12 古の大神
このダンジョンは非戦闘系の珍しい試練を課すダンジョンだ。
モンスターであるラッキーキャットはいるけど、試練の説明をしてくれるという役割を持っているだけでこっちから攻撃を仕掛けなければ害になるようなことはしない。
「さぁさぁ!!大神様の香りがする少女をお出迎えだよ!!皆の者!!宴だ宴の準備じゃ!!」
「「「「「おお!!」」」」」
はずなんだが、なぜか俺たちは竜宮城に訪れた浦島太郎のように猫たちに歓待されている。
「ねぇ、リベルタ君。これも試練なの?」
「こんな試練知らん」
少なくともゲーム時代にはこんなことはなかった。
出迎えのラッキーキャットが驚いて猫御殿の中に飛び込んで数秒で、ラッキーキャットたちは俺たちを、いやネルを歓待しようと集まって来ている。
こんな展開を知らない俺たちは念のため、ネルを中心に警戒の態勢を維持する。
「大神の香りを残しし少女の連れの方々、そう警戒なさらないでください。我々としてもただ大神に縁ある方を歓待したいだけにゃ」
そんな俺たちの前に現れたのは、特徴的なかぎ尻尾を二本携え、他のラッキーキャットよりも二回りほど大きな巨体を持つ、二足歩行の三毛猫。
本来であれば試練を突破した後、宝物殿前の大座敷で会うはずのここのダンジョンのボス。
「ボスが直々にお出迎えって事態に警戒しない方がおかしいだろ」
「その通りにゃ。本来であれば吾輩は奥の大座敷から出てくることなんてないにゃ」
「そもそも、モンスターと俺たちが会話をしていいのかよ」
「本来ならしちゃだめにゃ。でも人間の中には吾輩たちのようなモンスターをテイムし仲間にする輩もいるにゃ。決して仲良くできないというわけでも無いにゃ」
首に幸運の金貨をペンダントにしたものを下げる、袴の猫。
ジャックポットキャット。
本来であればダンジョンの中に入ればサーチ&デストロイが基本のモンスターと、知性と理性をもって対話することなんて俺にとっては想定外だ。
いや、このボスモンスターと対話することは予定の中に入ってはいた。
しかしそれは試練を突破したあとの話だ。
このジャックポットキャットは例外はあると言っているが、FBOの時にこんな例外はなかった。
何十や何百レベルではない。
この黄金猫御殿には、数千、数万のプレイヤーたちが訪れているのだ。
その中には検証をメインとする検証班もいる。
その調査を掻い潜ったイベントとでも言うのか。
一見、可愛い三毛猫のように見えるが、ジャックポットキャットのクラスは6。
風竜と同格のボス。総合力では風竜に劣るが、このモンスターの恐ろしさは風竜以上の俊敏性とけた違いの幸運値。
全ての攻撃がクリティカルになり、俺たちの攻撃がファンブルを起こすという確率勝負を挑んでくる。
現状の装備でも勝つことはできる。
だが、どこまで被害を抑えられるかは未知数だ。
「俺たち、いや、ネルがいるから例外ってことか?」
「大神の香りを残す少女の名はネルと言われるか。そして質問に答えよう、その通りにゃ」
最悪撤退を視野に入れて、行動を起こすべきか。
精霊王に頼み、精霊の力を借りればこのダンジョンを完封勝利することもできる。
争う気配は感じないから警戒でとどめているが、もし戦うようなら撤退が最優先だと心に決めて。
「その大神とやらのことはわからないぞ」
「大神は、創世の時代にこの世界を作った神々の一柱にゃ。大神はこの世界の運命の流れを作り出した神。吾輩たち、かぎ尻尾の猫はその信者の末裔にゃ」
「運命を司る神様ってことか?」
「おおざっぱに言えばその通りにゃ」
この異常事態の情報収集に努める。
御殿の前に作り出される宴の舞台。
そして空腹を誘う美味しい匂い。
本気でネルを歓迎しようとしていることだけはわかるが、なぜそうしようとしているのかがわからない。
「うちのネルは、その大神様との縁に関して心当たりがないと言っているが?」
「大神さまはもうこの世界にいないにゃ。この世界を作るための礎になられたにゃ。だけどたまにだけど大神様の力の欠片をもって生まれてくる人間がいるにゃ」
その理由を説明されたときに、俺の脳裏に浮かんだのはギフテッドという単語だ。
本来であれば、スキルという形で表れる神からの寵愛を受けた証明。
だけど、ネルにはそれがなかった。
「大神さまの力はいろいろな方向に発現するにゃ。時に未来予知をするように危機を察知する護身の力を得たり、周囲の不幸をかき集め人よりも不幸になるような力に目覚めることもあるにゃ」
「ネルみたいに、幸運に恵まれたりとかか?」
「大神さまの匂いから察するにそう単純じゃないにゃ。その者に与えられた力は正も負も持ち合わせておるのにゃ」
「正も負も?」
「そうにゃ。その娘の力は交わること。自分自身で何かを引き起こすことはないが、幸運に巡り合うことができ、そしてその反対の不幸にも巡り合うにゃ。それは天秤が水平を保つように、良いことが起きる分悪いことも起きるにゃ。その者と一緒にいてそういうことはなかったかにゃ?」
このジャックポットキャットの話をまとめると、ネルの幸運はスキルではなく体質の類ということ。
そして運がいい悪いの話じゃない。
善悪問わず運というものを引き寄せている。
思い返してみれば、ネルと一緒になってから色々とイベントは起きている。
「俺が一人の時でも色々と変なことが起きてたぞ?」
だが、その全てがネルと一緒というわけではない。
「それは主にも匂いが移っているからにゃ。と言ってもその者の側をしばらく離れれば消える程度の匂いにゃ」
そこを指摘したら、ネルの側にいるだけでその効果は周囲に及ぶと言ってきた。
「普通ならそんなことは起きないにゃ。だけど、主は少し特殊な匂いをもっておるにゃ。見たことのない運命、そして辿ってきた運命が匂いを引き寄せているのにゃ」
猫は不可視の存在を見通すという話を聞いたことがある。
エジプトとかでは猫は守り神みたいな存在になっていたはずだ。
「きっと、その者の側にい続けるのならそれはずっと続くにゃ。お前の意志も、そこの娘の意志も関係なくにゃ」
目の前のジャックポットキャットも俺の中にある何かを見通している様子がうかがえる。
そしてここまでの話を聞いて、ネルが原作にいない理由がなんとなく察することができた。
彼女はこの運の荒波に負けてしまったのだ。
「もし、それが嫌ならこの御殿にずっといればいいにゃ。ここなら運命の流れが一定だから、その娘の運命の流れも関係なく平穏な生活が送れるにゃ。大神の匂いを持つ君なら、吾輩たちも同胞として歓迎するにゃ!!」
彼女は幸運が訪れる少女かもしれない。しかしそれと同時に不幸も引き寄せる少女だったのだから。
一人でその荒波に対応できるわけがない。
ちょっとした幸運、それはちょっとした不運を招く。
もし、すさまじい幸運を与えられてしまえば、その反動ですさまじい不運が返ってくるということ。
「……」
ジャックポットキャットはネルの幸運は不運と表裏一体だと言っている。
これが本当だとするのならば、大神とやらは一人の少女にえらい運命を与えたものだな。
少し振り返ると、青ざめた顔のネルがそこにいた。
賢い彼女のことだ。ここまでのトラブルが自分の所為で発生していたと言われ、自分の過去を振り返って心当たりがあるとでも思ったのだろう。
普通だったら初対面、それもモンスターに言われたことを信じるわけがない。
鼻で笑って、そしてウソだろというのがこの場での普通の対応。
だけど、俺たちは見てきた。ネルの幸運を。そして体験してきた。
壮絶な戦いを。
一瞬の沈黙。周りの騒がしさが場違い感を出しているが、俺は頭を掻き。
「まぁ、だからどうしたって話だなそれ」
「え」
その暗雲を一発で吹き飛ばす方法なんて、俺はわからない。
だけど、ここまでネルの幸運にあやかってきて、ネルが不運を引き寄せる存在だと知って、ハイさよならというのは絶対に違うというのだけはわかる。
大神なんて、俺の知らないキャラが出てきたけど、この世界で出る敵ならすべて倒せる方法は知っている。
ネルは一切落ち込む必要はない。
「なるほど、そうすればネルは安全で俺たちも変な運命から逃れられるわけか?」
「その通りにゃ!」
「なるほど」
そしてジャックポットキャットが俺が受け入れるとでも思っているのか、少し前のめりになる。
「なら、その娘を置いて行くにゃ?」
「だが断る!」
運命か何か知らんが、這竜だろうが風竜だろうが、イナゴ将軍だろうが、はたまた狂楽の道化師も払いのけてきたリベルタさんだぞ。
「今まで何とかしてきたんだ。だったらこれからも何とかするだけだ。ネルは俺の仲間だ!!ぽっと出の猫にどうにかできるようなトラブルなら、俺にどうこうできないわけがないだろうが!」
運がいいだけの猫に、負ける要素は欠片もないね。
「お前が思っているよりも、その娘についている大神の匂いは濃いのだぞ」
「知らんのか?俺はどうやら神様に選ばれた使徒らしいぞ。そしてその使徒は邪神を倒すために呼び出された存在だとよ。その大神さまの匂いは邪神よりも強いのか?」
「……」
それにな、クソ猫。
お前はゲーマーを舐め過ぎだ。
「だったら、より燃えるってやつだな!!邪神は倒す予定だったが、その先のエクストラステージがあるって言うならもっと楽しめるってことだろ!!いいね、最高だ!!」
難しいコンテンツに挫折するプレイヤーもいる。だけどその難しいコンテンツを求めて、さらに挑みたいと願うプレイヤーもいるんだ。
前者後者でいうのなら俺は間違いなく後者だ。
きっと今の俺は獰猛な笑みを浮かべている。
「お前は狂ってるにゃ」
「知ってる」
そんな俺に向けて、モンスターは正常な判断を下したようだ。
ゲーマーなんて大なり小なり、狂っている部分は存在する。
俺はほかのゲーマーよりもほんの少し、そうほんの少しだけ狂っているだけの廃ゲーマーなだけだ。
「運命はお前が思っているよりも過酷にゃ」
「いいね。イージー・モードよりもナイトメアの方が俺の好みだ」
本当だったら、招福招来のスキルを手に入れるためだけに来たはずのダンジョン。
「ふん」
そのはずなのに、変な情報をまで手に入れてしまった。
そしてなぜか、こんなモンスターに対して啖呵を切り、そんな俺に呆れてジャックポットキャットは懐をごそごそとあさりだして。
「お前が側にいるなら、これも使いこなせるだろうにゃ。せいぜい、運命に抗い続けるが良いにゃ」
そこから一本のスクロールを取り出すと俺に差し出してきた。
「これが欲しかったんにゃろ?それをもってとっとと帰るにゃ」
「……」
俺は黙ってそれを受け取り、中身を確認するとそれは紛れもない、招福招来のスクロール。
「おまえたち!!宴は中止にゃ!!お客様はお帰りにゃ!!」
最初の歓迎ムードから一転、しっしと手で払われる。追い出されるようなことはないが、代わりにもうここにいるなと不機嫌感を隠さず言い放ってきた。
何なのだ一体と思いつつ、予定通りの物を手に入れたのだ。
ここに用はない。
そう思って振り返って、見ると。
「おい、ネルどうした。顔が赤いぞ?」
さっきは真っ青だったのに、今は真っ赤なネルがそこにいた。
落ち込んでいる様子ではないし、マイナス方面の感情もなさそう。まるで恥ずかしいという感情が出ているような?
「なんでもない!」
「そうか?」
うーん、この年頃の女の子の感情はイマイチわからん。
プイッと顔を背けられてしまったら、さすがにこれ以上追及するわけにもいかない。
「リベルタ君」
「リベルタ様」
「リベルタ」
「はぁ、あなたという人は」
「え、なに?俺が悪いの?」
落ち着くのを待とうと選択した瞬間に、俺は女性陣全員からため息を吐かれるのであった。
解せん。
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