19 確認忘れ
「リベルタ、相手は一応友好的には接してこようとはしているみたいですわ」
「ありがとうエスメラルダ、こっちの指示には従っているってところが嫌らしいな。先触れも寄越してこんなものまで送りつけちゃって」
現在開拓村は厳戒態勢に移行している。
第二城壁には御庭番衆が配置され、エンターテイナーたちも全員稼働。
商店街の人たちやドンたちの中からも戦える人員が城壁に配置されバリスタを発射する要員として登用されている。
一触即発とまではいかないが、かなり警戒心を抱いている布陣だ。
領域線付近に布陣した相手の総勢は三百人前後と聞いている。
過剰に警戒しすぎかもしれないが、その後方十キロ付近には三千人規模の軍勢が待機していると聞けばこれくらいの警戒心は当たり前だと思う。
戦闘員の本隊ではなく、今回来ているのは別動隊で、その大半は騎馬兵だ。
その中央に豪華な馬車があったから、そこに要人が乗っているのは間違いない。
本隊の方に歩兵や輜重兵、工作兵などが待機していることも確認ができている。
相手に戦う気はなく、こちらも警戒態勢を敷いているだけだとジュデスたちから報告は受けている。
そんな一団が領域線一歩手前まで移動し、そこで布陣。
そこから先触れで騎馬兵が三名城門まで来て呼びかけをしてきたのだ。
「親書を持ってきたってことは一応仲良くする気はあるって受け取りたいんだけど……」
周囲警戒の指揮をして山の中とかを巡回しているジュデスの代わりに、その呼びかけに対応したのは御庭番衆の護衛を付けたエスメラルダだ。
俺が対応しなくていいのかと思ったが、いきなりトップが出迎えるのは俺たちの方が格下だと思われかねない行動だから止めておいた方がいいと止められた。
しかし、雑に対応するのも良くはないということで、対応してくれたのがエーデルガルド公爵家に連なる存在としてエスメラルダだ。
完全武装の御庭番衆を引き連れての登場でだいぶ威圧できたと笑顔で報告しながら、渡されたのは一通の手紙。
親書ということでこちらとは友好的な関係を築きたいという意志が垣間見える行動。
内容も高圧的なものではなく、ここに来た理由と仲良くしたい旨が書かれた文面。
軍を動かしたのは北の領地の治安回復が目的、そして今回連れてきたのは本隊ではなく、別動隊ということで兵士の数は減らしているとのこと。
「マーチアス公爵の右腕と名高いバミューダ・オルトス将軍は頭の切れる人だとお父様はおっしゃっておりましたわ。曰く信用を得ることと維持することの価値を理解していると。今回の遠征もしっかりと陛下の許可とお父様の許可を取り、マーチアス公爵の費用で復興支援に当たっております。兵士たちも教育が行き届いているからか、無体をしているという噂も聞かないとのこと。北の町や村々では評判がいいですわ」
「一番厄介なパターンじゃないか。これだから外面のいい奴は厄介なんだよ」
風聞をしっかりと制御できる相手は、敵にするとこれ以上にないくらいに面倒だ。
エスメラルダの言葉で俺の知るバミューダとそこまで変わらないと知り、余計に気が重くなる。
「公爵閣下、エーデルガルド公爵閣下は何か言ってた?」
「今回の接近に関して前触れを出せなかったのは、陛下へのお伺いの使いが来たのがつい先日という理由らしいですわ。私がお父様に会ったその日に陛下とお父様が許可を出し、リベルタに知らせようというタイミングで私が来たとのこと」
「となると、流れで考えたら、先に北の領地の支援で現地入りして支援活動をして徐々に俺の方の領地に接近。近くに来たからついでに挨拶もしようということで王都の方にお伺いを立てて、それが通ることを確信しているからギリギリまで接近、アンド絶妙なタイミングで許可を出したという事実を得てから前触れを出したと?」
「そういうことになりますわ」
「一箇所でもミスったら大惨事待ったなしだぞ。おまけにしっかりと復興支援して、好感度上昇させて断る理由を封殺しているのがいやらしい」
何をしでかすかわからない無能を相手にするのも大変だが、仕事ができるやつを相手取るのも大変だ。
根回しをしっかりとして、言い訳できるギリギリの線引きをしている。
失礼だとギリギリ言い難い範疇での常識で動いているから、本当に面倒だ。
「友好の証ということで、東の領地で採れた宝石を贈られたけど、どうしよう」
「何か返礼品を返して、それで終わりということもできますが」
さらに手土産で見事な宝石を渡すという貴族としての礼儀をしっかりと押さえている。
「はぁ、念のため、第二城壁の中にドンたちに歓待用の屋敷を特急で建てて貰って良かったよ」
ここまで来るとそのまま追い返すということはできない。
「目的はやはり情報収集でしょうか」
「そうだね。そうとしか思えない」
こうなってしまえば、覚悟を決めるしかない。
警戒態勢を維持してそのまま、第二城壁内にある屋敷に出迎えるしかない。
「ではそのように通達を、対応は私がやりますわ」
「俺は?」
「屋敷の方に移動して出迎える準備を。イングリットさんを側につけておいて、ジンクさんとクローディア様も同席させてください。それとネルさんとアミナさんは第一城壁内から出てこない方がよろしいかと」
「OK、その方向で行くよ」
貴族のやり方は貴族の方が詳しい、エスメラルダ嬢に任せる。
「着替えた方がいいよね?」
「ええ、今の作業着も質はよろしいのですけどやはり貴族は見た目を気にしますから」
そして会うと決めたのなら相応の格好をする必要がある。
俺は自分の服の胸元を引っ張ってエスメラルダに確認してみたら、彼女は苦笑してダメだと顔を優しく横に振った。
少し固めの布地の感触、最近ちょっと精霊界の方で雷三姉妹が気合を入れて量産してくれているおかげで、この開拓村では制服になりつつあるつなぎだ。
その布にはクラス6のモンスターの素材が使われている上に、工事作業員の安全性を考慮したエンチャントもされている逸品。
この世界であれば、近衛兵団の鎧でも足元に及ばないほどの防御性能を誇っている。
見た目さえどうにかなれば国王陛下に献上してもいいくらいの逸品だ。
しかし、見た目は完全につなぎだ。
汚れないし、破れない。
新品同然とまではいかないが、清潔感は溢れている。
それでもそんな服装で公爵家の使者に会うのは貴族のマナー的にダメだということだ。
「・・・・・やっぱりだめ?」
「あなたが気楽な服装を好むのはわかりますけど、今回はダメですわ。イングリットさん。リベルタの服装を選んで差し上げて。この人に任せたらカジュアルな格好で落ち着きますわ」
「かしこまりました」
最後の抵抗で着替えの妥協を願ってみたが、やはりきっちりとした恰好をする必要があるようだ。
「では、私は門の方に向かいまして使者の方に伝えてきますわ」
しっかりと監督役としての指示をしてエスメラルダが出ていくのを見送って、静かに扉を閉められるのを確認すると。
「ではリベルタ様こちらへ」
「一応言っておくけど、俺、1人で着替えられるからね?」
「はい、承知しております。ですが、身の回りの世話をするのも私の職務です。どうかこのような機会だけでもお手伝いさせてください」
「うーん、わかったよ」
イングリットだけになったタイミングで、さらに抵抗を試みるがイングリットにも乞われる形で断られてしまった。
仕方ないと、諦めて、着替えるためにこの領主館に作られたとある部屋に向かう。
と言ってもこの執務室の隣に作ってあるから部屋から出ずにそのまま執務室にある左右の扉の方の片方に向かうだけだ。
この執務室ってすごいんだよねぇ。
机に座っている状態で、左側には寝室とその寝室に隣接する形でキッチンと風呂がある。
そして執務室を挟む形で反対側の右側にある部屋は。
「本当に、なんでこんなに作っちゃったかなぁ」
衣装部屋、ドレスルームだ。
三方向から見れるようになっている姿見に、付属のハンガーラック。
そこで着替えてくれと言わんばかりの設備以外は、ずらりと並んだ男物服。
作業着や装備のインナーとか、普段着もここに収納しているけど、それ以外に絶対に普段着で使わないような豪華な衣装がずらりと並んでいる。
「というか、増えてない?」
「はい、先日雷の精霊様たちが新作が出来たと置いて行かれました」
「ああ、そういう、というか俺会ってないよ?お礼とか言いたかったのに」
「お忙しそうだったので、お菓子だけ頂いてまた来ると言っておりました」
「そうか、次は会えるように時間空けておかないと、いや、普通に食事に誘った方がいいか?」
「はい、そのようにした方がよろしいかと」
もう、ちょっとした服屋だよ。
全ての服が、雷姉妹たちのオーダーメイド。
「しかし、だいぶ増えたな。アミナの衣装部屋はもう二部屋突破して三部屋目に突入したのは知っているけど」
「はい、エスメラルダ様の部屋は二つ、ネル様も二つ、クローディア様は一つ、僭越ながら私も一つと多くの服を作っていただいてます」
「俺も一部屋だからまだ少ない方だよな?前にイングリットの部屋を見せてもらった時は多種多様なメイド服がずらりと並んでいた気がするけど」
手作業で俺の体に完全フィットした品々だから、俺専用の服なんだよね。
身内のメンツで断トツに多いのはアミナだ。
今でもちょくちょくと精霊界に行ってライブをやっているから、アイドルの新衣装で衣装がどんどん増えていっている。
おまけに私服やドレス、装備用のインナーとかも増えるからさらにドンと増える。
他の面々も似たようなものだ。
エスメラルダは普段着用のドレスに社交界用のドレス。少しでも動きやすい服装ということで雷三姉妹に頼んで作ってもらう機会も多いので、アミナに次いで持っている服が多い。
その次はネルで、普段着、ドレス、作業着におしゃれ用の私服と持っている服も多い。
女性陣で少ないのはクローディアとイングリットではないだろうか。
クローディアは修行で使うような鍛錬着がメインで、社交の場は全て神官服でこなしている。
ドレスもあると言えばあるのだが、滅多に着ない。
私服もちらほらと持っているが、鍛錬もしない休暇の日くらいしか着ているところを見たことがない。
その中で一番の異色はイングリットだろうな。
「はい、この服こそ私の普段着ですので」
「クラシカル系統でもここまでバリエーションが多いのかって、雷三姉妹のセンスがすごいって感心したよ」
衣装部屋の八割を埋めるメイド服の数々。
どれも一見似たような姿形なのだが、刺繍が違ったり、エプロンの形状が違ったり、若干の布地の色が違ったりと細かい気配りがされて微妙に違いが出るメイド服が多い。
「はい、主を支える者として目立つ服装は避けたいですから」
そんなイングリットもやはり、オシャレはしたいというので細かいワンポイントのオシャレで日々を充実させている。
今日着ているメイド服も昨日とは違う物だ。
リボンが違うし、エプロンの刺繍も昨日とは違う花柄だ。
そんなイングリットは会話をしつつもせっせと俺の衣装を選んでいる。
「本日の服装は、先日、雷の精霊様の次女様が持ってこられた自信作です。今回の出迎えに都合の良い服装だと思いますので本日はそちらの方を着ていただこうと」
「……衣装に負けそう」
その衣装は俺の好みをしっかりとわかっているように作られた、派手ではない、されど上品だと一目でわかる上質な一着のスーツ。
わかる、前世で金持ちが着ていそうなスーツだよこれ。
「大丈夫です、リベルタ様なら着こなせます」
「そう?」
妙な迫力のあるスーツを前に怖気づく俺をイングリットは励ましてくれるのであった。
しかし、俺はここで確認し忘れていた。
あの裁縫仕事に異常な情熱を燃やす雷の精霊が、わざわざ自信作というスーツが普通じゃないというのを。




