17 フラグクラッシュ
厄介な敵を敢えて生み出し、それと戦いたいと思うようなプレイヤーも確かにいる。
しかし、それはゲームという現実とは切り離された娯楽のための環境下で、プレイヤーの安全が配慮されているからこそできる思考だ。
こうやって現実で生きていることを実感している身としては、しっかりとそのフラグを消し去り、未来の禍根を断つ必要がある。
「ということで、ちょっと人助けが必要になった」
毎度問題なのは、未来で起きる出来事をなんで俺が知っているのかという説明が難しいということ。
知恵の女神ケフェリ様の使徒っていうアドバンテージがあっても、さすがに毎回のようにそれでごり押しを続けるのは厳しい。
なので、事前に相談して仲間のコンセンサスを得てから行動を起こすために会議を開き、遠征に出ていてこの場にはいないクローディアを除いたメンバーを招集した。
「かしこまりました」
「いや、俺が言うのもなんだが、まだ説明すらしていないんだが?」
「詰所にて調理中にご様子を拝見しておりました。その際にガトウ様に確認を取りました。リベルタ様がある少年のことを気にかけていらっしゃると」
「うん、ウチの秘書が有能すぎて怖いわ」
「お褒めに預かり光栄です」
この会議室に集まっているのは、俺と、俺に向かって頭を下げるイングリット、それを見て苦笑するネルとアミナ、そして話が見えていないエスメラルダだ。
エンターテイナーたちは全力稼働中のために招集できず、ゲンジロウたち御庭番衆も今は受け入れた孤児たちの関係上、フライハイトの警備についていなくてはならない。
闇さんたち精霊にも厳戒態勢を敷いてもらっているから忙しいのだ。
なので、比較的融通の利く面々に来てもらった。
と言っても、エスメラルダは今は外交関連で忙しいから、かなり無理して来てもらった形になる。
多分、今回の俺の行動には同行はできない。
来てもらったのは情報共有のためだ。
「イングリットさんがわかっていても私たちはわからないわよ。リベルタが気にかけている少年ってどんな子?」
「そうそう、昨日は僕たちはずっと待機していたから見てないんだよ?」
「どういう子か・・・・・一言で言うなら、真面目すぎる子かな?」
バーゼは邪神教会の闇に堕ちる前は根が真面目で優しい良い子と言えばいいだろうか。
純真無垢。
何事にもまっすぐという言葉が似合う。
まっすぐという美点も過ぎれば愚直すぎるという欠点にもなる。
バーゼという子供は集中力の塊のような人間だ。
何事にも真剣に取り組み、スポンジが水を吸い込むように知識と経験を吸収し、貪欲に学び、糧にしていく。
「その子供のどこが危険ですの? 優秀だから危険と考えるのはリベルタらしくないと思いますわ」
「優秀なだけなら俺としても歓迎なんだけどね。彼の場合、父親の方がちょっと問題で」
バーゼの過去には続きがある。
母親を実家に売り払い、いくばくかの金銭を手に入れても、所詮は売れない吟遊詩人だ。
すぐに金は底をつき、今度は借りてはいけないところから金を受け取り、そして、その弱味を常時人手不足な邪神教会につけ込まれる。
「相変わらず、妙なところの事情を知っていますわね。彼と知り合いなのですの?」
「向こうは知らないよ。俺が一方的に知っているだけで……っと、話が逸れたね。このままだとその小悪党の父親によって母親が邪神教会に売られて、それを囮にしてさらにバーゼがそっち側に引き込まれちゃうってわけ。今は俺たちで保護しているけど、親が来たら一緒に住みたいと彼も思うだろうし、そうなったらこっちとしても無理やり止めたら遺恨が残る」
最初は邪神教会の協力で助けに来たと、甘言を使って母親を実家に迎えに行き、実家側は信用しなかったが、腐っても吟遊詩人ということで口先が巧みなのと、裏金に手を出したことで邪神教会に脅されてもはや後がないことも相まって、裏切られた母親を全力で口説き落としてみせて、もう一度駆け落ちし、そしてその足で息子のバーゼまで迎えに行くというクズっぷりを披露してみせる。
「その情報の出所が気になるんだけど、本当にどこから知っているのかしら?」
「シャリアさんたちじゃないよね? もしかして精霊さんたちの誰かかな?」
そこからバーゼはどっぷりと邪神教会の闇に堕とされていって、気づけば好きだった笛を忘れ、憎んでいた父親の顔を忘れ、愛していた母親の顔すら忘れ、邪神のために尽くす最凶の狂信者が完成するというわけだ。
「お二人ともその辺に関しては、いつか教えてくださるまで待ちましょう。リベルタも教えるのが難しいというのは承知しているでしょう?」
「「はーい」」
「すまんな、2人とも。ありがとうエスメラルダ」
「ええ、話せるときが来るのをお待ちしておりますわ」
その最悪の未来を防ぐか防がないかで言えば、チャンスのある今回は積極的に防いで未来の障害を取り除く。
情報の出所に関しては、ゲームの知識としか言えないから本当に説明しづらいんだよな。
いつかレベルカンストして、色々とやり終えた後になら酒の席で笑い話程度に話すことができるけど、今はまだその時ではない。
なので、ここは我慢してもらい。
「おう、いずれ話すことは約束する。というわけで、この仕事をジュデスたちに振ったら間違いなくブチギレ案件だから、俺たちで動く。幸い、ガトウたちが子供たちの教育をしてくれているから、俺が介入するだけの時間の猶予がある」
話の方向を、やりたいことに持っていく。
「行くのはどなたが? 非常に残念ですけど、私は無理ですわ。この後イリスとの打ち合わせもありますし、他にもお父様に報告しないといけないことがありますので」
「エスメラルダがいて、本当に助かってる」
「でしたら外務の方にも人員を回してくださいまし」
「諜報と外務に人が必要か。補充しにくいところがやっぱり厳しくなるな。イングリット、本格的にご実家をスカウトしちゃダメかな?」
バーゼの母親の救出。
もし仮にFBOプレイ中であれば『緊急クエスト!』と表示されていたに違いない。
万年人手不足な我がフライハイト。
外務を担える人材の育成も課題になってしまったので、悩みの種が増えたことを実感しつつ、本格的に〝あの〟組織に接触する必要が出てきたかもしれない。
「申し訳ありません。先日連絡を取りましたが、両親も兄妹も奉公先が決まっており無理だと断りの連絡がありました」
「だよねぇ」
信用と信頼のあるグリュレ家の人員を確保できればマシになったかもしれないが、その願いも絶たれた。
「っと、また話が逸れたな。バーゼの母親の救出に向かうのは俺とネル、そしてアミナだ」
「?????」
「リベルタ、私は?ってイングリットさんが首を傾げているわ」
「イングリットには別の仕事を頼みたいんだ」
本格的にネームドを探した方が良いかと思いつつ、バーゼの母親の救出に向かう面々を宣言したら、唯一名前を呼ばれなかったイングリットが混乱した。
選抜したのは久しぶりの初期メンバー、子供だけでの作戦行動は大丈夫かと思うかもしれないが、向かう場所が貴族の家だから、他家の貴族であるイングリットは連れていけないのだ。
「別の仕事ですか?」
「そう、むしろこれをしてもらわないとかなり面倒なことになるから」
「それは一体」
「うん、イングリットには俺の影武者のサポートをしてもらって、全力で俺がフライハイトにいるっていうアリバイ工作をしてほしい」
代わりに頼むのは、俺の所在をこの街に固定するアリバイ工作。
ぶっちゃけて今の俺はかなり有名になっていると自覚せざるを得ない。
そんな俺が動くとなると、かなり目立つようになってきている。
他所の街へ行くとなるとそれだけで目立つし、接触してくる人が出てくる。
「なるほど、陽動ですわね。人一人救助するのに、リベルタの知名度は今は邪魔と」
「正面から行くとなると、かなーり面倒な交渉をしないといけないからね。下手したらそこで足元を見られていらぬ噂を立てられる可能性が高い」
「例えば?」
「それを聞くなら、俺よりもエスメラルダやイングリットの方がわかるんじゃないか? ほら、貴族だし」
そうなると当然時間がかかるし、隠密行動はとれなくなる。
さらに言えば余計な人との接触は間違いなく面倒事が追加されるフラグだ。
おまけに、囚われの母親を神の使徒と噂される俺が助けに行くという話が流れると、途端にその母親の価値が跳ね上がる。
そしていらぬ勘ぐりも生まれて、余計に面倒なことになる。
内容に関しては俺はスッと顔を逸らしてノーコメントを貫き、イングリットとエスメラルダにキラーパスをする。
純粋に知りたくて質問しているアミナは首を傾げながら、エスメラルダとイングリットの方に視線を向けると。
「急用を思い出しましたので、私は仕事に戻りますわ。細かい内容に関しましてはイングリットさんにお聞きになられては?」
「私もリベルタ様の仰せつかった仕事に取り掛かりますので、しばらくは戻れないかと。細かい内容につきましては仕事を終えた際にエスメラルダ様にお聞きするのがよろしいかと」
どっちもキラーパスを受け取らないように立ち回っていた。
貴族社会の噂好き、そして勝手に尾ひれと背びれに両手両足と付け加え、有らぬ噂を流すことに躊躇いの無いことを彼女たちは知っている。
イングリットでさえ擁護せず、話を逸らそうと必死になっている。
我先にと外に出ようとしている彼女たちの背を見送る。
「アミナ、聞かない方が良いこともあるのよ」
「わかった」
聞いてはいけないこと。それだけ理解したアミナは、ひとまずこの質問をしない方が良いということだけわかって話題を終わらせた。
俺としてもこの話は終わらせたい。
下手したらこの作戦は外部から見た俺の性癖というか、女性の好みの噂話を生み出すことになってしまう。
良い噂で済むのなら、孤児の母親を助けに来た神の使徒という美談になる。
しかし、そんな都合のいい話で終わるという印象があれば、俺がこの世界のトラブルの大半は人災だというはずがない。
噂好きの貴族たちが、俺がこの女性を助ける話を聞けば、きっとこう思うのだろう。
知恵の女神の使徒は、年上の人妻好きだと。
だから同年代の女性に手を出さないのだと。未婚のクローディアにも興味を持たないのだと。
いかに真実を語ろうとも、奴らは自分勝手な想像を真実にして、それを現実として捉え周囲に流布する。
その結果、そんな噂が広がることが想像に難くない。
「ということで、ここからは隠密行動の準備をするよ」
「「はーい」」
そんな噂が流れる未来は御免被る。
なので、俺はなにがなんでもバレずに行動する必要がある。
行く場所が行く場所だからな、念には念を入れて行動をしないといけない。
「そう言えば行く場所を聞いていなかったわね。どこ行くの?」
「大陸東部、マーチアス公爵の領地の北西部だな。元ボルドリンデ公爵家との領界線よりも少し内側に入る、南東寄りにある街が目的地だ」
あそこは常に監視の目があるような土地だ。
入る時も出るときも注意して動かないとダメだ。
「どうやって行くの?」
「精霊回廊を使って侵入する。アミナ、雷三姉妹に連絡を取ってくれないか?」
「雷のお姉さんたちに? いいけど、闇さんじゃなくていいの?」
「あの土地なら雷三姉妹の方が都合がいいんだ。前に、あの土地で色々と活動していたって聞いていたから」
そうなってくると都合がいいのが精霊回廊による移動だ。
堂々と動くならこっち側の街道を使うけど、隠密行動なら間違いなく精霊回廊の方がいい。
情報の秘匿性が段違いだ。
「わかった」
「あとは、変装もするから衣装の手配も頼まないとな」
「僕たちだってバレちゃいけないもんね」
「この三人で出かけるの久しぶりだから少しワクワクするわ」
そうやって、その日は少し遅くまで侵入計画を立てるのであった。




