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記録2

『翌日、彼はある屋敷の長い廊下を歩いていた。気が滅入りそうなほど白く装飾のない内装。物音はなく、彼の足音のみが空っぽの空間によく響く。

 奥行きの掴めないこの場所は、侵入者を阻むための罠だと言われても信じられそうなほど異様で、何も無い。

 そんな中にありながら、クリムはその異様な雰囲気を気にする素振りもせず、ただ正面の一点を見つめ足を動かしていた。


「無駄に長いな……」


 彼が見つめる先には一つの扉があった。彼はその先にいるはずの人物を訪ねに来たのだ。

 扉はまだ遠くも近くも見え、静かな内装は感覚を狂わせる。クリムは滲む恐怖を使命感で抑え、ひたすらに足を動かす。怖気を表面に出せば呑まれるかもしれない。できる限り気にしない振りをして自らを騙し、目的の人物に会うことだけを考える。


「なあ」


 クリムはおもむろに立ち止まり、上を見あげた。


「俺の心の中を実況するのやめてくれないか?」


あら、残念。面白いのに』


「いくら宮廷魔術師サマでも良い趣味とは言えないな」


『ここ最近人と会う機会がなかったものですから、つまらなくて』


 クリムは「誰も会いたがらないんだろうな」と言いかけたのを飲み込んだ。


『あら、飲み込まなくてもよろしいのに』


「ああそうかい」


 声の主はこの王都の宮廷魔術師。噂によると彼女は他者の思考を読むことができるため、上層部連中の情報戦の要になっているとか。アイリスが丁度同じような能力だったため、何か参考にならないかと思い立って訪れたのだ。

 宮廷魔術師とあれば会うにも面倒な手続きを踏む必要があるかと思われたが、予想に反してクリムはあっさりと屋敷に案内された。

 屋敷の警備もなく、そのまま入って良いと言われた時は驚いたが、この空間と彼女の態度を見るにそんなものは必要ないのだろう。

姿は見えないが。


『すべてずっと見ていますからね。それでは、本題に入りましょうか』


「おい、姿くらい見せてくれないのか?」


『無理ですわね。今屋敷にいないものですから』


「は?」


『私の力は遠距離でも使えますので』


 クリムは予想外の発言に何も言うことができなかった。

 彼女は屋敷外の、口振りから察するに全く違う場所からクリムの思考を覗き見て念話を行っている。


『加えて、私は多少記憶を探ったりすることもできますわ。時間や目を瞑るといった使用制限もありません。どうですか?』


 彼女はクリムが何を知りたいのか知っている。恐らくクリムの記憶を覗き見て、クリムの目的も何もかも、知っている。彼女の余裕がそれを語っている。


『知っていますわよ。貴方がアイリスに対して少しの情が湧いていることも、貴方が仕事に退屈していて、彼女をきっかけに何か変わればと思っていることも。貴方が』


「やめてくれ」


 要するに、こいつはアイリスの上位互換だ。

そして性格が悪い。


『そういうことです。アイリスは切り捨てなさい』


「……何故だ。彼女は使える。成長の余地もあるだろう」


『あったとしても微々たるものですし、彼女は役には立てません。私がいる限り』


 瞬間、クリムはこの魔術師の嗤いが見えた気がした。

 どこか知れない場所から全てを見透かされている感覚。同時に感じる悪意に気持ち悪さを感じ、クリムは無意識に口を抑えた。


『結論は出ましたね。そろそろ帰っていただきましょう』


 彼女がそう言うと、遠くに見えていた扉が瞬時にクリムに近付き手前で止まった。


『その扉からどうぞ。外に繋がっています』


 この廊下が何なのか、魔術師がどこにいるのかなど聞きたいことは沢山あったが、『廊下は魔導具の一種、魔術師の場所は聞いても教えてはくれない』とわかった。


「言葉以外も伝えられるのか……」


 クリムは自身に送られたイメージにますます気味の悪さを感じながら、取っ手に手をかけ、思い切って扉を開いた。


『良いのが見つかるといいですね』


 扉の先には街道が広がり、振り返るとクリムが屋敷に入った扉の前だった。


――――――

 残念ながら、次の日はアイリスとの面談ではない。前回が休みの前日だったため、調整なども含めちょうど一週程度空くことになる。

それでも会おうと思えば日をずらす事はできるが、何よりあんな体験をした後で、決定をすぐ彼女に伝える気分にはならなかった。

 そういうわけで今日は別の被験体との面談だ。クリムはいつものように椅子に座り、机の資料を読む。

 今回の被験体は火を吹けるらしい。それに通常の人間より再生力が上がっていると。火力は本気を出せば現代魔術の最高威力に引けを取らないとか。

 これはなかなか期待ができるかもしれない。

 ほんのり期待に胸を膨らませつつ引き続き書類を眺めていると、ガチャ、と扉が開く。

 研究員に連れられて現れたのは赤い癖毛の少年。他に目につく特徴といえば金の目、瞳孔は縦長であることくらいだろうか。


「やあ」


「おじさん! 俺ドラコ! よろしく!」


「おう、俺はクリムだ。よろしくな」


 今回は活発で溌剌とした少年のようだ。チラリと見える大きめの犬歯が目立つ。

 クリムは微妙な顔をして頭を掻きながら対応する。こういった性格の被験体は元気なようで、思わぬところに地雷があることが多いため、クリムの苦手なタイプだった。

 ドラコを席に座らせ、クリムも席に着く。


「じゃあ色々聞いていこうか」


「うん!」


「君の好きなものは何だ?」


「そうだなあ、お父さんが作るハンバーグが好き!」


「おお、いいねえ。ハンバーグは俺も好きだ」


「趣味が合うね!」


「そうかもな」


 親を話題に出すと混乱する被験体も多いが、こいつはそうではないらしい。少し安心しつつ、クリムは質問もとい雑談を続け、本題に入ることにした。


「それじゃあ少し話を変えて、最近、変わったことはないか? 体の調子はどうだ?」


「火が吹けるようになったよ!」


「それはすごいな」


「あとねー怪我とか治るの早い!」


 ここまでは書類に書いてあった通りの内容だ。これを深掘りして明確な弱点がないか炙り出す。


「火を吹くところをちょっとおじさんに見せてくれないかな」


「えー……うん、いいよ!」


 ドラコは一瞬考えてクリムの頼みを承諾した。明らかに迷った。何かしら制限があるのかもしれない。

 念の為ドラコに何も無い壁の方向を向かせ、彼の準備を待った。


「んんっ、いくよ!」


「おう」


 ドラコは軽く咳払いをした後、少し勢いをつけて顔を突き出し、口からブワァッと火を吹いた。

 火の勢いは強く、少し離れたクリムも熱気を感じるほどで、人間一人丸焼きにできそうな炎だった。部屋の壁が木製なら確実に火事になっていただろう。

 三秒ほど壁を焼き、ドラコは炎を吹くのを止めた。


「すごいじゃないか。想像以上だったよ」


「けほっ」


 クリムの言葉にドラコは咳で返した。


「どうした? 大丈夫か?」


 ドラコは咳をしながら頷いて応える。


「声が出せないのか?」


「…………だいじょうぶ」


 暫く黙ったあとドラコは酷く掠れた声で返した。どうやら火を吹くことで喉が焼けてしまうらしい。施術により上がった再生力ですぐに治るようだが、短い間隔での連続使用は厳しそうだ。


「……うん、治ったよ」


「よし、質問してもいいか?」


「いいよ」


「さっきの火は最大火力か?」


 最大火力は既知の情報だが、一応聞いておく。


「ううん、さっきのは一番小さい火だよ」


「そうなのか、じゃああれより小さくは出せないのか」


「そうだね」


 これは困った。一番小さい火でも威力があるのはいい事だが、火を吹く度に喉が焼けていては使い物にならないかもしれない。

 加えて、もし、火力によって喉の焼け具合が変わるなら。

 ふと浮かんだ嫌な予感を抱えつつ、クリムはもう一つ質問をする。


「ちなみに、今やろうと思えば最大火力も出せるのか?」


「えっ……とね、最大火力はやらないようにって、言われてるんだ」


「なんでだ?」


「最大の火を吹くと俺の喉が壊れちゃうんだって」


「じゃあ出せないってことか」


「うん……」


 ドラコは顔を曇らせ、クリムは顔を抑えて天を仰いだ。

 その後いくつか質問を続け、ドラコの能力がある程度わかった。彼の火は口からのみ放射することができるもので、火力の調整は厳しく、最大火力は自身の許容範囲を超えるため使用できない。また、放射できる時間は三秒程度。それ以上は喉が先に使えなくなる。

 再生能力もあるが、火を吹く能力に見合っているとは言えない程度だ。


「ふむ、なるほどな」


「おじさ」


「よし、今日はここまでにしようか。君も能力を使ったんだ。疲れただろう」


「あ……えっと」


 ドラコは何か言いたげな顔をしていたが、クリムはそれを無視し、さっさと彼を部屋から追い出すことにした。

 クリムは席に着くと改めて書類を眺め、ペンを手に持ち文字を書く。


"処分"


 そして深い溜息をついた。

 今回の例は、担当の研究員が無理やり通そうとしたのだろう。よくあることだ。

 このキメラ化研究において、成果をあげる必要があるのはクリムだけではない。研究所としての成果がいる。つまり皆ピンチなのだ。

 加えて、もし担当した被験体が成果となれば担当者の評価は上がる。評価が上がれば地位が上がり、生活の不安もなくなる。そのため嘘と真実を混ぜた情報を書類に書き、クリムの検査をなんとか潜り抜けようとする者が時々いる。

ドラコで言えば、理論上出せる火力のみを書き、火を吹くことによる喉への負担は詳しく書かないことで採用させようとしていた。

 愚かな行為だが、クリム自身も追い詰められていることに変わりはない。研究員を責める気にはならなかった。


――――――

 その後何人かの検査を経て数日後、ついにアイリスと会う日が来た。

 クリムは普段と違い部屋の椅子には座らず、机の周りをぐるぐるとまわっていた。

 期間を延長するということは、文字通り被験体の検査時間を増やすということだ。したがって、机に置かれた書類に特に変更点は無かった。クリムは一度見た書類を読む気にもならず、退屈と緊張を紛らわす手段を失っていた。

 ガチャ、と扉が開くと、研究員と共にアイリスが現れた。

 今回はその薄紫の目を開き、こちらをじっと見つめている。


「なんだ、今回は目開けてるのか」


「先に消耗しないようにね」


 前回の続きだと伝えてあるからだろう。万全の状態でクリムの検査を受けに来たのだ。

 自分を採用させるために。


「私、成長したのよ。制限時間も使える範囲も伸びて、以前よりずっと役に立つようになったわ」


「それなんだが」


 アイリスの言葉を少し遮るようにクリムが話を切り出した。その妙に落ち着きのない態度にアイリスは不安げな表情をする。

 そんな彼女にクリムはできるだけ感情を込めない様に冷酷に告げる。


「アイリス、お前の処分が決まった」


「え……なんで?」


「宮廷魔術師様の決定だ」


「そんなっ」


 アイリスは一瞬目を瞑り、見開いた。そしてそれ以上は追及しなかった。

 宮廷魔術師はこの国でほぼ最高位の権力を持っている。彼女にもクリムにもその決定を覆すことなどできないと悟ったのだろう。


「じゃあな」


「……」


 クリムは下を向いて黙るアイリスに一言だけ別れを告げると、研究員に彼女を部屋から連れ出させた。

 クリムも思うところがないわけでなかった。アイリスは決して使えない人材ではない。魔術師の劣化版とはいえ、あの能力は非常に有用だ。こんなにあっさり切って捨てるには惜しい。それは彼女もわかっているはずだ。


「いや……」


 クリムは頭を振り、それ以上考えるのをやめた。


「手続きをしなくちゃな」


 アイリスの処分は決定したが、クリムはそれまでにいくつか手順を踏む必要があった。被験体の検査期間の延長は、言わば第二段階。それに進める際とそれを終わらせる時に必要な書類が複数ある。面倒な手続きではあるが、形式上やらなければいけないということになっている。そのため、彼女の場合は実際に処分が執行されるまでに少し期間が空く。


「たまに様子見にでも行くか……」


 勢いで別れを告げたものの、なんだかんだ暇だしな、とクリムは自分で理由をつけた。

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