19 ボーナスタイム
「くぁああああああああ」
最近では太陽が昇れば、あっさりと目が覚めるなんてことが続いた所為か。
はしゃいでダンジョン周回をしてしまい少し疲れが残っている影響で大あくびをするのを久しぶりだと感じた。
眠い眼をこすって、ネルとの約束があるからと這う這うの体で藁ベッドから抜け出す。
そして少し重い扉を開けて外に出て、顔を洗うために井戸に向かおうとしたら。
「遅い!!」
「お寝坊さんだね」
「いや、二人が早すぎなの。まだ日が昇ってすぐだよ?」
少し寝坊したのは確かだが、それでもまだ日が昇り明るくなり始めてすぐくらいだ。
すでに準備万端の二人を見て行動力がやばいと思った。
「とりあえず顔だけ洗わせて?」
「仕方ないわね」
「早くね」
もしや、ネルが夜明けよりも前に起きて、夜明けと同時にアミナを呼びに行ったのか?
せっせと井戸から水を汲み、顔を洗い歯を磨き、身支度を整える姿をじっと少女たちに見つめられる。
これ、なんて羞恥プレイ?
「準備できた?」
「いや、まだ朝ご飯も食べてないんだけど」
「朝ごはんくらい食べなくても平気だよ」
「いやいや、朝食は大事、一日のエネルギーだぞ。腹が減ったら戦はできないって」
我慢できないと言わんばかりに興奮するネルとそれに同調するアミナ。
ネル一人ならどうにか押さえつけることができるけど、同調圧力の所為でいまいち俺の言葉を聞き入れてもらえない。
「でもでも!」
「そうだよ!」
これは、完全に理屈じゃなくて感情論になってる。
なら。
「あーあ、せっかくすごいことを教えて、すっごいことしてもらおうと思ったのに、二人ともそんなに急かすならいらないよね?」
こっちも感情に訴えかけるだけだ。
「すごい」
「こと?」
さっきまでの勢いはいずこに消えたのか。
俺がわざとらしく言っているのも気にせず、ただ、すごいこととは何かと一瞬考え、それがダンジョンと関係があると結び付けた。
「ああ、下手をしなくてもネルやアミナの将来に絶対に役に立つことなんだけどなぁ」
「絶対?」
「ああ、絶対」
人間、すごいとかお得とかいう言葉に弱い。
期間限定ガチャとか、復刻ガチャが最たる例だろうさ。
ネルにもアミナにもその言葉が効いたのだろう。
ダンジョンに行くという意志が少しだけずれて、役に立つ話を聞く姿勢になった。
「それって、どんなの?」
これで役に立たない話をしたらどんな顔するだろうと一瞬思った。
いたずら心で少しだけと考えたけど、ネルは私興味ありますと純粋な目で見て尻尾をぶんぶんと振り、アミナは興奮気味に少し鼻息荒く話を待っている。
そんな二人の姿を見て、さすがに意地悪しようとは思えなかった。
「それはクラス0のボーナスタイムのことだ!」
「ぼーなすたいむ?アミナ知ってる?」
「ううん。僕は知らないかなぁ」
自信満々に言った割には少女二人の反応は芳しくない。
「それってすごいことなの?」
「すごいぞ!」
「どれくらいすごいの?」
「同じクラス同じレベルで、これを知ってやった冒険者と、これを知らずにやらなかった冒険者が百回闘ったら、知っている冒険者が完勝できるくらいすごい」
さっさと説明した方が早いか?
「説明するよりも先に見た方が早いか。これを見ろ!ステータスオープン!!」
「「え!?」」
論より証拠ということで早速昨日身に着けたステータスを披露する。
「なんでリベルタがステータス持ってるの!!抜け駆けしたの!?」
「ずるい!!僕たちと一緒にレベル上げするって約束したよね!!」
「ええ、そっち?」
驚いたから、てっきりすごいという称賛が浴びれると思ったんだけどそうは問屋が卸してくれなかった。
「落ち着いて、いやマジで。俺のステータス。特にレベルのところよく見て!」
「レベル?」
「あ、クラスもレベルもゼロだ」
しぶしぶという形でもステータスには興味があったからか、俺が表示したステータス画面を見てくれた。
「「?????」」
そして彼女たちの知っているステータス画面と違って、クラスもレベルも体力も魔力もすべてゼロ。
唯一スキルだけ生えているという、違和感しかないステータス画面に首をかしげる。
「「なんで?」」
そして同時に何故と問うてくる。
「これがクラスゼロのボーナスタイムだ!」
そこで改めてボーナスタイムというのを強調する。
「二人ともわかっていると思うけど、スキルっていうのは取得できる数が限られてくる。だけど、それなりに習得もできる。これってすなわちスキルをたくさん育てないといけないっていうことになる」
そして畳みかけるように俺の言いたいことを言い放つ。
「例えば商人の場合は商人に関するスキルをたくさん取らないといけない。一つ一つが重要なスキルで、そして育てるには時間がかかる」
「そうね」
「歌手もそうだ!歌スキルやそれに派生するスキルを集めれば、自然とスキル育成に偏りや遅れが出てくる」
「うん、確かに」
「それを解消することは難しい、だが緩和する方法はある!」
まるでテレフォンショッピングのうたい文句だな。
元々最強になるための方法を実行している俺としてはこれをしないなんて考えられないからついつい説明に熱が入る。
「BPを使う?限られたポイントを基礎ステータス以外に振るなんてナンセンス!!スキルは修練の腕輪を使ってレベル上げして、アイテムを使って強化するのがベスト!!そうすれば残ったBPをすべて基礎ステータスに振り分けることができる」
BP、ビルドポイントはレベルを上げることによってもらえるポイントだ。
ポイントはレベルという獲得限界量があって、育成が面倒で、スキルにBPを使ってしまうとキャラクターの基礎ステータスが弱体化して本当に弱くなってしまう。
しかし、スキルを育てるのは時間がかかる。
だけどスキルが弱いとキャラクターもそこまで強くならない。
「そしてクラスゼロは修練の腕輪を使い、二つのスキルを育成できる環境が最高に整った時期でもある。知らぬものは完全に損だ」
そこを改善する方法がクラスゼロ期間には存在する。
正確にはほかのクラスでもできるんだけど、効率と消耗具合が段違いなんだ。
ゆえにFBOプレイヤーはクラスゼロ期間をボーナスタイムという。
「さて、ネルに問題だ!!」
「え!?」
「強い敵と弱い敵、倒した際にもらえる経験値はどっちの方が多い?」
「え、えっと、強い敵?」
「その通り!!次にアミナに問題!」
「え、ええ?」
「同じクラス同じレベルのモンスターを、クラスとレベルが低い状況で倒すのとクラスとレベルがモンスターと同じ状況で倒すのではどっちの方が経験値が多いでしょうか?」
「ええと、ええと?」
FBOでは格上ボーナスという経験値補正システムがあった。
レベルが相手よりも低い状況で倒すとその分だけ補正が加わり獲得する経験値が増えるというシステム。
「レベルが低い状況?」
「正解!!」
恐る恐る解答するアミナに、俺は大きく頭の上で円を作って正解だという。
この補正システムは差が開けば開くほどその補正は大きくなる。
具体的な計算は省くが、クラスが一つ違えば、経験値が約二倍変わる。
さらにレベル差一ごとに一パーセントの補正が加わる。
仮にモチの経験値を一と仮定すると同じレベル帯で倒せばもちろんそのまま一の経験値がもらえる。
だけど、クラス0レベル0でモチを倒すと、クラス差ボーナスで百パーセント追加、さらにモチのレベルを5と仮定すると合計百五パーセントの追加経験値がもらえる。
弱い敵、少ない経験値では一と二程度の差でしかないが、冷静に考えよう俺にはレベル0でも倒せるボスがいる。
そう、カガミモチだ。
格上ボーナスはボス属性が加わるとさらに補正が上がる。
クラス差は約二倍、レベル差は三倍加算。
解析班によって判明しているカガミモチのレベルはクラス1/レベル15。
すなわち、レベルゼロ状態で倒せば、経験値補正は驚異の約二百五十パーセント加算。
3.5倍で経験値がもらえる。
でも最弱のボスだろ?経験値なんてたかが知れているだろ?と思うそこのあなた大間違い。
解析班の調査の結果。
カガミモチの通常経験値は五百と判明している。
3.5倍なら千七百五十という計算になる。
当然これくらいの経験値を持っているモンスターはほかにもたくさんいる。
わざわざ足を止めてここでスキルの育成に時間をかける必要なんてないんじゃないか?と思うかもしれないがさらに待ったをかける。
言っただろ?ボーナスタイムだと。
俺の装備している修練の腕輪の効果に、基礎レベルが上がらない代わりにスキル経験値を百パーセント増量という効果がある。
これ、合成で強化すると最大二百パーセントまで増やせる。
これを両手で装備すれば合計四百パーセントまで増やせるという寸法。
しかも装備補正は加算じゃなくて乗算なんだよね。
普通だったらさっきの格上ボーナスの3.5倍に四百パーセントを加算して、7.5倍だと思われるかもしれないけど、計算テーブルが違うんだよ。
(モンスター基礎経験値×格上ボーナス)×装備補正っていう計算方法になるんだよ。
すなわちカガミモチで計算すると。
(500×3.5)×4っていう感じの式になって、答えが7000となる。
これって序盤でもらえる経験値からしたらかなり破格なんだよ。
しかもこれくらいもりもりでもまだ加算する方法があるんだよ。
「という感じで、クラスゼロはボーナスタイムで」
「ちょ、ちょっと待って!!アミナがついてきてこれてない!!」
「え、ええと、きそ?ほせい?すうじがこうなって?」
おっと、つい熱が入って怒涛の勢いで説明してしまった。
怒涛の勢いで説明してしまったから商人志望のネルはともかく、アミナはわからなくて混乱してしまっている。
「すなわち、今の状況だったらもう少し準備をすればスキルをすごく強くできると思っていればいい!」
「それならわかった!」
「アミナ、それでいいの?」
「いいよ、僕には難しくてよくわからなかったけど、リベルタ君が悪いことを言ってるわけじゃないっていうのもわかったし」
小難しいことはいい、要は今なら効率的にスキルを育てることができるっていうのを理解できていれば十分だとアミナは思ったわけで、それでいいのかとネルは心配してる。
「まぁ、それならいいけど。でもリベルタ。鍵って一個しかないよね?また探すの?」
「ところがどっこい、この鍵は少し時間をおけば何度も使える優れモノなんだよ。弱者の証との相性問題で、これを確実に作れるのはモチダンジョンだけなんだけどね」
しかし、当人がいいのならとしぶしぶ納得して、問題の鍵が消耗品だという部分を指摘してきたけどそこら辺は昨晩のうちに解決済み。
「どうせならネルとアミナも理想のスキル構成目指そうよ。俺がいろいろと教えるからさ」
ならば、とことんまで彼女たちのほうも育成してみせようじゃないか。
傲慢かもしれないが、弱い方に歩いていこうとする人を見るのは見るに堪えない。
誰彼構わず世話を焼くわけじゃないが、一宿一飯の恩義があるネルとその友達のアミナくらいだったら俺と一緒に強くなればいい。
「理想のスキル構成?リベルタっていろいろなスキル知ってるの?」
「ああ、知ってるぞ。なんなら取り方も知ってる」
「じゃぁじゃぁ!僕の歌スキルもいっぱい知ってるの?」
「おう!知ってるぞ。なんならアミナは俺の知っている最強の歌姫構成を教えてやる!」
「最強の歌姫!すごい!僕にもなれるの!?」
「ああ、道は険しいぞ!でも至れたら俺の知っている限りでは間違いなく頂点の一角に数えられるくらいすごい」
「やる!絶対にやる!!」
ゲームも一人でやるのも面白いが、複数人でワイワイとやるのも楽しいものだ。
「ずるい!私も!私も!」
「当然、ネルもだ!俺が最強の商人のなり方を教えるぞ!」
「本当?」
「ああ、嘘はつかないぞ!ただ、少しでも妥協したら歌姫もそうだけど、とてつもなく後悔するからな。やるからには全力で覚悟を決めろ」
「だったらやる!世界一の大商人に私はなるんだから!!」
「僕も僕も!世界一の歌姫になる!」
仲間と一緒に頂点を目指す。
それもネームドじゃない、モブキャラの三人。
いいじゃないか、なんかワクワクしてきたな。
「良し!そうと決まれば朝ご飯を食べてから作戦会議をして、そのあと買い出し、午後からはダンジョンに突入するぞ!」
「「おおー!」」
お店の裏の井戸端会議、こんな場所から世界一を目指すなんて誰が思ったか。
ここから先の道のりは知識があるゆえに険しいのを承知している。
だからこそ。
「ねぇ、リベルタ」
「なんだ?」
「なんでそんなに優しい目で私たちを見るの?」
「うん、僕も気になった」
「通過儀礼だ、気にするな」
今はまだ、喜んでいればいいと俺は優しく微笑むのであった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。




