11 交流イベント 無表情メイド 1
ネル、アミナと2日にわたって遊んでいれば噂の1つや2つ流れることはわかっていた。
女の子と遊ぶ。
子供である俺のしたことだから倫理的には問題ないように思えるが、大人だったら軽蔑の眼差しを送られていたかもしれない。
それでも、やはり公平にパーティーの皆と交流すべきだという気持ちを持って次の人に声をかけたんだけど。
「リベルタ様、いかがでしょうか?」
「うん、気持ちいいな」
「それは、良かったです」
その声をかけた人物、イングリットに現在進行形で膝枕されて耳かきをされている。
「きちんと手入れをされていますからあまり汚れていませんね」
「うん、まぁ、ね?」
「では耳のマッサージに移ります」
おかしい。なんで俺はイングリットの柔らかい太腿に頭を預けて、顔をお腹の方に向けられ、せっせと奉仕されているのだ?
少し前の会話を思い出せ。
『何か一緒にしたいことでございますか』
『そうそう。日ごろイングリットには食事とか掃除とか、身の回りのことでお世話になっているからね。何かお礼が出来ればって思って』
『なるほど、噂に聞くリベルタ様との交流の機会が私にも巡ってきたと言うことですか』
『え。噂になっている?』
朝起きて、ちょっと体操したら朝食の準備をしているイングリットのところに行って用件を言った。
『はい、ネル様と楽しそうに乗馬を行い、アミナ様をとても綺麗に彩られたと』
『うん?その話ならいつもお世話になっているパーティーメンバーに俺なりの感謝の気持ちを伝えたくてしたことだけど、何やら含みがあるような気が?』
『そうですね。ご婦人たちの中ではネル様かアミナ様、どちらが第一夫人になるかという話になっておりましたね』
『うん、ちょっと飛躍しすぎじゃないかな。噂に尾ひれ背びれがつくっていうレベルじゃない』
そうしたら、一昨日と昨日の話がとんでもない進化を成し遂げている。
『違うのですか?』
『・・・・・いや、違わなくはないのか?どうなんだ?』
だが、的はずれかと言われればそういうわけでもない。
ネルとアミナの好意に真剣に考えるとは答えているのだ。
この世界だと、交際イコール結婚という流れなのだろうか?
『なるほど、では、その点を踏まえゆっくりとお話を聞くということにしましょう。それが私の望みです』
『え、それでいいの?』
『はい』
そんな世間話を一緒にしたいと言われ、その程度でいいのかと思って朝食後しっかりと片づけを終えて、ニヤニヤ顔のご婦人集団と優しい目で見送ってくる男衆の視線を背に浴びてイングリットの部屋に来た。
『ではこちらにお座りください』
『そこベッドだよね?』
『はい』
『片手にあるのは?』
『耳かき棒でございます』
『世間話をするって』
『はい、ですので耳かきをしながら世間話をしましょう』
そうして冒頭に戻るような流れだ。
女性の私室のベッドに二人で座るのはいいのかと、恋愛経験値低めの俺の僅かな葛藤は、先に座ったイングリットのダメですか?と小首をかしげ、無表情ながら寂しげな雰囲気を漂わせる上目遣い、という高等テクニックの前にあっさりと吹き飛ばされた。
お邪魔しますと断りつつ、イングリットの隣に座ると彼女は優しく俺の頭を自分の太腿にいざないそのまま耳掃除を始めたのだ。
これは所謂お部屋デートというやつに該当するのではないか?それにイングリットはたまにこうやって積極的なボディタッチをしてくるから結構戸惑う。
女性らしいいい香りの所為かなんかドキドキするし、耳たぶを優しく揉まれるってこんなに気持ちいいんだ。
「では、次は反対の耳にしましょう」
「あ、はい」
こうも物理的に距離感を詰められているうえに、ネル、アミナと好意を向けられ続けているとイングリットも俺のことが好きなのかと勘違いしそうになる。
「リベルタ様、お慕い申しております」
「え」
そんなことを考えて、成すがままにしているとそっと耳元に囁かれるような優しく愛情のこもったイングリットの声。
耳にジンワリと染み込んできて、ドクンと心臓が高鳴る。
なるほど、女性の声で耳元に囁かれるってこんなにドキドキするんだ。
「ネル様、アミナ様はお気持ちをお伝えになっているとお聞きしました。主人に仕えるメイドとして分不相応なのは承知しております。ですが、どうか、私の気持ちだけでもお聞きくだされば幸いです」
おまけに、変なことを考えていたタイミングでの追撃だ。
正直いって、脳の処理が追い付いていない。
「え、あ、はい」
だから、その好意を素直に受け取るということしかできない。
うん、マジで、なんでみんなこのタイミング?
そしてイングリットはなんで俺のこと好きなの?って聞いていいのか?
「なんで、というお顔ですね」
「うん、そう、だね」
葛藤が表情にもろに出てしまっていたようだ。
ネルもそうだ、アミナもそうだ。
こういっちゃなんだけど、これまでの出来事で恋愛という方面で明確にフラグだと思えるものはエスメラルダ嬢くらいにしかたたせていないような気がする。
少なくとも理解できるのはそこくらいだ。
ネルとアミナはまぁ、ずっと一緒にいた男が俺だけだからという理由でギリギリ納得できるけど、それでもあそこまでまっすぐに好意を向けられるようなことをしたかと疑問が浮かぶ。
「大切にしてくださった。それだけで、私には十分なのです」
2人には聞かなかった理由を、話の流れとは言え聞いてしまった。
そんなぶしつけな質問に対して、イングリットは優しく俺の髪を撫でながら無表情の中にある優しくそして愛情を感じさせる瞳でじっと俺の瞳を覗き込みそう言った。
「えっと、結構無茶振りをした記憶が俺にはあるのですが?」
大切にした。
その言葉は俺には一番かけ離れた言葉ではないだろうか。
家事全般をイングリットに頼み、その他サポートもイングリットに頼み、さらに育成方向も完全に俺の判断で、加えるようにアジダハーカ関連で苦労もさせてしまった。
そんな俺がイングリットを大切にしてきたからと言われて素直に納得できるわけがない。
「いいえ、リベルタ様。その無茶の中にもあなたは私を大切にしてくれたと感じる物があったのです」
そんな俺の言葉をイングリットは頭を振って否定する。
「リベルタ様は一度も私にできないことを申し付けませんでした。リベルタ様はいつも私ができるように段取りを整えてくださいました。リベルタ様は私にできることを把握し、頼ってくださいました」
その否定の言葉の裏付けをするかのようにつらつらとよどみなく言葉を紡ぐ。
その言葉はお世辞で言っているのではないのはすぐにわかった。
「リベルタ様はいつ何時でも、私の成し遂げたことに感謝のお言葉を投げかけてくださいました。私の行いをいつも労わってくださいました。私の成すことを横に寄り添い手伝ってくださいました」
自分は不器用だ。
だけど、必死に考えて少しでも伝えたい。
そんな感情をぶつけてくるイングリットの言葉を止める術を俺は持っていなかった。
「ごく当たり前、リベルタ様にとってはなんでもないことだったかもしれません。ですが、貴方様はグリュレ家の娘ではなく、イングリットという一人の人間として、そして仲間として私を見てくださいました」
最初は公爵閣下から俺へのお目付け役として、信頼のできる人材として紹介され、出会った。
だけど、俺はグリュレ家という存在を知らなかったゆえに、イングリットという一人の少女を知ろうとした。
知れば知るほど、彼女は不器用な生き方をする人だなとは思ったが、悪い人間だとは思わなかった。
逆に信頼し、頼れる人間だと思った。
俺の髪を撫でる手が止まり、その手は優しく俺の頬に移動しそうして添えられた。
無表情なイングリットであってもやはりその感触は温かい。
「それが私にとって何より嬉しかったのです」
そして、俺は彼女と一緒に過ごしてきた中で初めて、微笑むイングリットの表情を間近で見た。
「笑えるんだ」
驚きのあまり、失礼なことを口走った俺の言葉を気にせずイングリットはそのままの姿勢のまま返事をする。
「普段は意図的に抑えております。そうするようにグリュレの家では幼いころから指導されますので」
「なんていうか、やっぱり貴族は大変なんだな」
「処世術の一環です。我が家は感情を抑えひたすら職務に忠実ということで、貴族社会で生き残り歴史を紡いでまいりました。」
FBOで変わった風習がある貴族の家は多かった。
その中でイングリットの実家も中々の変わり種だったようだ。
「無理していない?」
「物心つく前からやっていることですので、もう慣れてしまいました」
「辛くない?」
「そうやって、貴方様は私の心を大事にしてくださるので辛くはありません」
「もっと感情を出してもいいんだよ?」
仕方ないと言えば仕方ない。
家を残すために必要なことを考えた結果が感情制御と考えれば筋は通るので理解はできる。
だけど、納得ができるかは話は別だ。
感情を押さえつけるような生き方。
それをずっと続けさせていたのかと思うと、申し訳なさが出てくる。
これからはもっと素直になっていいという気持ちで、イングリットに伝えたつもりだったけど、彼女は苦笑して見せた。
今日は彼女の表情をよく見る日だなと思いつつ一体どんな返事が返ってくるのだと思うと。
「・・・・・実はずっと表情を隠し続けていた弊害がございまして」
「弊害?まさか、表情筋が動かないとか!?」
問題があるという発言にギョッとして、イングリットの頬に手が伸び彼女はそれを遮らずそのまま頬にいざない、そして自身の手を重ねた。
「最初はそうでしたが、リベルタ様にこの笑顔を見ていただくために練習したら普通に動きました」
「あ、練習はしたんだ」
「はい、久しぶりに笑顔を作ろうとしましたら思ったよりも動かなくて実は焦りました」
「焦ったんだぁ」
「はい、必死に練習しました」
そこまで深刻ではないと、もう一度笑顔を見せてくれるイングリットの冗談に俺も安心するが、では問題はなんなのか?という点に戻ってくる。
「じゃぁ、何が問題なの?」
「・・・・・表情を」
「表情を?」
「見せるのが恥ずかしいのです」
このままの流れで聞いてみれば、そっと顔を逸らし、か細い声でイングリットは問題点を教えてくれた。
「無表情を貫いた弊害で、他人に感情表現の表情を見せるのが不慣れになってしまいました。リベルタ様に笑顔を見せるのもかなり恥ずかしく」
そして今まで必死に我慢していたのか耳元まで赤くしてしまっていた。
それでも笑顔を俺に見せてくれたということは、何か特別なような気がした。
「それでも見せてくれたんだ」
「はい、見て欲しかったのです」
「綺麗な笑顔だったよ」
「お褒めいただくのは嬉しいのですが・・・・・その、少しだけ加減をしていただきたく思います」
揶揄うわけじゃない。
ただただ素直に言葉を送っただけなのだ。
それなのにイングリットの顔はさらに赤くなり、意地悪しないでくれと懇願するように見つめられた。
「じゃぁ、少しずつ慣れていこうか」
「はい、まずはリベルタ様の前だけで練習させていただきたいです」
「責任重大だなぁ」
「そこまで重く受け止めなくても、先ほどの言葉も、ただ知ってもらいたいだけですので、お返事はネル様とアミナ様のお答えを返した後で構いません」
そんなイングリットの感情表現の練習台になる約束をして、都合がいい言葉を貰ったが、さすがにそれは良くないよなと思う。
「いいのかなぁ」
「はい、リベルタ様。いつまでもお待ち申し上げております」
「・・・・・できるだけ待たせないように努力させていただきます」
なので真剣に考えると誓うのであった。




