25 脳筋プレイ
堕生の盃というアイテムは、無差別的なテロ攻撃に使用されると非常に厄介な代物だ。
使用者は本人の意思に関係なく誰でも簡単にテロリストの手先となる悪魔にされてしまう上に、器を工夫してしまえば気づかれずに忍ばせることもできる。
対策としては怪しい人からもらった物は口にしないことを徹底するくらいしか、防ぐ手立てがないのだ。
「ひとまず、避難民はキャンプ地に誘導を始めました。ここから、どうやって邪神教会の手の物を探せばいいか」
「どれくらい登ってました?」
「登山届と宿泊者名簿を照らし合わせましたが、総勢で言えば九百と八人です。キャンプ地には現在三百人ほど集まっておりますので三分の一といったところです。騎士に誘導を任せているので、数時間でほぼ集まるとは思いますが」
女神の使徒という立場故に、テロ対策の参謀的なポジションに収まってしまった。
何名かの騎士からは厳しい視線を頂いてはいるが、山頂神殿の責任者のトレード司教が積極的に俺に意見を求めているのでクレームは今のところはない。
「問題は避難民が集まった場所で悪魔に暴れられることですね。それによって被害が出ることは避けられません」
対処としてやったことはまず第一に神殿内に人を入れないこと。これによってまず神殿への被害は防げると判断したが、神殿騎士の中には民を助けることを前提に動きたいと願う人もいる。
険しい視線は自分たちの安全を優先し民をないがしろにする俺の判断に嫌悪感を抱いている輩だ。
その正義感は正しいし、俺の判断は基本的に合理的なものが多い。
若い神殿騎士の中には感情的に救済行動をしようとする者も多いが、被害を抑えるという一点においては、俺の指示は間違っていない。
「そこに関しては対策は有ります。そのために協力してほしいのですが」
「何なりと、私たちですと見回りくらいしかやりようがありませんので」
だけど、俺も避難民を見捨てるなんてことはするつもりはない。
FBOで、堕生の盃の対処方法は色々と検討され、そして様々な方法が編み出されてきた。
「サンクチュアリを使える術師はいますか?いれば、キャンプ地に展開すればそれだけで解決なんですけど」
その一つが、広域魔法であるサンクチュアリ。
聖域を展開し、その場の空間を全て光属性の浄化で包み込むという、アンデッド系と悪魔系の存在にとっては地獄のような空間を作り出す魔法だ。
欠点は、その二種族以外には基本的に何ら効果を出さないニッチな魔法ということだ。
「スキルとして持っていたのは、歴代の聖女様でも数名です。今の世代では残念ながら」
FBOの原作では、伝説級とまでは言わないが時も場所も選ばず聖なる結界を張れるなんてお題目で割と特別視されているスキルだった。
サンクチュアリのスキルを手に入れることはプレイヤーだったら誰でもできる。
とあるクラス6のダンジョンのボスを攻略すると一定確率で宝箱からスクロールが出てくる。
クエストで発見される、古代の遺跡に眠るスクロールなんて物もあった。
だけど、この世界ではクラス6のモンスターがはびこるダンジョンに潜り、クラス7のボスを討伐するということが、伝説の勇者が成し遂げるようなおとぎ話の世界。
持っていない方が当たり前なのか。
「では聖歌隊は?」
「このような山の上には生憎と」
「肺活量を鍛えるために登山している聖歌隊の人とか」
「いません。聖歌隊の皆はふもとの方で毎日訓練しておりますので」
ならば次善策ということで、空間を聖歌で浄化して、その空間で苦しむ罪人をあぶり出すという方法をとるために聖歌隊に出動を願うが、さすがにこの山の上まで登ってくる猛者はいないか。
「お役に立てなくて申し訳ない」
「謝らないでください。いたら楽程度の話なので。なら、少し脳筋になりますけど確実にあぶり出す方法を使いましょうか」
「脳筋ですか?」
「はい」
アミナがいれば聖歌を歌ってもらって、空間そのものを聖域にするんだけどと思いつつ、今とれる手段が限られていき、結局はシンプル・イズ・ベストな脳筋手段にたどり着く。
「聖水はありますか?」
「はい、それでしたら」
「それを大量に工面してください」
「大量にと、それは一体どれくらいで?」
悪魔といえばお約束の聖水。
これを使えば、堕生の盃で変化した存在をあぶり出すことができる。
「うーん、ジョッキ一杯分を人数分くらい?」
ただし、効果は今まで提示してきた中で一番薄い。
ただぶっかけるだけでは、我慢される恐れがある。
一口飲むだけでは耐えられる。
なので、ビールの大ジョッキくらいの量を全部飲み干してもらわないといけない。
「そ、そんなに必要なのですか?飲むのも大変ですよ?コップ一杯分とか」
「登山で喉も乾いていそうですし、飲む分には問題ないと思いますよ。少量だとごまかしが出て見落とします」
トレード司教の顔が青くなる理由はわかる。
仮に大ジョッキの容量を700ミリリットルと仮定して、約九百人分だと630リットルだ。
そんな聖水の在庫があるわけもなく、今から作る必要がある。
いざという時のことを考えると当然だけど、予備も必要になるから作るのは当然それよりも多い。
在庫を全て引っ張り出してきたとしてもそんな量は到底ないだろう。
これは一種の踏み絵みたいなことだ。
何もないなら普通に綺麗で浄化された聖水を飲み干して水分を補給できるだけ。
堕生の盃で変貌している者なら猛毒を飲み干すことになるというわけだ。
「やるしか、ないのですね」
「現場で作って効率化を図りますよ。確かキャンプ場の近くに清流があったはずですし、ここは神山ですから素材としては十分でしょう」
「やります、やって見せますよ!!さぁ、この神殿に向かう民を守るためです!神よご照覧あれ!」
ここで、トレード司教のデスマーチが確定した。
聖水は錬金術みたいに、大量生産できない品なのだ。
その全てが手作業での一品。
専用のガラス瓶に、専用の魔道具、さらに専用スキルも必要だ。
その全てを持っている神官を総動員して、騎士団に護衛されてキャンプ地に移動する。
一刻の猶予もないので、準備ができた人から山道を小走りで移動し始めている。
先発隊は俺とトレード司教が率いている。
神殿は結界の巫女たちが全力の結界で防御を固め、神殿騎士の護衛も厚く配置している。
唯一の懸念は、使い魔の偵察だけど、ガッチガチに防御モードに入った神殿を落とすのは並大抵のことじゃできない。
そこを信用して、俺もキャンプ地に向かっている。
ワンチャン、ネルたちがいないかなぁと願っている。
「つきました。さっそく、聖水を作りはじめます。あなたたちはキャンプ場にいる人を整列させてください。聖水を飲んだ人と飲んでいない人が混ざらないように気を付けてください」
「はっ!」
しかし、キャンプ地にはネルたちはいなかった。
ゲンジロウたちが一緒にいるはずだから、いれば一発でわかる。
となると、まだ登っている途中かそれともそもそも登っていないということになる。
戦力の当てが外れ、1人で何とかしないといけないことが確定したので、今の俺の装備を確認するが、ネルたちに俺の完全装備を預けているから竜殺しのモーニングスターで悪魔と戦わないといけないということか。
泣き言を言っている暇はない。
少しでも先手を取るために神殿騎士と神官が忙しなく動いている傍らで、キャンプ場を見渡す。
ふもとで何が起きたかは、まだ把握できていないようだが、騎士や神官によって避難警報が発令されているから不安を抱く人が結構いるな。
逆にその不安気な表情をしている人が多いから、怪しい奴を探しやすいと言えば探しやすい。
こういう時に冷静で周囲を観察しているようなやつとか、笑っているやつとか。
「うん?」
怪しい奴はいないかなぁと探していると、あからさまにキョロキョロとあたりを見回している不審な挙動の男が1人、そしてそいつに対して落ち着けよと肩を叩いている男が1人、そして無関心を装っている男が1人。
恰好は登山家っぽい装いだが、他の人たちからちょっと距離を取っている。
神殿騎士たちもその男たちが怪しいと踏んで、遠目で見張りを増やしている。
「完成した聖水は持って行ってください。瓶は回収し、こちらに戻すように」
次々に配られる聖水。
なんら問題のない人たちは、迷いなくそれに口を付けてどんどん飲み干していく。
顔色の変化なし、むしろ綺麗な水を飲めて喜んでいる人もいる。
ドンドン取り残される三人の男、追加で来た避難民に先を譲って時間稼ぎをしている姿が見えて、じわじわと騎士団に包囲網が敷かれているのにも気づいた。
「次、君たちだ」
「いや、俺たちは後でいいよ。まだ、喉乾いてないし」
「君はすごい汗をかいているね。ほら、良く冷えた水を飲むといい」
「大丈夫、俺は、大丈夫だから」
ついに騎士団が彼らに聖水を片手に近寄っていくのが見えた。
近づき、聖水を差し出して拒否をする男たち、これは黒と思われ拘束すると思われた瞬間。
「バレてしまったら仕方ない!お前らやるぞ!」
男たちは、人の姿を捨て去り変化する。
「おお!原初神よ、今こそこの世界に救済を!」
赤黒い肌に、ねじれた角、黒く染まった眼球に、尖った牙。
人有らざる存在へと変貌して、周囲から悲鳴が響く中。
「はいはい、何変身をぼーっと見てるの。変身中こそ最大の隙でしょ」
俺は両手に聖水を持って飛び出し、喜びながら変化する悪魔どもの口元に聖水を突っ込む。
「「「ごほ!?」」」
ゲームでおなじみの変身シーンは、俺たちFBOプレイヤーからしたら絶好の攻撃タイミングなんだよ。
「はい、飲んで飲んで、イッキイッキ」
適当なコールを交えて、聖水を腹の底に流し込む。
「ぎ、ぎさま!?」
「お、こいつは元気だな。最初に潰しておくか」
悪魔にとっては猛毒となる聖水を大量に摂取して2人は倒れる。
1人はかろうじて立っているが、体はふらついている。
なので弱っている間にモーニングスターで顔面をフルスイング。
「キサマ!人の心はないのか!?この体の持ち主がどうなっても!?」
「お前たちに体を乗っ取られた時点でもう助からないだろ。知ってるよ、お前らはその宿主の魂と肉体を侵食して顕現する存在だって。なら、そんな外道に肉体を使われ続けることから解放することこそ救済だろうさ」
お約束の言葉を吐き出し、同情を誘い攻撃を止めさせようとしても関係ない。
情け容赦を捨てて、無表情でひたすら悪魔を殴り殺す。
「はぁ、胸糞悪い」
こいつらはモンスターと違い、犠牲となった人間の肉体があるから消滅しない。
だから、全力で仕留めて原形をとどめないような形になってようやく命が尽きた悪魔を見てため息を吐きたくなる。
「り、リベルタ殿。さすがにやりすぎでは?」
「ここまでしないとこいつらは仕留められませんよ。後、この亡骸にも聖水をかけておいてください。燃やして処理しないとアンデッドになって蘇りますんで」
こいつらの言葉には耳を傾けないのが必須。
一度でも耳を傾ければ、妙にうまい演技で同情を誘いそのまま不意打ちされて被害が出る。
人質でも取られたら目も当てられない。
「あと、そこの騎士さん。その男にも聖水飲ませて、そっちの女にも聖水を、あとそっちのご老人と」
ついでに悪魔をボコボコにしている間に俺に向けられた殺気の出所を指さすとビクリと反応して、何人かの登山者が騎士から距離を取る。
「はぁ、どんだけつぎ込んでいるんだよ」
その所作で、そいつらが登山者の中に潜んでいる悪魔であるのが確定してしまった。
騎士団もこんなに悪魔が潜伏しているとは思わず、慌てて剣を構えて悪魔を包囲する。
これだけの数の堕生の盃を使って神殿内に侵入できれば確かに、大惨事を引き起こすことができる。
だけど、テロ攻撃の切り札となる決定的な強者がいないような気がする。
「・・・・・」
邪神教会が質より量を選んだのか、それともまだ見落としかあるのかと考えながら、次々に変身する悪魔どもの口に俺の真似をして聖水をぶち込む騎士たちを横目に、俺は悪魔狩りを再開するのであった。




