23 堕生の盃
邪神教会という存在は、FBOが邪神をラスボスにしているゲームだけあって、プレイしていると何度も激突する相手だ。
戦いたくないのならFBOの裏ルートにある邪神教会ルートに入るといい。
代わりに全世界を敵に回す修羅の道を進むことになるが。
この世界全体から宗教的に弾圧されている邪神教会が闘争のために取る手段は、基本的に正攻法ではない。
「狂信」と言うしかない過激な信仰によって信者の数を確保していて人離れも防いでいるが、それでもこの世界の神殿勢力と比べると少数だ。
人種を問わず受け入れているところから見て、ある意味で寛容な組織とも言えるが。
「・・・・・相手が相手です。リベルタ殿の言葉を信じましょう。先ほどの指示は訂正します。神殿から少し離れた場所にキャンプ地がありましたね。そこに第三から第七小隊を派遣し、警護に当たらせます」
「守備を分散させるのは危険です! それに、彼の言っていることが真実とは限りませんよ!」
「・・・・・」
それは教義である邪神の復活のためには、なりふり構っていられないという事情があるから、人的にも資金的にも余力がないからこそ何でも使うという精神が染みついているだけだ。
そんな組織だからこそ勤勉だとも言える。
邪神信仰がこの世界の人からしたら受け入れがたい物だから、第一印象から一般人からは忌避されてしまう。
だけど、迫害された宗教というのは一度しっかりとはまってしまうと抜け出せない性質があると言えるんだけど。
「君」
「司教!」
そのノウハウを持っている邪神教会と戦う時って、だいたい味方に思想が固まっている奴がいるんだよね。
FBOではこういうパターンのキャラが現れた時『あ、邪神教会がくる』ってわかりやすいフラグだった。
最初はゲームシナリオ的に神殿の隙を作るためのやられキャラかなぁと皆思った。
「ふん!」
「ぐほぉ!?」
「おー」
そんなキャラを放置すると後々自分の考えが正しいと勝手に判断して行動するパターンがあって、勝手に上からの指示を捻じ曲げることがある。
そうしてストーリーの展開が悪化するパターンがある。
そうやって神殿が窮地に陥ることもあるが、基本的にはプレイヤーがキーとなるNPCにアドバイスをするとこうやってぶん殴って黙らせて指示を徹底してくれる。
FBOでは手っ取り早いフラグ回収行動だった。
現代ではハラスメントとして絶対に問題になる行動ではあるし、脳筋過ぎるとか、野蛮だとか、非常識とか色々言われかねないが。
「今は時間が惜しいのです、指示に従ってください」
温和そうに見えても司教。現場で鍛え上げられた拳は、神殿騎士の腹部を綺麗に貫き、くの字に折り曲げている。
こういう時って神殿は体育会系になるんだよ。
まぁ、上司の指示にこの緊急時で異を唱えている段階でおかしいとは思うけど。
「は、はい」
お腹を押さえ、そしてそれでも根性で立ち上がり走っていく彼の後姿を見送り、トレード司教は溜息を一つ。
ひとまずはこれで内部からの崩壊は防げたであろうと判断したのだろう。
「ああいう人って多いんですか? こういっちゃなんですけど、上司に意見を言うにしては少しアレな感じだと思ったんですけど」
まだ襲撃を完全に防げたわけではないし、ましてや鎮圧したわけでもない。
しかし、まだ猶予はある。
「この神殿が襲撃されることは滅多にありません。ここ数十年なかったと言っていいですが、神殿騎士たる者がこうも平和に慣らされるとは、嘆かわしい」
初動としてはお粗末と言うしかない、現場の行動だ。
「っと、嘆いている暇はありませんね。リベルタ殿、申し訳ないですがお手を借りてもよろしいですか? 相手が堕生の盃でしたら、被害がどれほどになるかわかりません。女神の使徒であるあなたの力を借りたいのです」
「わかりました」
「ミモザ様も一緒に行きましょう、途中までは私が護衛いたします」
「う、うん」
しかし、そこを指摘している暇もないし。
トレード司教からの協力要請に頷き歩き出した。
ミモザも一緒に行くということで、トレード司教の隣に立つとそのまま手を繋いで歩き出した。
「あとで彼のこともそうですけど、現場の人間のチェックをすることをお勧めします」
「・・・・・何か気づいたことが?」
「ミモザが神殿の敷地内で蛇のモンスターを見たそうです」
行先は神殿騎士の詰め所か、あるいは現場の指揮ができる場所であろうか。
ミモザの歩幅に合わせて歩いているが、気持ちは早歩き。
その歩幅はミモザにとっては駆け足になってしまうが、彼女も急がないといけないことは理解していて、トレード司教の手を掴んでついてきている。
「・・・・・ミモザ様本当ですか?」
「うん、私見たよ」
「なぜ、私に言ってくれなかったのです?」
「キャシーに言ったら、言わなくていいって」
「キャシーが?」
「うん、この神殿にモンスターなんているはずがないって、何かの見間違いって」
その道のりで、伝えるべきは伝えるべきだろうと思って敷地内に現れた使い魔のことを言ってみると、トレード司教はギョッと目を見開き、駆け足になっているミモザを見ると彼女も頷く。
キャシーと言うのが、先ほど言っていた清掃をしてくれているお姉さんのことだろう。
「・・・・・ふぅ、この件が無事終えられたら人員の見直しが必要のようですね」
会話からして、トレード司教も知っている人物のようだ。
事件が終わっていないのに、新しい問題が出たことには同情する。
その理由もおおよそ察することができる。
大事な神山の神殿にこうも迂闊な人物が多いのはなぜか。
それはこの神山が、神殿での幹部候補生の育成機関の側面を持っているというのもあるからだ。
ミモザのような結界の巫女を育てるという事実があるように、大結界で守られたこの神殿は襲撃されるということがほぼない安全な場所だ。
加えて、神山と言う聖地にある以上、神殿組織にとって重要な施設であることもまた事実。
なので、将来の神殿の管理をする幹部を育成するには都合が良かった。
山頂と言う過酷な環境に加え、神山と言う名誉ある場所に勤めることで聖職者としての意識と信仰を高め、第一線を退いた引退間近のベテランの騎士や神官に教えを乞うこともできる。
すなわち、今ここにいるのは全盛期を過ぎたベテランと才能ある若者という、中間層がごっそりと抜けた環境と言うわけだ。
だからこそ、ああいう若いゆえの暴走をするような血気盛んな人物が多い。
信仰という共通認識は持っているが、それでも年の差や経験による溝はある。
「それも、無事にこの危機を乗り越えてからの話でしょうけど」
「そうですね」
邪神教会が様子見でこんな大規模な事件を起こすわけもなく、この後激しい戦闘になる。
「リベルタ殿、登山客の中に堕生の盃の所持者がいるとお考えのようですが、どれほどの数が紛れ込んでいると踏みますか?」
「最低でも3人は。1人では確実性がありませんし、2人でも不安が残ります。確実を期すなら3人は送り込んできますね。司教はあれを使った存在と戦った経験は?」
「あります、過去に3度ほど」
堕生の盃は、液体に宿された魂に体を乗っ取られ、飲んだ者の身を悪魔に変化させる代物。
等級によっては自意識を持つようにもなる。
「階級は?」
「想定、クラス3が2度、クラス5が1度ですな」
その質は作る際に混ぜ込まれた人の魂の質と、それをまとめる柱の魂の質によって上下すると言われる。
「クラス3は暴れる獣のような存在でしたが、クラス5まで行くと理性と本能を掛け合わせたような存在でした。アレによって大勢の騎士や神官が命を落としました」
粗悪品であれば高くてもクラス3、良品であれば高くてクラス5。
最上品であればクラス8の怪物まで生まれる代物だ。
「そんな物が現れないことに越したことはありませんが、この神山を攻撃するとなれば相応の存在が来ると私は考えております」
この神山なら堕生の盃を使って悪魔と化した存在も結界によって弱体化はするはず。であればその弱体化込みで活動でき、暴れることができる存在を用意する。
ならば滅多に用意できない最上位の品を用意している可能性もある。
クラス7、あるいはクラス8。
現状、不完全装備の俺でも互角以上には戦えるかもしれないが、それが複数となると厳しい。
「他の人はどんな感じですか?」
「ベテランの騎士であれば私と同等の経験をしている者が大半です。それ以上の経験をしている騎士も数名おります」
「若い人は?」
「ほぼ経験していないでしょう。いたとしてもクラス3の怪物との戦闘経験のある騎士が数名ですな」
そうなってくると、この神殿の騎士が重要になる。
ベテランの経験者が大勢いるぶん、戦力的には十分かもしれないが、全盛期ではないことを考えると万全ではない。
「クローディアレベルの人材はいませんよね?」
「あの方ほどの実力者はいませんな」
「この神殿で最強は?」
「私です。防御面でのみ言うなら巫女長がそれに当たります。ですが、結界の維持で離れることはできませんので戦力としてカウントしないでいただきたい」
堕生の盃の使用者と戦うのなら相応の戦力が欲しい。
ベテランの経験者がいるのは有難いが、できれば平均的に経験している中堅どころの戦力の方が嬉しかった。
「堕生の盃で生まれた怪物は固有スキルを持っていますからね。それに対応できるかどうかがカギになってきますか」
堕生の盃で悪魔と化した存在は、通常のスキル以外にそのクラスに応じて『悪魔の○○』と命名されている種族固有スキルが発現する。
クラス5まではその固有スキルは一定で、クラス1と2は持っていない。
クラス3でHPを代償に発動する『悪魔の剛力』。
力が瞬間的に上がって、物理ダメージを増すスキルだ。
代償系ということで上昇数値も高い。
最大まで成長すると代償もでかくなるが、瞬間火力が三倍になる。
その代償も調整出来て、リキャストタイム無しでHPが続く限り何度も使えるから、通常攻撃だと思って受けた際にスキルが発動して吹き飛ばされたり致命傷を負うこともある。
クラス4もHPを代償に発動する『悪魔の眷属召喚』。
これはHPを魔力に変換するスキルで、これを使うとHPが減るが使い魔を召喚できる。
クラス4で召喚できるのはせいぜいがクラス1。
強さはそこまで強くないが、一回の代償で5から10体ほどの眷属が一気に生み出される。
代償系の強みはリキャストタイムの少なさ。これで数をカバーされてしまう。
クラス5はこの二つの代償を補填するようなスキル、『悪魔の生命還元』。
召喚した眷属あるいは敵を捕食することでHPを回復するスキル。
ヤバいのは召喚した眷属が最低数であっても、使った以上のHPを回復してしまうこと。
これを繰り返すことでHPを回復し続けることができるから、やっかい極まりない。
だから眷属は雑魚であっても回復元であるから、早急に倒す必要性が出てくる。
クラスアップするごとにこのスキルが付与され、悪魔は強くなる。
「クラス6以上は出てきてほしくないですね」
「そんな存在が出てきましたら、さすがにお手上げですね」
そしてさらに厄介なのは、クラス6以上の悪魔に発現する固有スキルだ。
クラス5までは一定だが、クラス6以上になると先ほどの三つに新たに加わるスキルが変化する。
七つの大罪に合わせて変容するのだ。
怠惰、憤怒、色欲、暴食、嫉妬、傲慢、強欲。
この七つの大罪の内の一つの権能を得て、スキルも変容する。
「リベルタ殿は戦ったことは?」
「過去にあります」
「それは心強い。参考がてらお聞きしたいのですが、もし一番戦いたくない大罪を挙げるとしたらどの大罪になりますか?」
「そうですねぇ」
それぞれの特性を持った悪魔の中で一番面倒なのはと聞かれれば。
「強欲、ですかね」
俺はそう答えるのであった。




