10 出来ること
「攻撃ばかりに意識を割かない。常に頭の中には防御のことも考える!!」
狂楽の道化師と戦う可能性を考えると、奴の戦闘スタイルとスキル構成をシミュレーションして、ネルになるべく多く対人戦の経験を積ませる必要がある。
決闘を前にして、それは今のネルにとってスキルを獲得するよりも重要なことだ。
根本的に安全を確保するなら決闘に俺が出るなり、ネルの出場辞退を公爵閣下に進言するなり、方法は他にもある。
「っ!」
しかし、やる気に満ち溢れたネルにアレスとの決闘を諦めさせるのは、これからの彼女の成長を考えれば良くないことだと俺は思う。
はっきり言って、ネルがこの決闘に参加したい理由は感情的なものが大半を占める。
理由はいたって単純、エスメラルダ嬢がネルにとって仲のいい大切な友達になったからだ。
だから彼女が困っているのなら自分が力になりたい。
これだけのこと。
身勝手な相手の一方的な婚約破棄に彼女が傷つけられ、決闘で問題を解決しようというのなら、自分がそれに出て相手をぶっ飛ばしたいという、まぁ子供らしい素直な感情だろう。
その感情自体は間違っていないと思う。
だけど状況を考えれば、実力が伴わないのなら俺はその感情を今回は我慢すべきだと思っている。
いかにステータスが高くても。
いかにスキルが強力であっても。
その担い手が力不足じゃ宝の持ち腐れだ。
何も知らぬ一般人を戦闘機に乗せて強いかと言えば、まず飛ばすどころかエンジンの掛け方が分からないだろうし、操縦桿の使い方も分からないだろう。
必要なのは知識、そしてその知識を生かすための経験。
苦し気に荒い息を吐いて戦っている彼女を、俺は容赦なく打ち負かす気持ちで追い詰めていく。
訓練用の木製の武器がぶつかり合う甲高い音が庭に響き、その攻撃音の大半は俺からの攻撃だ。
狂楽の道化師が絡んでくる可能性を予測するまでは、決闘には普通の騎士や兵士が出てくるだろうと踏んでいたから、ネルを止める気はなかった。
はっきり言えば、今のネルの戦闘能力であれば並みのNPCなんて鎧袖一触で一撃KOできるだけのスペックがあるからだ。
だが、今回想定される相手はFBOでもプレイヤー泣かせな外道ネームド。
その戦闘スタイルは、デバフアタッカー。
相手の長所を殺し、短所を致命的にすることに特化した高速アタッカー。
「相手の一撃一撃が致命傷になる!!大ぶりの攻撃はまず当たらないと思え!!」
決闘の駒を使えば生命の安全は確保されるだろうが、闘っている間に何をされるかがわからない。
だからこそ、今ここで狂楽の道化師と戦えるだけの戦闘技術を身に着けたとしても、俺が最終的にダメだと判断したら決闘には出させないとネルにも念を押して納得してもらっている。
最初から頭ごなしに否定はしないが、だいぶ高い水準を求めているのは確か。
手を抜かず、しっかりと指導はする。
今俺が持っている武器は二本の木剣。
長さは短剣に近い物を選んでいる。
普段は槍を使う俺だが、FBO時代には短剣ビルドキャラも使い込んでいる。
ゆえに今回は俺が仮想敵となり徹底的に対アレス改め狂楽の道化師の動きをネルに叩き込む。
「なるほど、かなりいやらしい動きをするようですね。最初に機動力を奪うために足を狙い、そして視線が下に傾いたときに手首や指先を狙い、末端の方に意識が向いたら顔や心臓といった急所を狙うような仕草をフェイントに織り交ぜ、相手に恐怖心を植え付けるのですね」
FBOでは何度も何度も戦った相手だ。
どういう思考で、どういう攻撃パターンで行動して来るかはある程度は把握している。
現実の世界で生きている狂楽の道化師にはゲームのような行動パターンは無いかもしれないが、こうやって訓練で慣れておくだけでだいぶ勉強になるはずだ。
「ハァハァ」
「そうやって闘いに神経を使わせて、体力を削り集中力を下げるのも相手の策略だ」
「ふむ、理にかなっていますね」
クローディアの解説を聞きながらの訓練。
訓練着のネルは全身に汗をかき、息を切らせて武器を構えている。
「リベルタ君の方がレベルが低いはずなのに、ネルの方が押されているよ」
「技術の差ですね。加えて元々ネルの戦闘法はリベルタが考案しているのでネルの動きがわかっているという点も大きいでしょう」
一緒に見学しているアミナの驚いている顔をちょっと見たい気もするが、訓練中によそ見をするわけにもいかないので、自然体でだらりと腕を下げて構えていないように見えて構えている、無構えの姿のまま一歩前に踏み込み。
「フン!」
ネルの気合の入ったハルバードの横薙をやり過ごすために、半歩下がってギリギリで回避する。
ネルの切り返しが返ってくるまでコンマ数秒。
それだけあれば、一気にネルの懐に攻め込むことができる。
「余力は極力残すようにして、接近されても対処できるようにな。こうやって攻め込まれたら」
「この!」
木剣でネルの左手の甲を小手の上から叩き、痛みで攻撃を緩めるつもりだったが、少し火力が足りなくて気にせずネルが返しの刃を振るってきた。
沼竜の小手の防御力のおかげだろうな。
さすがに木剣であの鱗の防御を貫通させるのは難しい。
「そこは一歩引いて間合いを確保するべきだな」
だけど、それならという方法で戦う術はある。
ネルの渾身の一撃を木剣をクロスにして受け止め。
「え」
そのまま力に逆らわず、受け流す。
急に力の方向を変えられたネルの体は流れていき、それは致命的な隙になる。
「はい、一本」
背中を見せ、完全に体が流れている彼女が体勢を立て直そうとして踏ん張ったタイミングにそっと優しく首に木剣を添えると。
「また負けたぁ!!」
「ハハハハ!まだまだ勝ちは譲らないよ」
勝敗が決し、ネルが悔しがる。
ステータスが負けていても、実戦に勝つ方法などいくらでもあるのだ。
戦闘経験数の桁が違うのだ。
早々に足元をすくわれて負けるつもりはない。
木製のハルバードを抱きしめて、涙目で俺を睨んでも可愛いだけだぞ?
「さて、反省会をするか」
「うん」
短剣との戦い方には慣れ始めてきているが、まだまだ未熟と言わざるを得ない。
時間がない今、早急に対応策を身につけさせたいが、その際に注意すべきは苦手意識だ。
何度も何度も同じ武器に負けていると自然と心の奥底で自分は短剣には勝てないかもという不安が芽生える。
苦手意識はそんな風に生まれ、そして心の奥に根を張り育つ。
そしてその深層心理は初対面の相手が苦手な武器を持っている時点で顔を出し、わずかでも隙を与えてしまう。
なので俺はそこら辺の芽は早々に摘み取るようにしている。
相手は決して勝てない相手ではない。
人が起こす行動にはすべて理由と理屈があり、その癖を読み切れば勝てる相手だという意識をしっかりとネルに刷り込むのだ。
これまでスキルの使い方やレベリングを重点的に教えてきたが、ここにきて実戦のテクニックも必要になってきたわけで、その習得の邪魔になる苦手意識を徹底的にケアする。
「俺がさっき、こうやって踏み込んだだろ?」
「うん」
なので実戦にそって戦った時の再現でゆっくりと動き、そしてそれに合わせてネルも動く。
口で説明するだけではなく、実践させる。日本の歴史上最高の指導者だった第二次大戦の連合艦隊司令長官山本五十六も言っていた。
『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』
これは本当にその通りだと思う。人間分からないことには躊躇し立ち止まりやる気を下げる。
だからこそ、実体験を繰り返し経験させて、なぜそうなったのか、どうすれば良いのか、技術の実践とその内容の説明、そして。
「無理に反撃してきたからその時の行動が読めるんだ。だから、ここはこうやって半歩引きながら」
「なるほど、こう動けばいいの?」
「そう!そうやればスムーズに動ける。ネルは理解が早いな」
理解を示したらしっかりと褒めて伸ばす。
いいところは少し大げさでもいいから、しっかりと正解を教えることによって自分はできると認識する。
これが学ぶ側のモチベーションに繋がるのだ。
反省点と改善点、これを実践しながら説明してやれば、ネルはしっかりと経験値をため込む。
実際、最初は俺の短剣スタイルに手も足も出ずにやられていたが、こうやって鍛錬を続けているとたまに俺がひやりとするような攻撃を繰り出してくるようになった。
根が真面目で、勉強熱心。
それがネルの長所である。
「じゃぁ、こういうのは?」
「うーん、それならこっちの方が良いとは思うがケースバイケースだな。その時その時に合わせて対応が必要になるのが対人戦だ。ネルが考えた動きならこういう攻撃のパターンの時に役に立つぞ」
「なるほど!」
そしてその吸収能力が発揮されて、自分で攻撃パターンを編み出す。
その勤勉さは教える側としてもモチベーションの維持に繋がる。
「リベルタ、ネルの訓練も結構ですがあなたのレベル上げも並行して行わないといけませんよ?まだクラス4に上げていませんよね?」
熱心に教えていると自然と時間も消化されてしまう。
ネルのやる気も相まって、どんどん時間が消費されていって気づけばネルとの訓練の予定時間を少しオーバーしてしまった。
そうなると自然と俺の時間が減っていくわけで。
「あ、そうだな。そろそろダンジョンでレベリングをしないと」
「残りの訓練は私が引き受けます。あなたはイングリットとともに出かけて来てください」
「ありがとうございます。夕方までには帰ってきますので」
ズレた時間分少し質で補わないと。
ネルとの訓練も重要だが、俺も強くならないといけないからな。
「リベルタも頑張ってね」
「ああ、クラス4に上げればもっといろいろなことをできるしな。今日でしっかりと仕上げてくる」
そうしてネルたちに見送られて、ダンジョンを開くために闘技場に向かったのだが。
「つけられているよな?」
「はい、つけられていますね」
その道中で背後に気配を感じた。
最初は偶然かと思った。
なので道を変えて闘技場に向かったが、その気配はついてきている。
あえて遠回りの回り道をしてみたが追跡者は変わらずついてくる。
イングリットもその存在に気づきちらりと背後を見ているが。
「見えた?」
「・・・・・はい、風貌的にはあまりよろしくない方々かと」
「心当たりがあるんだよなぁ」
俺も確認できた限り、どう見てもアウトローな方々が俺たちを追いかけているのだ。
このタイミングでこんなことをするのはどう見てもエスメラルダ嬢の元婚約者関係だよな。
「襲われるのも面倒だ。走るぞ」
「かしこまりました」
どこの誰が差し向けたかわかってしまう段階で頭が痛くなるのを感じつつ、曲がり角に入った瞬間に駆け出す。
慌てて背後の気配が複数人俺たちを追いかけ始めるが。
「こっち」
「はい」
こちとら王都の道はこっちの世界に来てから再確認に精を出しているんだ。
ゲームとの誤差探しがライフワークの俺に鬼ごっこで勝てると思うな。
「次曲がったら行き止まりだけど、壁を飛び越えるよ」
「承知しました」
向こうは行き止まりに追い詰めたと喜ぶかもしれないが、生憎とこれも計算通りなのよね。
槍を背中から取り出して、背負い紐を片手にもう片方の手で槍を壁に立てかけするりと壁を登り。
「はい」
「ありがとうございます」
下にいるイングリットを引っ張り上げたら槍を回収。
そのタイミングで追いかけてきた男たちが現れるが。
「それじゃ」
さっさと手を振ってさようならと壁から飛び降りる。
「見覚えのない方々ですね」
「雇われの尻尾きり要員だろうさ。あんなの一々相手にしていたらきりがないぞ」
なりふり構わず妨害してきたか。
だけどなぜ俺たちを狙った?
もしかしてシンか?
ガラの悪い奴らを撒いて、そのままダンジョンを開放できる闘技場に向かったが、俺たちを狙った理由を考えながら進む羽目になった。
「俺とイングリット、どっちが狙われていると思う?」
「・・・・・可能性ならリベルタ様の方が高いかと」
「エーデルガルド公爵家の敷地内から出てきたメイドと言うことでイングリットを狙ったと俺は考えていたのだが」
「それもあり得ますが、昨今の活躍を考えればリベルタ様の方が価値があります」
「嫌な価値だな」
随分と手間をかけさせるな。
今回の人員を手配をした人物がシンならば、俺の貴重な時間を奪った罪は重いことを知らしめるのだが。
「公爵閣下には伝えておくか」
「その方がよろしいかと」
ここで裏切るにはタイミングが悪すぎる上に、やり方が手ぬるすぎる。
となると別の誰かがやっていることになるのだが・・・・・
一番の候補はシン、その次にアレスの中身、そしてボルトリンデ公爵の勢力に、可能性は低いが王家の可能性もある。
心当たりが多いと可能性を潰すのにも一苦労だ。
ひとまずは今日のレベリングは中止だ。
このまま闘技場に行っても何かされかねない。
不満をため込み公爵閣下に伝えるために撤退する。
さてさて、この不運は一体どうするべきかねぇ。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
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