4 趣味嗜好
カウントダウン!
書籍第二巻とコミカライズ第一巻発売まで残り4日!!
さて、ダンジョンとは言ったがこのダンジョン、実は作りものだ。
冒険者とか、あるいはダンジョンに入った経験のある人が見れば「ダンジョン!?」って驚くかもしれないけど、よく見ると魔力も薄いし、モンスターもいない。
地下に広大な施設があるのは事実だけど、本物のダンジョンほどではない。
こんな設備を用意したのは、ここの施設の持ち主の趣味趣向だ。
「本当、いい趣味してる」
「お褒めに預かり光栄だ! お客さん、歓迎しよう」
そんなことを呟いていると、目の前からコツコツと革靴の足音を響かせて歩いてくる男の姿がある。
黒い肌に、見事なスキンヘッド。裏組織『ハーゲッツ』の名の由来はこの人物の頭髪にあるのではといわれるくらいに、しっかりと手入れが行き届き、輝く頭部。
格好も戦うための戦闘服ではなく、本当に歓迎するための白いスーツのような格好をしている。
アメリカンマフィアといえばわかりやすいだろうな。
これに葉巻をくゆらせて、中折れ帽子をかぶったらもっとらしさが出ていた。
スーツの上からも鍛えているのがわかるくらいに厚い胸板が、ただのリーダーではないことを物語っている。
この男は戦える。本能に訴えかけるような強者の存在感だ。
そして、俺の知るネームドキャラであることに安心した。
「どうも、貴方がハーゲッツのリーダーで間違いないかな?」
「ああ、そうとも! 俺がハーゲッツのリーダー、ヴェロッキオだ!」
そしてニコッではなく、「ニカッ」という擬音が似合いそうな白い歯を見せつける笑みを向けられたと同時に、俺の周囲に変化が起きた。
「ほう、私の配下に気づくか」
「趣味って言ってたけど、こういう仲間を隠すためのカモフラージュでしょ? すごいね、本当に音がしないし、気配も最小限。匂いは……人間の俺じゃわからないけど、獣人ならワンチャンってところか?」
「ハハハハ! これはこれは、とんでもないお客さんが来たものだ!」
配置された人間は、全部で八人。
ハーゲッツの精鋭部隊の人間だろう。
レベルはわからないが、きっちりとステータス任せではなく隠れるための技術を使っていることは評価が高い。
だからこそ、数あるFBOの裏組織の中でも〝原作の最後〟まで生き残っていた数少ない組織だ。
FBOプレイヤーの中でも評価が高く、そして仲間にできたら信頼性も高い。
それも目の前でガハハハと豪快に笑う男、ネームドキャラの『ヴェロッキオ』のおかげだと言ってもいい。
「さて、私が自己紹介したのだ。君の名前を伺ってもいいかな?」
動きが少々芝居がかっているが、それも似合っているくらいに立ち居振る舞いに余裕がある。
手を差し伸べるように自己紹介を求めてきたので、すっごい白々しい笑顔で答えてやろう。
「どうも、知る人ぞ知る有名人であるリベルタと申します」
「……マジか?」
そして名乗ると、一瞬だけど周囲の人間を含め、空気がどよめいた。
笑顔を見せていたヴェロッキオも一気に表情が真剣なものになった。
「やっぱり裏の方が情報が出回っているって感じか」
「あんたほど俺たちの業界で有名な男はいねぇよ。……ただし、本物ならの話だ。うちの方にも、それを騙った偽物はいてな。嘘つきは許すが、騙しは許さん。それが俺たちの流儀だ」
俺の名前も有名になったものだ。
まぁ、有名の内容次第では、盛大に舌打ちするつもりだけど。
「ほうほう、当人の証明が必要か……当然だな」
「いや、必要ってわけじゃねぇよ。そうやって俺たちを脅して情報をタダでもらおうとしている馬鹿がいるってだけだ」
「あー、そういうことか」
そこら辺の詳細は教えてくれなさそう。
当人証明が必要だと一瞬思ったが、俺が本人かどうかはどうやら最優先じゃないらしい。
それもそうか、ヴェロッキオからしたら俺は「きちんとした客かそうじゃないか」の方が重要だ。
まぁ、厄介な客かどうかの判断材料として、俺の情報は欲しいだろうけど。
「そこで納得して誤魔化さないあたり、あんたは本人だと思えそうだがな。大体の阿呆はそこを勢いで誤魔化す」
「いやぁ、情報収集が専門のあんたたちにそれを挑むとか馬鹿?」
「世の中賢い奴だけじゃないってこった。自分に自信がある馬鹿、相手を過小評価している馬鹿。金に困って切羽詰まって何も考えていない馬鹿。そこら辺を探せばいくらでもいる」
「うーん、心当たりがありすぎる」
そんなヴェロッキオは、俺のことを本人かどうか、どう思っているか。
疑念は拭えていないが、「可能性はある」くらいの感覚かね?
「まぁ、俺はそこら辺疑われても問題ないからな。当人証明が必要なら、そっちから信用できそうな人を選出してくれれば、神殿関係者で言えば元大司教の人とか、現公爵家当主とか、やろうと思えば国王陛下や宰相閣下に会わせて証明することくらいはできるし、あとは……」
「待て待て待て! なんでいきなりそんなビッグネームが出てくるんだよ!?」
「いや、さすがに俺が本人か証明させるためには、確実にそっちが知っていてなおかつある程度信用できる人が確実だろ?」
これからのことを考えると、さすがにそこら辺の疑念は予め払拭しておいた方が良いと判断しての提案だ。
足りないかと首を傾げてみると、頭痛を堪えるようにヴェロッキオは頭を押さえた。
おかしいなぁ、その仕草に見覚えがあるよ。
「確実だ、確かにそれなら確実だ。質が悪いってことを除けばな。俺たちみたいな組織の人間が、そんな高貴な方々に会えるはずがねぇだろ。良くて拘束、悪ければこれだよ」
「この後のことを考えると、そういうことはさせるつもりはないんだけどねぇ」
その言葉に続いてヴェロッキオがしたジェスチャーは、右手の立てた親指で首を真横に掻っ切る仕草だ。
アングラなことをしている自覚のあるヴェロッキオは、地位のある人物の前に出れば間違いなく自分が絞首刑か断頭台に送られるという自覚を持っている。
「他に方法があるとするなら、神殿にでも行って一時的に嘘を吐けないようにするとか? それもできる。俺からしたら問題ないからな」
「俺たちみたいな人間が神殿に出入りできるわけがねぇだろ。それができたら苦労しねぇよ」
「だよねぇ」
ハーゲッツは、人身売買や薬物売買、そして殺しの依頼は受けないが、それでも一般人からしたら嫌悪を向けられるようなことはしている。
犯罪組織であることは疑いようのない事実なのだ。
「そもそも、俺たちはお前が英雄リベルタだろうが、偽物のリベルタだろうが関係ない。信用できるかそうじゃないか、それだけだ」
そんな彼らの身元証明をする方法といえば、ハーゲッツにはハーゲッツのやり方がある。
「ここまで来たお前ならわかるだろ。こっちの流儀で示せ」
「あいよ。それじゃあ、席に案内してくれる?」
それはゲームで知っている流れだ。
「ああ、こっちだ」
その流れに身を任せて、ヴェロッキオはその場から振り返り、俺を先導する。
暗いダンジョンのような道だが、それでも整備されているから足元に不安はない。
だけど油断することなかれ、ここでもし俺が暴れるようなことをすれば、瞬く間にこの場所はトラップゾーンと化す。
足場に壁、そして天井とあちこちから俺を殺すための罠が発動するのだ。
その怖さを知っているがゆえに、俺も少しだけだが緊張する。
「入れ」
「はいよっと」
そんな俺が案内されたのは、いくつか通路を曲がって歩いて三分ほどの距離にあった小部屋。
そこは小綺麗な応接室のような場所だ。
この部屋に通された段階で、俺は当たりだと思った。
ヴェロッキオが案内する部屋はいくつかあるが、そのグレードによって相手への信頼感が測れる。
信用していなければ本当に汚い部屋に。三割の信用なら無機質な部屋に。五割の信頼なら普通の部屋に。そしてこの小綺麗な部屋なら、七割方は信用してくれているということになる。
もしくは俺がリベルタと名乗ったことから、一応念のためということで気遣った結果の可能性もあるから、自惚れるわけにはいかないがな。
この部屋には一人の配下の男が予めいた。
執事服のような格好をした、初老の男性。
顔は能面のように表情に感情がなく、無言で俺に頭を下げ、そっと椅子を引きそこに座るように促してきた。
ちらりとヴェロッキオの顔を伺えば、彼は頷いた後に対面の席に座る。
「武器と鞄を」
「あいよ」
それに従って、俺は引かれた席に向かって歩くと、男はこれまた感情のこもっていない声で淡々と告げてきた。
今日持ってきた武器は、王都の店売りでも少しばかり値が張った武器だ。
この世界ではそれなりの業物といえる槍と、生活用品と財布が入ったカバンをそのまま渡して椅子に座る。
どちらも失くしても問題ない品だから、迷わず渡せる。
切り札である『転移のペンデュラム』は首元にあるし、この場にいる面々なら素手でも勝てる。
そして、この後に何が来るかといえば、執事の男が徐にグラスを二個用意して、そこにワインを注ぎ始める。
そのグラスに注がれたワインの後に、白い塊の丸薬らしきものを見せてきた。
「それは毒だ」
それが何かを示した後に、ヴェロッキオは真剣な顔でその正体を教えた。
「その毒を飲めば三十分もしないうちに死に至る。それを、片方のグラスに入れる」
そして堂々と疑いようもなく、ヴェロッキオ側に近いグラスに入れる。
その後に執事の男がそっと一つの瓶を取り出す。
「その瓶はその毒の解毒薬だ。毒を摂取してから十分以内に飲めば問題なく毒は無くなる」
そのセットが用意された流れで、ヴェロッキオは鋭い眼差しで俺を見て、
「好きな方を選べ。そして、残った方を俺が飲む」
そんなことを宣った。
試されているというのが明確にわかる、その仕草。
常人であればどっちを選ぶかなんて、明白な選択肢。
普通なら毒の入っていない方を選ぶ。
しかし、それだと毒をヴェロッキオに飲ませ、その後に自分だけ解毒薬を待つという流れになる。
すなわち、その選択をした者は「ヴェロッキオを信用していない」と体現することになる。
では、逆の選択肢はどうだ。
毒の入った酒を飲み、体内に毒を入れることによって「お前を信用している」と示すことはできる。
しかし、絶対にヴェロッキオが解毒薬を渡すとは限らない。
そもそも解毒薬だと説明しているが、ヴェロッキオは渡すと明言していないのだ。
心理戦になり、そして相手の心を計る行動。これを『ハーゲッツの審判』と、俺たちFBOプレイヤーは呼んでいた。
ここで問題なのは、この選択には制限時間があることだ。
下手にここで悩み、葛藤するという仕草すらヴェロッキオには審査対象になり、軟弱な姿を見せると「信用できない」と言われ、早々にグラスは下げられ、そして殺される。
「それじゃ、そっちのグラス」
「ほう、いいのか?」
だからこそ、〝本物〟の毒が入っていると知っているとしても、俺は迷わずそっちのグラスを選ぶ。
「ああ、いい。そっちをくれ」
「……渡してやれ」
「はっ」
そしてその審査は、俺が酒を飲む仕草と、どれだけ飲むかも対象に入っている。
残ったグラスはヴェロッキオの手に渡り。
「それじゃ、出会いに」
「ああ、出会いに」
「「乾杯」」
グラスを軽く叩き合い、グラスを掲げた俺は迷わず全部飲み干す。
「うん、美味い」
子供の体であるが、酒くらいは飲んだことはある。
この酒はそれなりの質で、毒は無味無臭だというのがわかっている。
「クククク、ハハハハハハハハハ!!!!」
そして、アルコール効果ではなく体が熱を持ち始め、毒が回っているのを自覚して、俺はにっこりと酒の感想を述べ、ヴェロッキオを笑わせるのであった。




