33 EX 次代の神 5
今話で本章は終了です。
次話から新章に突入します。
「「「ぬぐぐぐぐぐ」」」
「いつまで悩んでいるつもりだ貴様らは」
知恵の女神ケフェリは、珍しく呆れた目で三柱の神々を見てきた。
「だって仕方ないじゃないか!!漫画は読みたい!!だけど条件が君の英雄に関しての神託を十年間禁止という条件なんて!!」
「代わりに漫画を読むことを放棄することによって神託が下せるようなるという条件を組み込んだ。お前の身体能力を駆使すれば私が用意した漫画を数年で読破することも可能のはず」
その理由は、条件を出してからすでに一か月以上経過しているというのにいまだ決断できず悩み続ける三柱に対してだ。
戦闘の神アカムが、地団太を踏みながら抗議するがそれに対して譲歩はしているとケフェリは返した。
ケフェリの内心では、三柱がこうやって悩んでいる時間も自身の英雄には十分な猶予になると踏んでいるためこの膠着状態は歓迎すべき時間だ。
なにせ、譲歩したように見せた漫画の読書権の放棄は神託を下した時点で発生するからだ。
「しかし、神託の使用の報告義務はいささかやりすぎでは?これでは我々の手の内をさらせと言っているようなもの」
「報告の義務はあくまで私の英雄に関わる神託を下す際に発生する条件だ。他の神託に関して報告の義務を課すとは言っていない」
調停の女神メーテルの苦情も嫌なら受けなければいいという強気の態度で突っぱねる。
漫画一つでここまでの交渉ができるとはケフェリ自身も思っていなかった。
なんだかんだ言って、神は神。
たかが漫画と割り切って、目の前の三柱は迷いなく行動をするのではないかとケフェリは考えていた。
その予想を裏切るように、漫画に未練を残す。
であれば、多少有利に交渉するのも彼女の思惑通りだと言える。
「他の条件に変えることはできぬのか?」
「逆に聞くが、今現在の状況で神託以外に交渉の余地がある物を、私に提示できるのか?」
「……」
商売の神であるゴルドスが、他に交渉の糸口を見つけられていない段階でその状態は膠着状態と言える。
普通に漫画を諦めればいい。
だが、諦めきれていない。
それだけの価値があるとはケフェリも思っている。
このままいけばもう少し時間が稼げると思っている矢先、コツコツと階段を登る足音が聞こえた。
「「「「・・・・・」」」」
ピタリと止まる神々の喧騒。
ここに至ることができる神々はとある条件を満たした者だけ。
そしてその条件を満たした神は、主神の座を懸けた争奪戦に参加する権利を得る。
この足音の主はその条件を満たし、権利を得たということだ。
新たなライバルの登場に、言い争っている場合ではないと一時的に交渉を止めたのだ。
「こんにちは~、先輩方」
そしてこの庭園に登ってきた五柱目の神の姿を見て、全員がしかめっ面を披露したのであった。
「あなたですか」
「君かぁ」
「そなたか」
「……ちっ」
四者四様。
違う反応を示すが、全員が嫌悪感を隠さない。
知恵の女神ケフェリに至っては舌打ちまでする始末。
「ひどいですね。なんで私をそこまで毛嫌いするんですか。こんなにも私は皆さんを〝愛〟しているのに」
抜群のプロポーション、おっとりとした垂れ目、綺麗なハニーブロンドのウェーブヘア。
肌の露出は少ないドレスを着こむも色気を隠し切れないその雰囲気。
「その愛で何度人類は滅びかけたと思っているのですか」
にっこりとほほ笑むその顔には純粋な愛が詰まっていると伝わってくるが、それは過剰な愛だというのがわかっているメーテルは彼女が過去にしでかしたことを指摘する。
「あの時は本当に先輩方には大変ご迷惑をおかけしました。この度は心を入れ替えしっかりと世界を愛しますので、皆さまよろしくお願いいたします」
その言葉に申し訳なさそうな顔をし、謝罪をする姿に嘘はない。
「君の愛情を疑っているのではないのである。愛は確かにこの世界に必要であるのは間違いない。されど、君の愛の濃さが問題なのである。狂うほどの愛を与えられる君の権能を我らは警戒せざるを得ないのである」
だが、どの神々も警戒心を解かない。
彼女の性質は間違いなく善性。
そして、愛深き女神なのも間違いない。
善意で無償の愛を振りまき、世界を幸せにするという意志を持つ。
だけど、過ぎたるは及ばざる如し。
彼女の場合過剰に愛しすぎてしまうのだ。
神の愛は重くそして大きい。
人が想像するよりも濃く、そして深い。
神の愛で人は容易に溺れてしまうのだ。
ゴルドスが警戒するのはその過剰な善性なのだ。
「ですが、このように私も主神の座に挑む権利をしっかりと得ることができました。ですので先輩方のご心配を胸に刻み今回の戦に挑みたいと思います」
彼女の目標は、端的に言えばラブアンドピース。
愛にて世界を平和に健やかにするという理想郷。
主神になればそれができると本気で思っている。
神の権能を使えば、それもできるかもしれない。
だが愛を宣う彼女以外の面々の脳裏に浮かぶのは、彼女の愛に満たされた世界。それがどういう物になるのかと、想像するだけでも恐ろしい。それ故に彼女の目標に否定的だ。
「愛の女神」
「はい、なんでしょうかケフェリ先輩」
自分の目的以外に読書を中断しないケフェリが本を閉じて立ち上がり、愛の女神と呼ばれた神に面と向かって立ちふさがる。その行動が愛の女神の過去のやらかしに対する彼女の評価と懸念を表している。
そしてケフェリが何をするかと言えば。
「……これは?」
「読め」
いきなり、机と椅子を用意し、そして普段ゆっくりと動くケフェリには珍しいが、すさまじい速度で山積みにするほどの漫画を用意した。
その行動に愛の女神と呼ばれた彼女は目を見開き、そしてケフェリとその本の山を交互に見比べた。
「ですが、私も世界の管理が」
「そんなもの片手間で済ませられる。お前の愛は濃すぎるから片手間程度がちょうどいい。その間にそのお花畑な脳みそを少しでもマシにできるようにこの書籍を全て読め」
見たこともない書籍、そしてグイッと渡された辞書。
なにがなんでも読ませようとするケフェリの気迫に愛の女神は思わずその辞書を受け取ってしまった。
自分たちには読ませず、何故ここに来たばかりの後輩神に漫画を読ませるのか、怪訝な顔で残った三柱が山積みになった漫画を見ると。
「あ」
「どうしたの西の」
「む?」
「東もどうしたのさ」
メーテルとゴルドスは、そこに積まれた漫画に含まれる作品に気づき、もしやと可能性を見出して。
「そうですね、パッフル。珍しくケフェリが薦めている書物です是非とも読むべきです!!」
「そうであるな。あの知恵の女神が読むべきだと薦めている書物だ!是非とも読んでみるべきである!!」
まさかの協力体制を敷いてきた。
ジャンル的に読んだことのないアカムだけが首を傾げ頭の上にはてなマークをあげている。
「????それほどの書物なのですか?」
「ええ、きっとあなたには参考になる書物です。特にお勧めはこれです。巻数は二巻しかありませんがじっくりと読むべきです。ええ、こちらの作品に至っては三周ほど読み返すことをお勧めします」
メーテルが薦めているのは古い作品ではあるが、歴代の主人公の中でもクズと呼ばれることが多い男の学園物語。
愛が多い故の事故が多発している作品で、この神々は知らないがアニメでもかなり傷跡を残す作品だ。
「某が薦めるのはこちらである。愛を知るのであればこちらも是非とも読むべきである。ああ、じっくりと、うむ、四周ほどは読みこむべきである」
ゴルドスが勧める作品は愛が世界を救うのではなく。
愛が世界を滅ぼす物語。
善意で突き進むがゆえに、最後の結末で絶望する様が描かれた非常にえぐい結末を迎える作品だ。
「????こちらもですか?」
何故ここまで執拗に勧めるのか理解できないパッフルは首をかしげるが、三柱の神々が勧めるのだから何か参考になるのではと思い。
「わかりました。皆様の愛確かに受け止めました。世界の管理の傍らにですが真剣に読ませていただきます」
それを承諾してしまった。
なぜここまで熱意をもって勧めるのか理解のできないアカムは、そっと隙を見て積み上げられた漫画の一冊を手に取って、その神ならではの能力を駆使して速読で内容を頭に叩き込むと。
「ああー」
漫画の面白さに、先輩神がこれほど強く勧めるのもなるほどと納得すると同時に、今まで自分がとんでもないことをしでかしてきたことに気づいた。
ケフェリはそれに気づいていたが、この際この愛情トラブルメーカーの矯正ができるのであれば問題ないとアカムの行動を咎めなかった。
ケフェリが用意した作品のどれもが、愛を宣い続けた結果すべて悪い結末を迎えるキャラばかりが登場する作品だ。
男女問わず、愛に関してトラブルを起こすキャラがいる作品を徹底的にピックアップした。
頭がお花畑なキャラのざまぁ展開。
愛に狂い、愛しい人を殺してしまう悲恋。
愛がきっかけで戦争を引き起こしてしまう結末。
愛に盲目になり、すべてが正しいと狂信してしまう物語。
もっと優しい愛の物語はいくらでもあるというのに、愛のデメリットをこれでもかと言わんばかりに集めきった作品集。
これによってアカムはケフェリの意図を察して、沈黙することにした。
「君、えぐいことするね」
「何のことだ?私は愛に関しての知識を授けたに過ぎない。それともお前はあの後輩が無知のままでいいというのか?」
ムムムと辞書片手に早速漫画を読み始めるパッフルを横目に、各々席に戻るとアカムが同情するような眼でパッフルを見た後に、ケフェリを尊敬と呆れが混じった目で見た。
ライバルを蹴落とすという作戦としては有効だ。
正直、愛という存在を司る後輩の登場は歓迎していない。
愛によって滅びた国はいくらでもある。
人間はそれほど愛情を善だと信じ、時には神聖視し、尊い物だと思う。
だけどそれだけではないことを彼らは知っている。
愛は人の正義をゆがめる。
愛しているがゆえに何をしてもいいと思い込む。
愛しているがゆえに応えないのはおかしいと思い込む。
愛しているがゆえにそれを欲し手に入れたいと欲望を生む。
愛と争いは表裏一体。
余計な混乱を招かないためには、愛情はほどほどがいいのだ。
アカムもメーテルも、ゴルドスもその性質を厄介だと思ったゆえに、漫画を読むことで迷いが生まれ、パッフルの降臨させる英雄が停滞してくれることを願っている。
しらじらしいケフェリの態度にも目をつむり、そしてこれで少しは愛情の加減をしてくれることを願う。
「今回は必要な物だと私は思います。二千年ほど前におきたあの惨状のことを考えますと、悪いことではないと思いますし」
「あれは大変であった。すべての商売が停滞し経済が凍り付いた。神託が底を尽きそうになりあわや吾輩が消滅するかと思ったぞ」
「僕は平気だったねぇ、愛が広がったと同時に争いもかなり増えたし」
「私は最悪だった。あの時代の知識という知識がすべて愛で埋め尽くされたのだぞ。吐き気が引っ込むのに時間がかかった」
愛を憎んでいるわけではない。
愛を嫌悪しているわけではない。
ただ、愛で世界を狂わせるなと切に願っているだけ。
そのために愛の女神の目と意志を曇らせようと漫画を見せつけるケフェリは、思い出したように吐き気を堪えるために口元を覆った。
あの時代はひどかったと四柱の誰もが遠い目で語り合い、そしてその原因となった己の行いを反省し対策をしてまた挑戦しようとしているこの愛の女神を自由にさせてはいけないと誓った。
愛の女神は愛を信じないといけない。
知恵の女神が知を根幹とするように、戦闘の神が戦を司るように、商売の神が経済に身を置くように、調停の女神が平穏を維持するようにそれぞれの神々には性質となる概念がある。
愛の女神に愛を捨てろというのは神としての消滅を意味する。
愛を否定することはパッフルにはできない。
ゆえに、愛によって生まれる被害を起こさせないように立ち回るしかないのだ。
「昔のことを思い出すのはもう止めます。それよりも五人目の英雄がここで登場です。どこの大陸に放たれたと思いますか?」
「西には来てほしくないですね」
「東にもだ」
「北にも来てほしくないよ」
「……私のところにもだ」
目下、一番の不安は新たに放たれた英雄はどこにいるのかという問題。
派手に動き回れば即座に見つけることはできるが、さすがに投入したてのころに発見することはできない。
盤上を見ても英雄らしい行動をする人物は、東西南北にそれぞれ放った英雄だけしかいない。
どこに時限爆弾が設置されたか知っているのは、辞書を片手に漫画を読むパッフルだけ。
「ケフェリ、一つ提案なのですが」
「なんだ?」
「漫画の件で一つだけ条件を追加していただければ私はあなたと契約しても構いませんよ」
「ほう?」
新たな神の登場はメーテルに一つの決意を生み出し、そしてその話をケフェリは聞く姿勢になるのであった。
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