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第3話:森の隠れ家カフェ、本日オープン

 ポチ(フェンリル)が元気になってから、数日が過ぎた。


 彼は完全にこの屋敷に居着いてしまったようで、私が庭で薬草の手入れをしていると、どこからともなく現れては足元にすり寄ってくる。


「ポチ、そこは踏まないで。貴重なマンドラゴラの若芽なの」

「ワフッ!」


 ポチは賢い。私が「邪魔」と言うと、すぐにお座りをして尻尾を振る。

 その姿は完全に愛玩犬だが、時折森の奥から聞こえる熊や猪の咆哮が一瞬で止むのは、間違いなく彼がプレッシャーを放っているからだろう。


 おかげで、私のスローライフは快適そのものだった。

 屋敷の修繕も終わり、庭にはテーブルと椅子を並べた。

 今日は天気もいい。私はとっておきの再生(リジェネ)ハーブティーを淹れて、ティータイムを楽しむことにした。


「うん、いい香り」


 カップから立ち上る湯気を吸い込む。

 このハーブティーは、疲労回復効果のある薬草を独自にブレンドし、私の魔力を少しだけ込めて抽出したものだ。飲むだけで体の芯からポカポカとし、ちょっとした切り傷なら塞がってしまう優れものだ。


 私が一口飲んで寛いでいると、ポチが庭の茂みに向かって小さく吠えた。


「ワン! クゥーン!」


 何かを呼んでいるようだ。


 すると、茂みがガサガサと揺れ、そこから小さな影が次々と飛び出してきた。


「……え?」


 現れたのは、半透明に輝く小さな妖精たち――森の精霊(フェアリー)だった。

 一匹、二匹ではない。十、二十……あっという間に庭が光の粒で埋め尽くされる。


 さらに、木の陰からは巨大な鹿(角が宝石でできている)や、三本足の鴉(たぶん神獣の使い)まで顔を覗かせている。

 まるで百鬼夜行ならぬ、百獣夜行だ。


(なにこれ、ポチのお友達?)


 呆気にとられる私をよそに、精霊の一人が恐る恐る近づいてきた。

 そして、私が飲んでいるティーカップを指差して、キラキラした瞳で訴えてくる。


『いい匂い! それ、魔力がすごい! ちょーだい!』


 言葉は話さないが、意思が直接頭に響いてきた。

 どうやら私のハーブティーから溢れる魔力に釣られてきたらしい。


「ええと……飲みたいの?」

『飲む! 飲む!』

『私も!』

『僕も怪我してるんだ!』


 精霊たちが一斉に騒ぎ出す。

 よく見れば、彼らの羽や体には小さな傷があったり、淀んだ色が混じっていたりする。この森も、王都から流れてくる呪いの影響を受けているのかもしれない。


「仕方ないわね。ちょっと待ってて」


 私は屋敷から予備のカップや深皿を持ち出し、なみなみとハーブティーを注いで回った。

 ただし、忠告は忘れない。


「言っておくけど、私の特製ブレンドだからね。効果は保証するけど、飲むとちょっと――」


 『ピリッ』とするわよ、と言いかける前に、精霊たちは我先にとハーブティーに飛びついた。


 その直後。


『ギャアアアアアッ!!?』

『あつっ!? いや、痛っ!? 中から焼けるぅぅぅ!!』

『ビリビリするぅぅぅ!!』


 庭中が阿鼻叫喚に包まれた。

 精霊たちは空中でジタバタと暴れ、鹿は白目を剥いて地面を転げ回っている。


 やっぱり。


 私の魔力は、彼らに巣食う微小な穢れをも焼却してしまうのだ。


「だから言ったのに……」


 私はやれやれと首を振った。

 これは流石に、営業停止処分ものかもしれない。

 そう思って、お詫びの水を用意しようとした、その時だった。


『――す、すげぇ……』


 一人の精霊が、ふらりと起き上がった。

 その体は、先程までのくすみが嘘のように消え、ダイヤモンドのように眩い光を放っている。


『体が、羽みたいに軽い! 元から羽はあるけど!』

『僕の折れてた角が治ってる!』

『魔力が満タンだ! いや、上限が増えてる!?』


 精霊たちが次々と復活し、互いの体を触り合って歓声を上げ始めた。

 そして、全員の視線がバッと私に向く。


『これ、ヤバい』

『痛いけど、効く。超効く』

『あの痛み、クセになるかも……』

『もっと! おかわり!』

「ええ……?」


 まさかの大好評だった。

 どうやら魔界や自然界の住人たちは、人間よりも実利主義らしい。「痛い」ことよりも「強くなれる(治る)」ことへの評価が遥かに高いようだ。


 ポチが得意げに「ワン!(だろ?)」と胸を張っている。

 そうか、彼が宣伝したのか。「あそこの主人の茶は飛ぶぞ」と。


「はいはい、並んで。順番よ」


 私は諦めて、ポットのお代わりを用意し始めた。

 列をなす精霊、魔獣、神獣たち。

 キラキラした目でカップを差し出す彼らを見ていると、王都で「役立たず」と言われていた日々が、なんだか遠い昔のことのように思えてくる。


「……ふふっ。変なお客さんばっかり」


 こうして、看板も出していないのに、私の「薬草カフェ」は開店初日から大盛況となってしまった。


 ――なお、この時私は気づいていなかった。


 この精霊たちが森中のネットワークを使って、『北の森に、激痛と引き換えに死者すら蘇らせる黄泉がえりの魔女がいる』という、とんでもない噂を拡散し始めたことに。


 そしてその噂が、やがて人間の冒険者や、さらには世界最強の「竜王」の耳にまで届くことになるのは、もう少し先の話である。

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― 新着の感想 ―
痛みがクセになるってw、良いのか?良いんだろうなぁ
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