6 不壊の竹槍
FBOというゲームをすすめるにあたって、後半戦になればなるほど長期戦になるダンジョンが増える。
そうなっていくと、武具の耐久値が問題にあがる。
攻撃をすればするほど耐久値を減らす武器に、攻撃を受ければ自然と消耗していく防具。
武具は耐久値が零になると破損状態になって装備できなくなる。
そうなると攻撃力も防御力も下がってしまう。
かといって複数の高級な武具を用意するのは現実的ではない。
ではどうするかと言えば、レア素材と高レベル鍛冶師が使うことが出来るエンチャントという武具にスキルを付与することができるスキルを使うことでこの問題を解決できる。
『不壊』
キャラクターは得ることはできない武具のみがつけることができるスキル。
これを持つ武具は耐久値が消失して、壊れることが無くなるという優れもの。
武器にはそれぞれスキルを付与できる限界があるけど、枠を一つ潰してでもこれをつけるプレイヤーは多かった。
かく言う俺もそのスキルに世話になった一人だ。
しかし、デメリットなく不壊のスキルを付与できる素材はどれも高難易度のダンジョンにしかない。
非力な子供の俺では当然そんな高難易度のダンジョンにあるような素材を買うことができるわけがない。
「そもそも、市場に出回っても速攻で買い占められるんだよなぁ」
オンラインモードでは、高額商品として出回っていた素材だけどそれでも品薄を続けて、運営にドロップ率の改善を訴えかけたこともあった。
それだけ不壊のスキルは有用だということだ。
「ま、それも抜け道はあるんだけどなぁ」
錆びた鉈を振り上げて、竹をせっせと斬りつつ独り言をつぶやく俺はきっと不気味な子供に見えるだろうなぁ。
だけど、良質な竹を採取するだけのこのクエストは何か気を紛らせるようなことをしていないと退屈で仕方ないクエストなのだ。
このクエストで重要なのは良質と名のついた竹を厳選しないといけないこと。
でないとガンジが納得してくれない。
ただの竹じゃダメなんだ。
では、普通の竹と良質の竹の見分け方なんだけど。
「よっこいしょ、これで十本」
竹の色を見れば一発で分かる。
この世界の竹って黄色っぽい竹と真緑の竹の二種類があって、緑色の竹を切ればだいたい良質な竹になる。
割合的に黄色っぽい竹の方が多いけど、ないわけじゃない。
せっせと探して、鉈でなぎ倒して、余計な葉を斬り落として、適当な長さにそろえて、それを荷車に運ぶ、その単調作業の繰り返し。
この苦行はゲームでは味わえなかったなぁ。
ゲームだとスパッと切れてたし、切ったら葉は切り取られていたし。
手間暇がかかるんだよ。
「そろそろ昼かぁ」
子供の体でこれはかなりの重労働だよ。
朝から飲まず食わずで働けば、そりゃ空腹を訴えるよ。
「奥さん、ありがとうございます」
十本というきりのいいタイミングでお昼休憩を取るとしよう。
居候の俺に弁当を持たせてくれた奥さんに感謝し、合掌。
「いただきます」
包みをあけて出てきたのは簡単なサンドイッチのようなもの。
子供のあごでもかろうじて嚙み切れるものを一緒に持たせてくれた水筒の水で口の中でふやかしながら食べ進める。
「このままだと、顎が相当ごつくなりそう」
この世界の食事は顎が相当鍛えられる。
顔が真四角になるのではと不安になるくらいに硬い。
噛む回数が増えれば満腹中枢も刺激されるから、ある意味でエコなのかもしれないけど。
「ご馳走様」
食べるのに時間がかかるのはエコじゃない。
残すなんてもってのほか、作ってくれた奥さんに感謝してこの後も頑張って竹を伐採しよう。
「……子供がする仕事量じゃない」
そうやって気合を入れたのはいいけど、終わったのは夕暮れの手前、伐採作業で疲れた体の後に竹の載った荷車を引くのがここまで重労働だとは。
ゲームだとスタミナ管理だけしっかりしていれば疲れ知らずの主人公がすいすいと運搬クエストを終わらせていた。
しかし、ここはゲームじゃない現実だ。
足腰が鍛えられると言えば聞こえがいいが、この世界はレベル社会。
その筋トレもレベルを上げればあっという間に覆ってしまう世界。
「この世界に転生させた神がいるなら、理不尽だと物申したい」
せめてもう少し健康な体に転生させてほしかった。
こうやって愚痴をこぼしながら東門を突破、そして。
「持ってきましたァアアアアアアアア!!!」
自棄気味に店に向かって叫ぶ俺がここにいる。
「うっせぇえええええええ!!店の前で騒ぐな!!」
そして中からガンジが出てくる、後ろからは巨人族の奥さんも一緒。
「おや、一日で終わらせたのかい。やるねぇあんた」
「ふん、たかが竹を取りに行くだけの仕事なんてガキでもできるっての」
「そんな仕事に千ゼニも吹っ掛ける男がいたね」
「知らんな」
荷車に載っている竹を見て、奥さんは驚き、ガンジは面白くなさそうな顔で荷車に近寄って検品し始める。
「けっ、問題ねぇよ」
「だったら、もう少しまともな反応しな。この子がかわいそうだろ」
全てが良質な竹で、長さも申し分ない。
そうすると、ガンジはこうやってしぶしぶ認めてくれる。
さて、本題はここからだ。
「さぁ、約束だよ。さっさとこの子のために〝特別〟な竹槍を作ってやりな!」
来た!!
このクエストには普通に達成するほかに、一定の条件、一回ですべて納品、そして一日で納品という条件を満たすと義理堅い奥さんがガンジに向かって指示を出してくれる。
分納かつ日数がかかると竹槍を作ってそれを貰って終わりだ。
エクストラボーナスというやつだ。
「はぁ!?特別って、なんでだよ!!」
「たった一日でこれだけの量のいい竹を用意してくれたんだよ。それがまさか片手間に作れるような竹槍一本で終わると思うかい?なにせ、竹を取りに行くのに千ゼニもかかるような仕事を終わらせてくれたんだよ?」
ただ、こんな皮肉めいたセリフだったかな?
ガンジもこんな反応はしなかったし。
まぁ、ゲームとは違って現実だからこんなものかな。
俺としては最低竹槍さえもらえれば問題ない。
これ以降、竹を持参すれば竹槍を作ってもらえるはずだし。
「ぐっ」
自分の言った言葉に首を絞められて何も言い返せないみたいで。
「お、俺に何をしろって言うんだよ」
「エンチャントか合成くらいはサービスしてもいいだろう?」
「はぁ!?スキル持ちの武器なんてこんなガキには早すぎるだろ!!そんなことしたら素材だけで大赤字だ!!」
「おかしいねぇ、下級エンチャントなら三十ゼニ程度で済むはずなのにねぇ?」
「ぐぐぐぐぐぐぐ、だったら、おいガキ!竹槍は作ってやる!!癪だがエンチャントもしてやる!!だが、エンチャント用の素材はお前が用意しろ!!」
「あんた!!」
「じゃぁかしい!!!お前の要望はエンチャントだけだ!!素材を用意するとは言ってない!!それが嫌ならこんな竹いらんわ!!」
自棄になったガンジが無理難題を俺に吹っ掛けてきた。
冷静に考えて、エンチャント素材になるような素材を子供の俺が用意できるわけがない。
だから、ここで俺に諦めさせて竹槍だけを渡そうとする算段なのだろうなぁ。
「じゃぁ、これを使ってエンチャントした竹槍をください」
ところがぎっちょん。
生憎と、そんな流れは知っているからしっかりと用意はできているんですよ。
「は?」
「あんた、これでいいのかい?」
俺が差し出したのは、籠の中から取り出した一個の弱者の証。
弱者の証の効果は、これの装備者のレベルを一下げ、レベルアップを一ずつに制限、さらに二十四時間の装備拘束効果を付与。
そして弱者の証は壊すことができない。
はっきり言って、害悪アイテムでしかない。
それを知っているガンジは、小さな手に乗せられているそれを呆れたように視て、奥さんは不安気に確認してくる。
「はい、これでお願いします」
しかし、俺にとっては必要な工程なので、迷わずはっきりとお願いする。
「……本当にいいんだな?」
「はい」
「わかった」
ガンジは腕は低く、我がままで、金にがめつく、いろいろと性格に難があるが、自分で言った言葉はしっかりと守る。
だから俺から弱者の証を受け取り、荷車から竹を一本引っこ抜くと。
「おい、残りの竹を裏に片付けておけ。おいガキ、三十分待ってろ」
奥さんに荷車を片付けるように言って、俺には待つように指示し、そのまま店に入っていってしまった。
「ふぅ、ごめんね。あの人に振り回されて、あそこまで行けばあとはしっかりと作ってくれるわよ。できるまで、店の中の物でも見て時間を潰してね」
「はい」
ぶっきらぼうな言い方に巨人の奥さんは呆れてため息を吐いて竹の載った荷車を片手で引っ張って裏に行ってしまった。
俺は言われた通り店の中でしげしげと武器を見て回るが、お金もレベルもない俺じゃ装備できない物ばかり。
おまけに、これからできるものを考えると不要な物ばかりだ。
だから、ゲームとは違った現実の質量感を楽しむ、美術館にいるような感覚で見回っていると。
「おい、ガキ、できたぞ」
「あ、ありがとうございます」
ぬっと、店の奥からガンジが出てきて竹槍を放り投げてきた。
「注文通り、弱者の証を混ぜておいた。それとお前が背中に背負えるように紐もつけておいたぜ」
先端がとがって、持ち手に紐が巻き付けられ持ちやすくなっている。
ガンジの言う通り背中に背負えるような紐もセットになっている。
「普段からそうやって真面目に仕事すればいいのにねぇ」
出来は傍から見てもいい。
それを見て奥さんが呆れてため息を吐いていた。
「うるせぇ!ほらガキ、いつまでいやがる。俺は酒を飲みてぇんだ。とっとと帰れ」
これも知らない会話だな。
「お世話になりました。また来ます」
「いつでもおいで」
「二度と来るな!!」
この世界に生きている人の生の声を聴いて、少しうれしくなった俺は受け取った竹槍を斜めに背負って店を後にした。
時間は夕暮れ時。
あと一時間もすれば、日もくれる。
歩いていけば、馬小屋に戻るころには昨日ネルのお母さんがご飯を持ってきてくれた時間には間に合うだろう。
「この世界に来て、二日目で武器ゲット」
だけど、ちょっと気分が上がっている俺の足取りは早い。
とととと早歩きになりつつあるのは、背中に背負った武器に興奮しているからだ。
ゲームの時は鑑定の眼鏡というアイテムを装備することで、その武器の性能を確認することができた。
もし、いまそのアイテムを装備して背中に背負っている武器を鑑定したら。
『弱者の竹槍』
クラス 一
攻撃力 三
耐久値 不壊
スキル レベル減少(一)
レベル上昇制限(一)
武器装備拘束制限(二十四時間)
こんなステータスが、出てくるだろう。
それを知っている俺の顔はだんだんと笑みを浮かべていく。
これはやりこみ勢なら知っている序盤最強の武器。
最序盤に手に入る壊れない武器。
キャラ育成に必須の装備が手元に来た。
「楽しみだなぁ」
これを手に入れたことでできることの幅が広がる。
できることの範囲が広がって、俺のしたいことができるっていうのは俺が久方ぶりに感じていなかった興奮を伝えてくる。
このままスキップでもしてしまいそうな勢いだ。
ルンルン気分とはこのことかと、知っている道を進んで、見覚えのある店の前の路地を通って裏に回ると。
「遅い!」
ご機嫌が完全に斜めになったネルが馬小屋の前で仁王立ちになって俺を待っていた。
隣には苦笑しているネルのお母さんがいた。
片手には昨日と同じ籠があって。
きっと今日の分の夕食を持ってきてくれたのだろう。
それは嬉しいのだけど、なんで彼女はこんなに不機嫌なのだろうか。
「この子ったら、リベルタ君と話したことが本当に楽しかったみたいなの。だけど、起きたら君がいなくて帰ってくるのも遅かったじゃない?」
視線でなんでと聞いてみると苦笑しながら理由を説明してくれた。
「またねって言った!!」
そしてネル自身が、核心をついた言葉を教えてくれた。
どうやら、ネルにとってまたねは次の日も同じように話をするという約束だったようだ。
すなわち俺は知らずに約束を破ったことになる。
ムーっと頬を膨らませ、尻尾を逆立てているネルは可愛いのだが、ここは。
「ごめんなさい」
素直に謝るそれに限る。
約束なんてしたつもりはなくとも、流れを見ればそういうやり取りをしたとも言える。
「むー」
「ほら、リベルタ君は謝ってくれたわよ」
「うん、わかった。じゃぁ、明日は絶対」
「わかった」
そうやって素直に行動したことが功を奏して、俺は明日はネルの相手をするという約束をして夕食にありつくのであった。
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