2 ハゲ金策
ハゲクエスト、FBOプレイヤーの中では割と有名な序盤金策の方法だ。
この世界での貨幣は共通で、ゼニと呼ばれる通貨単位を使われている。
一ゼニが日本で言うだいたい百円という貨幣価値を持っている。
そして、協力プレイをするときに他プレイヤーとの交易の時に使われる金でもあった。
オフラインでも十分にプレイできるが、協力プレイでしか集められない素材もあって、なおかつレア素材でも存在していたからとにもかくにもお金が必要なこの世界。
初心者の初めてプレイの序盤の序盤に至っては、装備をそろえたり消耗品を買ったりと本当にお金がないからいつも金欠。
最初に配られるお金なんて雀の涙程度の金でしかないからあっという間になくなる。
プレイヤーはクエストでお金を得たり、手に入った素材を他プレイヤーに売ったりしてお金を稼いで装備を整えてストーリーを進めるわけで。
今回やる方法はあまたのプレイヤーが見栄を捨ててお金を得るための金策の方法だ。
「うう、空気が温かいから大丈夫だと思ったが水は冷たかったぞ」
どうにか冷たい水で髪を洗い終えて、多少はきれいになり、ぶるぶると頭を振ってどうにか髪を乾かした。
おかげで残りの体力をだいぶ消耗したけど、それでも気力を振り絞って、いや、この後手に入る金でおなか一杯ご飯が食べられることを信じて洗い場から立ち去る。
「ええ、っと確か。この水洗い場から南の方に進んでっと」
はるか昔の記憶を頼りに、しかし、意外と覚えていることに驚きながら進むと目的の看板が見えた。
ハサミとバラが描かれている看板。
「ああ、昔の記憶通り」
レトロな木製の看板、識字率がそこまで高くないっていう設定だから絵で場所をわかるようにしている。
目的地があって一安心、さて、残りの課題は。
必死に手を伸ばして、現代とは違って建付けの悪い扉を必死に押す。
ゆっくりと扉が開き。
「おや、こんな時にお客さんかいって、どうしたんだい坊や」
ベルの音の後に女性の声が響く。
赤髪を肩口で切りそろえ、そばかすを添えた女性。
快活というか、勝気な印象を受ける女性は俺の知っている女性からしたらかなり若いがそもそも原作は今から十年後くらいがスタートだから、若いのも当たり前。
「ここは、乙女が奇麗になる場所であんたみたいな子供が飯をたかりに来る場所じゃないよ」
そして、ゲーム時代は男性キャラならもう少しニュアンスは違うけど似たような感じのセリフを言われる。
洗い場でイベントを起こさないと、この後は追い出されるだけだけど、洗い場で頭を洗うというイベントを経由すると。
「あの、髪を売りたいんです」
「ふーん」
髪を売るという選択肢が出る。
これがハゲ金策といわれる所以。
この世界で換金アイテムとして売買されるアイテムの中で、なかなかの金額を誇るアイテムの中にカツラというアイテムがある。
これは装備するとヘアスタイルを変えられるというだけのアイテムであるけど、NPCに売るさいは五千ゼニから一万ゼニ、日本円で五十万円から百万円で売買されるという高額商品だ。
プレイヤーが作ることのできない、NPCのみが販売していたおしゃれアイテム。
主人公や仲間のキャラのヘアスタイルを変えるためだけのアイテムだ。
ここは王都の中で、カツラを売ってくれるNPCの一人。
そして序盤で髪を買い取ってくれる唯一のキャラ。
買い取ってくれると、バッドステータスハゲが発動して、しばらくの期間、ゲーム内時間で三か月ほどアバターのヘアスタイルが男女問わずハゲになる。
その代わり、序盤のクエストの中ではかなりの高額な報酬が得られることで有名なのだ。
見た目を気にする人には無縁のクエストだが、序盤を楽に進めたい人には御用達のクエスト。
何も持っていない今の俺にとっては、唯一安全に金を得られる方法だ。
俺が髪を切りに来たのではなく、髪を売りに来たと知った床屋の女店主。
ゲーム時代では店主としか表示されていなかったが、プレイヤーの中では世界で一番ハゲを量産した店主と言われて、愛称でハゲ子さんと呼ばれていた。
そのハゲ子さんを頼ってきてみたのはいいけど、現実で金策ができるとは限らない。
何せここはゲームの世界に似ているけど、この世界は現実。
イベント通りの流れを汲んだが、それでもイベントが進むとは限らないのだ。
じっくりと俺の頭を凝視するハゲ子さん。
「ま、髪はそこそこ長いし、洗ってきているようね。質も、まぁ、悪くはないわね。入りなさい」
よかった。
買い取ってもらえるようだ。
顎で椅子を指すハゲ子さん。
俺が女性だったらもうちょい親切にしてくれるんだけどな。
男にはほんと辛らつ。
ふらつく体に鞭打って、丸椅子に座ると床屋でやってもらうような布を巻かれて簡易的なテルテル坊主状態。
いや、これから丸坊主になるのだからこれが本当のテルテル坊主ってやつか?
「じっとしてなさい、すぐに終わるから」
剃刀片手ににっこりと笑われるのは正直怖いが、ここまでくればハゲになる覚悟は決まった。
「よろしく、お願いします」
前世も含めて人生初めてのスキンヘッド。
ゲームではほんの数秒で終わった演出だけど、さすがに現実ではそう簡単にはすまない。
ジョリジョリと髪をそる音ともに、どんどん俺の頭部はテカリを増やしていき、ハゲ子さんは手慣れているからか。
「終わったわよ」
十分ほどで、俺の頭はずいぶんと涼しくなった。
思わず手を頭に向けるとツルリとした感触が手から感じる。
そしてハゲ子さんの手には紙でまとめられている俺の髪があった。
茶髪の髪がこんもりと乗っていて、あれがカツラの材料になるのか。
「この量なら…うん、百五十ゼニってところね」
クエストの報酬は、その髪の量と質次第だ。
最低で五十ゼニ、最大で三百ゼニ。
今回はその中間の値段になった。
日本円にして一万五千円の値段が付いたと考えれば、悪くはない。
「はい、銀貨一枚と大銅貨五枚ね。あと、これおまけであげる」
俺としても予算を確保して、これで飯にありつけると考えると両手で受け取った貨幣は貴重だ。
ゲームでは数字で勝手に表示されているだけの金であったけど、現実では貨幣で支払われるのか。
この世界初めてのクエスト報酬。
「おまけですか?」
「そ、その頭じゃ寒いでしょ。これでも巻いておきなさい」
ゲームだったら、アバターの頭がハゲになってお金をもらって終了だったけど、なんと追加で装備ももらった。
使い古しっぽいけど、普通に使えそうな感じの紺色のバンダナ。
そっけないけど、子供には優しいのかな?
銀貨と銅貨と一緒に差し出された布を受け取り。
「ありがとうございます」
「礼はいいわよ。また髪がまとまって生えてきたら売りに来なさい」
「あ、はい。わかりました」
まさかこのバンダナはハゲ金策の再挑戦権なのか?
素直にお礼を言ったのにもかかわらず、そっけない態度は変わらない。
ツンデレならもう少しわかりやすいリアクションなのだが…
「ほら、ほかの客が来るかもしれないからさっさと行きなさい」
少なくともハゲ子さんはツンデレではないな。
しっしと手を振られて追い出されてしまった。
店の前でじっとしていると、塩でも撒かれかねないので再びふらふらとする体を引きずって食べやすそうな屋台を探す。
「あと少し、あと少しで餓死を回避できる」
バンダナに金をくるんで、お金が手に入ったという事実に気力を回復させて屋台を探す。
「あ、あった」
大通りはたぶんパレードをしているから、そっちにはないなと思って屋台が出そうな場所を探したら思いのほか近くにあった。
人がそれなりいるけど、それでも買えなくはない。
「おじさん、これください」
「あ?金はあるのか?」
「あります」
「肉団子はいくつだ?」
「三つください」
「だったら十ゼニだ」
「はい」
つくねの焼き鳥串っぽいものを見つけて、それを注文、すきっ腹に肉は重いかもしれないけど、スープとかは店に入らないと食べられない。
お金を持った子供なんて大人のいいカモでしかないのだから、大銅貨を一枚払って大きめの串を受け取ってすぐに物陰に引っ込む。
「美味い、美味いよ」
空腹は最高のスパイス、隠れたら堪えることもできずなりふり構わずかぶりつく。
そして口の中からゲームの時では味わえなかった肉の味を感じて、思わず涙が出るほど感動してしまう。
こんなに美味いものがこの世にあったのか。
それくらい食事に感動している。
それこそ前世の時よりも感動しているかもしれない。
ゆっくりと少しでも消化にいいように口の中で咀嚼してから胃の中に入れているけど、じんわりと体に栄養がいっているのがわかる。
胃腸が弱っているから、肉は逆にきついかもと思ったけど生存本能の方が勝ってもう少しでも栄養を補給してやると最後の気合を体が頑張ってくれている。
大きめの肉団子だったけど、気づけば最後の肉団子も胃の中に消えて、手元に残ったのは串だけ。
そしておなか一杯になったことで少しの間食休みをすることにする。
「さて、残ったお金の使い道を考えるとするか」
考えることはたくさんある。
この世界がFBOの世界だと仮定するのなら、このお金によって今後の生活方針が決まるといっていい。
「ま、やることは決まっているからそこまで迷わないんだけどな」
残金は百四十ゼニ。
資金としては心もとないのだけど、これだけあれば必要最低限の装備は買える。
「さっきのクエストで分かったけど、多少の違いはあっても知識が生かせるのは大きいな。だったらこの世界で強くなる方法も大まかに変わらないはず」
その装備があるかないかはさておき、肉団子というエネルギーを得た俺の体は、さっきよりも元気になっている。
ぺろりとはしたないが、唇についているタレも舐めとって、今後の方針を決めたので立ち上がって歩き出す。
うん、空腹が収まっただけでここまで体力に差が出るのか。
そう簡単にこの栄養失調した体が元に戻るかはわからない。
だけど、ゆっくりと体に栄養を渡せばしっかりと元には戻るだろう。
「さてと、次の目的地は…服と、装備かな」
ハゲ小僧のことなど誰も気にしない。
路地裏から出て次の目的地に向けて歩いている最中も、街並みや知っている奴がいないか見ておく。
この世界が俺の知っているFBOの世界と違う箇所がこうやって見るだけで分かる。
あの道はなかった、あの道は入れなかった、あの店はなかった、あの店はあった。
歩いているだけでだいぶ情報が入ってくる。
そしてどんどんこの世界は似ているけど、ゲームとは違うというのが理解できる。
俺の知識も応用はできるけど過信はよくないかも。
過信しすぎて、詰む可能性も十分にある。
俺の知識が無駄になる可能性も十分にあるけど、それはそれで新しい発見があるかもしれないからそれはそれでいいかも。
なんだかんだ、いきなり別世界に飛ばされて不安になるかなと思っていたけど、自分で考えているよりも俺の性格は図太いようだ。
ここは知っているかもしれない未知の世界だというのに、前向きに考えられているのが何よりもの証拠。
「確かここを曲がったら、あるはず」
だけど日本人だった心も忘れていない。
隣に剣を腰に差している男がいたらさすがにそっと距離を置く。
こっちはまだレベルもない無力な少年なのだ。
しばらくの間は安全第一で行くしかない。
警戒はしておいて損はない。
周りを見ながら記憶を頼りに街を進むと、商店街のような場所に出る。
ここは主人公がこの街で最初に装備を揃えるための庶民的なお店を揃えた場所。
西の本通りからは外れているけど、そこそこ大きな道にずらりと並ぶ店。
その街並みは俺の知っている光景に近いものがあって、ついつい口元が緩んでしまうのであった。
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