5 最初のチート
日が暮れてからすぐに寝てしまったから、目覚めるのは当然早くなる。
灯りがぜいたく品なこの世界では真っ暗なうちは活動できないから、それも自然なことなんだけど深夜帯に動き回れることがいかに贅沢か実感せざるを得ない。
感触が微妙な毛布の中でごそごそと動いて、子供の体の体重でへこんだ藁ベッドから抜け出す。
小柄な体で、朝一の馬小屋の扉を開けるのはなかなかの重労働だ。
けれど、なんとか扉を開ければ、うっすらと日が出始めて空がだんだんと明るくなるのが見えた。
「寒い」
隙間から入ってきた風は寒くて、思わず腕を服越しにこすってしまう。
おかげで多少は目を覚ますことはできた。
「顔洗うか」
だけど、まだぼーっとする頭をしっかりと目覚めさせないと。
これからやることを考えると少しでも危険性は減らしておかないと。
井戸の脇にある紐のついた桶を落として、滑車を使って水を上げる。
「きっつい」
ここでも子供の体の弊害がのしかかるか。
必死に水を汲んで、汗がだらだら。
「ひ、非力な肉体が憎い」
やせ細っている体は、ろくな筋肉がついていない。
おかげで井戸の水をくみ上げるのに一日の体力を使い切ってしまったのではと勘違いするほど疲れ切ってしまった。
「顔じゃなくて、体を拭く羽目になるとは」
おかげで目は覚めた。
布切れを濡らして、汗をぬぐうのは寒いけど、体がスッキリしたような感じがしていい。
「さてと」
ひとまずは身支度はこれくらいでいい。
昨日買った修練の腕輪と弱者の証をかごに入れて、財布の皮袋を持つ。
持てる限りの装備を持った感が半端ないけど仕方ない。
これが今の俺の最強装備なんだから。
この格好のまま店の方を見ると、奥さんが起きているのか煙が煙突から出ている。
「一応、言っておいた方がいいよな」
何も言わず出かけるのは礼儀知らずだと思われるかもしれないし。
裏口に近づいて、ノックというよりは叩くような感じで中の人に知らせると数秒もしないうちにキーっと扉が開いた。
「おや、あんたかい。朝から早いねぇ」
「おはようございます」
「うん、おはよう。何かあったかい?」
「いえ、これから出かけようと思ったので、伝えておこうと思いまして」
「そうかい、ちょっと待ってな」
出てきたのは奥さん。
子供の俺が早起きをするのが珍しいのか、最初は目を見開いていたが、挨拶をしに来ただけだと伝えるとちょっと中に戻って。
「ほら、昨日のあまり物だけど持ってきな」
片手に風呂敷で包まれた小さなものを差し出してきた。
「えっと」
「朝ごはんだよ、しっかりと食べて働いてきな」
「あ、ありがとうございます」
「お礼を言えて偉い偉い」
それを受け取ると、何やらいい匂いがする。
グーっとおなかがすきそうな感覚がして、誤魔化すためにお礼を言ったが、奥さんはニカッと笑って少し乱暴に俺の頭に手を置いて撫で始めた。
生憎と髪がないからバンダナ越しだけど、店主とは違った優しさを感じる。
「神様に恥じない方法で働くんだよ!!」
「はい!行ってきます!」
「ああ、行ってきな」
そっと手を頭から離されたら、顎で行くように指示されて思わず行ってきますと言ってしまった。
それに対して再びニカッと笑って奥さんは見送ってくれた。
なのでそのままの勢いで俺は店の裏から出る。
レンデルの街は、ゲーム時代とは細かいところが違う。
だけど、大まかな配置は一緒だ。
目的地につくことはできるだろう。
「あった」
朝日が昇り始めているという早朝だというのに、もうレンデルの街は人の活気が出始めている。
電気という文明の利器がないのなら、朝に人は動き夜に人は眠るという原始的な生活を送らざるを得ない。
だからこそゲームの時代でも二十四時間営業のお店なんて存在しないが、早朝から開店している店はある。
その知識通りなら開店しているはずと思ってきてみれば目的の店はあった。
剣と盾、この世界なら多少意匠が違うだけで、だいたいの共通なお店、武器屋だ。
「あ?こんな朝早くからガキが何の用だよ。ここにはてめぇみたいなヒョロガキが使うような武器はねぇぞ」
中に入ってみれば、どこか見覚えのあるひげ面のハゲ親父が人を殺せるような眼力で俺を見てきた。
「お金はあります!!先が尖った竹槍が欲しいんです!!」
しっしと手を振って店から追い出そうとしているあたり、客と思われていないんだろうな。
だけど、財布を持ち上げてじゃらっと硬貨の音を袋越しに聞かせて欲しいものを伝える。
「竹槍だ?」
それのおかげか、一応は客として見てくれたようだ。
FBOではスキルの数以上に様々な武器がある。
当然その中には竹を素材とした武器も存在して、竹槍は木の槍と並んで槍系最弱の武器だ。
武器を使うにあたって重要な攻撃力も槍系統最弱だし、耐久値もほかの武器の中でも最低値を叩きだすような、一応武器として成り立つような装備。
そんな装備を欲しがる子供がいると思えば訝しげな眼で見られても仕方ない。
「ありませんか?」
「ねぇな、だが作ることはできる」
その反応を見て、確信をもって確認してみたが、最弱の武器を店に並べるようなことは現実ではしないように、〝ゲーム〟でもこの流れはあった。
これは節約クエストと呼ばれる、お使い系のクエストだ。
「じゃぁ、作ってもらえませんか?」
「竹とはいえ俺のオーダーメイドだ。千ゼニだ」
千ゼニ、日本円にすれば十万円だ。
竹槍をもし手に入れて店に売り払うとしたら三ゼニ。
それを考えれば千ゼニという価格は明らかなぼったくり価格だ。
日本円で三百円だし、千ゼニあれば金属製のナイフくらいは買える。
「……買えません」
「だったら、諦めな」
しかし、そんな大金を武器無しで稼ぐのは至難の業。
一応できなくはないけど、危険が伴う。
普通だったらここで諦めるんだけど。
武器屋の店主からすれば痛いだけ、だけど、俺にとっては福音とも言えるような鐘の音という名のフライパンの音が目の前から響いた。
「あんた!さっきから話は聞いてたけど、こんな子供からぼったくるなんて、人の心はないのかい!!」
「いってぇ!!なにすんだよ!!」
来た!
出てきてくれるかどうか賭けだったけど、賭けには勝つことができた!!
店の奥から出てきて、武器屋の店主の頭に迷わず黒いフライパンを振り下ろした恰幅のいい女性。
人の耳を備えた、巨人族の女性。
大柄な店主が小さく見えるほど、大柄な女性はフンスと鼻息荒く店主を睨みつけている。
「子供とはいえ、しっかりとした格好でお金も持っているんだよ!!だいたい竹槍くらいなら十分、二十分でこさえることができるだろ!!あんたの腕なんて、そこそこなんだからこんな子供にも真心もって対応しないとこんな店潰れちまうよ!!」
「うっせぇ!!一々ガキの相手なんてしてられるか!!第一竹は昨日使い切っちまったからねぇんだよ!!千ゼニっていうのは俺が取りに行く手間賃込みなんだよ!!」
聞き覚えのある会話。
普通にストーリーを攻略する際には、縁のない寄り道。
必要最低限の物しか装備しないで所持金を百ゼニ以下にした状態で竹槍を注文するという特定の条件を満たさないと見れないことから発見が遅れたクエスト。
『名工の始まり』
このうだつの上がらない鍛冶師ガンジの最初の物語。
武器を作るための鍛冶スキルも最低限で、めんどくさがりで金にがめつい。
そして上には媚びて下は見下す。
さらにレベルも低いときた。
典型的なくず野郎だけど、この性根がまっすぐな奥さんのおかげでどうにか店を経営できているというフレーバーテキストが存在している。
「だったら竹を俺がとってくれば安く作ってくれます?」
クエストはここからずっと奥さんとガンジが言い争いを続けて停滞時間が発生する。
五分以内にこの提案をすることによって、言い争いが中断される。
「あら、それなら問題ないよね!なにせ、東の門から歩いて十分くらいにある竹林から取ってくるだけだからね!!それで手間賃分が無くなるってもんだ!!」
そして奥さんが援護射撃をしてくれる。
「ぐっ、くそ。じゃぁ良質の竹を二十本もってこい!!それで作ってやる!!」
「ああ?二十本だ?」
「いいだろ!!その代わりただで作ってやるよ!!」
最後の悪あがきをするけど、それはそれで仕方ない。
「それじゃ、荷車と鉈をお借りしたいです。さすがに二十本も一人で運ぶことはできませんし」
ここで下手に交渉すると、今度はガンジがへそを曲げてしまって話を一切聞かなくなってしまう。
そうするとクエストは失敗扱いになってしまう。
「ふん、鉈はこれを持ってけ、荷車は裏にあるぼろいのを勝手に持っていけ」
だから、ここで了承する代わりに荷車と竹を切るための道具を要求すると錆びた鉈とぼろい荷車を借りることができる。
もちろんこれは借りものだから、売ったり壊したらしたら、金にがめついガンジに後々とんでもない額を請求されてしまう。
「ちょっとあんた、渡すにしてもこんな奴じゃ」
「ふん、知りもしねぇガキに持ち逃げされたらたまったものじゃねぇよ。貸し出してやるだけありがたがれって」
渡されたものを見て、奥さんが顔をしかめるけどこればっかりはガンジの方が正論だからそれ以上言わない。
「ありがとうございます。それじゃ、行ってきます」
「ああ!ちょっと待ちな。これを持っていきな!これを見せればうちの店のお使いってことで門番に入場料を払わなくて済むからね」
実際、ガンジには俺は感謝しているのでお礼を言って店から出ようとしたけど、奥さんから慌てて木の札を渡された。
これは、ありがたい。
渡されたのは通行証。
本来だったら後々で手に入れる予定の物だ。
クエスト限定だけど、毎回入場に十ゼニかかる経費を無くすことができる。
ガンジが面白くなさそうに奥さんを睨んでいるけど、逆に睨み返されてそっと視線を逸らしていた。
「ありがとうございます」
「気を付けていきなよ、城門の近くだからモンスターもあんまりでないだろうけど、それでも絶対ではないんだから」
節約できたことを感謝して頭を下げると、安全を確保されている首都の近くとはいえ子供を外に出すことはあんまりいい感情を持っていなかったようだ。
「はい、気を付けます」
だけど、俺のやせ細った姿を見て働かないと食っていけないかもと思ったのか悲し気に笑うけどそれ以上はなにも言わなかった。
裏にあった、本当になんで動くのと疑問に思うような二輪のリヤカーモドキを奥さんが引っ張り出して俺に渡してくれた。
それを引っ張って、俺は東門を目指す。
ここまでのやり取りの間に、完全に日は昇って朝市が活発になっている。
その喧噪の中を子供の俺がリヤカーを引っ張るけど、誰も何も言わない。
こうやって子供が働くのもこの世界じゃ当たり前なんだな。
朝市のところにちらほらと親の仕事の手伝いをしている子供の姿が見える。
それは俺にとっては好都合。
主人公はもっと大人の姿で街中を動き回っているからな。
日本みたいに、子供が動き回って警邏に職質みたいなことをされるのは勘弁だ。
大通りは使わない。
あっちは馬車とか使っている人が使う道だから、俺みたいな人力の荷車はもう少し狭い道を進んで外に出るための東門に向かう。
「外に出る理由は?」
「外の竹を取りに」
「そうか、夕刻には門が閉まるそれまでに帰ってこい」
「はい」
「気をつけろよ」
「はい」
異世界転生とかの漫画ならここでひと悶着おきるんだけど、さすがに子供に絡むような大人はいないようで、変なとこに首を突っ込まなければこうやって門番の兵士に気を使われて、あっさりと外に出れるんだな。
貴族っぽい人もいるけど、俺みたいな恰好の子供と関わらせないのも兵士の役割で、門から外に出るのは少し時間がかかった。
けど。
「おお」
ようやく街の外に出れて、道以外人の手の入っていない大自然のRPGの始まりのような道のりに思わず感動できるのならこれも悪くないと思える。
「やっぱ、違うな」
街中でも違う場所はいろいろあったけど、外の世界は自然環境だからか、山とか丘みたいになかなか変わらない見覚えのある所以外は、はっきりと違うとわかる。
木の配置、草原の草の生え具合、野花に雲の配置と数えたらきりがない。
おかげで新鮮な気持ちで目的地まで歩くのは楽しかった。
「ここも、だいぶ違うなぁ」
そして大人の足で十分、荷車付きの子供で三十分ほどで目的地に着いた。
西洋風の世界に竹林とはこれいかにとは思うが、ちょっと傾斜した山っぽい場所にあるのだから仕方ない。
「よし、これを持って帰れば作れるぞ」
目的の物体が目の前にあったことに安堵して、ぼろい荷車をできるだけ近くに寄せてぼろい鉈を片手に竹林に近づくのであった。
「不壊の竹槍が」
読んでいただきありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。