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9 無邪気?の勝利

 

「ねぇ、最近なにしてたの?」

「稼ごうと思って失敗したのさ」

「ふーん」


 異世界に来てもうそろそろ一週間か。


 夢ならとっくの昔に覚めていてもおかしくなく、もうすでにこの世界が現実だと受け入れた俺に向けて忙しさにかまかけて、彼女をほったらかしにして不機嫌にさせた時のセリフがネルの口から出た。


 昨日までの三日間の成果をその言葉で思い出してしまい、つい黄昏れてしまう。


「よしよし、お父さんもたまに商売で失敗して落ち込んでるけど、お母さんがこうやると元気になるよ?」

「ネルは優しいなぁ」


 バンダナ越しに小さな手が触れて撫でてくれる。


 小さな女の子に慰められるなんて、元の体では犯罪と間違われそうだけど今は子供の体だから許して。


「それで、お金を稼ごうとなにしたの?」


 頭を撫でつつも、俺が何をしていたかは気になるようで。


「実はほしいものがあって、ずっと南の丘の方でモチを倒してたんだ」


 俺も俺で、なんだか癒されているからそのままこの三日間で起きたことを話した。


 モチをどうやって倒したか、そして、そこまでの道のりとか、どれくらい時間がかかったか。


 そこら辺を話し終えたら。


「ずるい」


 ピタッとネルの手が止まって、さっきまで静かに聞いていたというのに、ぷーっと頬を膨らませてしまった。


 ええ?なぜにご機嫌斜め状態?


「リベルタだけ、外に出るのずるい。私も外に出たい」

「ああ、そういうこと」


 俺は孤児、それに対してネルは店を構えている商人の娘。


 心配する親がいないので自己責任な俺と、心配する両親がいる幼いネルとでは活動範囲の差が出る。


「私も外に出たい!!」

「いやぁ、さすがに俺の一存じゃ連れて行くのは」

「行きたい!!」


 そこら辺を理解できるほど、ネルもまだ成熟していないのか。


 これは完全に理屈じゃなくて感情の話だ。

 憧れた外に俺が一人で行って、それを教えてしまったゆえにうらやましくなったのだろう。


 さっきまで頭の上に置いてあった小さな手は俺の服を掴み、必死にせがんでくる。


「んー」

「行きたい!!」

「とりあえず、相談しよう」

「……相談?」


 だけど、その感情に任せて勝手に連れ出すことはさすがにできない。

 となれば、そこら辺の許可を取るために相談しに行くのが常套手段。


 ネルの手を引いて裏口に向かってノック。


 ネルがいるからと勝手に入っていいわけでもない。


 物音に気付いたネルのお母さんが扉を開けてくれて。


「あら、どうしたの?ご飯はまだよ」

「そうじゃないんです。実は」


 こういう話は親御さんに許可を取らないといけないのだ。

 きっと、ネルが説明したら感情任せで外に行きたいというだろうから順序立ててネルの願望を伝えると。


「外は危険だから駄目に決まってるじゃない」


 ですよねぇ。


 親として至極真っ当。

 小さな女の子と、ヒョロガリな男の子二人で外に行くなんてありえないと正論を俺じゃなくて、ネルの目を見てネルのお母さんは言ってくれる。


 これで諦めてくれれば、話は簡単に終わるんだけど。


「でもリベルタは毎日外に行ってるよ!!」

「リベルタ君は男の子だし武器も持ってるの、あなたは女の子。外にはモンスターだけじゃなくて人攫いもいるのよ?悪い人に捕まったらおうちに帰ってこれないの」


 欲望を抑えきれないネルと母親の正論がぶつかり合うのは自然な流れだよな。

 外に出たという実績を俺が作ってしまったからか、俺を例えで出したんだろうけどその程度で母親の正論牙城を崩すことは叶わない。


 危ないから駄目。

 子供にとってどれだけ危険かは体験してみないとわからないが、大人から見れば危険を情報でいくらでも入手できる。


 それにネルが言っているのは我がままだ。


 ただ外を見たいという理由だけで、危険を冒そうとしているのだから親は止めるに決まっている。


 色々と感情任せな言葉でネルも許可をもぎ取ろうとしているけど、すべて母親には通じない。


「むー」

「いや、俺にどうにかしろと?」


 正論に対して、感情を通せという無理難題。

 だけどここで無理だと断じれば、ネルのご機嫌がピサの斜塔張りに斜めになる。


 若干涙目になるのもずるいと思いつつお母さんの方を見ると、困ったように眉間に皺を寄せる。


「方法は……ないことはない」

「ほんと!?」

「ただ、俺にはできない」


 お母さんを困らせるのは俺も本意ではない。

 だけどネルを悲しませない方法がないかと言われればあると言える。


「えっと、ネルのお母さん」

「ああ、そういえばトントン拍子で名乗ったことがなかったね。名乗ったつもりになってたよ。テレサっていうんだ。テレサさんと呼びな」

「あ、はい、テレサさん」

「それで?私を納得させるだけの方法があるっていうのかい?」

「結果だけで言えば、はい」

「へぇ、聞かせてもらおうじゃないか」


 なんだろう、この街にいる奥方たちはみんな勝気になるのだろうか、床屋の女店主も武器屋の巨人族の奥さんも、ネルのお母さんのテレサさんもみんな気が強いなぁ。


 挑戦者を見るチャンピオンのような風格を醸し出さないでください。


 そしてネルよ、そんな期待のまなざしで見ないでくれ。


「テレサさんは、ネルが危ないから外に出るのはだめだって言ってましたよね?問題点はそこ以外にあります?」

「……いや、ないね。この子は店の手伝いもするし勉強だってするからね」

「じゃぁ、冒険者を雇ったらどうでしょう?」


 そして、貴族の子女でもない子供の外出に冒険者の護衛をつけるなんて突拍子もないアイディアはさすがに行き過ぎたか?


「冒険者を雇うって……確かにそれなら丘に行く程度は安全かもしれないけど、そのお金はどこから出すんだい?子供の遊びに払うお金なんてないよ?」


 だが、テレサさんは行動自体は否定しなかった。


 そこが一瞬の隙になる。


「お金ならあるもん!!」


 本当だったら、俺はネルに店主さんを泣き落としで口説かせようと思ったんだけどまさかのここで息を吹き返した。


 俺の隣から走り出し、そしてテレサさんの脇を走り抜け二階に向かう。


「え、えっとぉ」

「はぁ、うちの娘が迷惑かけたね」

「い、いえ。お世話になっていますし」


 当事者がいなくなってしまったことでちょっと気まずい空気が流れた。


 どうしようかと悩んでいると、先にテレサさんが謝ってくれた。


「あんたからすれば、生きるために頑張ってる最中だったんだろ?それを邪魔するような形で」

「いえ、本当に迷惑じゃないです。ネルと話しているといろいろと再確認ができますので」

「そうかい?私としても過保護だとは思ってるけど、私たち獣人はこの国じゃあんまりいい立場じゃないからね。うちの旦那がいろいろと間に入ってくれたおかげでご近所さんとは仲がいいけど、ちょっと枠を外れたらそうじゃないやつもいっぱいいる。あの子が嫌な思いをするのは嫌なんだよ」

「テレサさん」


 俺は結婚したことがないから、その悩みはわからない。

 でも、テレサさんがネルを大事に思っているからこうやってしっかりと反対しているのはわかった。


「それじゃ、俺が「持ってきたよ!!」……」


 だから、こうやって妥協案を出したのは出しゃばりすぎたことなのかと確認しようとしたタイミングでネルが戻ってきた。


 片手に可愛らしいピンクの子ブタを抱えて。

 え、この世界に豚さん貯金箱なんてあったの?


 しかも割らないと中から取り出せないタイプの奴。


「はい!!これで冒険者を雇える?」


 それを俺の目の前にズイッと差し出してくる。


「いや、中の金額がわからないからなんとも……というかそれ使っていいお金なの?」


 この手の貯金箱は結婚資金とか、将来の夢のためとか割と重要な用途が決まった時用の貯金だと相場が決まっている。


「将来お店を開くために貯めてるお金!!」

「使っちゃダメな奴じゃん!?」


 案の定そのお金は使っちゃだめなお金だった。


「そうだよ、ネル。それは取っときな。いざという時に使うならともかく今はそのお金の使いどころじゃないよ」

「でも、でもぉ」


 思わずツッコミを入れてしまったがそうなっても仕方ないだろ?


 会ってまだ短いけど、ネルが商人になると無邪気に宣言しているのはよく聞いている。


 駄々をこねているけど、このお金が大事なのはわかっているのか少しだけ葛藤を見せ始めた。


「おやおや、裏が騒がしいと思って見に来たら何事だい?」


 そこに店主が登場。

 いいタイミングだ。


「あんた、実はね」


 正直ここで俺がズバッとネルを守りますなんて主人公らしさを見せられればいんだけど、布の服に竹槍。


 自分の身も守れるかどうかわからないヒョロガキがそんなたいそうなことを言って信用されるかって話だ。


 なので、ここまでの流れをさらっと変えることを期待して店主さんを見ると。


「ふむ、外に行きたいのか」

「お父さん、ダメ?」

「むっ、むぅ」


 ここで、涙目上目遣いか!?

 ネルなんて恐ろしい子!?


「た、確かに冒険者をつければ丘に行く程度なら安全だな。ここで旅の経験を積むのも悪くは、いったぁ!?」


 何か言い訳して、ネルの言い分に正当性を見出そうとしているけど、そこですかさずテレサさんが店主の脇を思いっきりつねった。


「あ・ん・た」


 うん、この家庭最強はテレサさんだな。


「うっ、だが、普段わがままを言わないネルがここまで言うんだぞ?それに商人になるにしても見聞を広げるのは悪くはないし、ここで一つ旅の経験を積ませるのもいい経験になる。幸いにして、冒険者に関してなら私に心当たりがある。信用のできるやつだからな」

「はぁ、一週間晩酌抜きだよ」

「そんな!?」

「いやならダメだよ。本当だったら一か月くらい晩酌を抜きにしたいくらいなんだから」

「お父さん」


 そしてネルのわがままを叶えたいという父親心がかろうじて、まともな正論をひねり出し風向きは完全にネルに味方した。


 店主のダメージがちょっと気になるけど、俺にはどうしようもない。


「わかった、それでいい」

「本当!!行ってもいいの!?」

「ああ、その代わりしっかりと旅に関して学んでくるんだぞ、外に遊びに行くんじゃなくて勉強に行くんだ」

「うん!頑張る!!ありがとうお父さん!!」

「ははは、なんのなんの。愛する娘の頼みだ、これくらいはするさ」


 娘のネル笑顔が店主の心を救ってくれていると信じて、見守っていると。


 ちらっとネルがこっちを向いてピースサイン。


 そしてテレサさんが大きくため息。


 ま、まさか、ここまでの動きが全部計算ずくだと!?

 ネル、恐ろしい子!?


 将来、この子がどんな大人になるか未知数だけど、少なくとも商人としての片鱗を見せているのは間違いない。


「お父さんいつ行けるの?明日?」

「んー、知り合いに尋ねてみないとわからないけど明日ってことはないかな。早ければ二日後には用意できると思うよ。ネルも後で私が旅の支度の仕方を教えるからそれで準備してみなさい」

「……わかった」


 子供らしい仕草の中に計算が紛れ込んでいる。


 これがどれだけ恐ろしいことかわかるのはそれを見てしまった俺とテレサさんくらいだろ。


 とりあえずは納得したネルは、俺に振り返って。


「リベルタも旅の準備してね」

「む、彼もいっしょに行くのかい?」

「だめ?」

「むむむむむ、はぁ、仕方ない。娘と仲良くしてくれているようだしね」


 旅の誘いをしてくれるのはいいんだけど、その様子を見て父親としてかなり複雑な心境になっているのがわかるくらい店主さんの顔が困り顔になっている。


 まぁ、ネルのご機嫌が斜めにならなかっただけ良しとするしかない。


「リベルタ君」

「はい、なんでしょう?」

「くれぐれも、くれぐれも娘をよろしく頼むよ?」


 ただ、これを機に店主との仲が少し微妙な関係になったかもしれない。


 店主のレベルは俺よりも圧倒的に上だ。

 体格も断然に店主の方が大きい。


 そんな男が俺の前に歩み寄って、両肩に手を置いてにっこりと迫力のある笑みを見せてくるのはどう見てもけん制しているよな。


 くれぐれもを二度も言うということは、それだけ大事な部分なんだろう。


「あ、はい」


 その圧力に屈してしまうのは仕方ないだろ?


「子供に何言ってるんだい!!」

「あいた!?」


 素直に頷いたら、スパンと店主の頭をテレサさんが平手で叩いた。


「だってぇ」

「だってじゃないよ、もう、店だって長く空けてるだろ。冒険者に手紙も出さないといけないだろ?ほら、仕事に戻った戻った」

「うう、うちの妻は頼もしいけど、ちょっと厳しいよね?君も将来こうなるよ」


 そして去り際に俺の未来を示され、店主の少しだけ小さくなった背中を見送るのであった。


 そして今日はそのままネルの相手をして、次の日は俺は一人でモチを狩りに行ってその日もドロップ運に見放され気落ちしたその帰りに。


「りべるたぁ」


 馬小屋の前で、困り顔のテレサさんと一緒に涙を流すネルに出迎えられるのであった。




読んでいただきありがとうございます。


楽しんでいただけましたでしょうか?


楽しんでいただけたのなら幸いです。


そして誤字の指摘ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
>君も将来こうなるよ それは将来ネルと一緒にさせるということなのか 一般論で妻の尻に敷かれるのが普通とは言わんよな
>「リベルタ君は男の子だし武器も持ってるの、あなたは女の子。 そう言う問題ではなく、主人公は自身で金を稼がなければならない孤児で、それを妨害するネルは酷いって話……。 主人公の時間を奪う対価を払わない…
ネルがヒロイン枠じゃないことを願う
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