7 余波
「「・・・・・」」
俺の言葉は、はっきり言えば失礼に当たるととられてもおかしくはない。
だから「話にならない」とフェルトさんからバッサリ切り捨てられても仕方ないと覚悟を決めていたのだが、返ってきたのは意外にも「悩む」という仕草だった。
夫婦揃って同じ仕草、というわけではない。
夫であるパーシーは「あー……」と少し口を開けて頭を掻く。
妻であるフェルトさんは、少し困り顔で紅茶のカップを手に取った。
良い反応なのか、悪い反応なのか、それすら判別できない。
「いいタイミング、と言えばいいのでしょうか。ねぇ、あなた」
「ガトウさんが持ってきた話だから、悪い話ではないとは思えるねぇ」
少なくとも拒絶ではないことは、この会話で分かった。
「この規模の工房を持ち、職人も店員も多数抱えているあなた方なら、即決で断られるような話です。それなのに悩まれるということは、何か事情があるのですか?」
裏があるというよりは、「ここでの経営を諦めた方がいい」と思わせる何かが起きているのではないか。
でなければ、いかにガトウの紹介であっても、間違いなく笑顔で門前払いされていたはずだ。
「まぁ、ねぇ。フェルト、僕はガトウさんの紹介だからリベルタさんは信頼できると思う。あのことを話してもいいと思うけど、どうだい?」
「・・・・・そうですわね。現状維持がいつまで続けられるか分かりませんし、お話だけでも聞いていただいた方がよろしいでしょうね」
俺たちに事情を話すことを、夫婦で決めてくれたようだ。
「きっかけは三カ月ほど前のことです。東の公爵閣下から、この町の町長経由で依頼が入りました」
フェルトさんが膝の上に手を置き、主導権を握って話し始めた。
東の公爵、マーチアス公爵からの依頼についてを。
「内容は魔導武具の大量発注です。夫の工房は魔導武具も製作していますので、それ自体は珍しいことではありません。数についても、公爵閣下が抱える軍で使うというのであれば、特段おかしい物ではありませんでした」
「相手は貴族だけど、僕たちからすれば大口の注文だ。納期は少し厳しかったけど、喜んで引き受けたよ」
その名前が出た段階で、俺の中の嫌な予感が止まらない。
魔導武具とは、ボルドリンデと決着をつける際にバルバドスが使っていたチェーンソーのような、魔法効果を付与した武器や鎧を指す。
「納品も済み、無事に支払いも終わりました。そこまでは良い商売だったのです。ですが翌月、今度はメンテナンスの大量依頼が入りました。三カ月前に納品した魔導武具を整備するために、職人を派遣してほしいという内容でした」
魔導武具は強力だが、メンテナンスが非常に面倒で専門の職人を必要とする。
俺が身内での使用を避けているのは、スキル『エンチャント』で代用できるという点もあるが、一番の理由は「継戦能力の低下」だ。
いかに『不壊』を付与しても、メンテナンスしなければ壊れないだけで機能は低下する。武具自体もパーツが増えれば重量も増し、取り回しが悪くなる。おまけに拡張性も低い。
FBO時代でも、パーティーに職人を常駐させる必要があったため、あまり人気はなかった。
しかし、拠点防衛用としてなら価値は高い。職人を常駐させれば、その威力を最大限に活用できるからだ。
「それ自体は、おかしなことではないのでしょう?」
「ええ、まぁ。ですが問題はここからです」
維持ができないのなら、最初から買わなければいい。だが、維持できないからこそ、製造元であるパーシーの工房を頼る。ガトウの言う通り、理にはかなっている。
「メンテナンスから帰ってきた職人から、公爵家からスカウトを受けたと報告がありました」
「それは……」
「ええ、貴族による引き抜きです。過去に例がないわけではありませんが、対象はその職人だけではありませんでした。夫を含めたすべての職人と、工房の職員全員だったのです」
そこからの流れは、ついさっき俺が提案した内容と瓜二つだった。
マーチアス公爵もまた、パーシーたちの囲い込みを狙っていたのだ。
「対価として、公爵家御用商人の地位、魔道具の年間整備依頼、さらに定期的な製品の購入。加えて、東の領都の一等地を提示されました」
俺はまだ報酬を提示していないが、マーチアス公爵から提示された対価はこの国では破格の好待遇と言える。
多くの鉱山を抱えるマーチアス公爵家だからこそ出せる条件だ。
財力において、マーチアス公爵は未だエーデルガルド公爵の上を行く。貿易と鉱山の収入、さらに歴史に裏打ちされた蓄財。奴の領地に人が集まる条件はすべて揃っている。
裏を知る俺なら即座に断るが、事情を知らなければ諸手を挙げて喜ぶ内容だ。
「随分と厚遇されているね。もう少し喜んでもいいと思うんだけど?」
「これだけなら、ね」
しかし、パーシーは不満げな表情で溜息を吐いた。
「これだけの好条件です。当然、相応の要求もありました」
その表情の理由は、好待遇で迎え入れるという条件の対価だ。
「いったい、どんな条件なんです?」
「僕の工房を、軍需専属の工房にすることさ」
「それって……」
「はい、おそらくリベルタさんの想像通りです。もし条件を受け入れれば、我が工房はマーチアス公爵家専属の御用達工房となり、作れるのは魔導武具や魔導兵器、あるいは軍用の備品のみとなります。今作っているような一般家庭向けの製品を作ることは許されません」
それは、パーシーにとって絶対に受け入れられない条件だった。
彼は「魔道具狂い」と言っていいほど、魔道具そのものを愛している。
戦いに使う武具、日常を照らす灯り、あるいは何に使うかも分からないガラクタ。
あらゆるジャンルの魔道具を作ることに熱意を注ぎ、その多様性こそを楽しんでいるのだ。
そんな彼に「人殺しの道具だけを一生作り続けろ」というのは、いかに金を積まれようと承服できるはずがない。首輪を嵌められ、自由を奪われた魔道具作りなど、彼にとっては苦行でしかないのだ。
俺の知るパーシーなら「ふざけるな!」と絶叫して憤慨していただろう。
「私も、持てる術を駆使して交渉しました。軍需品を作る傍ら、余暇で別の魔道具を作れないかと。それが結果的に魔導武具の発展に寄与することもあるとプレゼンしたのですが・・・・・」
「ふん、あいつらは最短距離で進まないと気が済まないのさ。余計な物を作る暇があるなら、一つでも多く兵器を作る、それが効率的だと思い込んでいる」
パーシーの怒りの代弁者であるフェルトさんは、なんとか穏便に交渉を進めようとしたようだが、公爵側の態度は冷ややかだったようだ。
パーシーにとっては「どこにアイデアが転がっているか分からない」という経験こそが宝なのに、公爵側にはそれがナンセンスだと一蹴された。
「実際、同じ話を持ちかけられた知り合いの工房が、いくつも吸収されました。私たちが返事を保留にしていたところ、先日ついに公爵から直筆の手紙が届きまして……。今日から一週間以内に承諾しなければ、条件を白紙に戻し、商売に制限をかけると脅しをかけてきたのです」
貴族にとって自分の考えこそが真理。成功例があるなら、他人の意見など不要というわけか。
「私たちに残された時間は少ないです。公爵に従って軍需品を作り続けるか、断って圧力を受けながらジリ貧の商売を続けるか」
そんな二択を突きつけられていれば、俺の提案を即決で断らないのも納得だ。
出会った時の空元気も、無理をして振る舞っていたのだろう。
「フェルトの交渉も限界でね。お手上げだと悩んでいたタイミングでガトウさんから手紙が来た。何かいい知恵を貸してくれるのかと思ったら……」
「俺がスカウトに来てしまった、というわけですか」
「そういうことだ。幸い、僕たちにはまだ財産もあるし職人もいる。新天地でやり直す底力はあるんだ。ただ、成功する保証がなかった。そこに君たちが現れたから、何かしらの情報が得られるのではと考えたんだよ」
ガトウという保証人がいるとはいえ、見ず知らずの俺にかなり踏み込んだ話をしてくれた。
それほど追い詰められているということだろう。
だが、マーチアス公爵の動きはどう見ても戦力拡大。つまりエーデルガルド公爵への対抗策だ。
……そして、その流れを作った原因は、十中八九、俺だ。
俺が作った大城壁は、密偵や冒険者を通じて東にも知れ渡っているはずだ。
その「規格外の何か」を作った奴がエーデルガルド公爵家側についたと知れば、焦るのも無理はない。
「リベルタ君、どうかしたかい? 汗がすごいけど」
もしかして、FBOの土豚公爵に関連するイベントが強制的に進行してしまっているのか?
冷や汗がドバドバと溢れ出るが、大陸最大の危機であるアジダハーカは討伐済みだ。最悪のシナリオは避けられているはず……。
「いえ、巡り巡って、お二人に迷惑をかけているかもしれないと気づきまして。罪悪感が……」
「???? どういうことですか?」
俺の原作ストーリー逸脱の余波で二人に迷惑をかけている事実が、ズシンと心にのしかかる。今すぐ謝罪したい。
「実は……」
隠し通せることでもない。拠点の開拓村に連れて行けばどのみちバレる。
俺は潔く、スカウトの理由を含めてすべてを説明することにした。
「・・・・・噂では聞いていました。荒れ果てた北の大地で、大規模な開拓が行われていると」
「まさかその噂が本当で、君がその土地の代表だったなんて。ガトウさんの言葉がなければ、にわかには信じられなかったよ」
「ワシはこの目でしっかりと見てきた。老いぼれの言葉だが、信頼の足しにはなったようだね」
説明を終えると、夫妻は俺が開拓地の領主であることには驚いたが、もはやマーチアス公爵の件については触れなかった。
「しかし、何も束縛のない新しい土地で自由に魔道具の研究ができる……。学校への協力という仕事はあるが、研究資材が自由というのは魅力的だなぁ」
「えっと、一応大量には用意しますけど、際限なくというわけでは……」
むしろ、提示した条件へのパーシーの食いつきが予想以上に良く、俺は少し圧倒されるのであった。




