4 貴族
仕方ないと割り切っているといえ、やっぱり貴族関連のクエストはストレスが多い。
笑顔を張り付けた言質の取り合い。
この夜会でもそれは変わらず、公爵閣下は配下とあいさつを交わしながら情報収集に勤しんでいる。
その姿は貴族としてごく当たり前の行動であり、FBOの時の支配することを前提とした立ち振る舞いと比べれば十分に温和と言える。
「本当変わったよなぁ」
「何が変わったのですの?」
冷血漢とプレイヤーから評価されていた公爵閣下が、人との関係を大事にしている光景は俺からしたら変化としか言いようがない。
壁の花と化しているエスメラルダ嬢とイリス嬢の男避けとして活動してる際に、グラスを片手にそんなことを言ってしまえば隣にいるエスメラルダ嬢に反応されるのは当然。
「いや、少し前まではダンジョンでモンスターを倒していたのに、こんな場所にいる自分が変わったなぁと思っただけですよ」
原作ストーリーのことはネルやアミナにも話したことのない、俺の前世に関わる情報だ。
流石にそのまま話すわけにはいかないので、誤魔化すことにした。
「そうなのですか?リベルタは、ダンスやマナーをすぐに身に着けておりましたからてっきり」
「イリス、人の過去を詮索してはいけませんわ」
その訂正によって、イリス嬢からずっと思われていた疑問が再燃した。
それは俺の生まれ、所謂、出生ということだ。
そこに関しては俺もわからないんだ。
前世と言うのなら、FBOにドはまりしていた元日本の社会人という記憶を持っているから転生者だと言えるが、この肉体の出生に関しては本当にわからない。
俺がこの世界で目覚めたときの状況から考えれば、おそらく何らかの事情で捨てられた孤児なのだ。
この王都に孤児はたくさんいる。そしてそうした孤児を収容する孤児院もあるが全員をカバーできるわけではない。
なので俺がこの世界で得られた身体は、ストリートチルドレンみたいな人物のものであってもおかしくはない。
そしてそんな孤児の出生を把握できるほど、この世界の戸籍関連の情報はまとまっていない。
日本であれば血液検査やら、探偵やら、SNSやらといろいろな方法で調べることができるだろうけど、この世界でそれを望むわけにも行かないし。
「大丈夫なんでお気になさらず。だいたい、今さら親だと名乗る存在が出てきても俺自身困るだけですし」
そもそも、調べる気はない。
この肉体に転生したときの状況を見れば、この肉体の持ち主が極限まで追い詰められていたことは明白。
やせ細った体、ボロボロの衣服、無造作に伸びた髪。
保護者がいないのはわかるし、仲間もいなかった。
天涯孤独の身だったのだろう。
その過去を掘り返すことは、俺を転生させた女神ケフェリでもなければ、この世界の知識を持っている俺ですら不可能だ。
せめてこの体が既存キャラの内の誰かであればまだ手がかりがあったのだが、そうじゃない全くの未知の人物故に俺でもお手上げだ。
第一、ダンスも、社交界のマナーも、こうやって壁際に立つ立ち振る舞いも、前世に自力で身につけた物だ。
イリス嬢が想像しているような元貴族の令息でマナーやダンスを覚えていたのなら説明がつくという想像もあり得ない話ではないが、実際は経験値があってのことだ。
申し訳なさそうにしているイリス嬢に、笑顔で大丈夫だと話していると、近づいてくる人物がいる。
公爵閣下かとちらっと見るが、違う。
若手の貴族。
この人物に見覚えがあるかと言えば、ネームドではない。
されど、事前に渡されていた資料で覚えている公爵閣下の派閥の伯爵家の次男だ。
「エスメラルダ様、どうかこの後のダンスで最初の一曲を踊る名誉をお与えください」
まるで俺がいないかのような態度。
実際同じ派閥であっても俺の存在はそこまで周知されているわけではない。
俺の情報を封鎖してきた弊害と言わざるを得ないが、敵対していないギリギリのラインを突いてくるな。
「考えておきますわ」
そしてそれはエスメラルダ嬢にも言えること。手を差し出している彼の手を取れば受け入れたということで、この後にあるダンスでは最初に彼と踊ることになる。
伯爵家という立場も考えれば、地位も十分、年齢も離れていない。
そんな彼に向かって、扇で口元を隠し目元だけ笑顔を見せて返事を返す。
清楚な見た目であっても、態度は公爵家の悪役令嬢のような自然な断り文句。
ピクリと伯爵家の次男坊の顔が引きつり、されど笑顔を崩さず。
「では、お待ちしております」
華麗に一礼して、その場を立ち去った。
これがさっきから繰り返される光景だ。
地位の有る家の男が、代わる代わるエスメラルダ嬢やイリス嬢にダンスの誘いをかけ、全員が悉く断られる。
中には他の派閥の若手もエスメラルダ嬢たちを誘おうとするが、それは同派閥の貴族がさりげなく妨害している。
立ち去る彼を見て、さらにヘイトの視線が俺に向かっているなと思っているが、俺の表情は涼しいもの。
なにせ、ここにいる貴族どころか、兵士を総動員しても俺には勝てない。
そんな物理的に強者ゆえに、その嫉妬の視線に怯える必要がないとわかっているのだ。
「来ませんわね」
「どうにも、ちゃんと首輪がついているようで」
そしてそんな貴族たちの相手をしている間、俺たちの狙う本命の相手は少しむしゃくしゃしている顔で料理を頬張りつつ、左右に美女を侍らせて時折こっちに視線を向けているが一向に近付いて来る様子がない。
全力で用意した美容アイテムをふんだんに使ったエスメラルダ嬢とイリス嬢はどんな男でも振り返るほどの美貌を手にしている。
その美貌の変化に、他の貴族令嬢たちが話しかけるタイミングを伺っているのがわかる。
しかし、俺たちが釣れるのを待っているのはジャカランという大物である。
予想ではこの会場に入り、そしてこうやって壁際にいればすぐに話しかけてくると思っていた。
「ボルドリンデ公爵が側を離れませんわね」
「・・・・・おそらく、先日の失態の件をネタに首輪を嵌められましたね」
だが、現実は飢えた犬が欲しい餌を前にして待てをかけられストレスを溜めこんでいるような光景が出来上がっている。
その理由に関しては、俺が暴れた地下闘技場で何かが起きて、あのジャカランの動きを縛る要因を作ったと予想できる。
「でしたら、こっちに来たくなるように仕向けますわ。幸い、ちょうど陛下もいらっしゃるようなので」
あくまで、ジャカランからの致命的な情報が出るか出ないかは、運が絡むと思っていたので、この場で何もないのならそれでもいい。
しかし、ここまで来て何もしないというのももったいないということでこちらから仕掛ける。
「国王陛下御入場!!」
この夜会の開催者であり、この国のトップが入ってくる。
一斉に左胸に手を添え頭を軽く下げるという敬礼の姿勢を取り、国王陛下を出迎える。
この中に何人、王として認めている存在がいるか、中にはポーズだけして心の中では見下しているという人物も大勢いるだろう。
表向きは従い、そして内心では舌を出し馬鹿にする。
そんな気持ちを持っている貴族を知っている身としては、砂上の楼閣の王というプレイヤーたちの蔑称も同意できる。
癖のある公爵たちをまとめるには器が足りないというか、カリスマ性がないというか。
イマイチ頼りにならないというのが俺の南の王への印象だ。
「うむ、皆の者、面を上げよ」
そして威厳はあるが、それ以上の物は感じない国王陛下の言葉で一斉に顔を上げる。
「この場に皆が集ってくれたことを心より感謝する」
そこからの挨拶は無難の一言、王家の歴史の語りから始まりそこから現在の栄光の語りが入り。
「今宵は存分に楽しんでくれ!!」
これで締めと、挨拶を終えれば、そこから楽団が演奏を始め、その曲に合わせ幾人かが中央に踊りに出る。
「エスメラルダ様」
なのであらかじめ決めていた通り、俺はエスメラルダ嬢の前に出てすっと手を差し出し。
「どうか私にあなたと最初に踊る名誉をお与えください」
「ええ、喜んで」
先ほどの次男坊と同じセリフを言えば、エスメラルダ嬢は先ほどとは別のセリフで、扇で口元を隠すことなく満面の笑顔で俺の差し出した手を取ってくれる。
周りからはどよめきが走るが、それを無視してダンスをするために空いた舞踏会場の中央に出る。
周囲の視線を集め、曲に合わせステップを踏み出す。
リードをするのは俺だ。
流れるようにステップを踏み、エスメラルダ嬢を誘い、奏でられている音楽と一体化する。
うん、やってて良かったVR社交ダンス教室。
イリス嬢から貴族の子息だったと疑われた原因の一つがこれだよなぁ。
このスキルを作ったのは若気の至りとでも言うべき、それでもある意味で青春と言える、過去の俺の人生の一ページが関係してくる。
なにせ一時だけど俺マジでゲーマーを止めようとした時期があったんだよ。
社会人になれば、色々と人付き合いとかあって、まぁなんだ、恋もする。
気品があって、仕事もできて、気配りもできて美人ときた。
前世でも三本指どころか、この先一生こんな人とは出会えないと思うほど素敵で、会社で俺といい感じになっていた一個年上の女性の先輩がいたんだ。
その人の趣味が社交ダンスと言うことで俺もやろうとしたんだけど、いきなりやって下手糞だと思われるのが嫌でゲームで猛烈に練習してた。
その時は他のゲームそっちのけで、社交ダンスとかテーブルマナー系統のVR教室を猛練習していて、このままいけばゲーマー引退かと思ってた。
だけどな、冷静に考えて高級な店での食事マナーとか、社交ダンスとかそこら辺を気にする女性に恋人がいないわけでもなく、いなかったとしてもできないわけがなく。
俺がいざ勝負!!と気合を入れた矢先に他企業の次期社長とゴールインして寿退社したんです。
準備に時間をかけすぎて、ダメだったパターンだ。
うん、兵は神速を貴ぶとは言うけど、あの後悔のおかげでこうやってマナー関連とダンス関連はこっちの貴族たちから教えることもないって言われるほどに熟達しているのだから悪いことではないけど、その時はショックがでかすぎて仕事を頑張って金を稼いでその金で遅れた分の時間を取り戻すようにFBOに課金しまくって廃ゲーマーに逆戻りしたよ。
あの恋以降は恋愛はもういいやと思って、この世界に来るまで俺の人生はゲームだけで終わったなぁ。
「リベルタ、今は私を見てくださいまし」
「申し訳ありません」
過去の回想をしていたら、少し意識を逸らしてしまったようで、俺になにかを感じたエスメラルダ嬢が不満顔を見せてくる。
過去を思い出すよりも、今は彼女と真剣に向き合った方がいいかと気を取り直し、クラス8のステータスを駆使した最高のダンスを披露する。
ステップに寸分の狂いもなく、されど柔軟性を兼ね備え、心に余裕と優雅さを持ったダンスはさっきまで雑談に興じていた貴族たちの会話を止めて視線を独占する。
そしてそのダンスは事務的にこなすのではなく。
「「・・・・・」」
エスメラルダ嬢と気の合ったダンスを、これはこれで楽しんでやっている。
まぁ、人生で初めて人前で踊っているが、なんだか演奏側も熱が入っているようで、その熱にあおられて楽しんでいる俺たち二人がいるのもわかる。
そして踊ること、数分。
普通の曲にしては長いなぁと思ったが、終わったら終わったで、二人してなんだか物足りない気持ちにもなる。
しかし、終わるのならしっかりと締める。
そうすると拍手喝采が鳴り響いてくる。
国王陛下も拍手している。
それを面白くないと言わんばかりに見るジャカランがグラスを握りつぶしたのが見える。
素早く侍っていた女性が新しいグラスを用意している。
そのタイミングで、俺は公爵閣下に目線を送ると。
「どうです、ボルドリンデ公爵、そちらの英雄殿も一曲踊ってはいかがかな?」
この会場の盛り上がりの後に真打登場と国王陛下の前で進言するのであった。




