきた。
ダンジョンの出口へ向かう間、彼女はずっと俯いたままだった。
装備もレベルも申し分ない。
だが、その背中からは、自分を否定されたことによる自信のなさが滲み出ていた。
効率を求められるあまり、自分のプレイスタイルを見失ってしまうルーキー。
そんな奴を、俺はこれまで何人も見てきた。
沈黙に耐えかね、俺はふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はジン。ジョブは『シリンダーフェンサー』だ」
「あっ……!すみません、私はミナといいます。えっと、クレリックで始めて一ヶ月くらいで……」
ミナはまだ緊張が解けないようで、どこかたどたどしい。
「一ヶ月でそのレベルか。……かなり頑張ったんだな」
「いえ、装備は先に始めていた友人に譲ってもらったもので。私はただ、デイリークエストを毎日欠かさずこなしていただけですから……」
褒められたのが意外だったのか、ミナは照れくさそうに頬を緩めた。
「真面目なんだな」
「……それが、仇になったみたいです。真面目すぎる、融通が利かないって言われて」
ミナは再び視線を落とした。
やがて、ダンジョンの出口が見えてくる。
光の門をくぐり抜けると、目の前には拠点都市『ルミナスエデン』の夕景が広がっていた。
蒸気機関と魔導技術が融合したハイテク都市が、黄昏時の光に照らされて美しく輝いている。
中央広場には多くのプレイヤーが集まり、パーティー募集の声や喧騒が絶え間なく響いていた。
俺は広場の端にある噴水の縁に腰を下ろした。
ミナも、遠慮がちにその隣へ座る。
「……効率的に動け、って言われたんです。クレリックは減ったHPを戻すだけでいい、余計なことはするなって」
ミナの声に、隠しきれない悔しさが混じる。
「でも私……どうしても考えちゃうんです。次はどこに攻撃が来るのか、次に誰が狙われるのか。そう思うと、動かずにはいられなくて……」
「先読み、か」
「はい……でも、それが逆に『無駄な動きが多い』『反応が遅い』って怒られてしまって……」
膝の上で、ミナの拳がぎゅっと握られた。
「なるほどな。……でもな、ミナ」
俺は空を見上げた。
仮想世界の夕空は、現実と見分けがつかないほどに美しい。
「お前のその『先読み』、俺は才能だと思うぞ」
「え……?」
ミナが弾かれたように顔を上げ、俺を見た。
「クレリックの仕事は『土壇場の立て直し』だ。瀕死の味方を一気に全快させる。それが真骨頂なのは間違いない。だがな、その『土壇場』がいつ来るかを見越して動けるなら、それは最高の武器になるはずだ」
「最高の……武器……」
「効率、効率ってうるさい連中もいるがな」
俺はふぅ、と一息ついた。
「ミナはまだ初心者だ。今はまだ、その先読みを動きに変換する慣れが足りないだけだ。見極めなんて、そのうち嫌でもできるようになる」
そう言いながら、俺は背負っていた『シリンダーカリバー』を取り出した。
武骨で、およそ効率とは程遠い重厚な形状。
「見ての通り、俺はこんな『不遇』と言われるジョブを使ってる。効率なんて言葉、俺の辞書にはない。それでも、このゲームを続けてる」
「それは……どうしてですか?」
「この爆音と、一撃必殺のロマンが堪らなく楽しいからだ」
俺は愛機を肩に担ぎ、不敵に笑ってみせた。
「ゲームなんだ。楽しまなきゃ損だろ?お前の『先読み』も同じだ。効率じゃ計れないお前のこだわりがあるなら、それを貫けばいい」
「貫く……」
ミナはしばらく沈黙していたが、やがて何かを噛みしめるように小さく頷いた。
「……ジンさんは、優しいんですね」
「優しくなんかない。ただのロマン主義者だ」
俺は立ち上がり、大きく伸びをした。
「さて、俺はそろそろログアウトする。明日も仕事があるからな」
「あ、あの!」
ミナが慌てて立ち上がる。
「また、ご一緒してもいいですか……?私、もっと強くなりたいです。自分のやり方で……ミナとしてのクレリックになりたいんです」
その瞳には、先ほどまでの曇りはない。
確かな光が宿っていた。
「ああ、いいぜ。……ほら、フレンド登録しよう」
「はいっ!」
ミナが花が咲いたように笑った。
この一連の騒動で、初めて見せてくれた笑顔だった。
「じゃあな、ミナ。またな」
「はい!また……ジンさん!」
メニューを開き、ログアウトボタンを押す。
視界が白い光に包まれ、意識が緩やかに現実へと引き戻されていく。
不思議な出会いだった。
だが、悪くない。
そんなことを思いながら、俺――葛城仁は、現実の世界へと帰っていった。




