30 EX 次代の神1
さて、世界は英雄という要素によって活発化し、さらに情勢を変化させ始めている。
今までは緩やかに、かつ人の意志によって一進一退。
進んだり退がったりを繰り返してきた。
いわば停滞気味の世界ともいえる。
レベルやスキルの恩恵があるがゆえに、人はある程度の努力で満足をする。
モンスターやダンジョンといった朽ちることのない資源に恵まれていることにより争いが起きることはあっても滅びるようなことにもなっていない。
そして何より。
「始まったね」
「ああ、始まったな」
「始まってしまったかぁ」
「……始まってしまったのならもう後には戻れませんよ」
神という世界を制御する存在によってその流れは暗黙の了解によって是とされていた。
雲の上の庭園。
そこに集まる四柱。
床が雲であり、そして空から地上が見渡せるようになっているためか壁はなく、高所恐怖症の人がここに踏み込んでしまったら恐怖で気絶しかねないほど開放的でありかつ高所に存在する空間。
そこにあるのは四つの椅子と、その椅子に囲まれた石でできた盤面だ。
「そうだよ東の、君が悩みに悩んだ結果だ。あとは結果を眺めるしかないんだよ」
その盤面を覗き込む四柱。
始まってしまったと後悔を匂わす発言を漏らした、恰幅がよくゆったりとした服を着こむ金髪の男神。
彼の神は財を司る神。
この世の資源を生み出し、物の価値を決め、世界に流通をもらたらした神。
地上の人は、この神を商売の神、ゴルドスと呼んでいる。
「東の英雄には随分と君らしい物を与えたじゃないか。ルール違反ではないけどギリギリを攻めたね」
「あなたには言われたくないですね。北の。あなたの言う通り、私はしっかりとルール以内に収めていますので」
ダンジョンという代物は神のルールでも扱いが難しい代物。
幾重にもセーフティをかけたとしても神手製の異空間を与えるとなれば、その恩恵は測りしれない。
そこを指摘したのは、燃えるような赤色の髪を緩やかに伸ばす、子供のような神。
小さな体に合わせた鎧は、歴戦の傷が幾重にも広がるが、それでも壊れるという雰囲気を微塵にも感じさせない。
「僕だってルール以内に収めているさ。スキルの差配は僕の領分だし、与えたスキルも世界を壊すようなものではないよ」
彼の神の名は、アカム。
この世界にスキルを生み出し、そのシステムの循環を作り出し統括している神だ。
地上の人は彼の神を戦闘の神、アカムと呼んでいる。
ニコニコと笑顔を絶やさない彼ではあるが、その瞳には危うい光も隠し持ち、小柄な体の見た目に反してこの神が本気になればこの柱の中で純粋な戦闘能力であればだれよりも強いことの自信が表れている。
「争いごとは止めてね。後始末するのは私なんだから」
財と戦い。
この二人の相性は良い方向でも悪い方向でも重なってしまう。
その結果、生み出される惨状を見てきた一柱の神によってブレーキがかかる。
「西の、まぁ、ここで言い争っても結果には影響を及ぼすことはなく、銅貨一枚の価値にもならないか」
「えー、僕は少しじれったいから暴れたいなぁ。ねぇ東の、喧嘩売るから買わない?」
「でしたら私たち三柱で買いましょうか?」
銀色ともとれる白髪の女神。
胸元は少々乏しいが、すらりと伸びた足からわかるように均整のとれた美しいプロポーションを惜しげもなく見せつけるようなドレスを着こんでいる。
微笑みかけるような言葉で、アカムに向けて圧をかけるのが美しいだけではないというのを示している。
彼の神は、調停を司る女神。
規律を重んじ、この世界で人が生きるためのルールを作り、そして時に邪悪に堕ちる存在を裁いてきた神。
人はこの女神を決闘の女神、メーテルと呼んでいる。
「えー、西のが入ってくるなら嫌だなー」
「でしたら我慢してください」
この女神、理知的な見た目に反してアカム並みに戦闘を好む。
スキルが広がり、モンスターがはびこるこの世界では力こそ正義と言われる場面が多い。
ゆえに、秩序をもたらすために法を整備する知識も持っているが、武力も兼ね備える文武両道の女神ともいえる。
神同士の争いには発展することなく、ひとまずは収束。
そんな折に、ペラリと紙が捲れる音が響く。
「南の、あなたはもう少し私たちとコミュニケーションを取ってください」
「話は聞こえている。そして会話もできている。意識の幾分かはそちらに向けさらに盤面にも割いている。これ以上は非効率だ」
そして残った最後の神は、顔が見えないほど深く黒いローブをかぶった女神。
ローブからこぼれる濡羽色の髪に、手元の本が見えにくくなるほどの豊かな双子の山。
やぼったいローブをかぶっているゆえにだいぶ損していると言われるような容姿。
彼の神は知識を司る女神。
人が得たものを、モンスターが得たものを、世界のありとあらゆる得たものの知識を収集し管理するこの世界の知恵の図書。
人は彼の女神を知恵の女神、ケフェリと呼ぶ。
「ふーん、君のところだいぶ秘匿しているみたいだね。僕たちが認識できないようにわざわざペナルティまで背負って、どういう魂胆なんだい?」
「……」
彼女はこの神の中でも特別異質というわけではない。
しかし、今回、神によって世界に波が発生した。
その波を発生させたのは他ならないこの四柱。
アカムがケフェリの起こした波に関して聞く。
ゴルドスもメーテルも、秘密主義のケフェリの起こした内容を知らない。
ゆえに、さっきまで話の外にいたケフェリを中心に話が広がろうとしている。
「知とは武器だ」
ページをめくっていた指を止め、そこでケフェリの視線は神々の方を向く。
ローブの奥から見える輝く青い目。
淡々とした口調は、秘匿する気もなく、語れる分野には答えるという意志を見せる。
「しかし、知られたことに対して恐怖は植え付けられない」
まずはアカムの目を見る。
「北が与えたスキルを持つ英雄、確かに強力無比。すさまじいの一言だ。だが、私の〝英雄〟は知っているぞ」
思わずアカムの背筋に寒気が走る。
戦いを好むゆえに、一瞬武者震いかとアカムは思ったが、そういう類の感覚ではない。
ケフェリが次に見たのはゴルドス。
「東が与えたダンジョン、ああ、確かにあれは国を豊かにし、そして人を育てる土壌になる。しかし、過ぎたるはなお及ばざるが如し。豊富な資源は人を腐らせるぞ?お前は少し人選に手を抜いたな。その隙があれば十分だ。宝の活用方法を私の英雄は知っている」
何を知っているとゴルドスは問いただしたい。
しかし、それよりも先にスッとケフェリは視線を最後のメーテルに向けてしまい、タイミングを逃してしまった。
「西の、目下一番警戒しないといけないのはお前のところの英雄だ」
「それは嬉しい限りですね」
「相性が悪い。いい人選をしたと言っておこう。しかし、与えた物が幸いした」
そして北、東は問題ないと言い放った強気の言葉から一転、若干目じりを下げて困り顔をケフェリはメーテルに向けた。
ケフェリの英雄とメーテルの英雄、私見混じりになったが、ケフェリは自分の英雄が負ける可能性が一番高いのは彼女の英雄だと踏んでいる。
「付け入る隙は十分にある」
「そうですか、ですが負ける気は毛頭ありませんよ」
それでも勝ち筋は残っていると宣言する。
「ねぇねぇ、さっきから僕たちのばかり評価してるけどさ、いい加減少しくらいそっちの英雄の話をしてくれてもいいじゃないか。女神同士で仲がいいのは結構だけど」
ライバル同士の掛け合い。
そう見ることもできるが、本質的に見ればメーテルとケフェリの相性も悪い。
片や裁くもの、片や裁かれるもの。
秩序を保つことを是とするメーテルと秩序を無視してでも知識を深めることを是とするケフェリ。
アカムが言うほど仲がいいというわけではない。
いがみ合っているとまではいわないのが不幸中の幸いと言える。
「私がやったのは、ごく単純な話だ。箱庭を用意し遊ばせた。それだけさ」
「それだけ?」
「ああ、それだけさ」
この場の四柱は、世界を維持するために必要な存在。
ゆえに争うことは原則的にしない。
しかし、今のライバル関係はその秩序を崩してまでもしないといけないことだ。
「ふーん、主神の座を狙うにしては弱くない?」
この場にいる四柱は未来の主神候補なのだから。
アカムは散々自身の英雄をバカにしてきたのだから、ケフェリはどういうことをしたのかと聞き出せば遊戯を与えたと返ってきた。
呆れて物も言えないと言わんばかりに肩をすくめる少年の姿に、ケフェリはローブの奥で笑う。
「そう思うのなら、そう思い続けてくれ。そちらの方が私としても都合がいい。と言っても我々の賽はすでに振られた。後だしができるのは、この場に来ることが出来るようになった後輩たちだけだろうさ」
「ふーん、ほかの神が来ると思っているんだ?」
「さてね、心当たりはこの場にいる全員が持っているだろう?」
「さてどうでしょう?心当たりがあります?東の」
「さて?どうでしたかな」
主神の席が空席。
この場にいる全員が、その席を狙っている。
そして狙っている神はほかにもいる。
「とぼけるのもいいが、足をすくわれないようにせいぜい気を付けるのだな」
その忠告を最後に、ケフェリは再び手元の本に視線を落とし始める。
「えー、これだけかき回しておいてあとは放置ってそりゃないよ」
「北の態度が鬱陶しいからでは?南のは十分対応してましたな」
「え、僕に喧嘩売ってる?売っちゃってる?大安売りしてる?買うよ、その喧嘩」
「後にしてください、南が残した言葉を解読する方が先決でしょう、箱庭、そうおっしゃっていましたが……いったいどういうことでしょう?」
「ぶー、いいけどさぁ。それも気になるけど、僕的には南の英雄がどこにいるかっていう方が問題があると思うよ?」
「吾輩もそれに関しては北のに同意します。このままいけば目立っている吾輩の英雄と北と西の三名で競い合う、いや、人間の風潮からすれば争うでしょうな。となれば、互いに邪魔しあう流れになるやも」
これ以上語る気はないと沈黙を選んだケフェリの言葉を読み解くために知恵を寄せ合う。
盤面を囲い、それぞれの陣営に目を配りつつ南の英雄を探すが、それらしい活躍をしている人物はいない。
「神託の権限は各々三回まで、ここぞという時の切り札として使う物ですが、南の英雄だけのために使うのも躊躇われますが」
神の視点で、盤面に目をやればその世界その国その街にいる人一人を把握することもできる。
だが、それが英雄であるか判断する情報は得られない。
「僕たちが唯一、世界に干渉できる例外だよね。対象者は限られた信者で、できる時間はわずか数分、一度使用したら次の使用まで最低一年は待つ、そして今回の勝負では三回限り」
「普通に考えれば、使うことは躊躇いますな」
人間界の動向を読み取って誰が英雄か判断するほかない。
そしてわかったとしても、それを伝えるのに例外と言われる貴重な神託を使えるかと言えば、使えないと神々は考えている。
「となると、今できるのは行方知らずの南の英雄を見つけて情報収集、危なかったら僕たちの英雄に忠告するくらいかな?」
「そうですね、するかしないかは各々の判断になるでしょうが」
「自力で発見してくれる可能性もありますからな」
ペラリ、ペラリと紙がめくられる音が聞こえるということはこの神々の会話も当然聞こえている。
ケフェリに対しての疑似的な同盟のような対応策が築かれているというのに態度を崩さない。
「それにしても、南の、あなたさっきから何を読んでいるのですか?」
「そもそも知識オタクの南がこの世界で読んだことのない書物ってあったっけ?」
「はて?吾輩は皆目見当がつきませんな」
それよりも夢中になるほど熟読している本。
あからさまに警戒していると話し合っても乗ってこないことに、少し気になった東西北の神々が再びケフェリの方に視線を向けると。
「ぷっ」
「え」
「南が笑った?」
「あ、明日は天変地異が起きるやも」
そのタイミングでケフェリが噴き出し、笑った。
狂ったように笑うことがあっても、こうも軽やかかつ自然に笑う姿を見たことはない。
西のメーテルは愕然とし。
北のアカムは自身の目を疑い。
東のゴルドスは思わず盤面を見て世界が安定していることを確認した。
知識の神を笑わせる書物。
それはいったいどんな書物なのか。
ケフェリの手元においてあるからそれぞれの神には見えないが、もしリベルタがそれを見る機会があったら、とある警察官の長寿漫画があることに驚き、レンタルさせてくれと頼み込んだかもしれない。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
今回の話で第一章は終了でございます。
次話より、新章突入でございますのでよろしければ引き続きお楽しみください!!




