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記録1

 あれから、どれだけの実験を重ねたんだろうか。

 キメラ化研究最初期の二体の成功例から、未だに完全に成功と言える個体は現れていない。どれだけ同じような環境に揃えようとも、同じような成功例は生み出せない。何かが違っている。何かが間違っている。

 それに、あの時は成果を出すために皆必死だったから、しっかりとした記録が残っていない。文書として存在はしているが、突き詰めると謎が多い。現状、初期の二体は偶発的に生まれた奇跡としか言えることがない。

 男は薄暗い部屋で思考する。部屋の壁や床は何の装飾もなく無骨な灰色、木製の机が一つと椅子が二つ。椅子は向かい合うように置いてある。明かりは天井に一つ。恐らく安価な魔石が使われているのだろう。無駄に広さのあるこの部屋にはいささか不足している。

 男はこの研究所の研究員だ。研究室から送られてくる被験体と顔を合わせ、その個体の良し悪しを判断する役割。使えると判断された個体はそのまま国に献上される。その後はきっと、戦争にでも使われるのだろう。

 今日も新しい個体と対面する。男は少しの緊張とともにその時を待った。

 ガチャ、と扉が開くと、研究員に連れられて今日の被験体が顔を覗かせた。

 緑の皮膚に玉ねぎの皮のような髪、体の一部が植物になっている少年だ。少年は不安そうな顔をして男を見ている。

 男は安心させるため笑顔を作り、彼を迎え入れた。

 少年を椅子に座らせ、男も向かいに座る。


「やあ、君の名前はなんていうんだい?」


 男は尚も身をすくませ俯いている少年に声をかける。事前に書類に目を通しているため少年の名は知っているが、警戒心を解かせるには会話することが効果的だ。何より沈黙を貫かれると使えるかどうかも判断できない。最悪の場合、そのまま処分送りにするしかない。罪なき少年を何もなしに殺すことは避けたい。

 男にもそれくらいの善性は残っている。


「…………リーフ」


「リーフ君か! いい名前だな」


「……おじさんはなんていうの」


「え、俺か? 俺はクリムだ、よろしくな」


 思ったより協力的かもしれない。ほっと胸を撫で下ろしつつクリムは会話を続けた。


「好きなものは?」


「……リンゴ、と、お母さんのご飯」


「お、いいな! ママの料理は何が好きなんだ?」


「お母さんの料理……えーと、アップルパイ、かな」


「いいねえ、よく作ってくれるのか?」


「うん、たまに」


 リーフの口元が少し綻んだ。母親との記憶を思い起こしているのだろう。


「……? お母さん?」


突如、リーフの顔に疑問が浮かぶ。


「おおっとちょっと待った」


 クリムは思考の渦に沈みそうなリーフを引き止める。


「話を変えようか」


 彼ら被験者は主に孤児院から供給される。孤児院には様々な事情を抱えた子供がいるが、リーフは両親を亡くしてしまった子らしい。加えてクリム達が行っているキメラ化研究は、合成する際に記憶や意識の混濁を引き起こしやすい。無理に思い出させると暴走の危険もある。


「リーフ君、体の調子はどうだい? 何か変わったことは?」


「……変わったこと、体が変」


「それはそうだろうけど、何かできるようになったとか」


「えっとね、指が伸びるようになったよ」


「本当かい? ちょっと見せてもらえないかな」


「いいよ」


 リーフはクリムに右手を差し出し、少し踏ん張るような顔をすると、彼の指、そして腕そのものが伸び始めた。


「あれ、もっと伸びた」


「すごいな!」


「前は指だけだったのに」


「新しい体に慣れてきたんだよ。心配することないさ」


「そうなの?」


「そうさ。もっと伸ばすことはできるか?」


「多分……できると思う」


 リーフはもう一度眉をしかめて集中すると、彼の腕はさらに伸び、クリムの身長程度まで伸びた。クリムはより一層驚いてみせる。


「すごいぞリーフ! 脚もいけるか?」


「う、うん。伸ばせるよ」


 そう言うとリーフは椅子に対して横向きに座り直し、腕同様に少し伸ばしてみせた。


「ほら!」


 クリムの期待に応えられたことの喜びを顔に浮かべ、リーフはクリムを見る。

 その視線に応えるためクリムは立ち上がり、最大限笑顔を浮かべて見せた。


「腕も足も伸ばせるのか!すごいじゃない

か!」


「すごいでしょ」


 リーフは小さな胸をはり自慢気にニコニコとしている。


「ちなみに、伸ばした腕を動かしたりはできるのか?」


 ふと浮かんだ疑問。これができないんじゃ使い物にならない。


「あー……ごめん、できない」


「少しも?」


「少しも」


「そうか」


 クリムの顔に失望の色を見たリーフはしゅんとうなだれた。クリムは慌てて表情を笑顔に戻し、彼の頭を撫でてやる。


「大丈夫。きっとそのうちできるようになるさ」


「まだ慣れていないだけってこと?」


「きっとそうさ。お前は十分すごいよ」


 少し安心したのか、リーフは顔を上げ表情を和らげた。


「だから、今日はここまでにしよう。次会う時にまた見せてくれ」


「うん!」


「ただ、伸ばした腕や脚をしまってから帰ってな」


「えっとね、それなんだけど」


リーフは表情を曇らせる。


「どうした?」


「伸ばすのは自分でできるんだけど、いつも勝手に縮むのを待ってるんだ」


「自分じゃ縮められないのか」


「うん……」


「それなら仕方ないな」


 クリムが手元のボタンを押すと、ピンポーンとチャイムが鳴り研究員が入ってきた。彼はリーフをおぶりそそくさと部屋を出ていった。


「じゃあな」


 バタン、と扉が閉められた。

クリムは再度椅子に腰を下ろし手元の書類に改めて目を通すと、ペンを手に取りささっと数文字記した。


"処分"


 クリムは溜息をつき、次の被験者を待った。


――――――


 何度やっても嫌な仕事だ。自分の判断で簡単に被験体の生死を決めることができてしまう。厳密にはクリム一人だけの判断ではないが、それでも彼に委ねられた部分は大きい。貴重な資源をわざわざ無駄遣いさせられているような、そんな気持ち悪さが彼を支配していた。

 まあ他に適任もいないので仕方がない。

 初期のキメラ化研究はだいぶ非合法なことも色々やっていて、目をつけられて一気にしょっぴかれることもあった。クリムはその時期、本筋に深く関わらず、関連した別の事柄を研究していたために追及を逃れることができた。

 未だにちゃんとした成功例が出ないのもそれが理由だ。当時の人間はもうほとんどいない。ただ、今が合法かといわれればそんなことはなく、かなり黒寄りなのだが。


「はぁ……」


 クリムはまた溜息をついた。

 幸いにも初期の二体の成功例のおかげでまだ研究を続けられているが、それもあれらの活躍次第でいつ終わりを迎えるかも知れない。

 早急に何らかの成果をあげる必要があるが、かといって中途半端なものを出しても切り捨てられるだけだ。そしてそれが成果として出せるかどうか、使えるかどうかを判断するのはクリム自身だ。


「無駄に責任が重いんだよな……」


 一人愚痴をこぼしながら足を揺らして書類を流し読み、退屈な時間を凌ぐ。


 ガチャ、と扉が開くと、研究員と共に金髪の少女が現れた。何故か目を瞑り、固い表情をしている。

 クリムはさっと姿勢を正し、笑顔を作った。


「やあ、君の名前はなんていうんだい?」


「知ってるんでしょ」


「は?」


 椅子に座り開口一番彼女はそう言った。

 クリムは手元の書類に目を落とし、改めて内容を確認した。

 名前は"アイリス"、年齢は"12歳"、能力は……"念話"と書いてある。能力の詳細は不明。

 依然目を閉じたまま、アイリスは勝手に喋る。


「ちゃんと読んでなかったの? 資料くらい読んでおいでよ」


「あ、ああ、すまないね」


「仕事を退屈がっていないでさ」


 クリムはギョッと目を見開いた。"念話"というくせにまさか記憶まで探るのか。 クリムの動揺も収まらないうちにアイリスは話し続ける。


「記憶はさすがに無理よ。私は人の考えていることがわかるの」


「念話というのは」


「人の考えを読み取ることと、その反対もできるわ。人に自分の考えたことを送れるの」


「なるほど」


 昨今発展してきた通信技術のようなものだろうか。遠距離でも手軽に情報のやり取りができるという。


『大体そうよ。私が勝手に送ったり受け取ったりするけど』


「おお」


 クリムの頭の中でアイリスの声が響く。頭に直接他人の声が響くというのはなかなか気持ちの悪い感覚だが、これは非常に便利だ。なにせ他人に会話を聞かれる心配もなく、口ぶりから遠距離でのやり取りも可能なのだろう。


「そうね。私は役に立つわよ」


「お前は役に立ちたいのか?」


 クリムは作り笑いをやめ、姿勢を崩して楽にした。心を読まれるのなら何もかもお見通しなのだろう。笑顔を作っていても仕方がない。


「役に立たなかったら殺されるんでしょ」


「まあそうだな。だが、役に立つと俺が判断しても、戦争で命を使われるだけだぞ」


「少しでも生きられるならそっちの方がよっぽどマシよ」


「そうか」


 アイリスはしっかりと自らの意志を持っているようだ。表面上はツンとした態度だが、表情はその必死さが滲み出ているように見える。自分のためにも協力は惜しまないだろう。

 問題はその能力が本当に使えるか。そこが一番大事なところだ。クリムの首もかかっている。


「私を採用しないとあなたも危ないのね。私にしなさい」


「いや、中途半端なものは出せないからな。ちゃんと調べさせてもらう」


「わかったわ」


「じゃあまず一つ。何で目を閉じているんだ?」


 クリムは一番気になっていたことを尋ねた。アイリスはここまでの会話でまだ一度も目を開いていない。目を開けない理由があるのか、目を閉じなければならない理由があるのか。目を閉じていないと力が使えないとか。


「……鋭いわね」


 アイリスは少し躊躇うような素振りをした後口を開いた。


「その通り、私の力は目を閉じていないと使えないの」


「そうなのか。じゃあ有効範囲は?」


「この研究所以外で試してないからなんとも。多分私が相手を認識してる限りは大丈夫よ」


「なるほど。次、能力の使用回数とか制限は?」


「畳みかけるわね……そろそろ」


 小さく呻き声を上げ、アイリスは頭を抑えた。


「そろそろ限界よ」


 頭を抑えながらアイリスは目を開け、初めてクリムを直視した。その薄紫の瞳には様々な感情がこもり、強い光を宿していた。恐らくキメラ化の影響なのだろう、瞳孔の形が横長に変質していた。


「何よ」


「いや、綺麗な目だなと」


「何よ……」


 クリムは無視し、左手の腕時計を確認した。少し書類に何か記しながら話を続ける。


「大体15分から20分くらいってところか?」


「ちゃんと測ったことはないけれど、多分それくらいよ」


「ちなみに連続使用の上限か? 合計か?」


「え? ええっと……」


 ピピッと音が鳴った。クリムの腕時計からだ。


「おっと時間だ。すまんな嬢ちゃん」


「え、そんな」


 アイリスの顔が絶望に染まる。


「安心しな、期間は延長してやる。また今度だ」


「え、あ、今日だけで決めるわけじゃないのね……」


「俺は自分の目にそんな自信は持てねえよ。見込みがありそうなら数日に渡って面談してから判断するんだ」


「よかった……」


 アイリスの目は潤み、今にも泣き出しそうになっていた。緊張が解けたのか彼女は深く息を吐き、顔を拭うとキッとクリムを睨みつけた。


「絶対採用させてやるから」


「おう、次もよろしくな」


 クリムは微笑を貼り付けて返した。

 この時期の被験体は大分成長余地がある。キメラ化の施術から大して時間が経っていないためだ。アイリスの"念話"は元が有用な力だから成長にはかなり期待ができる。経過を見る間に上手く成長してくれれば良いが。

これは化けるかもしれない、とクリムはほくそ笑んだ。


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