8 最弱VS最弱
新年あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします。
「今日はさすがにいないか」
昨日は本当に大変だった。
昼ごはんを食べ終わった後は、俺が今日無理だというのを理解して前半とは打って変わって俺が質問攻めにあった。
そこでのやり取りは、俺も色々と収穫があったから良かったがネルのお母さんが夕食を持ってきてくれるまで、まさかノンストップとは思わなかった。
おかげで、こうやって身だしなみを整えたころについ裏口を見てしまう。
しかし、そこには誰もいなくてホッと安堵してしまった。
「籠よし、腕輪よし、財布よし、竹槍よし!」
最後に装備を指さし確認して、裏口のドアを叩くと数秒後に扉が開き。
「今日は出かけるのかい?」
「はい、ちょっと南門の先にある丘まで」
「そうかい、あそこら辺は安全だけど、無理だけはするんじゃないよ」
ネルのお母さんが包みを片手に、現れた。
その背後には誰もいない。
「あの子なら昨日遅くまで何かメモしていたよ。寝るのも遅かったから起きてくるのは昼前じゃないか?」
「そうですか」
それを目ざとく見つけた彼女はニヤニヤと包みを差し出しながら俺の視線の答えを教えてくれる。
「あの子があそこまで懐くなんて珍しいからね、どうもあの子はほかの子と遊ぶとすれ違うことが多くてね。あんたみたいに大人な対応してくれる子は嬉しいんだろうね」
「そうなんですか」
「そうなんだよ、これからもあの子と仲良くしてね」
「はい」
まぁ、あそこまで知識に貪欲なら同い年の子と話も合わないなんてこともあるかぁ。
「行ってきます」
「気を付けるんだよ」
仲良くしてねという部分に別の意味も混じっているような気もするが気の所為ということにしておこう。
明日もわからないこの身だ。
変なことは考えない方がいいよな。
弁当を籠に入れて今度は南門を目指して歩き出す。
一昨日と同じ時間帯だから、人がいるのはわかるがこっち側は港に向かう馬車が多い。
竹槍を背負って歩く子供なんて俺くらいだけど、俺に視線を向けるなんて商人とか貴族の馬車の護衛がちらりと見るだけ。
馬車が通らない脇道を使って、通路の端を歩いていれば絡まれる心配はない。
そして。
「夕刻には戻ってこい。入るには十ゼニかかるからな。なければ薬草採取の物品納品も認める」
「ありがとうございます」
門番の兵士の人に出門許可をもらって外に出た。
冒険者になればこういう手続きも無しにできるんだけど、冒険者になる手順も考えないと後々大変なんだよ。
少なくともこの小さな手間を省くために安易に冒険者になるのはメリットが少なすぎて無しだ。
それにうまくいけば今日で街の外に出る必要はなくなるからこの出費は必要経費!
しかし。
「こ、子供の歩幅を楽観視していた」
門外に出て少し心がくじけそうになっている。
ゲームならあっという間についたという感覚だったけど、大人の歩幅と歩行スピードに子供が勝てるわけがない。
この後のことを考えて疲れないように休憩をしながら進んだおかげで、日もずいぶんと昇ってしまった。
「うーん、ついたはいいが、ここに居座れるのは二、三時間が限度か?」
竹林よりも遠いけど何とかなると思っていたけど、想像以上に時間がかかった。
「乗合馬車に乗る?いやいや、そんな金は俺にはない」
ゲーム時代なら、移動するための馬を含めたいろいろな騎獣が存在してそれに乗っていたけど今の資金じゃそれもできない。
一応港まで向かう乗合馬車はあって途中下車もできるけど、料金は港まで取られるから出費がかさんでここで稼げる金額を大幅に超えてしまう。
「はぁ、まずは腹ごしらえして早めに帰るしかないか」
それなら短時間で効率的に動くしかないか。
そう決断したら、休憩も兼ねて近くの木の下に腰を下ろす。
「ゲームの時も思ったけど、こいつら不思議な生き物だよなぁ」
そして、目的地の光景を改めて見直す。
ここは小さな泉がある丘。
辺りは開けていて、見通しがいい。
木がいくつか生えているだけで、休憩するには絶好の場所。
ただ、港までの道を含めて、いろいろな道からだいぶ横に逸れた場所にあるから人気はほとんどない。
代わりに、白くて丸くてもっちりとした生き物がそこら中を跳ね回っている。
目も口も鼻も耳もない。
白い弾力性のある球体。
FBOでは最弱であるモンスター、グッズ化もしたコアなファンもいる。
その名もモチ。
うん、運営の中に絶対餅が好きな奴いるだろ。
もしくは餅に恨みでもあるのか。
FBOだとスライムは凶悪モンスター設定だから、ゴブリンよりも弱くて初心者でも倒しやすいっていう体で作ったモンスターだと俺たちプレイヤーは予想している。
東西南北、主人公が選んだ街の近くには絶対このモチの住処が存在する。
ノンアクティブモンスターで、その住処から離れることもなく、ただただそこら辺で跳ねて、雑草を食べて増える。
一定まで増えたらそのままという人畜無害の代表という弱さに加えて、こいつが落とすドロップ品も一つの例外を除いて、ドロップ確率的にも売値的にもまぁ美味しくない。
さらに経験値もおいしくないと無害なら放っておいてもいいという要素が加わってここの過疎化が進む。
ゲームリリース時でも同じ現象が起きていた。
唯一役に立つのは、本当に安全にレベルを上げ、クラスを得られるというメリットのみ。
それもモチ二、三匹倒せば完了してしまうし、物語上ではモチでレベルを上げるのは臆病者のレッテルを貼られる。
実際称号の中に、モチでレベルを上げることでもらえる〝弱者〟という称号があるわけでその設定もあながち嘘じゃないんだけどね。
「本当に知らないって、損だよねぇ」
しかし、とあることが知られるとここはプレイヤーが絶対に通うボーナスエリアに早変わりだ。
「さてと、いつまでも休憩して時間を無駄にするわけにはいかないか」
子供の体は栄養を送り込めば送り込むほど成長してくれる、さらにぐっすりと睡眠が取れればその成長には拍車がかかるし。
おっさん臭い掛け声をかけなくても立ち上がることができる。
「若い体っていいねぇ」
子供の体の非力具合には辟易としていたが、こういう部分は嬉しく思う。
「非力具合さえどうにかなれば……」
背負っていた竹槍を構え、竹とはいえそれなりに重い。
子供の体に合わせて作られたものだから普通の奴よりは軽いんだろうけど、振り回し続けたら疲れるのは必至だ。
「帰ることを考えると……うーん、スタミナ配分が難しい」
ひとまず、ゲームで鍛えた構えを取ってみる。
FBOはゲームアシストシステムがあって、運動音痴な人でもある程度体を動かせるようにアシストしてくれる。
だけど、体の動かし方を知っている人の方がやっぱり動きは良くなる。
俺もわざわざVRソフトの中の槍術訓練プログラムをダウンロードして槍の使い方を勉強したくらいだ。
生身では槍が重くて長続きはしないけど、一度だけ道場体験をしたとき綺麗な動きだとほめられるくらいには熟達している。
足を広げて、腰を少し落とす、左半身になり、右手は竹槍の末を掴んで肩幅より少し開いた場所を左手で掴む。
槍は水平。
「習うよりも慣れろ、いざ!」
大きく深呼吸をして、この世界での初実戦。
ノンアクティブモンスターのモチであるが、さすがに攻撃を仕掛けたら反撃してくる。
こっちはレベル無し、相手は最弱とはいえクラス持ちのモンスターだ。
基礎ステータス無しだと純粋な武器の攻撃力が頼りになる。
「良し!」
それ以外だと、プレイヤースキルが武器となる。
記憶に残るくらい、そして体の芯にしみ込ませるくらいに馴染ませた繰り返した動きは多少錆びついている物の想像通りに体を動かしてくれる。
鋭く放った突きは、モチの体の中心付近を捉えて貫く。
素早く抜いて、再び突き出す。
槍の強さはやはりリーチの長さ。
モチが攻撃を受けて、俺を敵だと認識して反撃してこようとしているがさすが最弱、動きは遅いし、もう一度槍を突き出せば動きが止まる。
すなわち、攻撃を当て続ければ一方的に攻撃をすることができる。
リンクモンスターでもないから、ほかのモチが俺を襲ってくる心配もない。
一対一で、なおかつ一方的に攻撃ができるのなら。
「まずは一つ」
合計で五回ほど、突きを当ててモチは動かなくなり、黒い塵のようなものになって消えた。
「ここも、同じか」
モンスターを倒す演出も一緒だ。
だからこそ、ここをゲームの世界だと一瞬勘違いしそうになるけど。
「ゲームじゃ、こんな疲れは感じなかったなぁ」
モンスターを倒す、それ自体は何も思わない。
モンスターが生まれる理由も知っているからそれもなおのことだ。
けれど、精神的な疲労じゃなくて肉体的な疲労を実感した。
「ゲームアシストも無しか」
そして矯正ギプスみたいな行動の制限されるような感覚はなかった。
レベルゼロでも初心者チュートリアル中は動きをアシストしてくれる。
後々設定で解除することができるのだが、今の動きではそれがなかった。
違いを一つ一つ確認していくのが楽しい。
「修練の腕輪のおかげでレベルも上がらないから気兼ねなくモンスターを倒すこともできるしな!!」
まだレベルを上げたくない俺の意志をしっかりと対処できるアクセサリーを掲げて、戦いでの初勝利の興奮を少しでも冷ます。
知っているけど、知らない。
この絶妙な感覚が、楽しませてくれる。
「さて、次行くか!目指せ確率0.3パーセント!!」
戦うことは問題ない、はしゃぎすぎて野宿にならないようにだけ気を付けてこのまま戦闘を続行。
幸い、モチはたくさんいて探し回る必要がないというのは効率的に非常に素晴らしいということになる。
一匹倒したら一呼吸おいて次、一匹倒したら一呼吸おいて次と繰り返してモチを倒していくと、だんだんと体も動かし方を思い出してきて動きが良くなってくる。
「お、初ドロップ」
そして十匹目にしてようやくモチがアイテムをドロップした。
モチがいた場所に残るビーズほどの小さな紫色の石。
「最下級だから、こんなものか」
これは魔石。
全てのモンスターが共通して落とすアイテムで、使用用途は様々であるが、モチが落とす魔石は十個で一ゼニ程度の価値しかない。
すなわち、この魔石一個で十円ほどの価値しかない。
おまけにドロップ確率は十パーセント。
一匹倒すのに一分かそこら、休憩挟みつつやると一時間で五十匹倒せればいい方。
時給換算すると五十円という計算になる。
モチはこれ以外に二つほどドロップアイテムを落とすけど、もう一つは五パーセントだし本命は驚異の0.3パーセント。
五パーセントを引ければ、時給は上がるけど、時間から見れば二個出ればいい方だ。
そっちの方は出たらいいな程度。
本命の方の確率なんて、765匹倒して確率九割というドロップ率なんだから。
別作業も並行してやっているから、気長にやるしかないな。
と、最初は思っていたんだけど。
「三日たって、稼ぎがたったの四ゼニって……」
三日後、俺は馬小屋で手を床についてへこんでいた。
そのわきには俺が三日間精一杯稼いだ魔石が山積みになっている。
そう魔石だけ。
その数四十一個。
他のドロップ品は一切なし。
「物欲センサー働きすぎだろ」
俺みたいなMMOゲーマーからしたら最悪の天敵、物欲センサー。
これが欲しいと願ったとたんに、ドロップ率が高い品物でも確率以下になるという魔物。
「なぜ、どうして」
本当だったら確率五パーセントのアイテムをいくつかドロップさせて一日の稼ぎは最低でも十ゼニを超える予定だった。
だけど結果はこのざま、おかげで入場料で三十ゼニを失い、俺の残金は四十ゼニ。
本命どころか並行作業中のも花開かず、三日間の努力がこの結果はさすがに応える。
「おのれ、物欲センサー」
八つ当たりにも甚だしい。
結局のところリアルラックがない俺が悪いのだ。
「……これは最悪、予定を変更しなければいけないか?」
食事はネルのお母さんが毎回用意してくれて、なおかつ宿代もかからないという好立地。
この環境がいつまでも続くわけがない。
そろそろなんらかの成果を見せておかないと、店主さんにも申し訳が立たない。
家賃未納で追い出される奴の不安ってこういう感じなのか。
金策に走るか、それとも予定通りのスケジュールで動くか。
まさか、こんな外敵に襲われるとはつゆとも思わなかった。
「とりあえず寝るか、ここで悩んでも解決しないし」
ゲームの知識でいくつかがけっぷちの状態を解除できる方法は思い浮かぶがそれはできれば今はしたくない。
危険なものあれば、非効率な物もあるし、時間がかかるモノもある。
やれなくはないが、できればやりたくない。
そんな気持ちで明日のネルとの約束のために疲れた体を癒すために寝るのであった。
読んでいただきありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。