23 南の王の憂鬱 5
本年は本作をご愛読いただきありがとうございました。
皆様のご愛読のおかげで、書籍化とコミカライズと大躍進し非常に良い年になりました!
この話を投稿している頃には残りの年もわずかとなっているでしょう。
来年も引き続き投稿してまいりますので、どうか本作をよろしくお願いいたします。
それでは皆様良いお年を!
さて、この国で一番の胃痛を抱えている人物は誰か。
「王よ、痩せましたな」
「宰相、お前もな」
「ええまぁ、忙しくて。この歳になりますと食も細くなりがちで」
それは間違いなく国王と宰相のどちらかだろう。
ボルドリンデが反乱を起こし、それが鎮圧されたことで国王としての発言力が増したこと自体は良いことだが、それはエーデルガルド公爵の虎の威を借りる狐状態なのだから笑えない。
反乱が起きる前までは、納められていた北の税収が今ではごっそりと激減し、さらに復興のための資金繰りに国庫はかつかつ。
エーデルガルド公爵家が全面的に資金繰りに協力していなかったら、国有地として北の領地を接収するなんてことはしなかった。
しかし、北の領地は中央大陸に繋がる経路として使える見込みがあるし、東西の公爵の協力を分断できることも大きなメリットとなる。
さらには国で管理することで、自由に使える土地が増え、貴族に中抜きされない収入を得られると将来性は抜群だ。
ただ、それを管理できる人材とノウハウ、そして治安維持ができればの話。
ボルドリンデの悪政で荒廃した北の領地を復興させて収益が黒字に転じるのは、どうあがいても10年は先だ。
それほど荒れた土地の住民は国に対して不信感を抱き、代官に非協力的。
ここで軍事的圧力をかければ「それ見たことか」と住民の不満が爆発し、王は国民からの支持を失う。
非常にデリケート且つ面倒な土地と化してしまっている。
「こればかりは、時間をかけねばどうにもならん。あの状態を放置した私に責任がある」
「根気よく、ですか。増税することは幸いエーデルガルド公爵のおかげで避けられておりますが、借りばかり増えますな」
しかし、国王としてその住民を見捨てるということはしてはいけない。
その責任感で必死に資金のやりくりをしている。
「せめて、例の土地と繋がりを得られれば解決策も見いだせるかもしれませんが」
「リベルタか」
「はい、リベルタ殿です」
そんな領地経営の話の中に入り込んでくるのが、無名だった一人の少年だ。
エーデルガルド公爵が見出した市井の子供。
最初はそんな認識だったが、神に認められし使徒であることが証明され、ボルドリンデの反乱を英雄的活躍で鎮圧し、アジダハーカというこの国を滅ぼしかねない災害級の怪物を大きな損害を出さずに討伐してくれた、本来であれば国王が率先して遇し、取り込まないといけない人物であった。
「どうにか、繋がりを得られないか?」
「我々の行動はエーデルガルド公爵に見張られています。リベルタ殿に余計な手出しをすれば、まず公爵との関係が悪化します。現状、私たちはエーデルガルド公爵から見放されたら立ち行かなくなります」
「まずは、エーデルガルド公爵に筋を通すべきか」
「はい。リベルタ殿の独立領への外交官を選ぶ権限を我々は持ってはおりますが、初手で大きな過ちを犯してしまいました。これからは公爵の許可なく独断で選べばどうなるかは想像に難くありません」
しかし、そう思って対応するには遅すぎた。
国王が動き出そうと重い腰を上げた段階ですでに、リベルタとエーデルガルド公爵との関係は深く結ばれ、王家ですら入り込む余地がなかった。
こちらが強権を振りかざそうとすれば、こちらの支配力の及ばないリベルタの独立領からはそれ以上の戦力で殴り返される、そういう関係になってしまった今の王家ではどうすることもできない。とはわかっていても、手を伸ばしたくなるほどにリベルタの力は魅力的過ぎた。
「だからといって、彼の建築技術を諦めることはできん。北方の領地を回復するには彼の技術が一番最適だ」
「わかっております。その点を踏まえ、公爵とは人道的方面から説得を試みているのですが・・・・・」
リベルタを手許に残す最後のチャンスであったアジダハーカとの戦いでの褒賞交渉の場。
あそこでどうにかして貴族の地位を与えることができていれば、まだ手はあった。
「金銭的支援を受けている私たちの言葉は、さらなる金銭を要求しているように聞こえたであろうな」
しかし、現実はできていない。
執務室の机に肘をつき、頬杖をつくという王族としてはだらしない格好で苦笑する国王。
その向かいに立つ宰相も、同じような表情だ。
「政治的に弱い立場を強いられるのは、為政者としては中々窮屈ですな」
「私、この国の王なのだがな・・・・・いっそのこと、エーデルガルド公爵に玉座を譲るというのはどうだ?」
「そして私共は楽隠居というわけですか。非常に魅力的な提案ですが、そうすると東西の公爵が黙っておりませんな。内戦が始まり、エーデルガルド公爵が鎮圧。そこからはゲリラとなり、なりふり構わなくなった元貴族派閥が他大陸の勢力と協力し領地奪還を目指し、他国を巻き込んだ戦端が開かれる」
「他国の英雄がそれを止めるのではないか?」
「そうお思いで?」
「いや、英雄以外の権力者たちが弱体化したこの大陸を放っておくとは思えん。油がよく乗った舌を回して周囲を丸め込み、外堀を埋めて英雄を動かすだろうな」
「民意を大事にせねば、英雄にはなれませんか」
当人が全力で貴族としての地位を固辞し、さらにそれに対してエーデルガルド公爵が賛同してしまい、その目論見は失敗してしまった。
「今思えば、民意に振り回される危険性にリベルタは気づいていたのかもしれんな」
「頑なと言っていいほどに、英雄という呼ばれ方を拒否していましたな」
「あとは、貴族という立場もだな」
なので現在もなお、国王とリベルタの間で明確なつながりはない。
「せめて、式典という公の場で英雄だと宣言することができれば、まだなんとかなったのですが」
「その式典すら拒否されてしまえばどうしようもない。いや、仮に強行していたとしても、反発されて関係の悪化していた未来しか見えんな」
「いずれにせよ、ダメだったということですか」
そのつながりを作ろうと考えれば考えるほど、エーデルガルド公爵という壁にぶち当たり、同時にため息を吐くという流れになる。
「どうする?」
「どうしますか」
妙案は浮かばないが、ここで他の貴族に任せるという判断をしないのは、配下の貴族に任せてしまったらまたとんでもないことをしでかすかもしれないという不安があるからだ。
この国とリベルタの独立領の境界線取り決めの立会いに向かわせた貴族も、国王からしたら「任せてください」と胸を張り宣誓し、普段の職務も真面目にこなしている貴族だった。
だが、有能ではなかったことと、貴族の価値観に染まりすぎていたという欠点があった。
故にトラブルになったというわけだ。
そこから国王は自分でどうにかせねばと考え、行動を起こそうとしている。
本来であればこの国の王という絶対の権力者に、一市民が抗う術はない。
しかし、リベルタはこの世界の貴族の厄介さを知っているがゆえに自立できるよう立ち回った。その結果、国王という立場の人間が関係を作るのに四苦八苦するという、とんでもない展開になっている。
「うっ、また胃が」
「王よ、これ以上のポーションの服用は体に毒です。白湯を用意させましょう」
「ああ」
解決のめどが立たない現状に、体が悲鳴を上げている。
どうあがいても、いい結果が来ない。
楽観的に考えようとしても、その結果が悲観的になってしまうという、思考がマイナス方向に振り切ってしまっている。
メイドに指示を出し、用意させた白湯をゆっくりと飲み、少しは落ち着いた王。
「落ち着きましたかな?」
「ああ、多少はな」
これで少しでも解決案が浮かべばどうにかなると考えた。
「もう、開き直ってすべての内容を開示したうえで、エーデルガルド公爵の監視の下で私が直接会いに行った方がいい気がしてきたぞ」
「それが出来れば苦労はしませんな。おそらく先方が色々と口実を用意し、来させないようにするでしょうな」
「開拓中でも問題ない、宿もいらない、歓迎の宴もしなくていい、何なら護衛無しでもいい。ただ会って話をしたいというだけでもか?」
もう、国王としての尊厳など投げ捨てて、貴族から白い目で見られることも覚悟して、リベルタとつながりを持とうとしている国王。その思考を、残念ながらと宰相は首を振って否定する。
「リベルタが何のためにあの辺境で独立し、治外法権を欲したかを考えれば、私どもからの要求を払いのけたいからでしょう。今の我々と関わり合いになるのは彼にとって百害あって一利なしというわけです。要求を述べるという段階で嫌悪感を抱かれているというわけですな」
「どうすれば……」
「それを考えるのが私たちの仕事です。配下に任せれば間違いなく、『私たちに逆らうとは何事か』と騎士団の出動を要請してくるでしょう」
現実は甘くない。見えるのに届かない黄金の果実に手を伸ばしても、決して落ちてはこない。
そんな結末を聞いて、最近増え始めた白髪を気にする国王は、思いっきり背もたれに体を預ける。
そんな折に、執務室の外にいる兵士から声がかかった。
「陛下、ガーゼス殿がお見えです」
「ああ、もうそんな時間か」
「この話は後ほどですな」
「この後に聞いた話で元気が残っていれば、だがな」
約束していた人物の来訪。
それに合わせて、国王は背筋を伸ばし表情を硬くする。
宰相も国王の正面から横に移動し、出迎えの体勢を整えた。
「入れ」
たった一言、それだけ告げて数秒後。扉が開き、執務室に入ってきたのは細身で長身の男。
丸眼鏡に、艶やかな紺色の髪を伸ばしてひとまとめにした、鷹のように目の鋭い男だ。
そんな鋭い目線を国王に向け、敵意があると思われても仕方ないが、彼、マデト・ガーゼスはシンプルに視力が悪く、眼鏡の度が合っていないだけなのだ。
「陛下、医療部門の予算の件に関しましてご報告に上がりました」
それを知っている国王はその視線を気にせず、貴族おなじみの機嫌を伺う挨拶を聞き流す。
彼は宮廷医師。
国王の体調管理もしている、この城の命綱だ。
回復魔法も使えるし、薬学にも精通している。
普段、国王と宰相が服用しているポーションもマデトが作っている。
もし、この場にリベルタがいたらこう言うだろう。「数少ない、貴族のまとも枠」だと。
人を救うことを貴族の使命と考え、貴族の立場を使い、王都に市民が安く使える医療施設を展開している。
腕も良ければ、根も真面目。
マデトがいたからこそ、この城の医療関係と王都の医療体制に関して問題が起きていないと言っても良い。
なにせ、権力に固執する貴族ですら、彼と彼の家にはちょっかいをかけないほどだ。
彼に何かあれば、王国の医療体制が崩壊してしまう。
そうなれば貴族も国民も問わず傷病への対処ができなくなり、多方面から恨みを買う。
これでマデトがその立場に胡座をかいて威張り散らし、高額な医療費を請求しているのであれば反発も起きるのだろうが、マデトはそんなことは一切していない。
ただただ誠実に医療現場を維持し、医学の発展に殉じている。
では、そんな真面目な男の話を聞いて、なぜ元気をなくすのかと言えば。
「北方の医療機関の状態を調べ、医療体制を再構築するのに必要な額が出ました」
「・・・・・やはり、こうなったか」
北方復興のための資金がかさむことが確定しているからだ。
ない袖は振れない。されど、民のことを考えると用意しないといけない。
こういう課題が来ることがわかっているからこそ、リベルタに協力を要請し、少しでも予算を捻出しようとしているのだ。
あわよくば、という下心もある。
だが、根本には民を助けたいという心根があるのだ。
「陛下、お願いがございます」
「なんだ?」
予算報告書を見て、眉間に皺を寄せる国王。この予算が通れば少なくない民を救える。
それを理解している。
問題はどうやって通すか、どこから捻りだすか。
その悩みを解決する前に。
「エーデルガルド公爵との会談の席をご用意いただけないでしょうか」
マデトの提案が執務室に響くのであった。




