3 夜会
新たな性癖を開発しかけたことは、とりあえず放置。
それからは安全の確保のために、転移のペンデュラムを複数回使用しシャリアたちを一旦王都のはずれ、モチの居る丘まで連れ帰り、そこから公爵閣下に連絡を取って彼らを引き取ってもらった。
事情と今後の方針については打ち合わせ済み。
反抗勢力を敵対貴族が支援することなど、この世界の貴族では裏の常識と言っても過言ではないようで、事情を説明したらあっさりと了承してくれた。
さらに俺が妨害役としてレジスタンス組織を育てると言うと、公爵閣下は彼らのセーフハウスと仮の名前を用意してくれた。
暗部の監視はつくが、今後の展開では彼らは切り札になる。
その点で公爵閣下にとっても利益になると判断したのだろう。
組織名をどうするかと聞かれた際に、彼らに希望を聞いて『解放軍』と言われ深い意味はないよな?と勘ぐったのはここだけの話。
そんな組織の方針を決めている間に、時間はあっという間に過ぎ。
「お似合いです。リベルタ様」
「そうか?若干身長が足りないような気がするんだけど、シークレットブーツとか履いた方がいい気が」
「いいえ、今のお姿で十分かと」
忙しい最中に夜会の準備をするとなると、なにかとサポートしてくれる人がいる。
イングリットが貴族令嬢であったこともあるが、特にグリュレ家はサポートすることに特化した家柄というのもある。
夜会の段取り、覚えるべき貴族の家、夜会でのマナーなど一通り教えてくれた。
そんなイングリットの教育のもとに、俺は馬子にも衣裳というわけではないが、着慣れた装備から一転、エーデルガルド公爵閣下が用意してくれた夜会の衣装に着替えている。
高位貴族が着るような派手な衣装ではなく、地味目な色合いの必要最低限の礼儀をわきまえたシンプルな衣装。
すなわち、その夜会の出席者で最下級であることを示す衣装だ。
イリス嬢やエスメラルダ嬢の相手をするのであれば、もっと着飾った方がいいのだが、生憎と俺は王にも謁見した英雄候補とは言えまだ無名の平民。
戦闘力という点では他の追随を許さないだろうが、貴族的地位という点においては、たとえエーデルガルド公爵家の後ろ楯があるとしても、下から数えた方が早い。
姿見の前に立ち、そしてセットされた髪を軽く触り、準備万端と言うタイミングでノックが響く。
「どうぞ」
俺が返事をすると、扉が開かれて入ってきたのは公爵閣下だ。
普段の執務で使う簡易的な貴族服ではなく、今日は飾り糸や装飾がふんだんに使われた正式な貴族の夜会服に身を包んだ閣下がロータスさんを連れて堂々と近づいてくる。
なんというか着慣れているとしか言いようがない。
「似合っているではないか」
「そうですかね?」
そんな閣下から似合っていると言われてもお世辞にしか聞こえない。
ただ、貴族というのはこのお世辞こそ日常会話だ。
本音を隠し、綺麗な言葉の隙間に針を潜ませ、チクリチクリと刺し合う。
そんな光景をFBO時代に何度も見てきた身としては、悪意のない本音だと分かっていても少し疑ってしまう。
「ああ、少なくとも自分の権力が親の物であるというのを理解していない小童どもと比べれば、百、いや万倍はマシだ」
「比べられる側としては、何とも言えない気持ちになりますね」
そんな感情が見えたのか、少しいたずらを思いついたと言わんばかりに笑った公爵閣下の言葉に苦笑するしかない。
貴族の子息というのは、男女問わず平民に対してはあまりよろしくない振る舞いが多い。
エスメラルダ嬢やイリス嬢が例外で少数派だ。
エーデルガルド公爵の派閥は比較的まともではあるが、それでも平民を見下す傾向は強い。
露骨に見下さないだけ、まだマシと言えるようなレベルだ。
そんな貴族の子息たちと比べられても肩をすくめるくらいの所作しか出ない。
「もう。お父様、リベルタにそんな意地悪をしないでくださいまし」
男同士だからか、そんな気軽なやり取りをしているが、公爵閣下の背後から現れたエスメラルダ嬢は父親を注意した。
夜会用の豪華な青いドレスを身に纏いながらも、露出を抑え、清楚さを前面に押し出した装いのエスメラルダ嬢に一瞬見惚れる。
父親を注意する姿は清楚とは言い難いが、それが人間味を感じさせる。
「む、意地悪をしたつもりはないぞ?」
そしてそんな娘からの注意を受け、ばつが悪そうな顔で言い訳を始める公爵閣下。
原作では考えられない表情に、ほっこりとしつつ。
「もう。お父様もお姉さまも、リベルタが困っているではありませんか」
微笑ましい言い合いを見守っていると、最後にイリス嬢が現れ呆れたような困り顔を披露した。
推しのイリス嬢のドレス姿はゲームでも見たことはあった。
FBOでは深紅のドレスを好んで着込み、挑戦的な意匠が多かった。
有体に言えば私こそ悪役令嬢と言わんばかりの格好だ。
しかし、今の彼女の格好はそれとは正反対。
姉と合わせることを意識した青い色合いのドレスを身に纏い、そして耳飾りはお揃いにしている。
原作では絶対に着なかった格好をしてくれているだけでガッツポーズを取りたくなる。
もうね、閣下が困った顔で娘二人から詰め寄られている光景を見れるだけで原作ファンからすれば感涙ものなんですよ。
「リベルタ様」
「はっ!?」
それに見とれて一瞬意識を飛ばしかけたが、イングリットのおかげで三人には気づかれず復帰することができた。
「閣下、そろそろ移動しなければなりません」
「む、時間か」
ただ一人、ロータスさんは気づいていたようだが、見なかったことにしてくれてそのまま馬車に移動するように促してきた。
夜会の会場は王城だ。
四公爵が集まる夜会となれば、その会場の場所は限られる。
その一つとして、そして一番使われることの多い会場が王城と言うわけだ。
屋敷から馬車で乗り入れるが、馬車は全部で二台用意されている。
一台は公爵閣下と公爵夫人の馬車、そしてもう一台は俺とエスメラルダ嬢にイリス嬢が乗る馬車と言うわけだ。
エスメラルダ嬢とイリス嬢の組み合わせでエスコート役が1人しかいないのはどうなのかと思うかもしれないが、同じ馬車にロータスさんも乗っているのでバランスはとれている。
「それで、ロータスさん。ボルドリンデ公爵は予定通り夜会に参加してますか?」
「ええ、馬車で会場に向かっていると報告は受けております」
「となると、あいつも?」
「はい」
その移動時間は誰にも聞かれない密室となる。
この夜会が始まる直前まで暗部たちによる情報収集は続いている。
参加者の情報そして行動に関しても監視下にあり、逐一その情報はロータスさんから公爵閣下の元に送られる。
当然向こう側もこっちの情報を集めているが、現状俺が暗部の能力向上を手助けしたエーデルガルド公爵の陣営の方が一枚上手のようで情報を抜き取られることが減ったようだ。
「・・・・・」
ロータスさんの元に届いた情報ではジャカランもいるとのこと。
スライム相手にどうやって勝利をもぎ取ったか、あるいはどうやって逃げたかというのはさすがにわからない。
しかし奴が参加しているということは、俺の目の前の二人がジャカランを惹き寄せるための囮になることが確定したということ。
ちらりと二人を見るが、エスメラルダ嬢もイリス嬢も背筋を伸ばし静かに座っていた。
貴族として毅然とした態度を崩さない。
エスメラルダ嬢のレベルなら今のジャカランなど鎧袖一触なのは間違いない。
そこに不安を感じないのはわかるが、イリス嬢はどうだろう?
「いかがいたしましたか?」
俺に時間が無くて、イリス嬢の育成の方はネルたちに任せ、指導してもらっていた。
聞いた話によれば順調にクラス3までレベリング中とのこと。
契約により、内容を漏らさないことは承知してもらっている。
鍛えれば鍛えるほど体が丈夫になっていくイリス嬢に公爵閣下もご満悦だからいいけど、勇者のジョブを獲得するクエストは少し特殊だから様子を見ているとは聞いていた。
強さ的にはまだジャカランと戦うには不安がある。
「率直に伺いますが、不安はありませんか?」
「ありません」
そんな彼女に遠まわしに聞くには時間が足りないので、率直に聞いてみたら彼女は笑顔で即答した。
「お父様も、お母様も、お姉さまもいらっしゃいます。ロータスもいます。そして何よりリベルタ、あなたがいます。そこに不安を感じることなどありません」
ジャカランという暴力装置は俺がいれば封殺できるが、それと暴力にさらされかねないという恐怖とは話は別なのだが、イリス嬢に関して言えば、妙なところで肝が据わっているのはFBOでも知っていた。
それを考慮すればこの冷静さも理解できるし、納得もできる。
そして、推しから信頼を向けられているのなら、より精進して今回の任務にあたるほかない。
「頼りにしています」
「お任せを」
「リベルタ、あなたがエスコートするのは私ですのよ?」
信頼には答えると、頭を下げると少し拗ねた顔でエスメラルダ嬢から話しかけられ、それを見たイリス嬢はくすくすと笑う。
「ええ、もちろんそちらの方も全力でやらせていただきます」
「ならいいですわ」
カーテンを閉めているので、外の光景は見えない。だがそう遠くない時間に城につくのはわかる。
貴族が大勢集まる夜会で、どんなことが起きるかはわからない。
少なくとも厄介ごとの予約が1つ入っているのは間違いない。
そこからは、少し雑談に興じて、夜会での注意事項を再確認していると馬車が停まる。
外から扉が開かれ、俺は早速下りてそっと手を差し出す。
その手を取ったエスメラルダ嬢が下り、そしてロータスさんが下りてイリス嬢の手を取った。
公爵家の登場というのは目立つものだ。
特に見目麗しい二人が登場すれば、なおのことだ。
そして姉のエスメラルダ嬢をエスコートしているのが若い男、それも見覚えのない男だとなると貴族たちの視線が一気に集まる。
あいつは誰だと、囁き合い。
奇異の目線で見てくるのならともかく、若い世代の貴族子息たちから殺意のこもった目を向けられるのは正直面倒。
視線をそらさず、堂々と歩き公爵閣下と合流して会場入りする。
「エーデルガルド公爵閣下、エーデルガルド公爵夫人ご入場!!」
公爵家ともなると登場するときにこんな掛け声をされるのかと、FBO時代の演出を思い出しつつ、俺たちも公爵閣下に続いて会場に入る。
王家が主催しているだけあって、その会場は豪華絢爛としか言いようがない。
数々の貴族がこの一つの会場に集い、そしてこの会場にいる貴族たちが一枚岩ではなく、複数の派閥に分かれ集まっているのが一目で分かった。
各公爵の派閥、そして王家。
大まかにわければこの五つの派閥になる。
その派閥のなかで関係がいいのはエーデルガルド公爵家と王家だ。
そしてつかず離れずの位置に残りの三公爵が位置取ると思われたが、北のボルドリンデ公爵と東のマーチアス公爵家の派閥貴族たちがすでに交流を始めていた。
イナゴ将軍の時から何かあるとは思っていたが、ここであからさまなアピールを始めてきた。
ホクシを脱出する際に見たあの馬車は見間違いではなく、正真正銘マーチアス公爵家の馬車であったか。
公爵閣下にはその情報を伝えてある。
おそらく、ボルドリンデ公爵の領内監査の情報を拾ってそれを阻止するためにマーチアス公爵を引き込んだのだと予測している。
包囲網を形成する予定の出鼻をくじかれたということになる。
さて、ここからどうやって崩していくか。エスメラルダ嬢をエスコートしつつ、参加している若い貴族たちの視線にさらされながら考えているとひときわ殺意を放つ視線を感じ取る。
「・・・・・」
その視線をゆっくりと目だけで辿れば、案の定ジャカランがいた。
けっこう殴っておいたというのに、夜会に参加しているとはタフなことで。左右に女性を侍らせたジャカランの視線に気づかないふりをして俺は静かに時が流れるのを待つのであった。




