24 微調整
本日は晴天なり。
そして目の前の男の笑顔も晴天なり。
「では、リベルタ様、またお会いしましょう!」
「うん、頑張って」
「はっ!」
この憑き物が落ちた人物は誰か、バミューダ・オルトスですと内心で一人ボケツッコミをしつつ、かろうじてマーチアス公爵からの親書関連の一連の出来事は終わった。
東の領地を治めるマーチアス公爵家から親善使節として派遣された私兵団との顔合わせは、代表であるバミューダの暴走とも言える鞍替え宣言で双方に困惑と混乱を招き、無難とは程遠い経過で進行し、とんでもない流れを作り出して、恙なくという言葉から程遠い結末を迎えた。短い滞在の後に俺からマーチアス公爵への返礼の品を携えて、晴れ晴れとした表情で立ち去っていくバミューダと、どうすればいいのだと困惑する部下たちを見送って、漸く一時の平和を手に入れることができた。
「戻ってくる気満々だね」
「ええ、そのようですわね」
なんとも言えない雰囲気のバミューダたち私兵団を見送って、城門を閉じたときの感想を呟くと、その印象は間違っていないとエスメラルダも頷いてくれる。
何かの気の迷いとか、全力で演技しているとかだったらいいんだけど、そういう感じがしないから余計に質が悪い。
「となれば、早々に原因を探るしかないよな」
「はい、アミナさんには待機してもらって、いつでも精霊界の方に移動できるように手配してますわ」
「そうか、それじゃちょっと行ってくるから、その間の管理よろしく」
「ええ、任せてくださいまし」
演技を続けているという雰囲気ではなく、本気でこの地に帰ってくると宣言したバミューダの熱量を生み出した原因の解明。
それが急務となった。
さすがにそうそうこんなことにはならないとは思うが、これから各地で人材発掘をするつもりだから、同じようなことが起きる可能性は十二分にある。
今日は昨日とは別のスーツを着込んだが、似たような雰囲気を纏えることが判明している。
効果は昨日のスーツよりも低いが、それでも相手になんらかの影響を与える効果を備えた装備を、気づかぬうちにいくつも所有しているという事実。
下手をしたら変な宗教団体の長とかになりそうな代物だ。
絶対に表に出せないぞと焦り気味に、城門から館の方に向かった。
スーツ姿で全力ダッシュ、クラス8のステータスは伊達ではない。
あっという間に館に着いて、アミナの元に向かえば。
「あ、リベルタ君!こっちこっち!」
精霊回廊を展開して待ってくれているアミナたちがいた。
「悪いな。待たせたか?」
「ううん、大丈夫!みんなと一緒に歌ってたし」
車座になって、契約精霊であるピーちゃん、ミーちゃん、フーちゃんと一緒に歌って楽しんでいたようで、少し遅れて来てしまったが許してくれた。
「契約したてのころと比べると、随分と大きくなったな」
精霊が常駐していないこの開拓村だと、アミナの契約精霊である彼女たちが唯一の精霊界に向かえる手段だ。
定期的にライブを開催したり、闇の精霊の闇さんとか雷の精霊である雷三姉妹に会いに行ったりしているから、頼めば精霊界に連れていってくれるようになっている。
「えへへ、でしょ?みんな頑張ってるし」
そんな精霊回廊を開いてくれている3人の精霊たちは、最初の頃の幼子のような見た目から脱却しようとしている。
「ああ、もうすぐ中位精霊の仲間入りって感じだな」
今までが小学生低学年だとしたら、今は中学年から高学年に入りかけという感じだ。
『フンス!』
『頑張ってるよ~』
『えっへん!』
可愛らしく胸を張る3人のドヤ顔。
たどたどしかった言葉遣いが、だいぶ流暢になっている。
アミナとともに成長して、どんどん力を蓄えていることは俺としても嬉しい限りだが、それでもまだまだ幼い部分はある。
精霊回廊を開いてもらうお礼として、そっとイングリッドに作ってもらったクッキーを差し出せば、彼女たちは目を輝かせ、じっとクッキーから視線を逸らさない。
「どうぞ」
『『『わーい!!』』』
しっかりと「食べて良い」と言うまで待ち、そして許可が出れば我先にと食べに駆け寄る。
そんな精霊たちの成長を優しくアミナが眺めていると、母親っぽく見えてしまう。
弟の世話をしていたからか、そういう雰囲気をたまにアミナは纏うんだよな。
普段はパーティー内でも元気で明るい末っ子のような姿を見せてくれるのだが、こういう時に母性を見せる。
これがギャップというやつか。
風の精霊であるフーちゃんの頭を撫でながら、食べ終わるのを待って。
『『『ご馳走様でした!』』』
「うん!お礼を言えて偉いよ!」
精霊たちから感謝されて、これで精霊界に行く準備ができた。
精霊たちと接するにあたっては、しっかりと報酬を払うのが鉄則。今回はクッキーとだいぶ安上がりな報酬ではあるが、これをするかしないかで彼女たちの好感度はだいぶ変化する。
『それじゃぁ』
『あける~』
『えい!』
嫌々開けるか、喜んで開けてくれるか。
これだけでもだいぶ差が出る。
大きめに開いた精霊回廊は、俺とアミナが横に並んでもまだ余るほど大きな入り口だった。
そこに迷わず入り、輝く精霊石を眺めつつ、3人の精霊に先導されながら精霊界に入る。
「着いたな」
「前にライブしたとき以来だね!」
のどかな風景の中にある、精霊界で過ごした家の庭に出て、近所に住む精霊たちに挨拶を交わしつつ目的地に進む。
前までは俺たちがいるたびに騒ぎになったが、さすがにここら辺にいる精霊たちは慣れたのか、騒ぐことなく『次のライブはいつかな』なんて質問を飛ばしたり、野菜をくれたりと、ご近所付き合いの友好的な対応をしてくれる。
まぁ、ちょっとエリアを外れるとまだまだ騒ぎが起きるから油断はできないけど、目的地である雷三姉妹が運営している工房までなら警戒せずに進むことができる。
色々素材を提供しているから、設備が来るたびに更新されて、建物のほうも倉庫が増えてだいぶ大きくなっている。
それでもこの工房を使っているのは三姉妹だけ。
他の精霊たちは精霊たちなりに、自前で建物を建築してその過程を楽しんでいる。
「リベルタだ!次女さんいるか?」
そんな工房の扉をノックすると、中でガタンと物音がして、その直後にトトトと小走りの音が聞こえた。
『よく来たわね。歓迎するわ』
作業中だと丸わかりな、作業着姿の次女さんが出迎えてくれた。
背後でニヤニヤと笑う、長女さんと三女さんもいるが、それを気にしている様子はない。
「悪いね、忙しかっただろ?」
『別に、いつも通りよ』
髪を束ねている紐をほどきながら、工房に招き入れてくれ、お茶を入れると言って奥に案内していく。
精霊界の工房は、個人のアトリエみたいなものだ。
応接室などなく、自分たちの作業がしやすいことだけを考えた構造。
機織機や、染色場、洗濯場に糸を紡ぐ機械などが、彼女たちのやりやすいように配置されている。
人によっては雑に見えるかもしれないが、彼女たちなりに動線がしっかりと考えられているのだろう。
長女さんと三女さんは俺たちに一度手を振ってから、各々の作業に戻っていった。
対応は次女さんがしてくれる、ということか。
『お待たせ』
「ありがとう」
『ええ、この前、闇が来てね。良い感じに熟成できた紅茶を置いて行ったのよ』
「へぇ、いい香りだ」
ただ、小さな精霊たちにとっては、じっと座って話を聞くよりも動く機器のほうが興味深いのか、アミナの手を引いて長女さんと三女さんのほうに行きたがっている。
俺が無言で頷くと、アミナは作業しているほうに精霊たちを引き連れて移動していった。
俺は話があるから紅茶のカップを受け取り、口を付ける。ほのかに甘みを感じる香り豊かな紅茶に驚いた。
こっちの世界で色々な食材を食べ、飲んできたが、ここまで上質な物は初めてかもしれない。
『この茶葉の作り方もリベルタのアイディアだって聞いたわよ』
「俺はアドバイスをしただけだよ」
『そのアドバイスが私たち精霊にとっては宝なのだけどね。おかげで最近は暇なんて言う精霊のほうが少ないわよ』
錬金術を使って、加工食品、特に熟成により風味が良くなる物を作れないかと闇さんにアドバイスしたら、本当に作り始めてしまったのだ。
酒や味噌、乾物にと、熟成による美味しさを追求し始めたら止まらなくなった、と闇さんの言葉を次女さんとの会話で思い出す。
「そうか、それは良かった」
『そうね。――って、そんな話をしに来たわけじゃないのでしょ? あなた最近忙しそうじゃない。こんなところで油を売ってていいの?』
「こんなところって、ここは人間同士の変なやり取りがなくて俺にとっては気が楽な場所なんだぞ? 老後はぜひともここでゆっくりしたいな」
『その時になったらいらっしゃい。みんなで歓迎してあげるわ』
開拓村でだいぶ気楽になっているが、それでも外敵がいないわけではない。
この精霊界のようにのんびりとした空気が漂う空間は、やはり自然と脱力できる。
癒やされるなぁと思いつつも、次女さんの言う通り、のんびりとした時間を過ごす余裕はない。
苦笑半分でティーカップを机に置き、代わりにマジックバッグから昨日着たスーツを取り出した。
「ありがとう。それじゃ、本題なんだけど、このスーツのことなんだ」
『サイズが合ってなかった?』
「ぴったりフィットとはこのことだね。服を着ているという感覚がないほど自然な着心地だったよ」
『デザインが気に入らなかったとか?』
自分が作った服の話ということで、すぐに真剣な表情になった次女さん。
不満があるのかという問いには、俺は即座に首を振って否定する。
「それもないよ。防御性能とかも完璧だ」
『じゃあ、何が不満なのよ』
俺が雷姉妹に服の制作を依頼する際につけた注文は、いざという時の防御性能だけだ。
それ以外のデザインなどは任せて、裁量についても自由にしてもらった。
そっちのほうが彼女たちのやる気を出させるものだと思ったからだ。
「不満というか、確認? 実は」
そんな製作物に対してケチをつけるなんて暴挙はせず、素直にこのスーツを着て起きた出来事を話す。
そしてその原因に関して心当たりがないかと聞くと。
『ああ、そのこと』
次女さんは心当たりがあると言わんばかりに頷き、自分で用意したお茶に口を付けた。
「なんか、周りにいる人たちは俺に風格みたいなものが付いたって言ってたけど」
『風格じゃないわよ。それっぽく見えるようにスキルを調整したの』
「スキルの調整?」
『そう、貴方が言ってたじゃない。これから色々と交渉するから面倒だって。だから交渉がしやすいように『威圧』『鼓舞』『士気向上』『魅力上昇』の4つのスキルを付与したのよ』
「・・・・・マジで?」
『マジよ』
そしてお茶で潤った口で語ってくれるのは、まさかのスキル構成。
威圧スキルは相手よりもレベルが高ければ高いほど効果が出るスキルで、相手にプレッシャーをかけ萎縮させる。
鼓舞スキルは対象を励まし好感度を上げつつ、ステータスを上昇させるスキル。
士気向上は高揚状態を付与し、ステータスを上昇させるスキル。
どちらもステータス上昇は微量で、バフとしては弱い。
そして魅力上昇スキルは、FBOの時は好感度が上がりやすくなるスキルとして重宝されていたものだ。戦闘ではモンスターをテイムするときなどに役立つ程度のスキル。
しかし、よくよく考えれば交渉という場ではドはまりするスキル構成ではないか?
威圧で会話の主導権を握り、鼓舞で好感を抱くきっかけを作り、士気向上で気分を昂揚させ、魅力上昇スキルで常に好感度を稼ぐ。
疑似的なカリスマスキルじゃねぇか!?
「次女さん」
『なによ』
これ、量産したらかなりやばい物なんじゃね?
「これって、量産できる?」
『出来るわけないでしょ。これを作るのにどれだけ手間暇がかかったと思っているのよ。ただスキルを付与するだけで作れる物じゃないのよ』
「それを聞いて安心したよ」
その不安が真っ先に否定されて、俺は心の底から安堵するのであった。




