1話② 「ぼくの夢は」
そのぬいぐるみは、クラブによく似ていた。
クラスメイトなら、誰が見てもクラブのぬいぐるみに見えるだろう。
⚫︎ミツル
「クラブは、このぬいぐるみになったって?
まさか! そんな馬鹿なことが――」
⚫︎???
「――可愛いでしょ、それ?
ふふっ、気に入ってくれたかしら?」
クラブではない女の子の声が、入り口の向こうから唐突に飛んできた。
⚫︎ガク
(この声……昔、どこかで……)
ガクが記憶を辿っている内に、声の主はどんどんこちらに向かって歩いて来る。
……やがて、声の主はガクたちの5メートルくらい先で足を止めた。コータがすかさず、懐中電灯を向ける。
明かりの中に、ピンクのツインテールに、暖色の瞳を輝かせた中学生くらいの美少女が立っていた。
彼女の格好は、胸にペンダントを縫い付けた、全体が桜色を基調としている衣装。下の方は白いフリフリのスカートに、マゼンタのブーツ。右手には先端に水晶玉が付いたステッキを携えている。
その出立ちは一言で言って、【魔法少女】のようだと形容するしかなかった。
⚫︎ガク
「!」
⚫︎フミレ
「……?」
⚫︎コータ
「誰だ、お前は!」
コータがみんなを庇うように、前方に身を乗り出して叫ぶ。ミツルもそれに続き、ガクとフミレに下がっていろと指で合図をする。
⚫︎???
「わたしは、『プリティピーチ』。
世界を可愛い物でいっぱいにして、世の中を幸せにする使命を持った――崇高なる魔法少女よ!」
少女は人差し指をビシッと突き出して、ウインクをしながら自己紹介してきた。
⚫︎ガク
「やっぱり……」
⚫︎コータ
「ガク……?」
⚫︎ガク
「やっぱりそうだ!
ぼくが幼稚園くらいの頃にアニメでやってた、【魔法天使プリティブリス】のメインヒロイン、『弥生 桃花』が変身した姿――『プリティピーチ』だ!!
え、どう言うこと!?
アニメのキャラクターが現実に出てくるなんて!
まさか、他のプリティブリスもいるのか!?」
どうやら目の前にいる魔法少女は、ガクが知っているアニメのキャラクターだったもよう。彼は興奮しながら誰に話しているのかわからないが、早口で説明する。
コータたちはガクの急なテンションについていけず、引いている。
⚫︎ピーチ
「わたしは、アンタたちを可愛い♡ぬいぐるみにして、不細工な劣等人種から救済するためにやって来たのよ!」
⚫︎ミツル
「――!
クラブは本当に、この人? にぬいぐるみにされたのか!」
⚫︎コータ
「だったら、話は簡単だ!
今すぐクラブを元に戻せ!
アイツ、何考えてるかわかんない変な奴だけど、クラスメイトなんだよぉ!」
⚫︎ピーチ
「はぁ?
せっかく可愛くしたのに、壊して元に戻す必要ないでしょ!
見た目だけじゃなくて、頭も不細工ね!」
プリティピーチが、苛立ちながらステッキをクルクルと振り回し始めた。
⚫︎ガク
「……!
あれは……魔法を使う時の動作だ!
みんな逃げて!!」
ガクがそう叫んだと同時に、回転するステッキから、ハートの光線が飛び出してきた。
運動は苦手だが走るのはそこそこ速いガク。残りの3人も身体能力や反応速度が高かったため、みんなは紙一重でプリティピーチの攻撃を回避した。
⚫︎ミツル
「もしかして、今のに当たるとぬいぐるみにされてしまうんじゃ……」
⚫︎ピーチ
「その通りよ!
アンタは可愛い頭してるわね!
ぬいぐるみになれば、もっと良くなるわよ!」
⚫︎コータ
「くそぉぉっ!
何なんだよぉ!」
⚫︎フミレ
「…………」
4人はひたすら体育館を走り回り、ピーチの攻撃から逃げ回る。
⚫︎ガク
(何で、襲ってくるんだ……?
プリティブリスは、みんな正義の味方のはず……!
確かに、世界を可愛い物でいっぱいにするって信念はアニメの通りだけど、本物なら人をぬいぐるみになんてことは絶対にしない!)
ガクが思案しながら走っていると、
⚫︎ミツル
「ガク、危ない!」
⚫︎ガク
「うわあっ!!」
ミツルが横から覆いかぶさってきた。
ガクはミツルと共に体育館の床を転げ回る。
⚫︎ガク
「…………!!」
彼らの真上をピンクの太い線が通過。
ピーチの攻撃だ。あのまま走っていたら直撃していただろうと、ガクは恐怖する。
⚫︎ミツル
「大丈夫か?」
⚫︎ガク
「うん!
ミツルくん、ありがとう!!」
⚫︎ピーチ
「――きゃあぁぁぁっ!」
ピーチの悲鳴が背後から突然聞こえてくる。
ガクが振り返ると。
盛大に転んで見えそうになって体育館の床のど真ん中にへたり込んでいるピーチの姿が、彼女の近くに落ちている懐中電灯の明かりに照らされていた。
⚫︎コータ
「へへん、どんなもんだぃ!
みんな、今のうちだ!」
得意がるコータの手には懐中電灯がなく、別の物が握られていることが、暗闇の中でもわかった。
3人はピーチが転んでいる間に体育館を飛び出す。
フミレも少し遅れてきちんと着いてきている。明かりは無くなってしまったが、6年間通っている学校なら迷うことはない。
⚫︎ガク
(やっぱりミツルくんはすごいな……!
強くて、カッコよくて、頼りになって……!)
コータ、ミツル、ガク、フミレの順で、夜の学校を駆け抜けていく。
⚫︎ミツル
「コータ、何したんだ?」
⚫︎コータ
「これよ、これ」
コータが見せたそれは。
⚫︎ガク
「バナナの皮(しかも大量)!?
何でそんな物持ってるの?」
⚫︎コータ
「いや、後でお化け役のセンセーたちを滑らせて、逆に驚かせてやろうと」
⚫︎ミツル
「今までどこに持ってたんだよ……」
どうやら、懐中電灯の光でピーチの視界を塞いだ後に投げつけたらしい。
⚫︎ガク
(でも……読奈さん、
咄嗟のことで置いて来ちゃった……)
* * *
4人が入口に向かって走っていると、
⚫︎フミレ
「ちょっと」
フミレが突然声を発した。
⚫︎コータ
「何だよ?」
⚫︎フミレ
「何で私たち、いつの間にか2階にいるの?
体育館って1階でしょ?」
全員足を止めて辺りを見回す。
今いる地点は学校の廊下だが、目の前には2階に位置しているはずの図書室があった。しかも窓の外を見ると、目線の先は夜の虚空。地上はそこにはない。
視線を下に移すと、数メートル真下に、月明かりに照らされたアスファルトの中庭が広がっていた。
確かに彼女の言う通り、階段を登った覚えがないのに、ガクたちは何故だか2階に来ていた。
⚫︎ガク
「ええぇぇ!!
これじゃ、入口まで遠ざかってるよ!!」
⚫︎コータ
「はあぁぁ?
どーなってるんだよ!」
⚫︎ミツル
「さっきから異常事態の連続だ……。
これも特殊な力か何かが働いているんじゃ――」
⚫︎ピーチ
「よくもやったわね〜!!」
追いついてきた怒り浸透のピーチが、ガクたちにハートの光線を打ち出してきた。
⚫︎コータ
「チッ!
くらえ、バナナシールド!!」
コータはみんなの前に飛び出して、バナナの皮の束を投げつけて防御。
⚫︎コータ
「うわああああああ!!」
……が、防御には成功したが、強烈な爆風でコータは吹き飛ばされ、窓に背中を強打。
そのまま窓を突き破って、コータは2階から転落していく……。
⚫︎ガク
「コータくん!!」
⚫︎フミレ
「危ない!」
その声でガクはハッとして、ピーチのいる方角を振り向く。ピーチの攻撃がガク目掛けて迫ってきていた。
⚫︎ガク
(――速い……!
避けられない……!!)
ハートの光線は、ガクの体を包み込んで――
⚫︎ミツル
「――ぐっ!」
…………いや。ガクに攻撃が当たるギリギリのタイミングで、ミツルが割って入った。
⚫︎ミツル
「逃げろ……」
そう言い残したミツルの体がどんどん小さくなり、ハートの特大のエフェクトが彼を包み――
キューーーン!!
クラブが姿を消した時のあの甲高い音。
それから間を置かずに、ミツルはぬいぐるみになってしまった……。