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24 狂信者

 

 さてさて、今日も今日とて仕事が完了。

 夕食後に各所から届いた報告書に目を通す。報告書で見る限りホクシでのボルドリンデ陣営の資金断ちは順調、育成している戦力は全滅覚悟で挑めばアジダハーカを倒せるレベルまでには育成完了。

 

 決戦兵器ありきになるが、勝ち筋ができたのにはひとまず一安心。

 もちろんここで安心などしないが、保険が出来たという点に関して言えば安心材料と言えるだろう。

 

 俺は情報収集も兼ねた訓練と素材集めで疲れた体を、家具職人の精霊に特注で作って貰ったモチクッションを使用した一人用のソファーで癒しつつ、全体の作業進捗を確認する。

 

 いや、本当にFBOが現実になってから、ゲームではネタ的な回復アイテムだった、疲労というバッドステータスを解消できるモチクッションも実現したが、これは優秀すぎるだろ。

 

 日本の時もこれ欲しかったよ。

 微量の持続回復というのがマジで優れもの。休息での回復だとなんとなく疲れが抜けたような気がしないけど、これだとぼーっとしている間に回復してくれるから脳が回復したって認識してくれる。

 

 一家に一台あればいいと思うよ。

 いや、家庭用と考えると一台じゃ取り合いになるか?

 

「ここまで来れたら、あとは生存率を上げるだけ。だけどこれまでのパターンを考えるならここら辺で邪魔が入ってくるかな?」

 

 そんな思考を織り交ぜつつ、資料を読み進め現状を確認し、感想を述べるのなら進捗ペースは順調の一言。

 先日の兵士たちの訓練の様子を見る限り、やる気も十分。

 この調子でいけば、育成プランの前倒しも可能かもしれない。

 

 計画している育成スケジュールから考えれば、このまま順調にいけばアジダハーカが完全復活する前の不完全な段階で挑むことができるはず。

 

 だけど、この世界に来てからイレギュラーなことが起きすぎて順調にいったためしがない俺からしたら、ここら辺で何か起きそうな予感を感じるのは自然な流れ。

 

「邪魔を入れてくるとしたら、可能性が高いのはボルドリンデ公爵と邪神教会、あるいは他の公爵、もっと大穴は別大陸の勢力か」

 

 トラブルは絶対に避けたいが、避けようがないトラブルというのも存在している。

 

「ネームドのイベントが発生するのもあり得るか?」

 

 アジダハーカ攻略クエストの中にある強制イベントの類が頭の中に浮かんだ。

 現実になったこの世界で強制イベントとは、俺もまだまだゲーム脳から脱却できていないなと思いつつ、それでも思い浮かぶイベントの一つ。

 

「薩摩イベントが起きるか?」

 

 狂楽の道化師は俺が倒し、ジャカランはもうじき処刑になると来たら次に薩摩イベントを思い浮かべるのは、FBOのストーリーを知る俺のゲーム脳なら自然の流れ。

 発生条件が少し特殊なイベントであるが、現状の諸条件を加味すると起きてもおかしくはないと思う。

 

 狂楽の道化師、暴君、そして狂信者とFBOで三狂と言えばわかるくらいには著名人の最後の一人。

 

 ここまで順調にヴィランのネームドと接敵しているとなれば、最後の一人がここで出張ってきてもおかしくないと考える。

 

 南の大陸だけでFBOで有名な三人全員にエンカウントする確率はまぁまぁ低いはずなのだが、いかんせん俺の悪運の実現度は高い数値だ。

 

 それを考えると、ありえないとは断言できないのが悲しい。

 

「対策、対策かぁ」

 

 薩摩狂人こと、ゲンジロウ。

 彼はこれまでの最初からヴィランだった二人と比べると、被害者故に狂ったと言うストーリーを持つ少し違った存在だ。

 狂楽の道化師もジャカランも登場時から加害者的な立ち振る舞いをしているが、ゲンジロウは被害者から狂信者になったという遍歴を持つ。

 

 端的に言えば、同情の余地あり。

 

「というか、間に合うんじゃね?」

 

 彼は過去に家族を失っている。

 元は腕のいい武士で、部下からも信頼され、いずれはその腕に見合う役職につくことが望まれていた。

 

 しかし、運は彼に味方しなかった。

 彼の妻と2人の子供が流行り病にかかってしまった。

 

 しかもそれは、一度発病してしまうとほとんどの人が助からないという病。

 

 ゲンジロウは財を投げ打って薬を買い求めたが、そこにFBOでよくある人災。

 活躍するゲンジロウを良く思わない特権階級の坊ちゃんたちが邪魔をして、薬が手に入らないようにしたのだ。

 

 こういう話題はFBOではちょくちょく聞く話だ。

 

 当人たちからすれば困って泣いて縋ってくれば助けてやろうという魂胆なのだろうが、こいつらは匙加減を間違えた。

 

 この病の峠は早く、彼らが遊んでいる間にゲンジロウは妻と子を失った。

 

 神に祈っても神は助けてくれず、仲間に助けを求めても権力に屈し、自身の無力さに打ちひしがれて、自害しようとした矢先に差し伸べられる手は邪神教会の魔の手。

 それは最悪の組み合わせだ。

 心が折れかかっているときに、助けてやろうとかいう甘い囁きは普通に効く。

 

 そして元来忠誠心が高く、そして助けてくれた恩義を感じやすいゲンジロウに宗教という毒は悪い意味で相性が良すぎた。

 

 悪魔的な化学反応が起きたと言っていい。

 質が悪いことに、邪神教会の秘技の中には死者を蘇らせるという方法がないわけではないのだ。

 ただそれは人として復活するのではなく、モンスターとして復活させることなのだが。

 

 邪神というのはモンスターの神。

 そして、モンスターの中にアンデッドがいるのだ。

 

 腐ったゾンビではなく、吸血鬼とか、キョンシーとかといった形で人をモンスターにすることができる。

 

 その方法で子供の一人を蘇えらせ、父親に会わせてしまえばあとは簡単だ。

 邪神を信仰せよ、そうすれば残りの家族にも会わせてやろうと。

 

 そうしてゲンジロウは狂っていく。

 周囲の人々に見捨てられたがゆえに、人斬りすることに躊躇いがなく。

 

 家族を救ってくれた邪神に心を捧げ、元来の篤い忠誠心が悪い方向に発揮され、戦い殺すことを家族を救うためにと肯定されれば、まぁ狂うよな。

 

「原作前だったら、まだ家族が無事な可能性がある。ゲンジロウは精神がまともであれば実力はすごいんだよね」

 

 弱った心につけ込み、そして死者蘇生でそそのかし、あとはとんとん拍子に信仰の闇に引きずり込んでいく。

 その話を聞いたときは同情はしたが、だからと言って俺たちプレイヤーには救う方法が無いんだから関係ないよね!?それってライン超えてるよね!?と、俺たちはそうツッコミを入れたのだ。

 

 そうなってしまった理由は理解する、同情もする。

 だけど背後からバッサリやられる理由はないよね!?とプレイヤーから総ツッコミを頂くキャラだ。

 精神的に狂ってしまってはいるが、努力という名の経験値を持つゲンジロウは、フィジカルゴリ押しのジャカランとは違って技術面ではかなりの強者だ。

 

 おまけに戦巧者でもあるから、窮地となれば目的を達するために一時撤退する視野も持っている。

 行動基準が狂信者っていうだけで、それ以外の能力は高い。

 

 だからこそ、厄介者認定を受けているわけで。

 

「うーん、コンに言えばワンチャン?」

 

 そしてプレイヤーたちによく『頭さえマトモならティア1なんだよなぁ』と言われたくらいスペック面では最強格に準ずる。

 

 忠誠心、技術面、そして思いやりといろいろな面で正常な精神ならかなり有用なキャラなのだ。

 

 もし仮にまだ家族を失う前で狂っていなければ、そして彼を救って味方にできれば、アジダハーカ戦でも前線を維持してくれる貴重な戦力になるだろう。さらには俺の個人の感想で言えば、しっかりと遇すれば恩に報い忠誠を誓ってくれるというイメージを持つ。有体に言えば古き侍的な人物だ。

 

 原作では初めからすでに邪神教会の手に落ちていたが、今はまだ原作前の段階。

 エスメラルダ嬢が助けられたことを考えるとまだ間に合う可能性がある。

 

 ゲンジロウのエピソードストーリーで狂う前の話は知っているから、ここで接触できれば話は早いか。

 

「ふむ、となると」

 

 ゲームでのゲンジロウの場合は打つ手が無く放っておくほかなかった。

 そもそもFBOが現実になっても、これまでは東の大陸に伝手がなかったから放置していたが、今の俺には報酬に困っていて貸しを作れそうなコンという存在がいる。

 

 ならば人材を融通してくれても問題ないかもしれない。

 

「ま、ダメで元々だな」

 

 善は急げと、まずはコンと接触せねばとペンを取り書状を書く。

 と言っても、対価の件に関して話があるからアポ取れないか?という内容だ。

 

 その文章を丁寧に書き、そして届けるだけなのだが、ここで俺が直接持っていっては意味がないので。

 

 机の上に置いてあるベルを鳴らす。

 うん、使用人を呼ぶときとかに使うアレだ。

 

 滅多に使うことはないんだけど、日に日に俺の価値が上がり続けている所為で、こんなものが設置され。

 

「お呼びでしょうか?」

「うん、これとこれをエーデルガルド公爵に届けるよう屋敷の人にお願いしてくれない?こっちが公爵閣下宛で、こっちがジンサイ殿への手紙」

「かしこまりました」

 

 イングリットが対応してくれると言う寸法だ。

 

 うん、なんていうか徐々に貴族社会に取り込まれている感が半端ないな。

 

 そっちのルートに進んでいるつもりが無くても、貴族関連に気を配っていたら結果こうなったって感じだけど。

 

「うん頼む」

 

 そうやって、手紙を託してあとは向こうの返事を待つということだったんだけど。

 

「問題ありませんなぁ」

「良いんですか?」

「ええ。むしろ、こっちとしてはだいぶお安い取引になってしまうんですけどええんですか?」

 

 翌朝には返事が来て、そうして午後の訓練前にコンに会うことができ、ゲンジロウ、フルネームで言えばゲンジロウ・シズマという人物を知っているかと問えば、派閥は違うが優秀な侍ということで知っていた。配下からの信頼は厚いが、武士道に拘り過ぎて最近権力者の界隈では煙たがられている存在だという。

 

 まだ家族は無事なのならいいが。失った後だとかなりやばいんだがそこら辺はどうなのだ?

 

 俺が申し出たゲンジロウという人物との取り持ちとコンが確保できる分の緋色金で育成の報酬は手を打つという形で、話がまとまりかけている。

 

「ちなみに、シズマ殿の環境はどのような感じで?ご家族はいらっしゃいますか?」

「僕も詳しくは知りませんけど、少なくともいい状況とは言えんですわ。家族は確か、奥さんと子供が2人いたはずです。経済状況に関しては家族を養って平凡に暮らす程度にはお給金は貰っているようで」

「お詳しいですね?」

「商売していると自然と情報も集めるようになるんです。あとは、実力者の情報は常に集めておかないと僕みたいな立場の人間はすぐに足元をすくわれるんです」

「なるほど」

「僕としては、リベルタ殿が気にかけるほど彼は優秀な人材なのかなと思うばかりですわ。そこら辺どうなんです?」

「自分も、それなりの情報を持っているとだけ言っておきます。横取りしたり密偵として重用するのならどうぞ?」

「こないな話をした後で、粉かけるとか僕でもしませんよ。それにあの人に影のような役割ができるとは思えませんわ。人となりを聞く限りかなり頭が固い人物みたいですし」

 

 エスメラルダ嬢の運命を変えられたのなら、他の人物も運命を変えられるかもしれない。

 ただその運命を変えたことでいったい何が起きるかは未知数だけど。

 

 現在進行形でエスメラルダ嬢がいる南の大陸で、こんな序盤でアジダハーカと戦うことになっている。

 ゲンジロウがヴィラン枠からいなくなることで、もしかして百鬼夜行と戦うことになるかとか戦々恐々としているのだが、某猫型ロボットの劇場版ガキ大将張りに覚醒する人材を手に入れられるとなれば手を伸ばさずにはいられない。

 

「その頭の固さもあって理不尽でも一度忠誠を誓った人から引き抜くのは難しいので、無理だったら再度交渉という形でええですか?」

「そうですね」

 

 戦ったことがあるからこそ、実力がわかる。

 ゲームでは救うことのできなかったストーリー持ちのネームドヴィランを、現実で救済して仲間にできるというのなら、かなりいい人材が手に入ると思っている。

 

 それを踏まえ、この振り出したサイコロの目がどうなるか楽しみである。



楽しんでいただけたのなら幸いです。


そして誤字の指摘ありがとうございます。


もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。


第1巻のカバーイラストです!!

絵師であるもきゅ様に描いていただきました!!


挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
悲しい設定は後でわかっても殆どのプレイヤーにとっては初対面が「切り捨て御免」な訳だから印象悪いよなって
お薬用意しておけば、仲間にはできなくても闇落ちは防げそうね。
その人その二人と並べるのかわいそうすぎませんかねぇ……
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