22 EX 獅子公爵 4
リベルタがドワーフたちを受け入れ、この世界の誰もが見たことのない町を作ろうとしている最中、王都でも一つの変化が起き始めていた。
「ロータス、これで何件目だ?」
「本日で十二件目でございます」
王都にある獅子公爵こと、エーデルガルド公爵邸の執務室でこの館の主は、文字を追い続け疲れた目を癒すようにほぐし始めた。
「ボルドリンデの家が崩壊し、北の貴族の粛清が終わってから我が派閥に入りたい貴族が後を絶たないな」
「はい、中立派が主にこちらに入りたいという意向を示しておりますな。あとは、王家の派閥からも数家、内密に話したいとコンタクトを取り、東西の方でも我が領と隣接している領土の貴族から使いが来ておりますな」
今この大陸の貴族で一番勢いがあるのは間違いなくエーデルガルド公爵家だ。
私兵だけで王家と他家の貴族を圧倒できる戦力を保有していると言われ、さらに他国とも交流を持ち、物資という方面でも圧倒し始めている。
「イリスにも縁談の話がひっきりなしに来るようになったな」
「はい、格式の高い家は一通り、送ってこない家が少ないほどですな」
「年頃の男子を用意できない家は婚約破棄を視野にしていると聞いたときは頭が痛くなった」
「足元もお気をつけを。派閥の中にいる経営が芳しくない家に金銭を送るという流れができ始めております。幸い、リベルタ様が強化してくださった暗部が活躍し、事前に察知できるようになり、それが噂となり抑止力となっております」
そういう流れに貴族は迎合しやすい。
特に勢いが強いとその流れは顕著になる。
「この流れを作った当人は、辺境でとんでもないことをやって楽しんでいるようだな」
「エスメラルダお嬢様に聞いたところによりますと、すでに住居地を囲む王都以上の城壁を完成させ、見たことのないゴーレムも多数作り出していると・・・・・」
かといって、派閥移動がそう簡単にできるわけではない。
中立を表明している家が、他派閥にはいるだけでも信用されないご時世、派閥に所属していた家が他派閥に移動しようものなら、元いた派閥からは後ろ指を指され軽蔑され、移動した先でも軽視され信用されない。
派閥を移動するには大義名分が必要になる。
例えば政略結婚がいい例だ。
貴族同士の婚姻が、政治の手段と言われる所以の一つがこれだ。
「・・・・・我が家に子息がいないことが救いだと思う日が来るとは思わなかった」
「私もです」
エーデルガルド家にいる子供は2人、どちらも息女。
本来、貴族であるなら後継ぎとして男児がいないといけないと焦るところだが、もし仮に今の状況で男児がいるのなら本妻狙いで血みどろの戦いが繰り広げられ、側室でもいいからと女性をあてがおうとされ、さらには愛人枠まで用意しようとされただろう。
そんな貴族の事情を知っているエーデルガルド公爵であっても、絶対にそんな地獄は嫌だと思うくらい今、全力ですり寄ろうとしている貴族たちに辟易している。
この現状にはロータスも思うところがあって、紅茶を用意しながら仕える公爵を労わるように同意する。
エーデルガルド公爵的には長女であるエスメラルダは嫁に出したという感覚でいるので、実質的に家に残っているのはイリスだけだ。
そのイリス嬢に対しての縁談の申し込みの数、今までは体が弱いということが公で知れ渡り、公爵家であっても積極的ではなかったはずなのにとてつもない掌返しだ。
「本来であれば娘を褒められるのは嬉しい限りだが・・・・・こうも、美辞麗句を並べられると逆に白々しく感じるな」
「何事も適度が一番ということですな」
フンと鼻を鳴らし、さっきまで読んでいた縁談の申し込みの手紙を机に放りだし、代わりにロータスが用意してくれた紅茶を手に取り一口飲む。
手紙の相手は少々遠縁であるが、わずかでも王家と血のつながりがある侯爵家だ。
同じ王家の派閥に属する貴族だが、その派閥の中にも王家寄りと公爵寄りの派閥があり、さらに中立という立場の貴族もいる。
各派閥にさらに派閥があると、一枚岩ではないことを示している。
王家には婚約していないイリスと同い年の男児はおらず、年の離れた男性を探すと上になり、下手をすれば親と子の年齢差になってしまう。
公爵家の立場が弱ければその男性に嫁げと命じることができるが、今この現状ではエーデルガルド公爵の方が発言力が上だ。
そんな失礼なことをすれば、心証は悪くなる。良くて無視して聞かなかったことにしてくれる、悪ければ敵対待ったなしだ。
「しかし、どちらにしても縁談の話は避けられないことでございます。イリスお嬢様には学園の方への入学の勧めもございます。この国の貴族であるなら縁を繋ぐという意味で入学するのが慣例となっておりますが、そちらの方では閣下が自ら守ることは叶いません。あの手この手でイリスお嬢様をたぶらかす手段を用意するでしょう」
「・・・・・むぅ」
そんな状態での一番の懸念点は、イリスの年齢。
少し前というには時間が過ぎすぎているが、当時は病にかかり体が弱くなっていた。
当然学園に入学するのは無理だと判断して、入学を見送ったが、リベルタとエスメラルダの命懸けの這竜討伐によって病は完治、さらには彼の親切心でこの家でも有数の実力者になってしまっている。
「体に心配があると、表向きは言い訳しておりますがそれもいつまで持つか・・・・・」
「そうだな」
公爵閣下は立ち上がり、中庭が見える窓辺へと歩み外の景色を見ると元気に訓練用の盾と剣を構え、リベルタが鍛えてくれたエーデルガルド公爵家の私兵たちと戦っているイリスの姿が見える。
レベルを上げていた当初は、まだまだ素人っぽさが残っていた動きだが、病で体を動かせないことの辛さを知り、治ったことで体を動かせることの喜びを知り、さらに姉のエスメラルダの冒険譚を聞き、すっかり戦闘訓練が趣味になってしまった。
「あれで、体が弱いというのは無理があるか」
「はい、そうなると我々も体が弱いということになってしまいますな」
「そうであるな」
今ではその素人っぽさも消え始め、兵士たちと互角以上に戦えるようになってきている。
まだ経験値の差があって、負ける方が多いが、それでも戦闘のセの字も知らなかった少女からここまで戦闘巧者になれていること自体が快挙と言える。
「となると・・・・・だ」
「はい、何か手を打つべきかと」
その事自体、貴族令嬢としてはお転婆通り越してダメだとはっきりと言いたいのだが、それ以外の礼儀作法もしっかりと学び、さらに学問も文句の付け所がないほど学習している。
文武両道、それを地でいっている。
故に、エーデルガルド公爵は貴族の心得として体を動かしているだけだと目をつむっている。
内心、父親としては変な男をぶちのめせるように、いまさら過剰ではあるが護身術を身につけさせておいた方がいいと思っている。
「妥当なのはやはりあれか」
「はい、外交官としてリベルタ様のところに送るのが妥当かと」
「そうなるか」
現状、国内の権力バランスはかなり傾いている。
一見すれば王家に味方をしているエーデルガルド公爵家がいる王族派閥が権勢を取り戻しつつあるように見えるが、実情はエーデルガルド公爵家による権威復調だ。
そして北のボルドリンデ公爵家が無くなったことにより、今までの貴族と王家のバランスが王家側に傾き、貴族側の権威に陰りが見え始めている。
王が貴族の頭を押さえる。
本来であればそれは正常な封建制度の在り方だ。
しかし、それを良しとしないのが今まで自由に権威を振りかざしていた貴族たちだ。
東西の公爵派閥に属している貴族たちがその筆頭、次点で中立派という風見鶏派閥だ。
その権力バランスを取り戻そうとする勢力がやっていることは大まかに2つに分かれる。
1つはさっきも言ったが、血縁関係になるための婚姻戦略。
これは公爵とロータスが語っている、リベルタの独立領に派遣する王国の外交官という立場を、エーデルガルド公爵家が担う可能性が高いと認識され、エーデルガルド公爵家と繋がることでリベルタがもたらす利益のおこぼれを狙っているのだ。
事実、初手で外交官特権だと言ってやらかした貴族がいるゆえに、リベルタ側が受け入れる人間は信頼できる存在に限定された。
そのリベルタに信頼される人間であり、貴族という立場を持っているのはエーデルガルド公爵だけだ。
それ故に一番有力視されている。
現状リベルタは辺境の領地に封ぜられたと思われている。
一見、追放されたようにも見てとれるが、エーデルガルド公爵家の支援があるという話を聞けば何か裏があると勘ぐるのが貴族の性。
調べようとすれば、商人なり冒険者を使えば簡単な情報は集めることはできる。
その簡単な情報の中には遠くからとてつもなく大きな城壁を作り上げたことを確認できたというのも含まれる。
張りぼてではない見た目からも堅牢な城壁。
それを作るのにどれほどの人力が必要か、そして仮に用意できたとしても、時間も資材もとてつもない量が必要だ。
貴族であればそれくらいの計算はできるし、人の流れと、物資の流れを調べるくらいの頭は持っている。
だが、調べた結果がおかしいことにまた気付く。
辺境に向かった人間は、王都に住んでいた商人と東の大陸から移住してきた人間のみ、あとで西の大陸からドワーフの集団が来たと情報を掴んだが、作業員としては少数過ぎるし、物資の流れで食料の買い付けをエーデルガルド公爵家経由でやっているが資材の購入はやっていない。
それなのに巨大な城壁が出来上がっているという訳の分からない現状が爆誕しているのだ。
それだけで何かがある、そう思え、そしてそれを手に入れることができれば莫大な利益どころかとてつもない権力を手に入れることができるのではと考える輩が続出するのも当然だ。
そんな技術力と生産力を持っているリベルタとつながりを持っているエーデルガルド公爵家と繋がろうとするのは当然だった。
リベルタの元に息女を居座らせているということで、すでに堅固な繋がりを構築していると貴族たちは考えた。
利に聡い、いや、この場合は利に群がると言った方がいいか。
独占は良くない、平等にと綺麗ごとをならべどうにか繋がろうとしているのが婚姻を推奨する勢力だ。
そして2つ目の勢力は、エーデルガルド公爵家よりも先に、外交官という立場を手に入れリベルタと直接つながりを持ち、自身の権威を高めたり、エーデルガルド公爵家を追い落とそうとする勢力だ。
「イリス様を送られることはリベルタ様と繋がりをより強固にできる上に、エーデルガルド公爵家に利を運び、王家の力も多少なりとも復権させ他家への牽制に繋がる妙手かと」
「面倒な貴族の相手を王家に押し付ける代わりに、利を分ける。我が家の権威を高め王家と対等以上の立場を構築し国の安定を計るか・・・・・リベルタは理解し、納得してくれるか?」
「文を遣り取りするよりも、一度閣下が腹を割って話し誠意を見せる方がよろしいかと。多忙の時期だと思いますが、リベルタ様はそういうお方だと私は思っております」
「そうだな、次にエスメラルダが来た際には私も一度開拓村に行きたいと申してみよう」
「その際にはしっかりとした休養をおとりになることをお勧めします。万全の状態でなければ心の臓が驚きのあまり止まってしまうかもしれません」
「話し合いよりも、リベルタの予想外の行動を警戒しないといけないとはな」
しかし、さすがに弱腰の王家もリベルタに失礼を働く可能性のある貴族を外交官にしようとは思っていない。
そのことを理解しているエーデルガルド公爵とロータスは、外敵よりも身内のドッキリに警戒するのであった。




