3 この世界の強さの根底
「毎度どうも!」
商店街に来て真っ先に入ったのは服屋だ。
といっても、ゲームみたいに一覧が出てきて新品を買っているように見せるような商売の仕方ではない。
どちらかといえばリサイクルショップのように、古着がハンガーでずらりと並んでいる方が近い。
店に入った俺を孤児だと思った店員のおばさんは一瞬顔をしかめたが、大銅貨を三枚ほど見せてこれで古着をくれといったら、そこそこ見栄えのいい服を見繕ってくれた。
見栄えは重要だ。
浮浪者のような恰好ではどこに行っても働かせてくれないからな。
この肉体で戦いに行くなんて無謀通り越して自殺と変わりない。
いくら知識があっても、さすがに身体能力までどうにもできない。
今の弱弱しい体じゃ戦いにすらならない。
特に〝最初の戦い〟は今後の人生に影響が出るほどに重要な戦いだから事前準備はしっかりとしないと。
見た感じ、年齢は一桁っぽい。
だったら戦う日まで時間は十分にある。
それならアレを取得する時間は十分にある。
アレを取得するためには、装備を整えないとな。
商店街は本当に一通りの物がそろっているから、移動も楽。
さっきの服屋で買ったのは、作業着みたいな見栄えがそこそこよくて頑丈な服を上下セットで一着に財布になりそうな革袋。
合計で大銅貨四枚。
これで残金は銀貨一枚、百ゼニということになる。
計算上、これだけあれば宿と装備は確保できるはず。
むしろここで買えなかったら、別に収入を得る必要がある。
余裕を見て百ゼニ用意しているんだけど、物価に関してはさすがにゲームの情報通りとは限らないからな。
「ここかな」
そして目的地を見つけた。
入るのは、剣と盾を描いている武器屋ではなく、その隣のブレスレットっぽいものを描いているアクセサリーショップ。
転生したら冒険者になるのが王道で、そのための武器を買うのがよくあるパターンだけど、FBOだとそのパターンから逸れないと強くなれないんだよな。
武器は二の次、最初にそろえるのはアクセサリーだ。
「いらっしゃい、おや、かわいらしいお客さんだ。ご両親へのプレゼントかな?」
さっきの浮浪者スタイルから一転、少しやせているけど、子供の作業着にバンダナスタイルというどこかの家の子供がアクセサリーを買いに来たという姿に見えたようだ。
不審者として判断されないだけで僥倖。
さてさて、目的の物はあるかな。
「いえ、欲しいものがあって」
「欲しいものかい?ああ、君、冒険者になりたい口かな?でも残念、冒険者が使うようなアクセサリーは結構いい値段でね。君のお小遣いじゃ買えないよ」
ショーケースなんてものは一切なくて、この店はカウンターの向こうに全部商品を収納しているようで、店主に話しかけると商品を出してくれるようだ。
「修練者の腕輪と弱者の証が欲しいです」
だから、俺は欲しいものを口にしたのだけど、店主を目を丸くして瞬きをした。
「ずいぶんと変わった物を欲しがるんだね」
「ないんですか?」
その反応からして、もしかしてここにはないのか?
確かに、FBOが発売された当初は見向きもされない装備だから在庫がないのかもしれない。
「いや、どちらもよくダンジョンから発掘されるからいやっていうほど在庫があるよ。正直、買い取ることも拒否したいんだけど、一応ダンジョン産のアイテムだからね。こんなもの何に使うんだい?」
だけど、それは杞憂だった。
店主のおじさんはよいしょとカウンター内でかがんでみせると、下から箱を出して、どっさりと俺が欲しがっていたものを出してくれた。
灰色のごつい腕輪と弱と漢字一文字で作られたブローチのような物。
見た目はゲームと同じだ。
「えっと、修練者の腕輪の効果は装備したら二十四時間外せなくなって基礎レベルが上がらなくなる。代わりにスキル経験値が百パーセント増量する。弱者の証は、装備したら二十四時間外せなくなるのと基礎レベルも一ずつしか上がらなくなって、レベルが一下がる。代わりに弱者の証は絶対に壊れない。これでいいんですよね?」
「うん、君詳しいね。間違いないよ。ああ、もしこれを誰かに悪意を持って付けたら犯罪で捕まるからね。そういうつもりだったら売れないよ?」
「大丈夫です。使うのは自分にですから」
「それはそれで心配なんだけど、大丈夫?だれかにいじめで買ってこいと言われてない?」
効果も俺の知っている効果で間違いない。
だったらあの手段が使えるようになる。
修練の腕輪はともかく、弱者の証というデメリットの塊のような代物を子供が欲しがっている。
いたずらで使うと思わることもいじめられているとも思われていることも心外だが、それはこの店主がいい人だから忠告してくれているのだろう。
俺の見た目、ひょろがりの子供だしな。
心配されても仕方ない。
「大丈夫です。俺にはこれが必要なんです」
「そう?こっちも商売だからこれが売れる分にはうれしいけどね。もしいらなかったら言ってね。そのまま返金とはいかないけど、装備する前なら半値で買い取るから。ちなみにそれつけちゃったらすぐには外せないからね。本当に気を付けてね」
子供相手に心配してくれるのはうれしい限りだ。
「ありがとうございます。それで、あの、その二つの値段なんですけど」
その親切心には感謝しかないけど、本題はそのアイテム二つの値段だ。
ここまで来て値段が高くて買えないとなったら根本的にダメだ。
「ああ、これが欲しいんだってね。うーん。正直誰も買いに来ないから邪魔だし、腕輪の方は三ゼニ、証の方は一ゼニでいいよ」
「安い!?」
「邪魔だからね、買い取り分の価格が回収できれば十分なんだよ」
だけど予想に反して、両方とも安かった。
いや、安すぎるといっていい。
ゲームだと、修練者の腕輪は五十ゼニ、弱者の証は五ゼニだった。
それがなんと破格な値段で売っている。
数を揃える必要がある身としてはとてつもなく助かる。
「それで、腕輪と証、一個ずつでいいかな?」
「いえ、腕輪は二個、証は二十個ください!!」
「二十個!?」
もしかして、この世界だとこの二つのアイテムの価値はわかってないのか?
FBOが始まった最初の頃も腕輪はともかく、証は見向きもされなかったからな。
俺が大量買いするから、本当に大丈夫?と聞かれるけど、俺は大丈夫だと頷いてなけなしの銀貨を差し出す。
これで俺の所持金は七十四ゼニ。
「あと、これを入れる籠もください」
「うん、そうだよね。竹籠が四ゼニだよ」
「お願いします」
ここまで余裕ができるとは思わなかった。
これならもう一段階先にも進めるか?
いや、これ以上無駄なことはしない方がいい。
びっくりしている店主さんに入れ物をお願いして、籠の中にジャラジャラと入っている弱者の証と腕輪を受け取る。
お釣りの七十ゼニ、大銅貨七枚を受け取って財布の皮袋に入れる。
「すみません、あと子供でも泊まれる安全そうな宿ってどこにあります?」
「……君、親は?」
「いません」
食費と宿代を考えれば、これでももって二日が限界か。
それまでにある程度の安定した稼ぎを出さないと。
「ちょっと待ってて」
「?はい」
頭の中で、これからのムーブを考えていると、店主さんが待てと言ってきた。
はて、この店でのイベントって何かあったか?
お使いイベントはあったかもしれないけど、それを受けるにはいくつかイベントを達成しないといけないはず。
「おーい!!テレサちょっと来てくれ」
「はいよ、どうしたんだいあんた」
俺の知らないクエストがあったか?
やりこみ度合いなら、廃人勢にも引けを取らない自信がある。
その俺が、この序盤で起きるようなクエストを見落としかと不安になっていると、店の奥から頭巾をかぶった赤茶髪の女性が出てきた。
「ちょっと裏手に行くから、少しの間店番頼めるか?」
「いいけど、なんでまた?」
「なに、ちょっとした親切心さ」
目配せで俺を見てから、店主はにっこりと笑って俺を手招きした。
それについて行っていいのか?
ゲームなら何かのイベントと判断してついて行くのもありだけど、これは現実だ。
「取って食いやしないさ」
いきなり店の裏手に連れて行かれそうになって怪しんでいるのが顔に出たか。
苦笑した女性に背を押されて、店主の後を歩くことにする。
そのまま店の裏に出て連れてこられたのは。
「行商時代にここで馬を飼っていたんだがな、老馬が逝ってしまってね。もう誰も使ってないんだよ」
店の裏にある馬小屋だった。
「君の姿から察するに、何か訳ありなんだよね?それにあまりお金を持っているわけでもなさそうだ」
使い込まれてはいるが、今にも倒壊しそうという雰囲気はない。
馬がいないからそこまで獣臭くもない。
「それに子供一人で宿に泊まれないよ。良かったらここをしばらく使えばいい」
壁もあれば、屋根もある。
ちょっと手狭だけど、脇には井戸も完備している。
現代を生き抜いてきた俺からしたら、野宿よりもマシといったレベルだが、浮浪者の子供からしたら天国のような環境なのだろうな。
日本人としての常識と、この世界での常識のギャップに困惑してしまう。
「なんでここまで親切にするかって顔だね」
それを勘違いした店主さんが、ぽんと俺の頭に手を撫でてくる。
スカーフ越しで、髪の毛がないから何とも言えない感触を味わいつつ、そこには確かに人の優しさがあった。
「なに、僕も善意で貸すわけじゃないさ。商人として君と仲良くなった方がいいって勘がささやくのさ」
そしてその言葉は、子供の姿の俺に心配をかけないように気遣っているのがわかった。
自分はすごい商人で、俺に将来性がある。
そう言っているのだ。
「……ありがとうございます。この恩は絶対に返します」
まるでチュートリアルを進めるように、お金が手に入り、装備が揃い、そして拠点ができた。
これが偶然か、はたまた運命みたいに定められたモノなのか?
考えても答えは出ない。
わかるのはこの現状に甘え切るわけにはいかないという事実だけ。
「うんうん、楽しみに待ってるよ。さてと、そうと決まれば毛布とか用意しないと!」
何が本当に楽しいのか、ルンルン気分を出す店主のスキップ姿を追いかけながら、頭の中で考えていたスケジュールを修正する。
この人のいい店主の善意には感謝の言葉だけじゃ足りない。
好きな作品の世界とはいえ、いきなり見知らぬ体に転生させられた状態。
さらには人脈ゼロの状態でスタートだ。
そこに大きな一歩となる、助けの手を差し伸べてくれたんだ。
俺にとってそれは大きな恩だ。
そこを返しながら、この世界で生きていかないとな。
「ん?」
そう決意を固めたのはいいんだけど、店主が店の裏口に戻る先に小さな子供がいた。
扉の影に隠れて、ジッとこっちをいや俺を見る店主の奥さんと同じ髪色の女の子。
店主と違うのは。
「獣人?」
その女の子の頭には三角耳が二つ。
犬か、狐か、そっち系の獣人なんだろうな。
となると奥さんが獣人だったのか?
髪の毛の色も一緒だし、あの時は頭巾をしていたから頭の耳が見えなかったし、スカートで尻尾も見えなかったし。
FBOではいろいろな種族がいたから、ここにいてもおかしくはない。
「おや、どうしたんだいネル」
「お父さん、その子、誰?」
年頃はたぶん俺と同じくらい。
「ああ、この子は……そういえば坊やの名前をきいていなかったね」
その女の子、店主の娘さんなんだろう。
じっと俺を見つめる視線は、いないはずの子供がいることに対する疑念と興味の好奇心の半々って言ったところか?
冷静に考えて、名前も知らない子供を裏の馬小屋に泊めようと考えたよな。
「俺は」
だけど、名前を聞かれたのなら自己紹介をしようと思って、ふと気づく。
俺はどの名を名乗ればいいのか?
日本人として生きてきた前世の名前を言えばいいのかとも考えたが、この体は既に別の人間の体。
それを名乗るのは何か違うと思った。
なら。
「リベルタ」
名乗るなら、この名前しかない。
俺がFBOで使い続けたこの名前。
「リベルタ、うん。良い名前だね」
「リベルタ?」
「ああ、よろしく」
俺が、この世界で生きるための強さの始まり。
まずはここから一歩、始めよう。
読んでいただきありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。