3 老兵からの依頼
ガトウは元冒険者だ。
もっと正確に言えば、拠点を持たない世界中を股にかけた正真正銘の冒険者だ。
俺たちFBOプレイヤーが尊敬するのは、学がないのなら自分の足で積極的に動き、世界を自分の目で見て学ぶという彼のスタイルにだ。
知らないのなら知る。
それを当然のようにできる輩は少ない。
そして、その知識を知らないことで困っている人に、教えることを当たり前のように行える者はさらに少ない。
「良い茶葉をありがとう。さっそく淹れさせてもらいました」
「いいえ、こちらも急な来訪なのにも関わらず時間を頂けて感謝します」
年老いてなお、背筋が伸び、さらには筋肉も衰えている様子がないのは世界中を歩いたという実績をその体に刻み込んだからだ。
ガトウは斥候職として高い適性を持っているキャラだ。知ろうという探求心が観察眼を鍛え、その流れでスキル構成も自力で考えて。
「ほほほ、こんな老人に会いに来てくれる人は誰でも歓迎ですぞ。若いころにやんちゃしすぎて良い人にも恵まれませんでしたので」
クラス3の一つの条件だけだが、自力でEXBPの獲得方法を見つけ出したのだ。
そのおかげか、彼が加入した当初は他のNPCと比べてレベルが若干高かったのだ。
それがEXBPの存在の発見と、その獲得条件解明の手がかりになったと言っても過言ではない。
故に俺たちFBOプレイヤーはその人生を賭けた探索の旅に敬意を表して彼を『おじいちゃん先生』と呼んでいる。
今も一見して普通じゃない俺たちを笑顔で出迎えてくれるのは、世界中を旅して色々な経験を積んできたからだろう。
さらりと独身であることをネタにしたのは、彼の鉄板ネタだ。
実際、彼の過去の話を聞くと、良い人になりそうな女性との恋バナもあるのだが、若いころのガトウは、恋よりも冒険を優先していた。
故に、旅を終えるころ、冒険者を引退すると決意したときには御年59歳。
他の冒険者の中でも頭一つ抜けての最高齢だった。
「あの絵って」
「おお、お嬢さん。あれは、ワシが三十二の頃かな。西の大陸の砂漠を初めて越えた時の絵だよ」
そして彼は一つの趣味を持っていた。
それが絵だ。
老後は記憶に残っている冒険の旅の風景を絵に残したいと、故郷であるこのドゥレの町に戻ってきて描いていた。
そんな絵を見たくて、大勢の子供が集まり、昔取った杵柄ということで冒険者として人助けもし、一度は立ち去った故郷に再び迎え入れられている。
そんなガトウの経歴を初めて聞くネルは、彼と同じように世界中を旅したいという目標を持っている。
「こっちは二十九の時に初めて渡った東の大陸の港の絵で、その隣にあるのは三十八の時に立ち寄った北の大陸の絵だね」
「ずいぶんといろいろなところに行ったのですね」
「ああ、いろいろな世界を見たい。その願いを叶えるために随分と無茶をしたものだ」
だからこそ、ガトウの話をキラキラとした目で、彼の描いた絵を観ながら聞く。
それが嬉しくなったガトウは、昔の話を思い出し優しく語ってくれる。
子供たちに何度も聞かせている話だ。
そういう語りも慣れている。
その話を聞いてエスメラルダも感心した。
貴族という立場上、そう簡単に世界を旅することは叶わない。
外の世界の話は基本的に人伝だ。
だからこそ、世界中を旅した者の語る本当の生の声というのは聴いていて面白いのだ。
良いリアクションを取る二人に、ガトウの表情も綻ぶ。
相性がいいとは思っていたが、正解だったようだ。
「おっと、ワシの昔話ばかりになってしまったの。それで、リベルタ君。ワシに用があるのかね」
「はい」
場が温まり、話しやすい空気になる。
手順を踏まなかった状態での勧誘、そこに若干の不安があるのだが。
「自分は貴方を、勧誘に来ました」
「勧誘とな、この老いぼれを?」
「あなたの経験と知識はこの世界を探し回っても比肩できる人物を探す方が困難なほどに貴重なものです。そしてあなた以上に多くの人と触れ合い、そして助けてきた人物を自分は知りません」
それでも、躊躇う理由はない。
背筋を伸ばし、居住まいを正し、単刀直入に用件を述べると、俺の申し出を聞いたガトウは驚いて目を見開いた。
「はははは、若いのに買われると年甲斐もなく嬉しくなるが、冒険者時代でもランクAとBを行き来してた良くて二流のワシにできることは少ない」
だが、すぐに頭を振って申し訳ないと断られた。
「余生をこの町で過ごすと決めた、故に遠いところから来てもらって申し訳ないが」
無理矢理連れていくこともはばかれるような、優し気な笑みを浮かべて言われてしまえばさすがにこれ以上の言葉を紡ぐことはできない。
この世界はゲームじゃない、ガトウという人物にもこの後の人生があるのだ。
「そう、ですか。残念です」
縁がなかった、それだけだと思い席を立とうとした時、ふと部屋の片隅にあるキャンバスに目が行く。
「あれは?」
「ああ、アレは思い残しというやつですな」
描きかけ故に、布で覆いかぶされている。
しかし、思い残しという言葉を聞き、もしやと思い。
「フィーフェアの谷」
「!なぜ、それを」
「あ、いえ、ちょっと伝手がありまして」
つい口からこぼれてしまった。
「リベルタ、フィーフェアの谷って?」
「中央大陸の北側の港から徒歩で二週間か三週間くらいかけて行ける渓谷にある場所だ。そこにはフィーフェアっていうモンスターがいるんだけど」
元々ガトウとのクエストで語られる地名、フィーフェア。
ダチョウサイズの孔雀型のモンスターであるフィーフェアが生息する区域で、そこまで行くとクラス6のモンスターが最低限になってくるエリア。
「普通のフィーフェアは空色のような色合いの羽なんだけど、その中にごく稀に太陽のような輝き色を持つ、珍しい羽色の個体が現れるんだ。とある冒険者の手記の中にその個体の記述と絵があってその存在を知った。過去いろいろな王がそのフィーフェアの羽を求めて兵を送ったという逸話がある」
入り込むだけでもこの世界の人間では命を天秤にかけるような行為。
しかし、その美しさから何度も冒険者が足を踏み入れる場所だ。
「そして、その逸話を確認しようとした人物の中に」
「ワシの祖父がいるというわけだ」
ロマンを求めてか、あるいは時の王が求めているから名声を求めてなのかもしれない。
この話のつながりは、ガトウの血縁。
祖父がその冒険に出て、フィーフェアの谷にたどり着き〝無事〟帰還したという経緯がある。
「ワシがまだ小さいころだ。怪我で冒険者を引退した祖父は自慢げにその美しい鳥のいる谷の話を何度も何度もしてな。毎日毎日、慣れない筆を握ってあーでもないこーでもないとその鳥の絵を描いていた」
どこでその話を知ったかと聞かれるかと思ったが、ガトウは気にせず、描いている途中のキャンバスに向かっていくだけだった。
「ワシも、祖父のその絵が完成するのを楽しみにしていたが、終ぞ完成する前にお迎えが来てしまってね」
「それがきっかけで冒険者に?」
「ああ、そうさ。当時は周りからは随分と止められたものさ。中には祖父の妄言だという人もいる。だけど、ワシには祖父が嘘をついているようには見えなかった」
そして被せている布を取り払い中身を見せる。
「真っ白」
「だから、ワシが証明してみせると、祖父が笑顔で語った景色をワシが皆に見せると誓った。だが、ワシはあの場所にはたどり着けなかった。祖父が見た景色にたどり着けなかった」
しかし、布を取り払われた先に現れたのは一滴の穢れも知らぬ、純白のキャンバス。
それに目を見開いたネルの一言にガトウは苦笑をこぼす。
「・・・・・それだけが、心残りだ」
縁を優しくなでるその指先は、諦めに満ちていた。
「リベルタ」
しかし瞳の奥に諦めたくないという悔いが残っていた。
ネルはそんな感情をガトウから感じ取ったのだろう。
できるかという視線に頷き。
「ガトウさん、もし、自分の足でその場所に行けると言ったらどうします?」
「心配してくれてありがとう、だが、もう体も限界に近い。今のワシは一番体が動いたときに遠く及ばず、無理も効かない。叶わぬ夢だ」
俺は、夢を叶えたいかと聞く。
現実的に無理だと、首を横に振るガトウに、俺は無言で自分のステータスを表示して見せた。
「!?クラス、8?」
そしてそこに表示されたレベルを見てガトウは目を見開く。
機密情報ではあるが、ガトウなら見せても良いと思い、見せた。
「あなたの夢、まだ叶えられます」
多少強引な方法だとは思う、だけど、わずかでも可能性があるというのならそこに賭けてみたい。
「俺が叶えます」
悪魔の取引染みた方法なのは百も承知。
「俺が連れていくのではなく、貴方が努力した結果、その場所にたどり着く。その夢を俺が叶えます」
されど、この後悔を解消できるのは今ここにいる俺だけだと思った。
だからこそ、断言するような形で告げる。
「不思議だ」
その言葉への返答は、明確な答えではなく懐かしむような瞳だった。
「色々な人にワシは会った。大言を吐く人も大勢会った。人をだますための大言、自分を鼓舞するための大言、ただただ夢を語るだけの大言」
今ガトウの頭の中には過去、俺のような言葉を言った人を思い浮かべているのだろう。
「初めて会ったというのに、君の言葉には確信がある。自信じゃない、できると確信しているんだ」
その誰とも一致しない、異次元の存在だと俺を認識しても、ガトウの雰囲気は変わらない。
「リベルタ君、握手をしてくれないか」
「はい」
その異質さを少しでも感じようと、年相応ではない、まだ枯れ切っていない力を残した皺だらけの手を差し出され、それを俺は握り返した。
「鍛錬を怠っていない良い手だ」
「ありがとうございます」
ゆっくりと力が籠められ、それに合わせ俺も力を籠め返す。
その力をゆっくりと感じ取り『うん』と頷きゆっくりと手を離すガトウ。
「まだ、行けるかね?」
「行けますね」
そして、迷いを断ち切るための最後の質問に対して俺は迷わず頷く。
「そうか、行けるのか」
その答えを聞き、嬉しそうに笑うガトウの瞳に火がともった。
振り返った先にあるのはさっきまで布で覆っていた真っ白なキャンバス。
「・・・・・」
数秒間、そのキャンバスを見つめて。
「跡を継ぐ者がいないのなら、ワシが叶えねば誰が叶えるか」
老兵が最後の花を咲かせる覚悟を決めた瞬間を見た。
「リベルタ君、さっき断った話だが、受けさせてくれないか?」
「こちらからお願いしたのです。是非にでも」
「その代わり」
「ええ。わかっています」
その覚悟を達成するためには、フィーフェアの谷で一万分の一の確率を引かないといけないのだが、そこは豪運のネルに頼もう。
俺ができるのはガトウの延命のためのレベリングと、中央大陸に行く足の確保。
その程度でガトウが仲間になるのなら安い出費だ。
「必ず見せましょう」
「ほほほ!この歳でまだ夢を見れるか」
「叶えるので、夢で終わりませんよ」
「そうであったな」
満足気に頷く、彼を横目にこれでこの町に用はない。
後はガトウを連れて開拓村に戻るのだが。
「ん?」
「外が騒がしいわね」
「何かあったようですわ」
トラブルがないと帰れないジンクスでもあるのか、ゲンジロウと誰かが言い争う声が外から聞こえる。
「はて、この声は」
その声に聞き覚えがあるガトウは、そっと窓に近づき外を見る。
「やはり、町長か。いったいどのような用で?」
「「・・・・・」」
来客が誰か知ると、俺とエスメラルダ嬢は同時に顔を見合わせ。
「俺だよなぁ」
「私の可能性もありますわ」
「「はぁ」」
同時に溜息をつくのであった。




