第1話 プレリュード
どこかで見た設定多いと思いますが、オマージュです。
「3……2……1……いまっ!」
目の前のイノシシ型モンスター『グランド・ボア』の脚が沈み込む。
突進の予備動作を確認した刹那、俺――ジンは手に握る剣のトリガーを指先で絞り込んだ。
ドォォンッ!!
爆鳴が鼓膜を震わせる。
剣の基部から吹き出した白煙と、爆発的な反動を利用して、俺は身体を真横へとスライドさせた。
俺が直前までいた空間を、巨大な猪の質量が猛スピードで通り過ぎていく。
空中で姿勢を制御しながら着地。
慣れた手つきで剣の柄を起こし、シリンダーを弾き出した。
熱を帯びた薬莢がエジェクトされ、キンッ、と甲高い音を立てて石床に転がる。
『シリンダーフェンサー』。
このVRMMO『エーテル・レガリア(AR)』において、「タンク」と呼ばれるロールを担うジョブの一つ。
俺が扱う獲物『シリンダーカリバー』は、幅広のブレードにリボルバー機構を組み込んだ歪な形状をしている。
タンクでありながら盾を持たず、爆発の反動制御に重きを置いた仕様。
アタッカーやヒーラーよりは丈夫だが、適正レベルの攻撃を貰えば瀕死は免れない。
避けたら避けたで、ヒーラーからは「回復のタイミングが掴めない」と文句を言われる。
要するに、操作難度が高く安定感に欠ける――典型的な「不遇」ジョブだ。
「まぁ、たしかに安定しないってのはその通りなんだがな……」
避けたグランド・ボアを再び視界に収めながら、ため息を吐き、弾丸を再装填する。
「とはいえ、他にはないんだよなぁ、このヒリつきは」
一撃貰えばアウト。
このスリルだけは、他のどのジョブでも味わえない楽しみだった。
「ふっ……!」
踏み込みと共に剣を振り下ろす。
再び響いた爆鳴に押し出されるようにして、グランド・ボアは火花を散らしながら吹き飛び、ポリゴンの欠片となって霧散した。
VR技術の進歩は凄まじく、いまやフルダイブ型が主流だ。
仮想データに過ぎないこの世界で、俺たちは風を感じ、剣を振るい、時には確かな痛みさえも共有している。
そして、大規模MMOには付き物だが、誰もが「効率」を求め始める。
効率至上主義のこの世界。
アラサーになり、時間の貴重さは嫌というほど知った。
それでも、俺はこの不器用な爆音の剣を捨てきれなかった。
そのままフリーダンジョン『静寂の古戦場』の奥へと足を進める。
今日の稼ぎは十分だが、あと少しだけ「熱」が欲しかった。
だが、エリアの角を曲がった先で目にしたのは、想定外の光景だった。
「ひっ……あ、ああ……っ!」
広場になっているエリアの中央で『クレリック』の少女が腰を抜かし、声にならない悲鳴を上げていた。
その視線の先にはレア・エネミーであるサソリ型モンスター『クリスタル・スコルピオ』がいた。
本来ならライト・パーティー、つまり4人編成のパーティーで挑むのが推奨の相手だ。
そして彼女の周りには誰もいない。
恐らくパーティーから切り捨てられたのだろう。
クレリックの少女の装備は上等な物でレベルも適正。
だが、その様子からまだこのゲームを始めて間もないのは見て取れた。
見ず知らずのルーキーを助ける。
おおよそ、効率的ではないが――
「見捨てるのも寝覚めが悪いな……!」
クリスタル・スコルピオがその大きな鋏を振りかざした。
クレリックの少女は恐怖で身が竦み、立派な聖杖を持つ手も震えている。
フルダイブ技術は時として残酷だ。
プレイヤーの恐怖心が強ければアバターは同期を拒否し、動かなくなる。
ドォンッ!
スキル『シェル・スライド』を使い、短くも大きな爆鳴を轟かせながら、クリスタル・スコルピオと少女の間に滑り込むように立った。
「えっ……」
少女は小さく呟き、その目は驚きで見開かれていた。
そして驚いたのは目の前のサソリも同じだったようだ。
こういう時にこのゲームのAIの精度には感嘆する。
現実での生き物がそうであるように、不意に大きな音がすれば動きが止まる。
それはデータであるはずのモンスターやNPCにも反映されるのだ。
「こっちだ、サソリ野郎!」
俺は少女を守るように背を向けた。
いつものようにシリンダーを回転させ、新たな弾薬をチャンバーに送る。
「あ、あの、私……」
震える声で少女が何かを言いかけるが、俺はそれを遮った。
「悪いが、話はあとだ。コイツのヘイトは俺に向いてる」
カチリ、と硬質な金属音が響く。
その音を合図にクリスタル・スコルピオは正気を取り戻した。
不意を突かれたからか、まるで激昂するようにクリスタル部分を光らせ、鋭い刺のついた尾を持ち上げる。
「き、危険です!その敵は、このエリアのレア・エネミーで……!!」
「わかってるさ。だからこそ、シリンダーフェンサーの出番なんだ」
俺は口角を上げ、剣を肩に担いだ。
クリスタル・スコルピオは尾を数度左右に振る。
「…2…1…ここだっ!」
奴の尾がまっすぐ突き出される。
ドォォンッ!
剣のトリガーを引き爆発を起こすと爆発の反動で横にずれると同時に尾を斬りつけた。
続けざまに斬りつける瞬間にトリガーを引く。
ドォォンッ!ドォォンッ!!
爆ぜるエーテルが刃を押し込み、クリスタル・スコルピオの硬質な外殻を無理やり叩き割る。
甲高い破砕音と共に、火花が散る。
普通の剣なら弾かれるような角度でも爆発の指向性を持たせれば話は別だ。
「ギギィッ!」
激痛にのたうち回るヤツは巨大な鋏を左右から同時に叩きつけようとする。
まともに食らえば、シリンダーフェンサーはすぐに体力を0に持っていかれる。
だが、食らわないからこそこのジョブを使っているのだ。
「……リロード」
シリンダーを弾き出し、空薬莢をその場に捨てる。
鋏が振り下ろされるコンマ数秒前、懐に滑り込むようにトリガーを二度引く。
ドンッ!ドォンッ!
一発目で鋏の片方を強引に弾き上げ、二発目の反動で残る片方の死角へ。
物理法則を無視したような急加速に、モンスターの知能がついてこれず、鋏は虚しく空を斬った。
「すごい……」
微かに背後から少女の呟きが聞こえた。
「驚くのは後だ!動けるなら魔法を撃ってくれ!ヒールじゃなくていいっ!!」
「は、はい!グ、グレアム!」
彼女は聖杖を掲げると、先端から光弾が飛び出しクリスタル・スコルピオの脚に命中した。
慣れてないながらも腕は悪くない。
それに指示の反応もいい。
「上出来だ!」
俺は残る全ての弾丸を使い切る覚悟で地を蹴った。
スキル『シェル・スライド』の再発動。
爆鳴が連続して古戦場の静寂を切り裂く。
拘束されたサソリの懐、最も脆い関節部分へ、俺はシリンダーカリバーを斬りつける。
「こいつで終いだ!!」
トドメと言わんばかりに斬り裂くと同時にトリガーを引き爆発を起こす。
シリンダー内に残った全エーテルが、ゼロ距離で爆発する。
眩い光が視界を白く染め、次の瞬間、巨体は内側から弾けるようにして光の塵へと変わった。
エリアに静寂が戻り、俺とクレリックの少女のみが立っていた。
熱を帯びたシリンダーから立ち上がる白煙が、ゆっくりと風に乗り揺蕩う。
俺は剣を収め、へたり込んだ少女に向き合った。




