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第42話 オヤジの一振り、おっさんの一振り

「ボクレンさんのあの構え」

「ケルベロスを、一撃で葬った時のですわ……」


 観覧席からわずかに漏れ聞こえる声。


 俺は木刀を構え、深く息を吸い込む。

 次の一撃―――それがすべてを決める。


 吸い込んだ息は静かに整えられていく。

 剣先がわずかに沈み、肩と腕の力が自然と抜ける。


 足は半歩引き、地を掴むように踏みしめた。

 木刀と俺の身体がより密にひとつになっていく。


 握る手に込められた力が、僅かに木刀を軋ませる。


 ここまで集中できたのは久しぶりだな……

 気力が―――充実している。


 俺とじいさまの空間が凍り付いたように、ピタリと止まった。

 互いの集中力が最高点に達する。



「こい……ボクレン!」



 俺は返事の変わりに、フッと間合いを詰める。


 互いの視線が絡み合う。

 観客席の喧騒が遠のき、音が消えた。


 そこにあるのは俺とじいさまだけ。


 じいさまが上段に構えた光の剣を瞬時に振り下ろす。

 ほぼ同時に、俺の木刀も渾身の振りをみせる。



「うぉおおおお――――――天断聖閃ホーリージャッジメント!!」



「ぬんんんんっ!――――――ひとつの木刀(エンドブレイド)!!」



 光と衝撃が爆ぜる。


 剣聖じいさまの斬撃とおっさんの木刀が真正面からぶつかり合い、衝撃波が闘技場の床を叩き割り、観客の髪を逆立てた。


 砂塵の中―――二人の影が揺らぐ。


 手応えあり……だが。


 轟音と共に打ち鳴らされた剣と木刀は、互いに一歩も譲らず交差していた。

 まるで時間さえも凍り付いたかのように、微動だにしない俺とじいさま。


 ……ああ、これだ。


 気合が充満する中、俺はフッと気をずらして木刀を引く。


 頭の奥で、死んだオヤジの背中と一振りが重なる。

 何百回も見てきた、一太刀。


 今、手が届きそうな気がした―――


 すぐさま次弾だ!

 俺の身体は勝手にといっていいほど滑らかに動き、再度木刀を構えて―――


 ―――!?


「――――――それまでじゃ! ボクレン!!」


 すさまじくデカい声が飛んできた。


 その瞬間、俺とじいさまだけの世界が終わりを告げる。


 王様か……。


 国王が立ち上がり、制止の声を張り上げていた。


「おっと、集中しすぎたか」


 観客席は息を飲んだまま凍り付き、誰もピクリとも動いていなかった。

 王様を除いて。


 さすがは一国のトップだな。

 声が凄まじく通る。やはり他者を従わせる人間は声が違う。


 俺が木刀をはらっていると。


「ふぅ、久しぶりに無茶をさせられたわい」


 そう言いながら、じいさまガスティークが近づいてきた。


「そんな風にはみえんけどな」


「よくいうわい。じゃが―――

 最高の一戦じゃった。礼を言うぞ、ボクレン」


 礼だと、それは俺の方だ。


「ああ、俺もだ。なにか少し見えたような気がする。ありがとな、じいさま」


「ふははっ、まだ精進する気か。おそろしいやつじゃ。ではな」


 そう言って、闘技場をあとにするじいさま。


 さて、終わったな。



「ふぃー、ちょっとは近づいたかね、オヤジに」



 そんな独り言を漏らしながら、俺は観覧席へと歩き出した。




 ◇◇◇




 ◇元剣聖、ガスティーク視点◇



 ふぅ……疲れたわい。


 ……【結界】が半壊しておる。

 観覧席に視線をやったわしは、目を細めた。


 にしても、王族お付き聖女の【結界】がここまでボロボロになるとは。

 それだけ激しい試合だったということだ。改めて全力を出し尽くしたのだなと、わしは一人納得した。


 老体に無茶をさせよってからに。


 闘技場も激しく損傷しておる。

 そんなひびだらけの石畳から、身を降ろすと愛孫が待っていた。


「おじいさま、お疲れ様でした」


 そう微笑みながら、水の入った水筒を差し出すエリクラス。


「ああ、すまんな」


 そう言いながら、水をグッと煽る。

 ふむ、わしの好きなオレンジの果実を少しばかり入れたものか。


 気の利く子じゃな。


「素晴らしい試合でした。ボクレンはいかがでしたか?」


 興味津々といった顔をしてくる愛孫。

 ちいっ、わしの前ではそんな顔せんようになってもうたのに……。


 おっさんが妬ましいわい。


「ふむ、エリクラスよ。お主の言う通り、とんでもない奴じゃな」

「ですか! やはり……おじいさまから見ても……!」


 なんと嬉しそうな……むぅ……


 が、ボクレンの実力は本物。

 一戦交えて、骨の髄までしみたわい。


「やつはまだまだ強くなるのう……」


 底がみえん。


 嫌でも思い出すわい。あの日の事を。

 30数年前の御前試合。

 当時他流試合で聖騎士たちをことごとく打ち負かした東国のブシ、ツカーラ・ボーデン。


 なんとしても打ち負かせとの命により、試合に挑んだわし。

 じゃが先王のまえでわしは敗れた。


 悔しくもあるが、当時全盛期だったわしが最高に全力を出し切れた勝負であった。

 そして、再戦にむけ死ぬ気で鍛錬を重ねたんじゃが。


 ついぞその機会は訪れんかった。

 あれ以上の立ち合いは後にも先にも生涯無い。


 と思っておったんじゃが……


 いたわい。


 とんでもない男が。


 エリクラスから聞いた時は、少しは骨のある男かもなと期待はさほどしとらんかったが。


 相対して一目でわかった。


 こやつは強い。


 得物(木刀)をもった時の一体感。

 なにをしても動じない面構え。

 呼吸のひとつひとつに無駄がない。


 思い出さずにはいられなかった。

 かつて対戦したツカーラを。


「引き分けに持ち込んだだけでも凄いのに。おじいさまがそこまで……さすがボクレン」


 わしが思いにふけっていると、エリクラスが再び口を開いた。


 引き分けじゃと……?


「なにを言うとる。これを見てみい」


 わしは持っていた剣を軽く振ってみせた。


 途端に、鈍い音と共に根元から先が地面に落ちる。


「あ……おじいさまの剣……」


「ふむ、陛下より賜りし宝剣、ダメにしてもうたわ」


 互いに奥義を出し合ったあの時。


 わしの剣は折られた。


 さらに、わしの身体はあれで終りじゃ。【加護】のダブル使用の反動と体力消耗でもはや寸分も動けんかったからな。


 じゃがあの男ボクレンは―――


 瞬時に次の戦闘動作に入っておった。


 互いに勝負を決める一撃を放ったという認識は違っていないだろう。

 じゃが、やつはすぐに切り替えよった。


 ダメならすぐに次弾を考える。

 生き残りを念頭に置いた実戦が染みついておる。やつには。


 似ておる。


 ツカーラにな。


 が、まあそれはどうでもいいことじゃ。


 ボクレンには感謝しかない。

 この歳になって、最後に今一度、あの時の全力を引きずり出してくれたのだから。


 折れた剣を見て、目を丸くする愛孫のエリクラス。



 ふぅ、この子にじじいのカッコイイ姿を見せる予定じゃったが……

 またも負けてもうたわい。



 まったく、とんでもない男を部下にしたのう我が愛孫よ。


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