21 なりきり
さて、エスメラルダが東の一行を迎えに行って、来客対応のスーツに着替えた俺も迎賓館の控室の方に移動したが。
「イングリット、偉そうな雰囲気ってどういうのだろう?」
俺は面会前に悩んでいた。
この独立領の代表として、王国の貴族に舐められたらいけないのはわかっている。
なので東の公爵の使者を相手に、普段は癖になっている前世の日本人の時のような下手に出る挨拶だけはNG。
となると普段とは違った挨拶でやった方が良いはず。
「身近で参考になるのはエーデルガルド公爵様かと」
「ああいう感じか」
王国の連中から見た地位や立場で言うのなら、俺がどんな位置にいるかは正直分からん。
強いて言うなら王国から独立した一つの砦の城主ということになるから、王国の一般の貴族よりも偉いというのは確か。
その地位をイメージして偉そうな態度を取る。
イメージを脳裏に描きつつ、控室にある姿見の前に立つと、まだまだ成長途上のこの世界での自分の姿が写る。
この姿で、キリっとした表情を作ってみるが。
「これじゃない感が満載な顔だよなぁ」
「いえ、凛々しいお顔かと」
「い、いまはお世辞とかはいいから」
「・・・・・」
「本心なの!?ごめん!」
スーツ姿の背伸びした男の子という雰囲気が爆誕して、すぐに元の表情に戻す。
イングリットの評価が良かったのは、たぶんだけど好みの顔だったんだろうな。
お世辞と思って指摘したら、しょんぼりとした雰囲気と悲しげな目元を見せられて驚き、すぐに謝った。
今度、イングリット好みの服を着て一緒に過ごすことを約束してご機嫌を回復し、改めて表情作りに勤しむ。
色々と表情を作ってみるが、これじゃないという物しか出来上がらない。
「うーん」
なにがダメなのか、それを考えているときにスッとイングリットが手を上げた。
「僭越ながら、今までのお顔はすべてリベルタ様のままなので幼く見えるのでは?」
「どの表情でも俺の顔なんだけど?」
言われた言葉を理解することができず、思わず聞き返したが、イングリットから説明不足でしたと謝罪され。
「いえ、容姿のお話ではなく雰囲気の話です。今までのリベルタ様がお作りになっていた表情は、リベルタ様がそのまま別の方になろうと思って演じたお顔に過ぎません」
「ああ、表情だけじゃなくて内面の方も寄せろっていう意味?」
「はい、その通りです。舞台役者は自分のまま舞台に上がるのではなく、その役に成り切った意識で舞台に上がります。舞台の上では自分ではなくその役の人物と成り切って演技しているからこそ、雰囲気と迫力が出て観客を惹き込みます」
あらためて説明された内容に、なるほどと納得できた。
確かにイングリットのいう通りだ。
俺がやろうとしたのは表情だけの演技。それだけで対応しようという意志が見え見えでは、これじゃない感というのが表に出てきても仕方ない。
「なりきるというのが大事ということか」
「はい、リベルタ様はいつもこの村では優しく皆に負担をかけぬようにふるまっておられます。ですが、いまイメージされておられますのは優しさよりも厳しさ、いえ、威圧するという雰囲気に思われます。普段からそのようなふるまいをされていないので、今のままですとその点において齟齬がでて違和感を生み出しているのではないでしょうか」
となると重要なのはロールプレイ。
その役に没入するという意識。
威圧、圧倒、そして支配。
相手に舐められない、ただ者ではないという認識を第一印象で与えられる存在。
FBOでは自分が操作するキャラになりきるために設定を盛り込み演じる人は大勢いた。
勇者や魔王なんてプレイヤーの数だけいたし、魔法少女、戦隊物、仮面のヒーローに、侍、ニンジャ、アメコミヒーロー、モブキャラとプレイヤーの好みで様々なキャラになりきってFBOを楽しんでいた。
中には自分で世界観を設定して、異世界転生してきた妖精という名の筋肉ゴリラなんてネタキャラを創りだした豪傑もいた。
そう考えると俺もそのプレイヤーたちと同じことをすればいいのなら、親しみを持ちやすくなる分イメージしやすい。
「・・・・・」
あらためて、自分の姿を姿見で見る。
イングリットがセットしてくれた髪、雷の精霊姉妹が仕立ててくれた一品物のスーツ。
温和な優し気な表情から、どこかの御曹司のようなイメージを持たせて来るが、これを威圧的なイメージに変えるとしたらどういう設定にすればいい?
「設定、そうだ。設定か」
蘇れ俺の中二病!と、苦笑交じりで俺は内心で自分のキャラを描いていく。
どうせならとことんまで設定を凝って、その人物になりきった方がいい。
相手が怖気づき、この地に手を出したくないと思わせるくらいに、迫力のある存在に。
アニメやゲームの世界では、一見姿は子供でも迫力のある存在は数多いる。
一番メジャーなのは年齢詐称のキャラだろうか。
見た目は子供、でも実年齢は数百歳とか言われるキャラ。
そういうキャラはだいたいが強キャラだ。
永遠に近い年月を生きて年相応に経験を積み、人知を超えた実力をつけ、見た目に騙された敵を屠る強キャラ。
そうイメージすると、なんだかできそうな気がする。
ゆっくりと、そのイメージを定着させていく。
そうすると自然と、声の質が変わったような気がする。
目には深い知性を、雰囲気に落ち着きを。見た目を変えることはできないが、数百年を生きてきた年齢を纏うことをイメージしろ。
そしてそれを意識して、俺は笑って見せた。
「っ!」
その姿見に写った俺を見たからか、それとも横顔を見たからか。
イングリットが息を飲む声が聞こえる。
「リベルタ様?」
「ああ、すまん」
さっきの表情も作っていたが、今回の笑みの方が完成度は高い。
俺の中になにかが入り込んだような感覚。ピッタリとイメージ通りの雰囲気と表情が出来上がったことに、実は俺は演者の才能があったのかもと思い、元の表情に戻すと、頬を染めたイングリットが胸に手を添えて安堵したように見えた。
「どうだった?」
「はい、とても迫力がありました」
「そうかそうか、じゃぁこの方向性でちょっとやってみるか」
そんなに迫力があったのか?
むぅ、怖がられるのは嫌だから皆の前では控えようっと。
「・・・・・素敵」
「何か言った?」
「いえ、何も」
「そう?」
「はい」
けれど、今だけはしっかりとこの土地のトップとしての風格を発揮しなければと思い、表情と雰囲気のイメージを作り込んでいると。
「来たか」
「はい」
この第二城壁と第一城壁の間にある迎賓館に向かってくる軍団が窓から見えた。
整然と動いている騎馬軍団を見て、しっかりと調練を施しているのが見て取れる。
掲げる旗を見て、マーチアス公爵の私兵であるのは間違いないし、その近くに一回り小さい旗が掲げられているのを見れば、バミューダがいるのもわかった。
「さてと、ここからはちょっとモードチェンジだ」
緩い空気はここまで、ここから先はちょっと雰囲気が違うリベルタモード。
差し詰め、『強キャラリベルタさん』だ。
イメージしたキャラを憑依させる。
「・・・・・行こうか」
「はい」
思ったよりも、イケボが出たような気がした。
今の俺は、見た目は子供、中身は年齢不詳のこの領地の当主。
背筋を伸ばし、表情を引き締めつつも余裕を維持する。
歩く速度はゆったりと。
イングリットによって、開けられた扉をくぐり、そのまま廊下を進む。
背後にイングリットが付いてきているのを感じつつ、応接室の方に向かう。
この迎賓館の構造上、来客と出くわすことはない。
ここはいわば関係者専用の通路ということだ。
この通路にいるのは警備兵として配置した御庭番衆とエンターテイナー、そしてお茶とかを用意してくれるテレサさんから推薦された女衆の人たちだけ。
「「「「・・・・・!」」」」」
そんな顔見知りの人たちが俺を見たとたん、スッと壁際により頭を下げる。
いつもはもっとフレンドリーなのに、今は敬うような雰囲気を感じる。
どこに視線があるかわからない。
もしかしたら、俺の役作りに合わせて、みんな対応してくれているのか。
この対応に対する皆の気遣いに報いるために、今回の面会、絶対に失敗できない。
「っ!お客人はすでにお部屋の中に」
「ご苦労様、エスメラルダは?」
「客人の対応をしています」
「そうか」
応接室の前に待機していた警備役の御庭番衆が、背筋を伸ばして俺に報告する。
タイミング的には良い頃合いだと思う。
出迎えるのではなく、少し遅れての登場。
客人の対応をエスメラルダという一定以上の立場のある人間に任せているから、失礼にはならない。
部屋の前にいた御庭番衆が、扉をノックし俺が来たことを伝えるとエスメラルダの声が中から聞こえ、扉が開かれる。
「っ!?」
そこには俺の記憶よりも若い、バミューダが護衛の騎士を連れていた。
全員が立ち上がり入室する俺のことを出迎えたが、どういうわけか一気に空気が引き締まったような気がする。
「待たせてしまったかな?」
「いえ、そのようなことはありませんわ」
その事に触れず、俺はできるだけ自然にエスメラルダの隣に立ちバミューダたちと向き合う。
「初めまして、『私』がこの領地の当主、リベルタだ」
意識して一人称を変えて、できるだけ威厳のある態度を見せるがどうだ?
付け焼刃ではあるが、中々いい声と雰囲気を纏えていると思う。
「お初にお目にかかります。私はマーチアス公爵閣下の配下バミューダ・オルトスと申します。噂に聞く、知恵の女神ケフェリ様の使徒様にお会いできて光栄です」
流石は外面が良いとFBOでも評判のバミューダ。
礼儀作法はバッチリというわけか。
スムーズに挨拶をして、それに合わせ部下たちも頭を下げている。
「急な来訪にも関わらず、ご対応いただき誠に感謝します。こちら、マーチアス閣下から、リベルタ様にとお預かりしてきた品にございます」
そして流れるように献上品を部下から、エスメラルダの護衛から引き続き、この部屋の警護を担当しているゲンジロウの手に渡され検閲される。
主に危険な物を渡さないようにとごく当たり前の行為。
そしてゲンジロウから問題ないと判断され、机に置かれたのは。
「オリハルコンか」
「はっ、領地でも採掘されることが珍しい品にございます」
「うん、ありがたく受け取るよ」
この世界では希少と名高いオリハルコン鉱石。
ミスリル以上の魔力伝達能力を持ち、アダマンタイト並みの硬度を持つ希少鉱石。
普通にこの鉱石で武器を作ればクラス7から8の武器が作れる素材。
ただし、加工するのに相応のレベルの職人が必要だ。
なので、現状はただ希少なだけの石ころというわけだ。
ただ、その希少性ゆえにこれを渡された側は驚きの表情を隠せないというのがこの世界だ。
この石ころ一個で、屋敷どころか、下手すれば砦の一つくらいは建設できる費用を出すことができる。
それくらいに希少な物を差し出してきた。
驚き、感謝し、友好関係を築きたいと思わせるほどの価値がある。
しかし、俺からしたらすでに〝通過〟した品物だ。
余裕の笑みで、優しく蓋を閉じてその箱をゲンジロウに渡す。
そして。
「・・・・・」
ゆっくりと、そう、ゆっくりとだ。
なにを企んでいる?と問いかけるようにバミューダの瞳を見る。
探るなんて行為ではない、ただ、答えろと重圧をかけるような笑みと雰囲気を纏うイメージをしろ。
俺の考える強キャラは、無言の圧力で場を支配できるはず。
冷や汗をかかせろ。
相手に頭を回転させろ。
「こんな、素晴らしい物を頂いたのだ。何かこちらも返礼をしないといけないな」
主導権はこちらにあると、思わせろ。
なにがいいかと考える仕草に、何が欲しいと問いかけるような視線を織り交ぜろ。
バミューダの口が一瞬開きかけたのが見えた。
「うん、何か欲しい物があるのかな?」
その仕草をしたことを自覚させろ。
「遠慮せず言っていいよ?バミューダ殿」
さぁ、格付けを始めようか。




