7 苦労人
光の上位精霊との話し合いで、もう一度温泉地でアミナのライブをすることを約束してから、なんだかんだ忙しい日々を送って、気づけば半月が過ぎていた。
その間に俺がやったことは大まかに分けて三つ。
一つは、精霊と約束したライブの準備。
画家へアミナの絵を発注したり、新しい舞台衣装を用意したり、アイドルグッズの制作を依頼したり、今回の目玉商品のアミナのクリスタル像を用意したりと、ネルに手伝ってもらって物販の準備を進めた。
二つ目はレベリングだ。
ネルたちにレベルがだいぶ離されてしまったために、まずはできるだけ早くクラス3のステータスをカンストさせる必要があった。
そのあとにはクラス4のレベリングが待っているので、ほぼ毎日闘技場に通ってマタンゴをイングリットと一緒に狩っていた。
二週間でクラス3はカンスト、次のクラス4に上がる段階までこれた。
三つ目はスキル入手のための準備だ。
クラス4までに手に入るスキルスロットの数は、レベル無しの初期状態で二つ、そこからクラス1から4までで各三つの合計14個になる。
クラス5に上がる前にこのスキルスロットを全部埋める必要はないが、クラス5のEXBP確保の条件の一つにスキル数とスキルクラス合計値というのがあるので、必要なスキルはできればここで確保しておきたい。
「むぅ、やっぱりそこまで出回らないか」
公爵閣下のコネやダンジョンで手に入れられるスキルには限界がある。
なので定期的にスキルショップには通うようにしている。
黒板の前に立ち、欲しいスキルがないか探す日々。
ジョブスキルである程度のスキルスロットは埋まるが、それでもジョブスキル以外のスキルは入手する必要がある。
そしてそのスキルスクロールの入手方法は基本的にダンジョンから出てくる宝箱が頼りになる。
この世界の人たちのレベルは一部を除けば低い。
大きなリスクを伴うために、一般市民ばかりか戦闘を生業にしている人ですら、安全を優先してクラスアップを躊躇する者が多い。
ゆえに、スキルショップの品揃えも相応の物に留まってしまう。
「オークションもそこまで期待できないよねぇ」
イングリットの実家であるグリュレ家のコネを使って入り込めたオークション会場にも目星いスクロールはなかった。
「となると……やるか?」
クラスレベル的にはギリギリだ。
しかし、目的のモンスターを倒すことを考えるとまだこっちの方が安全だと思える。
強くなるにはクラス4である程度のスキルを用意しておきたい。
だけど、それを手に入れられる方法が今現在ないのだ。
アレをするしかないのか。
「「はぁ」」
公爵閣下に頼めば、中央大陸に渡らせてくれるかもしれないけど……その理由付けで面倒なことになりそうな予感がしているからうかつに頼めない。
痛しかゆしの現状に、思わずため息を吐いてしまうと、隣から似たようなため息が聞こえて振り向いてしまった。
それは相手側も一緒のようで俺の方を同じタイミングで見てきたので視線が合った。
「欲しいスクロールがなかったのですか?」
「ええ、まぁ。少年、いえ失礼しました。小人族の方ですか?」
この南の大陸では珍しい鱗族。
東の大陸で勢力を伸ばす種族の青年が立っていた。
特徴は、首筋や顔に現れる鱗だろう。
普通の人間寄りの容姿ではあるが、部分的に体表を覆う青い鱗と左側頭部から生える青水晶の鋭い角が、鱗族の中でも高位の種族であることを示していた。
紺色の髪の毛を後ろでまとめ長く垂らしているのは切るのが面倒なのだろうか。
それでもイケメンだと思う顔立ち。
可愛い系というよりは、カッコいい系の顔立ち。
熱血系というよりクール系。
インテリ系のイケメンさんだ。
丸メガネをかけ、文官のような恰好をした青年。
年頃は二十代前半か、十代後半と言ったところか。
女性プレイヤーがこの人を見つけたら、執事服を着せたい!!と思うような物腰の柔らかさ。
「いえ、普人族の子供ですよ」
「そうでしたか。冒険者ですか?」
「その見習いという感じですね。一応保護者の許可は出てますので、戦えますよ」
腰に革紐で固定している魔導書から察するに魔法使い系のビルドか。
子供がこんなところにいることが珍しいのか、最初は小人族の戦士だと勘違いされたがそこは訂正して、背中の槍を示してここにいる理由を示しておく。
「そうですか、名乗るのが遅れました。私はシンと申します」
「リベルタです」
高位の鱗族の人にしては平民である俺を見下した感じがない。
丁寧な対応を心掛け、子供相手であっても礼儀を忘れないようにしている気品を感じる。
ひとまず、シンというキャラに心当たりはないのでネームドではないだろうけど、角の位置と長さ的に低い地位の人ではないのは確かだ。
東の大陸、その大陸の種族は古に竜と交わったとされ、血筋に竜の力が宿ったことが王家の由来になっている。
なので体に鱗が現れるのは竜の血に由来することとされ、全身が鱗で覆われたリザードマンのような種族であっても東の大陸ではモンスターではなく、人として扱われている。
あの大陸で人の地位を示すものとして一番重要視されているのは、鱗族で力の象徴とされる角の存在。
頭から生えるその角は魔力の結晶とされ、本数、大きさ、質といろいろな要素が重なりその人の地位と魅力を示すステータスになっている。
平民は角無しの鱗族が一般的で、南の大陸で言う貴族のような地位にいるのは角持ちと呼ばれる鱗族だ。
この人の角は綺麗な一本角。
長さも色合いも中々の物で、そして服装もしっかりとしている。
高貴な人なのは間違いないだろう。
「リベルタ君ですか。良い名前ですね」
「ありがとうございます」
東の大陸の貴族は、この角の有る無しで人を見極めるもんだから差別的意識が強い。
エスメラルダ嬢が東の大陸の婚約者とうまくいっていなかったのは角が生えてないからではと最初は思っていたが、そうなると浮気相手の聖女には角が生えているのかと疑問が浮かび、それ以降は考えていない。
「シンさんはスキルスクロールを探しに来たんですか?」
「ええ、南の大陸であれば東にないスクロールが見つかるかもと定期的にスキルショップに足を運んでいるのですが、目的の物はなかなか見つかりませんね」
そんな高貴な家の出っぽいシンという鱗族の青年がここに来た理由は、俺と一緒かと思ったが、
「自分に使うんですか?」
「いえ、主人が求めている物を探しているんですよ。贈呈用でなにかいい物がないかと」
「贈呈用ですか?」
「ええ、まぁ」
若干違ったようだ。スクロールを収集している人は結構いる。
だけど贈呈用か。
「ちなみにどんなスキルをお探しですか?」
「聖壁や再生治癒、アンチポイズンのスキルスクロールがあればいいのですが」
「贈る先はヒーラーの方なんですか?」
スキルスクロールはこの世界では高価な物だ。
そして希少性や需要が高ければ、スキルによってはかなりの金額になるのに、その品は消耗品だ。
全ての人が強くなりたいと願っているわけではないが、自分のスキルスロットに強力なスキルをセットして有能になりたいという願望を抱いている人は多い。
そんな状況で、わざわざ他人のために苦労して手に入れて贈るというのはよほど好意を持っている相手なのか。
「ええ、少し特殊なジョブをお持ちの方で、主はその方に少しでも安全に過ごしてほしいと願っておりまして」
「そうなんですか」
「はい」
しかし、ヒーラーで欲しいスキルを教えてもらった段階で俺は少し嫌な予感を感じ始めている。
この大陸では珍しい鱗族。
それも高位の貴族っぽい人。
そして仕えている人がいるとのことで、その主人が珍しい治癒系のスキルスクロールを贈るほどに好意を抱いている相手がいる。
……これって件の聖女関連の人じゃね?
それに気づいた段階で、嫌な予感を感じてこの場を離れようとしたが。
「それで何かいい物はありませんかね、小さき英雄殿?」
「……僕何のことかわからなぁい」
シット。
完全に油断した。
こんなところに無理やり俺と接触してくる貴族がいるとは思わなかった。
それも現在進行形でエーデルガルド公爵家と問題を起こしている異国の貴族の関係者と思われる人物とだ。
思わず某頭脳は大人な子供の反応を返してしまった。
わざとらしいというのは百も承知、いっそのこと相手を不審者に仕立てて叫んで逃げてしまおうか。
ショップの外に出てしまえばこっちの物。
後はステータスと、カンストしたスニーキング系スキルを駆使して逃亡すればいいだけのこと。
「おっと、勘違いしないでください。君と出会えたのは本当に偶然です。私もあなたの御前試合を見たので偶然知っているだけです」
「それなのに会ったときに小人族の戦士と質問したのは白々しいのでは?」
「それに関しては失礼しました。噂であなたは貴族と接触するのを嫌うと聞いておりまして、初対面で貴族と名乗ればあなたはエーデルガルド公爵家とのつながりを理由に話すのを断ると思いまして」
「今からでも遅くはないですよ。あなた、今、エーデルガルド公爵家ともめている留学生の関係者でしょ?」
「ええ、そうです。本当にあの主には困ったものです」
「困っただけで済ませます?」
だけど向こうもそれは承知のようで、無理やり何かを頼もうとする雰囲気はなく。
ただ世間話をするような感じで話しかけてきた。
周囲に人がいる、なので少し移動しませんかと壁際を指さしてきたので情報が欲しい身として周囲を警戒しつつその話に乗る。
そもそも貴族関連の醜聞の話を、こんな場所でしていいかは甚だ疑問だが。
「済ませられませんよ。心のなかでは今すぐ首根っこを掴んで公爵閣下の前まで引き擦って行って、土下座させた後に切腹させたいです。それで生きるか死ぬかギリギリのラインで治すかどうか悩んでおりますので」
「悩むんですか」
「それくらい今回の件は両家にとって良くないことをしたと私は思っております。お館様としては、あれでも我が家の次期当主ということで、どうにか公爵家との関係を改善したいと思っているのです。しかし肝心の当人が聖女の色香に目を焼かれて盲目となり、常識が崩壊しています。あれはもうダメです」
「ダメなんですか」
しかし、この人本当に毒を吐くな。
しかもその言葉に罪悪感の欠片も感じさせない。
俺は一応あなたの主家と対立関係になりつつある公爵家の関係者なんだけどなぁ。
「ええ、ダメです。それをあのバカ主は理解していない。故郷の東大陸と同じ感覚で学園生活を送り、好みではないからという身勝手な理由でお家同士で決められた婚約者をないがしろにし、角がないからという理由で周囲の学生や教師を見下す態度を匂わせている」
「……それ、貴族としてどうなんです?」
「外交貴族としては赤点です、落第です、論外です。ですが、学生という点で言えばギリギリ更生できるレベルです」
「じゃぁ、なんで留学させたんです?そんな人ぶっちゃけ外に出しちゃダメな人じゃ」
「その点も踏まえて経験を積ませようというお館様の意図で留学させたのです。故郷にいるばかりでは身内の常識に縛られすぎて頭が固くなってしまいますから。他国と触れ合うことで経験になればとお館様も考えておりました。そのために補佐として私が付いて来たわけですが」
「ですが?」
しかしこの人かなりぶっちゃけたな。
さらっと切腹させるとか恐ろしいことを言っているし。
おまけにそのあとに出てくるため息の深さ。
「留学した段階では一部を除いて問題なかったのですよ。故郷では礼儀をわきまえ、しっかりと学ぶ方だったのです。ただ、故郷での貴族の常識を根強く信奉されている方でして。そこが私たちが想定していたよりも根深かったようで、それが仇となるケースが……」
「エーデルガルド公爵家との関係はだいぶ下手を打っていたようですが?」
「そのことに関しては本当に謝罪の言葉以外に思いつきません。この国に来てからも我が国の代表として来ているという自覚をもって、下に見られないようにと多少強気な姿勢を見せておりました。それくらいであれば互いに納得できる範囲の対応ですので」
「じゃぁなんで、一番味方になれるかもしれない婚約者にそんな外交問題になりそうな対応を?必要最低限の礼節はもって接したのでしょうが、それではエーデルガルド公爵家には最低限の対応でいいと周知しているような物でしょう。俺からしたら仲良くしたいと思っているようには見えませんよ?」
「そこです、本当にそこなんです。あの対応には私も頭が痛くなり、胃も痛み、さらには何度言っても直してくださらず、怒りが湧き、私が何度も謝罪の手紙を送りその都度自分の仕える主を何度はっ倒そうかと思ったことか。あのバカ主、こと恋愛に関しては本当に無能になり下がるんです」
なぜかそのため息には苦労がにじみ出ているように感じてしまう。
ここまで聞いた限りの話をまとめると。
「転職した方がいいのでは?」
「できるのならそうしたいですが、当方にもお家の事情がございますので」
この人が苦労人だというのだけはしっかりとわかった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
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