4 おじいちゃん先生の旅立ち
「お二人を訪ねて来たと?」
俺とエスメラルダ嬢の困り顔を見て、ガトウは町長が自分に用事があるわけではないのを察した。
「ええ、私、グルード・エーデルガルド公爵の娘でして」
「ここ最近、貴族の間では有名な小僧でして」
どうやら、門番からの報告が思ったよりも大事になったようだ。
普通に考えれば、あいさつ回りをしないといけないのにガン無視した結果だからそうだと思うが。
「それは、それは。そちらのお嬢さんは高貴な方だとは思ってはいたが、君はどういうことをしたんだい?」
「ちょっと、神様の使徒やってます」
「!」
思ったよりも行動が早い。
もしかして、ガトウの家を見張ってた?
俺たちが町長を無視して、ガトウのところに行ったから嫉妬心が沸いてわざわざ出向いたということか。
「なるほどなるほど」
エスメラルダ嬢と俺の言葉を聞き、飲み込むように頷き、考えること数秒。
それから雷が落ちてこないか一瞬窓の外を見て、天罰が降ってこないことをガトウは確認した。
「君たち二人は町長には会いたくない。それで合ってるかの?」
「ええ、可能でしたら会いたくはありませんわ」
「何をするつもりですか?」
「なに、老人の知恵だよ。長生きをしていると悪いことばかり覚えてしまうね」
俺たちに、特に俺に直接会える機会を今の貴族たちが放っておくわけがない。
会いに来るのは予想していたけど、プライドが邪魔をして、もう少し時間がかかるかと踏んでいたが。俺たちが町長をスルーしてガトウと会うというイベントで、プライドよりも嫉妬心が勝ったか。
しかし、だからと言って素直に会うしかないと諦められるかと言われればNOと答える。
できることなら会いたくない。
その願いを察したガトウは俺たちを手招きする。
「少し待っていておくれ」
道中で一つの部屋により、手早く出立の準備をしている。
外套を羽織り、さりげなく肩に掛けたマジックバッグ。
俺だからこそ気づけたが、滅多に表に出ないがゆえに徹底的に偽装を施している。ガトウを仲間に入れると手に入る逸品だ。
世界中を旅しているからこそ、発見できた一品なのだろう。
ダミーでいくつか小物を入れ、外見だけは物が入っているように見せつつ、それ以上の物を入れない動きも徹底されている。さらには、本当に普段使いのようにそこら辺に置いている。
壁にかけていた絵画を一枚外し、その裏に隠していた金庫から小さな革袋を取り出してそれを懐にしまうことで、鞄から周囲の意識を逸らさせた。
部屋の中は思ったよりも物が少なく、使いなじんだ短剣を腰に差してしまえば、あっという間に旅支度が済む。
ここまでの動きに無駄はなく、慣れていると言っても過言ではない。
ガトウの若いころは色々とやんちゃしているっていうのは知っているから、この手際の良さも経験で培ったものだ。
「絵は、良いのですの?」
「隣の人に言伝を頼んでおけば大丈夫さ。さてこっちだ」
おそらくあのマジックバッグの中に貴重品を常に入れてあるのだろう。
絵は完全に放置し、すたすたと奥に進む。
「台所・・・・・裏口から出て行っても見つかりますわ」
「大丈夫大丈夫、ここは小さな町だからね」
着いた先はどの家にもある普通の台所。
そこに案内され、首をかしげるエスメラルダ嬢だったが俺は知っている。
エスメラルダ嬢の不安を浮かべた表情を見て、いたずらを見せつける小僧のようなの笑みを見せたガトウ。
ニッコリと笑いつつ、水瓶をゆっくりとどかせば。
「隠し扉?もしかして裏のお宅の庭に出るのでは?」
「そうそう、ワシは町長に目を付けられていてね。なかなか家から出られないからこの隠し扉を使って裏の家の人に買い物を頼んでいるんだ」
DIYというには少々規模が大きすぎる物を見せつけられたエスメラルダ嬢は目を見開き、そうしている間に、ガトウは小さな扉をくぐり裏の家の庭に入り込んでいく。
体格のいい大人のガトウが通れるのだ。
俺とネルは余裕で通り抜けられ、エスメラルダ嬢も楽に入り込める。
不法侵入かと思ったが、窓に向かってガトウが手を振っているあたり、隣家からは黙認されているのだろう。
不法行為とは思ったが、厄介な貴族に絡まれる方が嫌だから、そこら辺を突っ込む者はいない。
「ゲンジロウたちはどうしますの?宿の方にも護衛と馬車を置いていますが」
「死角に入り込めるならこっちのものだよ。見たところ君たちもレベルが高そうだし、ついておいで」
そこから庭を出るかと思いきや、パルクール選手も顔負けの身軽さで塀を掴むと、すいすいッと屋根の上に登っていくガトウ。
ステータス的には俺たちの方が高いが、ガトウは原作では70手前の年齢だったはず。
衰えているとは思えない身軽な動き。
「先に行くわ」
「おう。エスメラルダ」
「ええ、お任せします」
その動きにネルが続き、あっという間にガトウの隣に立つ。
魔力ステータス寄りのエスメラルダ嬢は俺がお姫様抱っこで運ぶ。
彼女のドレスだと壁を登るのは大変だろうし、慣れていない。
そうして首に回された彼女の腕を受け入れ、そのまま跳躍して家の死角を飛び移り、屋根の上に降り立つ。
「見事だね」
「いえいえ、ガトウさんも音を一切立てない動き。参考になります」
「斥候は音を立てていたら二流だ。突出して偵察に出ることもある。臆病者なりの技術というやつだよ」
俺たちが着いたら、ガトウは足音も立てずに次の屋根に飛び移っていく。
この町の構造を把握しているゆえに、視線がどの方向から来るかを良く把握している。
町長の嫌がらせを物ともしていなかったのは、町長の監視網をこうやって潜り抜けて周囲の人とコミュニケーションを取っていたからなのだろう。
今も隣家のとある木窓をノックしている。
「おや、ガトウさん。また買い物の依頼かい?」
「いや、チェルシーさん。しばらく町を離れようと思ってね」
「おやおや、ついに町長に愛想が尽きた?」
住人も慣れた対応で、中から顔を出した頭巾をかぶったふくよかなご婦人と、にこやかな会話をしている。
「いやいや、年甲斐もなく夢を追いかけようと思ってね」
「あらまぁ、そちらの人たちかい?」
「ああ、そうさ」
屋根の上での会話、そしていつもより増えている人数。そこに驚くことなく受け入れるご婦人の肝は相当据わっている。
「だから、申し訳ないがまた来るまでうちの管理をお願いできないかね?これ、鍵と代金です」
「そういうことなら任せて。ガトウさんにはうちの息子が世話になったからね。ただ、ガトウさんがいなくなるって聞いたらあの子も寂しがるだろうね」
「ホホホ、また遊びに来ますよ」
「そうしてくれると助かるね」
そうして家の管理を隣の婦人に頼んだら、そのまま道路向かいの家の屋根に移動していく。
「あー、やってるやってる」
「あそこで叫んでいる男が町長だね」
「自分から出向いて来たのですの?」
「公爵令嬢が来ていると聞いたら、男爵家の当主は居ても立っても居られないのでは?」
「王の認めた神の使徒が来たと聞いたら、待つことも難しいですわね」
「二人が揃ったから、焦ってきたのかもしれないわね」
視線の先には、馬車で乗り付けた貴族とその護衛がいて、玄関を塞ぐゲンジロウに食って掛かっている。
『だから!中に入れろ!私はドゥレの町の町長、バッカー男爵だぞ!!』
『御屋形様から許可が出ていない』
『キィイイイイイイ!!兵士ごときが!!不敬罪で逮捕するぞ!!』
『こちらは公爵家の免状を持って正式に町の中に入っている。不当な逮捕は公爵家を敵に回すぞ』
『くっ!?』
堂々としているゲンジロウと癇癪を起こしている町長。
完全に役者が違うなと思いつつ、口笛で鳥の鳴きまねをする。
『♪~』
鳴き方がいざという時の暗号になっていて、この音は「撤退せよ」だ。
『!』
ゲンジロウがその音に気付いたが、ゲンジロウは現在進行形で町長の対応中。代わりに視線をずらさず、護衛のもう一人に音源の確認をさせるよう、さりげなく立ち位置を変えた。
俺は護衛の御庭番の視線が俺の方を向いたのが見え、頷くと。
護衛はゲンジロウに報告。
『・・・・・最後に言っておく。ここに御屋形様はいない。いいか、これは最後の警告だ』
『嘘をつくな!!この家に入って行くのをうちの兵士が見ているのだ!』
『そうか、であれば警告はした。拙者たちはこれで立ち去る』
そして中がもぬけの殻になったことを知ったゲンジロウは、最後に警告を残し現場から立ち去る。
向かう先は宿の方面だ。
「このまま町の外に出られます?」
「ああ、任せてくれ。こういうのは大得意だ」
ゲンジロウたちが立ち去ったことで、遠慮なくさらに大声を上げ、ドアを叩く町長をしり目に、ペロッと舌を出し「してやったり」という表情をして、意気揚々と屋根の上を伝って大通りまで出る。
「やぁ、ゲミュウ坊」
「あ、ガトウさん!もう、俺も22だ。坊は止めてくれよ」
「ホホホホ!この町に戻ってお前に剣を教えたのは誰だったかな?」
「もう、そういうのは無しですって。それで今日は何をしたんで?」
そして堂々と中央にある詰め所に入って行く。
そこには当然この町を守る兵士たちが駐屯しているが、誰一人としてガトウを捕まえようとしない。
「なに、このお客人たちが町長のところではなくこの老いぼれのところに会いに来て、また怒ってしまったようでの」
「はぁ、いつものことですかい」
「そういうことだ」
むしろ町長の行動に呆れて物も言えないと、ため息をついている始末。
「それで、頼みがあるのだが聞いてくれるか?」
「町長の取り巻きたちはともかく、町の警備兵でガトウさんにお世話になっていないやつはいませんぜ!!その装い、旅に出るっていうなら喜んで門を開けさせてもらいます!」
「話が早くて助かるよ」
「なに、何でしたら俺たちがガトウさんが反対側の門に出たって、今から町長のところにひとっ走り行ってきますよ」
「あ、なら俺は門のやつらに口裏合わせるように言ってくるわ」
この大陸の貴族は本当に一部以外は嫌われているよなぁ。
いや、この程度の悪だくみならまだマシか。
場所によっては住民の我慢の限界が来て、反乱がおこる場合もある。
東の土豚公爵の領地の鉱山地域とかその筆頭だ。
心配だし、そこにもスカウトしたいネームドがいるから、そこら辺の導火線がどうなってるか今度エンターテイナーたちに調べさせよう。
「慕われていますのね」
俺の腕から降りたエスメラルダ嬢が、喜んでガトウに協力している兵士たちを見て言葉をこぼすと。
「俺たち、ガキの頃は悪ガキだったんですよ。いたずらしては怒られて、何をしてもつまらなくて。だけどガトウさんだけは俺たちのことをまっすぐ受け止めて、色々と相談に乗ってくれたんっすよ。だから、腐らずに成長して故郷を守ろうって兵士にもなれて。まぁ、町長はあれだけど、上司もガトウさんには世話になってて無茶とか言わないですし、他の町のやつらに聞いたらここはそれほど悪くない町みたいですし」
それを聞いて、最初に協力すると言ったゲミュウという兵士が照れながら頭を掻く。
「だからガトウさん、また帰ってきてください!しっかりと俺たちがこの町を守るんで、その時は酒でも飲みながら新しい旅の話を聞かせてください」
「そうっすよ!ちょっと最近ネタ切れだったの、俺たち知ってるんっすよ」
「ガキの頃から散々聞いてきたからな!さすがのガトウさんでも話のストックが尽きるよな!」
そして旅立つガトウに向けて、笑顔で土産話を求める。
「ああ、たくさん。たくさん土産話を持ってくるからな」
「リベルタに協力してもらった土産話、大丈夫かしら?」
「聴く人の心臓が持つでしょうか?」
「こらこら二人とも、俺のことをどう思ってるの?」
そんな土産話がとんでもないことになりかねないことに不安を抱く二人にツッコミを入れながら、俺たちはゲンジロウたちが回収した馬車とともに、この町を脱出するのであった。




