第52話 聖女アレシーナ視点、学園の夜空に咲く花
鏡の前に立ち、制服のリボンを結び直す。いつもより少しだけ丁寧に。
聖女魔法演舞―――学園中の視線が注がれる大舞台。
緊張? ええ、多少はありますわ。でも、それ以上に胸が高鳴って仕方がありませんの。
それに……つい先日ドラゴンの大軍に囲まれましたし。それに比べれば、どうってことありませんわ。
「フフ……」
鏡に映る自分へ、思わず笑みをこぼしてしまった。
まったく、こんな感じに変えてくれたのはどこの聖騎士さまでしょうね。
聖女寮をでて、魔法演舞の会場へと向かう。
それを待っていたかのように現れる黒い影が3つ。ワタクシの前に立ち塞がった。
「あ~ら、アレシーナお嬢様じゃないの」
3人組の中央に立つ女子がズイっと前に出てきた。3年生ですわね……。
ワタクシは「ご機嫌よう」と丁寧に礼をする。
「ほら見なさいよ。噂どおり自信満々って顔してるわ」
「1年生のくせに、ずいぶん生意気ね。ちょっと魔法ができる程度で調子に乗ってるのかしら?」
「所詮は子どもよ。舞台に立ったら震えて転ぶんじゃない?」
そう言い放つ3年生の女子生徒3人。全員魔法演舞の出場者で、学園でもそこそこ名を知られている上級生ですわ。彼女たちは揃って私を見下ろすように笑った。
……まったく。こういう方々、どこにでもいますのね。勝負は舞台の上でこそつけるもの。こんな道端で徒党を組んで詰め寄ってくるあたり、自信のなさを露呈しているとしか思えませんわ。
聖女という特別な力を天より与えられたというのに……力の入れどころを間違えてはなんにもならない。
その時、ふと視線の先に見えたのは―――ボクレン。少し離れた場所で腕を組み、こちらの様子を眺めている。まあ、王女様と一緒で随分とニヤケてますこと。
彼に会う前のワタクシならば、ここで一戦交えても良かったのですが……
「フフ……」私は唇を緩め、静かに言い返した。
「ご心配には及びませんわ。勝負は舞台の上でこそ決するもの。そこで思う存分、皆様方のお力をお示しになってくださいませ」
ワタクシはそのまま、上級生を置き去りにスタスタとその場をあとにした。
うしろでなにか言ってるようですが、どうでもいいですわ。
ボクレンはというと……ふと目が合った瞬間……彼は片手を上げてサムズアップして、にやりと笑ってみせた。
ふふ……こういう時だけは本当に勘がいい方ですわね。ワタクシが助けを呼ぶつもりはありませんことよくわかってますわ。ふだんは無茶苦茶なくせに、時折、本当にすべて見通されているのではないかと感じるほど。
でも……気合はいただきましたわよ。
さあ、勝負はこれからですわ!
◇◇◇
陽はすっかり落ち、夜の学園は煌めく灯火に包まれていた。舞台袖から会場を覗くと、すでに多くの観客であふれている。特設の舞台を中心に、熱気と期待の渦が広がっていた。
「アレシーナ! 頑張ってください!」
客席の方を見ると、最前列でセシリアがメイド服姿で手を振っていた。あの子らしいこと。着替えの時間も惜しんでそのまま応援に駆けつけたのかしら。クラスの同級生たちもみんな揃ってメイド服姿。舞台袖から見ても華やかで、思わず笑みがこぼれてしまった。
にしても全員来てくれるなんて。ちょっと前のワタクシなら、来ても取り巻きの子たちぐらいでしょうか。
ふふ、最近友人付き合いが変わってきたからかしら。
……悪くはないですわね。
やがて魔法演舞は始まり、各参加者が持ち前の魔法を披露していく。上級生たちはやはり見事。【結界】【治癒】【浄化】……どれも完成度が高く、構築速度も速い。観客席からは大きな拍手が巻き起こっていた。
例の3人組先輩方は……
「おおっ! 【結界】が三重になってるぞ!」
「すごいわ、これどうやっているの!?」
3人が披露したのは、【結界】の重ね掛け。
単に3人が同時に発動したのではなく、【結界】の円と円を3つ同時に組み合わせて構築している。
この円の重なりが綺麗な幾何学模様を浮き出しており、幻想的な雰囲気を作り出している。緻密に計算された発動場所と、連携の取れたタイミングで詠唱しないとこうはならない。
うふふ……ワタクシに吠えるだけのことはありますわね。
そして、いよいよワタクシの番が回ってきた。
「1年が最後だなんて……」
「くじ引きの不正でもしたんじゃない」
「どうせ失敗するわよ」
先ほどの3年生たちが陰口を叩いているのが耳に入る。でも、不思議と心は揺れなかった。
少し前なら、感情の波が押し寄せてきたのに。あんな言葉を聞いて、心の中まで平常心を保てることはできなかった。
それでも、顔には出さないように必死にすまし顔でやりすごす。
どれだけ努力を積んでも満足できなかった。ずっと不安がつきまとう。それは異常なほどに膨らみ、ワタクシの心を圧迫していく。
今回も我ながら無茶な挑戦だと思う。
「けれど……今は違いますの」
舞台に中央に立ったワタクシは、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
過去のワタクシでも今のワタクシでも、魔法演舞には出場したでしょう。
ですが、過去のワタクシにはなくて、今のワタクシにあるもの。その決定的な違い―――
観客席の隅にいるおっさんを一瞬だけ見やる。彼はまた、にやりと笑って頷いた。
そう―――今のワタクシには、ボクレンがいますの。彼の常識はぶっ飛んでますわ。身近で彼を見てきたからこそ、ワタクシはぶっ飛んだ挑戦をしても心が揺れませんの。不可能なんてない、と信じられるほどに!
ワタクシは深く息を吸い込み、詠唱を始めた。
―――三重詠唱。わずかな魔力の乱れも許されない、高度な技術が必要。
複雑な魔法陣をよどみない速度で3つ同時展開する。
観客のざわめきが広がる。
次に魔力の均等化……魔法陣に丁寧かつ迅速に魔力を配分。いつも躓く場所ですが……
――――――今日のワタクシは気合をもらいましたの!
「ちょっ……あの1年生、まさか!」
ふふ……そのまさかですわ。あなたたち上級生に勝つには、これしかありませんもの。
「……光よ……どうか、この地の穢れを祓い、その者に安らぎを
―――そして、絶望を払う盾となれ!
――――――浄化!
――――――治癒!
――――――結界!」
詠唱が重なっても、私の声は揺るがない。迷いなど一片もないから。常に傍にいてくれる騎士がいるから。
「三重詠唱……ですって……!」
上級生たちの驚愕の声。聖女が聖女たる力の根源である【浄化】【治癒】【結界】の3つすべてが舞台上で融合し、巨大な花のような輝きを咲かせた。まばゆい閃光に包まれ、観客席から歓声と拍手が巻き起こる。
「すばらしい!」
「1年生でこれほどの力……!」
教会関係者までもが立ち上がり、惜しみない拍手を送ってくださった。
―――優勝。それは誰の目にも明らかでしたわ。
◇◇◇
舞台中央に用意された焔玉果。
これを打ち上げることが出来るのは、魔法演舞の優勝者のみ。
ワタクシは一歩前に進み、焔玉果に魔力を込める。
虹色の果実が輝きを放ち、夜空へと舞い上がる。
花を咲かせる瞬間を逃すまいと、観客の視線が舞い上がる種に集中した。
安心してくださいな。見逃しても大丈夫ですわ。だって―――
誰かさんが森でたくさん獲ってくれましたからね。
ひとつ、ふたつ、みっつ……すべてを完全に制御し、夜空を虹色の花で埋め尽くす。
「わぁ~~見て見てキレイぃ~~」
「今年は大盤振る舞いだぞ! すげぇ!」
観客席から大歓声が湧き起こる。
大輪の花がバンバン打ち上がるなか、人々の声をかき分けて、さきほどの3年生たちが声をかけてきた。
「さすが、優勝者の花火は違うわね」
「演舞での三重詠唱、そして花火の魔法制御、お見事だわ」
「私達はもうすぐ卒業……アレシーナがくるまでにもっと腕をあげておくから、覚悟して」
そう言って去って行く上級生たち。
ふふ、まあ謝罪の言葉として受け取ってあげますわ。
ワタクシは言葉の変わりに、綺麗なカーテシーを披露することでこれにかえた。
やはり、純粋な力は人を惹きつけますわ。
ふぅ、これでなんとか目標への第一歩を踏み出せたかしら。
さて……
私は舞台を降りて、ボクレンのもとへ歩み寄った。彼よりさきに駆け寄ってきた第三王女ティナが、私の手を取って叫ぶ。
「アレシーナおねぇさま~! すごい、すごいです!! ティナはすっごく興奮しました!」
……あらまあ。どうやら彼女までワタクシに惚れ込んでしまったらしい。
「ボクレン……礼をいいますわ。ここまで出来たのは、あなたのおかげですの」
私がそう言うと、彼は首を横に振った。
「なに言ってんだアレシーナ、ありがとうは俺のセリフだろ。よく見ろよ。おまえの頑張りが、あの顔にしたんじゃないか」
そう言って、彼は周りを指さした。そこには、笑顔に包まれた人々がいた。大人も子供も、王女も聖女も聖騎士も庶民も。誰もが幸福そうに夜空を見上げている。
「そうですわね……」
ワタクシの胸の奥にも、温かい光が広がっていった。
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