29 EX 南の王の憂鬱1
南の大陸、そこは一つの国で統一している。
国の名はレンデル、人族が人口の八割を占める国家だ。
封建制度が敷かれ、頂点に王がおりその臣下として貴族たちがいる。
王は名君ではない。
しかし、無能でもない。
平和な世であれば、間違いなく賢君として称えられ、無難な治世を築き上げられるだけの才能は持っている。
「ふぅ」
そんな国の王は、玉座に座るのではなく政務を行う部屋で大きくため息を吐いているのであった。
「王よ、そのような情けない態度は見せないでいただきたい。臣下に見られたらことです。いくら大陸会議の後であろうとも常に王として見られていることを忘れないでください」
「そう言うな宰相。兵も下げた。今は私と貴公だけだ。少しくらい肩の力を抜いてもよかろう。それに貴公もあの場にいれば私の気持ちもわかるだろう」
「……お気持ちはわかりますとだけ」
普段は凛々しく、上位者としての態度を崩さない人ではある。
四十歳という若さでこの国のトップであり、小さなトラブルは抱え込むも、大きなトラブルは起こさないことには長けていた。
自分よりも年上の宰相に支えられながらも治世を乱さない。
王としての及第点より少し上程度の王。
それが王の腹心として仕える宰相の評価だ。
人の話は聞き、自分の誤りは反省し次に生かすという向上心を持つ。
欠点としてはいざという時の即決の決断力に欠け、変革に対して苦手意識を持ってしまうこと。
為政者として、欠点もあるが、努力家でもある。
そんな王なのでついさっきまで開かれていた大陸会議の内容を考えれば、机を挟み向かい合う宰相からすれば、無難にこなして現状を維持したと最低限の仕事はしたと心の中で思いつつ。
「先々代よりも歳上の他種族の王を相手にするのはやはり疲れる」
この王が相手にした存在を考えれば、この程度の愚痴はこぼしても宰相も仕方ないと同意してしまう。
「精霊王の翁、竜帝、九尾の女王を相手だと考えれば、仕方ありませんな」
王という責務よりも、今回の大陸会議の相手と会議を開く方が心労的には重い。
「そうだ、遥か昔から私たち人族は王が代々血を繋げて国を保ってきた。しかし相手は歴史を紡いできた長寿の族長。相手からすれば私など赤子のようなものだ。そんなお歴々からすればあの皮肉も気安いコミュニケーションの一種だろう」
人族の寿命は一番長い巨人族であっても平均百年はいかない。
ハイレベルなクラスになれば、もっと長生きしたという記録こそ存在するが、今の王のクラスは若いころから鍛えていた段階で止まり、微妙に老化が遅くなっている程度。
四十という齢で、二十代後半、あるいは三十代前半に見えるかだ。
「英雄が生まれた。それが、気安いコミュニケーションですか」
「コミュニケーションだろうな。後半は御三方の自慢合戦だった」
「休憩がてら我々の方に飛び火してきたこともコミュニケーションですか」
「コミュニケーションだろうな」
そんな王の相手は、齢が四桁に届くかもしれないという生き字引たち。
元々人間よりも長寿の種族たちが、体を鍛えレベルを上げ、長寿を手にし、王として君臨している。
齢四十程度の王では対等と見られないのも無理はない。
怪物と言われることも多い三人の王と凡人な王が特殊な魔道具を使い遠距離で行う会議。
主に世界の動向に影響するときか、年に一度の定例でしか行われない大陸会議。
今回は前者の理由で三カ国の発議で開催されレンデル王は巻き込まれた形だ。
英雄、それはこの世界にとってかなり重要な名称である。
「神の愛し子がこの世代にいきなり三人も現れたことは確かに大変目出度いことですな」
「我が国に現れていないことを除けばな」
この世界で一番大きな大陸、中央大陸。
そこにはかつてこの世界を滅ぼそうとした邪神が封印されている。
邪神はモンスターを生み出す悪の元凶。
モンスターの神と呼ばれた存在。
それを封印したのが英雄と呼ばれた神に愛された特別な存在。
「世界を邪神の魔の手から救い、この世に安寧をもたらす神から認められ愛された人。彼のものが生まれたときは激動の時代と言われますからな。逆を考えれば我が国は安寧を享受するだけだとも取れますな」
髪を綺麗にオールバックにした宰相は御年六十代後半。
しかし見た目は四十代と若々しく見え、快活に笑ってこの場を明るくしようとしてみせるが。
「笑えるとは余裕だな。ぜひとも私とこの席を代わろうではないか。この国の運命をその背中に背負ってみぬか?」
「英雄の子孫である王の代わりなど私にはとてもとても。王太子様にご期待なされては?」
その神に愛された子供がレンデル以外の三カ国に生まれたのが問題だ。
「息子は私に似てしまって小心者だ。どうにか宰相の孫娘に発破をかけてもらって自信をつけてもらえばあるいはというところか」
「よく見てらっしゃる」
英雄の話はすでにほかの大陸では大々的に広がっている。
その話は遅かれ早かれ南の大陸にも伝わってくる。
そんな最中、南の大陸だけ英雄が生まれていないとなれば、どう見られるか為政者たちは若干痛くなる頭と胃によって軽い冗談も言えなくなり始めている。
「……西の翁のところは光り輝く武具を与えられたとか」
「ああ。あの翁の最も腕のいい鍛冶師でも作ることが不可能だと言っていたな」
「加えて、その武具の数は一軍に与えられても尽きることがない程とそれを収める異空につながる蔵も与えられていると」
「ああ、壊れても無くさなければ蔵に戻すことで一夜にして元通りだそうだ」
現実逃避はここまで、次世代に期待するのにはまだ早く、現代の為政者が頑張らなくてはいけない。
ズキズキと痛みだす頭とキリキリと悲鳴を上げ始める胃。
王も宰相も、会議の内容を思い出すたびに鍛えた体が悲鳴を上げるのを感じている。
「北の女王のところはずいぶんと魔法の才が豊富だそうで」
「ああ、聞けば八属性全ての魔法のスキルに目覚め、そこからさらに研鑽を積み一人で上位魔法も駆使できるとか」
「加えて、魔法だけではなく武にも精通していると聞き及んでおりますが」
「ああ、精強な兵士相手に魔法無しで圧倒できるだけのスキルを持っていると聞いている」
暗雲が立ち込め、そして思い出せば出すほど未来が明るくないことを自覚するとしても、現実を直視するしかない。
互いに頭痛と胃痛で、王は頭を宰相は腹を押さえているとしても現実に向き合うしかない。
「東の竜帝のところは特別なダンジョンの鍵を与えられたようで」
「ああ、中は様々な鉱脈があって、今では東の国はかなりの好景気を迎えているようだ。聞くところによれば珍しい金属も発見されたとか」
「加えて、そのダンジョンの鍵は開け閉めができ、壊れることもなく、さらには鍛えることに関してはちょうどいいモンスターも存在しているとか」
「ああ、中にはなかなかお目にかかれない珍しいモンスターの素材もあるとか」
向き合った結果、どうあがいても南の大陸は出遅れて将来的にほかの国から突き放される未来しか見えなかった。
「……」
「……」
無言で互いにポーションを取り出した。
王は引き出しから。
宰相は懐から。
「何本目ですかな?あまり飲むとお体に悪いですぞ」
「まだ、四本目だ。宰相こそ年を考えろ。飲みすぎるとよくないぞ」
「私も四本目ですな。なに、この程度の量ならまだ大丈夫ですな」
互いに示し合わせたかのように蓋を開き、そのまま勢いに任せて飲み干す。
「宰相よ、神は何故ここまで過酷な試練を我々に与えたのだろうな」
「さて、神の御心を私がわかるわけがありませんな」
そしてそっと空瓶をケースの中に置き、収まった頭痛と胃痛に安堵しつつ、心は少しも休まっていない現実に立ち向かう。
「国への影響は?」
「すぐにどうこうなるような影響はないと思いますが、こういうのはじわじわと毒のように広がります。時間がたてばたつほど、不安が国民に広がりそしていずれは」
「……最悪は私の首でどうにか息子の世代につなげるしかないか」
「そうならないように私も努力していきます」
英雄という光に照らされ、南の大陸にも良い影響が出る。
しかし、この国には英雄が不在という影が国民に不安という闇を植え付ける。
「学園に追加予算を出すように指示を出せ、あとは貴族だけではなく在野の才能も発掘できるようにするほかないな」
「学園への支援を増やすのはよろしいですが、在野からの登用となると貴族から反発がありますな」
「なら、英雄となれる逸材を出せと言ってみるか」
「比較対象が神に愛された子ですか、王にしては珍しく強気ですな」
その未来を想像した王は宰相の言う通り、珍しく変革に対して前向きで、強気な対応を決断した。
宰相は少し目を見開き、賛成をするが、行動が珍しく真意を聞く。
「下手をすれば、陛下が焦り乱心したと取られかねないかと」
「その時はその時だ。さすがに何も手を打たない方が愚策だというのは私にもわかる」
素直に何もしない方がダメだとわかっていて、弱気になっている暇がないという王の言葉。
「この判断で後世に愚王と語られるか賢王として語られるか見ものだな」
「この程度では歴史家は調べませんでしょう。せいぜいが貴族と多少もめた程度でまたかとあっさりと流し読みされて終わりです。後世に語られるようになりたいのでしたら、歴史を変えるような決断をしなければなりませんな」
「そう言うな、私からすればこの判断でも十分に大きく出たと思っておるのだ」
「そうですな。私もそう思います。少なくとも前の陛下でしたら貴族たちとぶつかるような決断に一週間は迷ったでしょうね」
いざという時の決断が鈍いと思っていたが、英雄の血は残っていたかと宰相はこの時少しだけ王の評価を改めた。
王はしっかりと王であった。
それを知れて、まだこの国は大丈夫だと宰相は思った。
「ひとまずは学園の支援を手厚くするという方針で、他は四公爵を交えた大会議で決めていくということでよろしいですかな?」
「ああ、そうしてくれ。ことは急ぎだと貴族たちに伝えてくれ」
できることを相談して決める。
そのスタンスを多少は崩したが、すぐに元通り。
宰相の知っているままの王の判断。
「かしこまりました。それでは、さっそく取り掛かろうと思いますがよろしいですか?」
「ああ、痛み出したこの頭痛が和らぐような話がなければすぐにとりかかってくれ」
となればそのあとの流れは勝手知ったるなんとやら。
すぐに行動に移そうとしたが、少しだけ愚痴に混じって朗報を期待した王に、宰相はそういえばと思い出したかのように手を叩く。
「気休めかもしれませんが、貴族街の北区にある幽霊屋敷を覚えておられますか?」
「ああ、伯爵家の……先代の時代から残っていた負の遺産だな。それがどうした。また貴族たちから苦情でも入ったか?」
「いえ、今朝方冒険者ギルドの方から討伐と清掃の完了の報告が入りまして、証拠の宝も納められました。鑑定され、呪われていないことも確認。兵士と教会の者を向かわせ現場も確認しましたが、多少異臭は残りましたが十分に再生可能との報告が上がりました」
「そうか、それは朗報だ。たまに聞く愚痴が一つ減ったと考えれば気も休まるな。解決したやつにはしっかりと褒美は払ったのだな?」
「ええ、恙なく」
「ならよい」
為政者からすれば、それは些細な事件が解決したという報告。
されど、悩みの一つが解決したことは王にとっても宰相にとってもいいことではある。
受けた嫌味から比べれば、些細な幸福かもしれないが、気休めにもならない報告。
宰相自身も、時々来るクレームが無くなりましたという程度の報告だ。
王自身もそれを理解している。
頭痛が若干和らいだと、気の所為だとしても、感じられただけでも十分。
「さて、私は政務に戻る」
「では、私も」
王と宰相。
国のツートップは、迫りくる暗雲に立ち向かうため最善の方法を模索するためにそれぞれ行動を始める。
たとえ、この国にも神に愛された英雄となれる子供がいることを知る情報の片鱗が入っているとしても。
もし仮に、部下から上げられた報告書を宰相がもっと気に留めていたら。
もっと言うなら、宰相が気に留め、過去何度か失敗しているクエストを大人のCランク冒険者一人と、レベルのない子供三人で攻略したことに興味、もしくは疑問を抱ければ。
この二人の苦労はもう少し和らいだかもしれない。
彼らの視点は一般人からしたら高すぎた。
そして幽霊騒動は過去の物すぎた。
ゆえに喜ぶにしても少しだけ、感じるのも一瞬。
この王と宰相の苦労はもうしばらく続くようです。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




